海外レポートシリーズ 国際金融情報スーパーハイウェイの建設現場から
ロンドンでの住まいは、ロンドンブリッジ駅から急行で30分。出発して15分を過ぎた頃から、早くも田園風景が広がり始めます。ロンドンの我が家を訪問した埼玉在住の両親曰く、「秩父のような自然豊かなところ」。このような田園風景をすぐそばに残したまま、ロンドンシティはグローバル金融センターとして発展し続けています。現在、ロンドンでは労働者の約3人に1人が金融業界とその関連業界に従事しており、他の国際金融市場と比較して、ロンドンの金融サービス競争力は群を抜いています。東京・シンガポール・ロンドンの国際金融情報スーパーハイウェイ建設現場に通い続けること15年。この間、情報技術の劇的な変化と、それに伴うグローバル化を日々体感しています。本シリーズでは、日本の金融市場戦略の政策立案に関係する話題を数回に亘りレポートします。

第十四回「投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの建設期(7)」

2008年11月26日

実需取引をはるかに上回る規模へと拡大したグローバル金融市場。1995年以降、多国籍投資銀行業界は、アメリカ系投資銀行が中心となり、IT技術を積極的に活用した新しいグローバルビジネスモデルを生み出します。しかし2008年9月15日、経営難に陥っていたアメリカ第4位の大手証券リーマン・ブラザーズは、日本における民事再生法に相当する、アメリカ連邦破産法第11条の適用を裁判所に申請し経営破綻。同時に、他のアメリカ系投資銀行も経営危機に陥ります。まさに本レポートシリーズで分析をしている「国際金融情報スーパーハイウェイ」であるところの投資銀行業界全体が、突如、崩壊したことになります。では、何が原因で、このような現象が起きたのでしょうか。その点を深く追求するために、今回は、1990年以降、急激に規模を拡大してきた、ヘッジファンドの実態を分析します。


ヘッジファンドの歴史と通貨危機

1989年11月9日、ドイツでは、ベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツの統一に向かいます。その過程で、旧東ドイツ側に大量の資金流入が起こります。これによるインフレーション抑制のため、ドイツは高金利政策を実施します。他方、欧州通貨制度(英語表記: European Monetary System:英語略:EMS)に参加したイギリスは、国内景気は減速しているにもかかわらず、ドイツの政策に引きづられる形で高金利政策を維持します。この景気減速下での高金利政策という「市場の矛盾」に、ジョージ・ソロス率いるクオンタム・ファンドが着目。1992年8月、約90億ドルの巨額の英ポンド売りを仕掛けます。

イギリス政府とイングランド銀行は、外国為替市場で英ポンドの買い支えに加え、9月16日には、公定歩合を10%から12%へ、そして12%から15%という、1日に2度の金利引き上げを実施。しかし、英ポンドの下落は止まらず、翌9月17日には、EMSからの脱退を余儀無くされます。この前代未聞のヘッジファンド(巨額マネー)対イギリス政府(国家)との戦いは、ヘッジファンドに軍配が上がる結果となり、ジョージ・ソロス率いるクオンタム・ファンドは、約210億ドルとも言われる巨額な収益を上げたといわれています。

これと同様、前回のレポート (注1)で分析したアジア通貨危機も、ヘッジファンドによる巨額の為替投機が、危機の一要因といわれています。このアジア通貨に対する売り浴びせによって、ヘッジファンドは、1996年には預かり資産の50%、1997年には預かり資産の72%もの、驚異的な収益を達成しました (注2)

ヘッジファンドは、第二次世界大戦後の1949年、フォーチューン誌のアソシエイト・エディターであった、コロンビア大学のジョーンズ博士が創設したファンドが、その起源であるとされ、創設当初からロングとショートの併用による市場全体のリスクヘッジ、レバレッジを効かせた高リターンの追及、パートナーシップ形式を用いた私募形態による資金調達、そしてパフォーマンスに基づく成功報酬システムという、主に4つの特色があるものとして出現しました。1966年、フォーチューン誌が「ヘッジファンド」に関る特集を掲載したことによって、その名前が広く定着して行きます。

1950年代から1960年代にかけて、アメリカの株式が長期間に亘り上昇する局面では、レバレッジを効かせたロングポジション戦略が、高収益をもたらすことになります。その結果、本来、ロングとショートの併用による市場全体のリスクヘッジを行うとする、生来のヘッジファンドの機能は薄れていきます。しかし、1968年末以降、アメリカの株価が下落を開始。以降、ロングとショートの併用による市場全体のリスクヘッジを行っていなかったヘッジファンドは巨額の資産を失い、市場から撤退を余儀無くされます。

