中島厚志の経済ルックフォワード

高まり続けるマーシャルのkが示す方向
〜マネーサプライから見る日本経済活性化の処方箋〜

中島 厚志 理事長

高まり続けるマーシャルのk

日本のマネーサプライの名目GDPに対する割合(マーシャルのk)が、統計数字を入手できる1960年以降の最高水準に達している。それは、横ばい傾向が続いてきた米国と比べると相当前から大きく上振れている(図表1)。

図表1:日米:マーシャルのk
図表1:日米:マーシャルのk
(出所)日銀, FRB

しかし、図表1でも分かるように、マーシャルのkは過去から一貫して増加基調にあり、日銀の量的金融緩和政策で始まったものではない。とりわけ、過去マーシャルのkが大きく増加した時期がいくつかある。1960年以降で見れば、1回目は日本列島改造論の下で過剰流動性が発生した1971年から1974年のオイルショックに至る時期、2回目は同じく世界的に過剰流動性が発生した1985年から1990年に至る不動産バブル期である。一方、3回目は97年から2002年に至る不況期で、原因は流動性の増加よりも名目GDPの低迷にある。そして、4回目がリーマンショック後の2008年末から2011年の時期で、こちらも名目GDPが減少した時期に符号している。

この4回の要因は同一ではない。前2回では過大な流動性の影響が大きく、後2回では低迷する経済と投資に慎重で通貨保有を増やす家計や企業の影響が大きい。とくに、近年での通貨保有動機の変化は日本のマネーサプライ増加の内訳からも見て取れる(図表2)。

図表2:日本:マネーサプライの内訳
図表2:日本:マネーサプライの内訳
(出所)日銀

図表3はマネーサプライの中の現金通貨、要求払預金と定期性預金(含むCD)それぞれの対前年同期比増減率の推移を示したものだが、要求払預金と定期性預金の増減率は局面によって違いがある。総じて74年のオイルショックまではいずれもが比較的近似した増減率となっている一方、オイルショック後は、景気良好時には現金通貨と定期性預金の伸びが、景気低迷時には現金通貨と要求払預金の伸びが他方を上回る推移となっている。

図表3:日本:現金通貨・要求払預金と定期性預金の増減率
図表3:日本:現金通貨・要求払預金と定期性預金の増減率
(注)前年同期比
(出所)日銀

この変化は、企業・家計のリスクに対する姿勢の変化で説明できるところがある。それは、高度成長期には大して意識されなかったリスクが、安定成長期以降ではより強く意識されるようになったとの点であり、経済状況によって資産運用よりも手元流動性を重視する方向が強まった企業と家計の姿勢である。

そして、この企業と家計のリスク回避姿勢は、不動産バブル崩壊後さらに強まっているように見える。実際、図表3ではリーマンショック前後を除く90年以降の全期間について要求払預金の伸びが定期性預金の伸びを上回っており、リスクに対する慎重姿勢が定着したように窺える。

不可欠な成長戦略と金融政策の軸足シフト

経済成長の低迷でマーシャルのkが高まり続け、リスク回避姿勢が過去20年ほど一貫して続いているように見える現状は正常ではない。それは、米国の安定しているマーシャルのkの推移や日本よりダイナミックな経済と比べても明らかである。

その上で、とりわけ増加が大きい要求払預金から見える企業と家計のリスク回避姿勢の解消は大きな課題である。それは、もっとリスクを積極的にとれる経済金融環境を実現することでもある。しかし、短期的な内外経済の回復を後押しする財政金融政策の必要性は減じないとしても、それだけで長年続いてきたリスク回避姿勢を解消させるのは容易ではない。

必要とされるのは、長期に潜在成長率を上げるような政策であり、抜本的な経済構造改革を主とした成長戦略である。そこでは、徹底した少子高齢化対策や、IoT、インターネット、ビッグデータ、AIで代表される第4次産業革命といった大きなイノベーションが欠かせない。ちなみに、日本の潜在成長率は18年前の出生率との相関が高いが(図表4)、出生率が成長戦略の示す希望出生率1.8人に回復すると推計上潜在成長率は2%近く上昇する。単純な推計ではあるが、仮にこのような水準が少子化対策やイノベーションで実現すれば、長期のリスク回避姿勢は完全に吹き飛ぶこととなろう。

図表4:日本:実質経済成長率と出生率
図表4:日本:実質経済成長率と出生率
(注)出生率は合計特殊出生率で18年先行
(出所)内閣府、厚労省、IMF

一方、日本のマーシャルのkの大きな上昇が経済の過度の縮こまりと過大なマネーサプライを示すことから言えば、名目GDP増加策とマネーサプライ抑制策が対策ということになる。それは、いかにマネーの活用度合を高め、貨幣の流通速度を上げるかということでもある。

この観点からは、現在行われている量的金融緩和政策は、金利低下や物価上昇などを通じて名目GDPを上げる方向に作用する一方、過大なマネーサプライの増加につながりやすい可能性もある。そこで、他にも金利低下や物価上昇を実現する有効な手段があるのであれば、量的金融緩和政策の役割を徐々に減じていくのが過大なマネーサプライ増加を抑えることになる。このことは、副作用の課題はあるにしても、量ではなく質の面から金利低下と物価上昇を促すマイナス金利政策に金融政策の軸足を徐々に移していく意義を示すものであろう。

日本のマーシャルのkは米国とは違う展開を見せており、得られる示唆はいくつもある。そこからは、日本経済活性化への経済構造改革の重要性が改めて示されるとともに、金融政策についての含意も窺える。日本経済活性化の処方箋は種々の観点から得られるが、マネーの面から処方箋を見ていくことも意味がある。

2016年9月20日掲載

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