1980年代に入り、ジュリアン・ロバートソン率いるタイガーファンドや、ジョージ・ソロス率いるクオンタム・ファンドなどが高収益を上げ始めることで、ヘッジファンドの市場規模は拡大して行きます。これらのヘッジファンドは、1970年代までの現物株式市場中心の伝統的運用方法から脱却し、外国為替市場、債券市場、そして商品市場にも運用範囲を拡大。加えて、先物、オプション、スワップなどのデリバティブ取引を導入することで、資金運用の技術革新を行います (注3,4)


ヘッジファンドの仕組み

さて、ここでヘッジファンドの仕組みを分析してみます。ヘッジファンドは、投資家から主に私募的に集められた投資資金に対して、各国の規制や税制の特徴に対応する各種ビークルを創設します。ビークルの設立所在地は、2005年時点で、アメリカ本土が約3割強、タックス・ヘブンである西インド諸島のケイマン諸島が同じく約3割強、英領ヴァージン諸島が約1割強、バミューダ諸島が約1割弱となっています。

それと同時に、各種ビークルの中心に位置するマスターファンドと呼ばれるビークルを設立します。このマスターファンドに対して、投資顧問業者が資金運用の指図を行います。この指図に応じて、有価証券の貸借を含む金融取引の執行と資金証券決済を行うのがプライム・ブローカー、これらの金融取引に伴う事務管理の代行を請け負うのがアドミニストレーター、そして、ヘッジファンドの保有資産管理を行うのがカストディアンです。フルサービス投資銀行は、このプライム・ブローカー業務、アドミニストレーター業務、そしてカストディアン業務の全てを請け負います。このことから、ヘッジファンドをバイサイド、投資銀行をセルサイドと呼びます。

ヘッジファンドでは、主に次の4つの投資戦略に分類されています。

(1)アービトラージ型:これは異なった資産の間に一時的に発生する「価格の歪み」に着目する取引です。まず、密接に関係している資産の間の価格に歪みが発生した時点で、割安な資産を購入すると同時に、割高な資産の売却を行います。その後、資産間の価格関係が正常化した時点で、割安であった資産を売却し、割高であった資産を購入する、反対売買の後、資産の清算を行い差益を獲得します。アービトラージ型取引には、債券および金利系の金融商品間に発生する価格の歪み、同じ会社が発行する株式と転換社債の間に発生する価格の歪み、そして、同業他社の個別株式の間に発生する価格の歪みに着目した取引などがあります。このことから、アービトラージ型取引は、限定的なリスク範囲内で確実な収益をもたらすことのできる投資戦略と見られていますが、類似の戦略を採るファンドの量が増加した場合、価格の歪みが発生する確率が低下することにより収益機会が低下する、また、マーケット混乱時には金融取引コストが増加することにより損失が発生するという危険も孕んでいるといわれています。

(2)ディレクショナル型:これは市場の動きの「方向性」に着目して、価格変動リスクを積極的に取る投資戦略です。このディレクショナル型取引の中で、株式ロング・ショート型取引は、個別銘柄に関るビジネス環境の分析に基づいて、値上がりが予想される銘柄はロング、値下がりが予想される銘柄はショートして、ロングとショートのどちらのポジションからも収益獲得を狙う取引です。このことから、株価が予想通りの動きをした場合、大きな収益を上げることができますが、逆に株価が予想と逆に動いた場合は、大きな損失を出す危険性の高い投資戦略です。更に、ディレクショナル型取引の中には、新興国の経済成長に着目して、新興市場株式のロングポジションを保有するエマージング型取引、株価下落が予想される銘柄のショートを行うショート・バイアス型取引、世界の政治経済動向を分析し株式、債券、為替、商品など多岐にわたる投資対象とするグローバル・マクロ型取引、各国の株価指数、金利、商品などの先物市場を中心としたテクニカル取引を行うマネージド・フューチャーズ型取引などがあります。

(3)イベント・ドリブン型:これは金融市場に大きなインパクトのある出来事が起きた時点で発生する、特異な資産価格形成に着目した取引です。合併、買収、事業再編、破産などの特殊な状況の中では、ある資産が本質的な資産価格と乖離した価格で取引される場合があります。そこで、将来的に本質的な資産価格に収斂する前に、その資産を特異な価格で取引を行い、将来的に本質的な資産価格に収斂した後に、資産を清算し収益を得る投資戦略です。このイベント・ドリブン型取引の中で、ディストレスト証券投資戦略は、割安な価格で売却される傾向が強い、破綻状態の企業が発行する株式や債券などに投資を行う戦略です。また、リスク・アービトラージ戦略は、企業の合併、買収などのイベントが起こる場合に発生する、実際のオファー価格と市場価格との価格差を狙って収益を獲得する取引戦略です。この場合、流動性が乏しい証券を取り扱うこととなるため、ファンド資金の流出を防止する必要があるために、解約禁止期間を長期的に設定することがあります。

(4)マルチ・ストラテジー型:これは上記のアービトラージ型、ディレクショナル型、そしてイベント・ドリブン型などの、複数の投資戦略を組み込む投資戦略です。

1990年代初頭は、ジョージ・ソロス率いるクオンタム・ファンドに象徴される、グローバル・マクロ戦略を採用するヘッジファンドが、金額ベースで約7割を占めていましたが、1990年代末期には、グローバル・マクロ戦略が約3割強まで減少したのに対し、株式ロング・ショート戦略が約5割弱にまで増加。2005年には、株式ロング・ショート戦略が若干減少し約4割強となる一方で、イベント・ドリブン型が約2割まで増加するというように、時代によってヘッジファンドの戦略は変化し続ける傾向にあります (注3)


ヘッジファンドの規模

ヘッジファンドの運用資産残高の規模は、1990年を基準とした場合、1998年に約10倍、2003年に約20倍、2007年に約40倍を超える規模に成長しています。更に、多くのヘッジファンドがレバレッジを効かせた運用を行っていることから、実際の取引残高は運用資産残高の2.5倍から3.5倍に達するという見方があります。また、ヘッジファンドの設定数も1990年を基準とした場合、1998年に約5倍、2003年に約10倍、2007年に約16倍を超える規模に増加しています(注3)。このように1990年以降、規模が劇的に拡大しきたヘッジファンド。これに対して、2000年以降、各国の金融当局は投資家保護と市場規律確保という観点から、何らかの規制が必要ではなかろうかという意見が出始めます。

しかし、ヘッジファンドの定義、ヘッジファンドの仕組み、そしてヘッジファンドの抱えるリスクといった全体像を把握することが容易でなかったことから、数年間、足踏み状態が続きます。2004年になりやっとアメリカは、1940年の投資顧問法を改正することで、一定のヘッジファンドの米国証券取引委員会(英語名称:U.S. Securities and Exchange Commission、英語略:SEC)への登録義務を規定しました。また、イギリスでは、英国金融庁(英語名称:U.K. Financial Services Authority、英語略:FSA)から許可を受けていないヘッジファンドは、原則として一般投資家への販売が禁止されたのに加え、2004年、法人顧客等へのヘッジファンドの販売に限定した適格投資家制度が導入されました (注4,5)。日本では、2005年、金融庁が、レバレッジの利用、成功報酬の徴収、そして、投資戦略の策定という3つを、ヘッジファンドの要素として定義付けました。しかし、各国金融当局はヘッジファンドに対するグローバルレベルでのコンセンサスを確立することなく、2008年、サブプライム問題を発端とする世界金融危機へと突入して行くことになります。さて、次回は1997年の香港返還についてのレポートです。


【参考文献】

注1)松本秀之(2008)、「第十三回『投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの建設期(6)』、RIETI海外レポートシリーズ:国際金融情報スーパーハイウェイの建設現場から」、2008年9月4日

注2)Daniel A. Strachman(2004),”Julian Robertson:A Tiger in the Land of Bulls and Bears”,ISBN: 978-0-471-32363-1,Wiley,August 2004

注3)経済産業省(2008)、『国内外で存在感を高めるヘッジファンドの実態調査報告書』、経済産業省 経済産業政策局 調査課、2008年4月

注4)金融庁(2005)、『ヘッジファンド調査の概要とヘッジファンドをめぐる論点』、2005年12月、www.fsa.go.jp

注5)金融庁(2006)、『ヘッジファンド調査の結果』、2006年3月、www.fsa.go.jp

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松本秀之
MATSUMOTO Hideyuki
RIETI
コンサルティングフェロー
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バックナンバー
  • 第一回「投資銀行の国際金融情報スーパーハイウェイ化」
  • 第二回「投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの胎動期」
  • 第三回「投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの黎明期(1)」
  • 第四回「投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの黎明期(2)」
  • 第五回「投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの黎明期(3)」
  • 第六回「投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの黎明期(4)」
  • 第七回「投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの黎明期(5)」
  • 第八回「投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの建設期(1)」
  • 第九回「投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの建設期(2)」
  • 第十回「投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの建設期(3)」
  • 第十一回「投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの建設期(4)」
  • 第十二回「投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの建設期(5)」
  • 第十三回「投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの建設期(6)」
  • 第十四回「投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの建設期(7)」

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