RIETI海外レポートシリーズ 国際金融情報スーパーハイウェイの建設現場から

第七回「投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの黎明期(5)」

松本 秀之
コンサルティングフェロー

現代社会が直面している変化の本質は何か。イギリスの歴史学者アーノルド・トインビー博士は、それを端的に「距離の消滅」と表現しました。1990年以降の情報社会の出現。アメリカの未来学者アルビン・トフラーは、農業革命そして産業革命に続く3番目の革命として、情報革命を位置付けました。現在、投資銀行業界で、重要な経営戦略の一つとして位置づけられている、コストセンターのオフショアリングとアウトソーシング。この現象は、情報革命によってもたらされた、ビジネスプロセスの流れの中の「距離の消滅」を象徴する出来事として、捉える事ができます。

1990年から1994年までの黎明期のまとめとして

毎年、発表される「世界の金融市場インデックス」(注1)。2007年9月に公表された昨年度のレポートでは、東京市場はぎりぎりトップテン内の10位。上から1)ロンドン2)ニューヨーク3)香港4)シンガポール5)チューリッヒ6)フランクフルト7)ジュネーブ8)シカゴ9)シドニー、そして10)東京の順となっています。既に東京市場の国際的地位は、香港市場とシンガポール市場から、大きく離されてしまいました。

本年2008年1月4日の大発会において、東京証券取引所の斉藤社長は、低迷する日本株式市場の状況を鑑み、「東京市場の魅力が失われつつあるのではないか」という危機感を表明されました。日本の製造業において、近隣アジア諸国へのオフショアリングが一般化した現在、金融においても同様の事態、つまりアジア諸国へのシフトが起こる可能性が、少なからずあるのではないでしょうか。

この危機感から、2007年9月25日のレポート「グローバル化の時代における日本の金融市場戦略」では、「今後、どうすれば東京市場そして地方都市において、金融サービスを活性化させていくことができるのか」という問いに対するサジェスチョンを行いました。加えて、「アジア太平洋地域における東京市場のステータスを、いかに回復するのか」という問いに対する、何らかの答えを見出すことを目的として、2007年10月から、本シリーズの連載を開始しました。

第一回(注2)は「投資銀行の国際金融情報スーパーハイウェイ化」と題し、2007年時点における投資銀行の現状を、組織構造と情報システムという2つの観点から解説しました。その後、多国籍化した投資銀行の際立った特徴の1つである、コストセンターのオフショアリングとアウトソーシングに焦点を当て、時系列的な分析を開始しました。第二回(注3)は、胎動期(1970年から1989年まで)における、欧米系投資銀行の日本市場への進出、投資銀行の事務処理システムの構造、そして事務処理の現場での効率化と国際化への取り組みについて、また第三回(注4)は、黎明期(1990年から1994年まで)の日本の金融市場の変化、多種多様な事務処理のシステムの存在、そして欧米系投資銀行が直面した、日本市場における参入障壁について解説しました。

第四回(注5)は、日本の証券業界の歴史、金融商品取引法とその関連規則、そして法定帳簿と定期報告を解説した上で、黎明期における事務処理部門の情報システムについて触れ、第五回(注6)は、事務処理部門の格闘とエンドユーザーコンピューティングの拡大、ITプロジェクトマネジメントの特徴、そしてプロトタイプの活用と、ハイブリッドマネージャーの育成について説明しました。

第六回(注7)は、ハイブリッドマネージャーの特徴と情報システム部門の組織構造を解説した上で、グローバルビジネスに適している連邦型情報システム部門について説明しました。そして、今回は1990年から1994年までの黎明期のまとめという位置付けで、この時期の最終局面で行われた、アウトソーシングとオフショアリングの意思決定に至る経緯と、それに伴う人の移動について、ご報告いたします。

投資銀行の事務処理部門の状況

はじめに、今まで本シリーズで掘り下げてきた投資銀行の事務処理部門の状況を、情報システムの構造と組織の構造という2つの観点から要約します。

事務処理部門の情報システムは、3つの階層で構成されており、第1階層には、金融商品の属性を管理する商品マスター、取引相手の属性を管理する顧客マスター、そして金融取引データを作成し記録するモジュールという、3つの機能が存在します。第2階層には、第1階層で作成した金融取引データを蓄積し、投資銀行の自己勘定におけるポジションを、全社トータル、部門別、グループ別、そしてトレーダー別で管理する機能と、現金送金あるいは現物証券の受渡を行う資金証券決済の機能が存在します。そして第3階層には、コーポレートアクションを管理する機能、経理処理を行う機能、そして定期報告書や法定帳簿を作成する機能が存在します。

当然、日本の市場において投資銀行業務を行う際には、日本の法的要請に従う事が、義務付けられます。この法的要請の特徴は、月末時点で作成する数種類の勘定元帳に代表される法定帳簿が、日本特有のものである点、そして、日次、週次、月次、四半期毎、年次に提出すべき定期報告書類が、他の国と比べると多く存在する点です。その結果、この法的要請に応えるために、欧米系投資銀行の多くが、日本市場対応のビューロー型システムを導入しました。

しかし、このビューロー型システムには、新商品や新市場への対応が遅れるという弱点があったことから、UNIX環境やWindows環境を活用し、新商品や新市場に対応するための、追加機能を自社開発します。他方、事務処理部門の3階層システム構造の中には、外部組織のホストコンピュータに直結するオンライン型システム、海外の拠点間をつなぐグローバルネットワーク型システム、そしてパソコン環境でユーザーが独自に開発を行ったエンドユーザーコンピューティング(EUC)型システムなど、多種多様な情報システムが数多く存在しました。その結果、全体の情報システム構造は、整理整頓された「幕の内弁当型システム構造」ではなく、多種多様な情報システムが複雑に絡み合った「スパゲッティ型システム構造」となるケースが一般的でした。

そして、事務処理部門の内部では、多種多様な紙ベースの大量の伝票が駆け巡ることとなり、データ入力部署とデータ突合部署では、人海戦術的な作業が行われることになりました。そこでEUCによって作成された小型情報システムを大規模システムの模型と捉えて、システム開発を行うという「プロトタイプとしてのEUC活用」を行うケースが現れ始めると同時に、大規模情報システムプロジェクトを成功に導く為に、ハイブリッドマネージャーの育成に取り組み始めます。

加えて、各ビジネス部門からの要望を情報システム開発に直結させる事を狙って、フロントオフィス、ミドルオフィス、そしてバックオフィスの各部門に、それぞれ情報システムアプリケーション開発部門を設置、他方、情報システムの全体的なアーキテクチャの整理整頓行う為に、情報システムの基盤部分をグローバルで統括する部門を設置するという、連邦型情報システム部門の構築を行う動きが一般化し始めます。

コストパーチケット分析

本シリーズの第二回(注3)で解説をしたとおり、ブラックマンデー以降、投資銀行業界では、収益構造の改善を目的として、収益部門のプロフィットセンターと、経費部門のコストセンターとの間で、ミッションの明確な区別が行われます。プロフィットセンターは、金融取引を通して収益を叩き出す部門であり、他方、コストセンターは、リスク管理部門や事務処理部門など、プロフィットセンターのサポートを行う部門です。国際的な資金証券決済の事務処理の増加と、情報システムの革新という圧力が加わり、「グローバルな見地から最も効率的な事務処理の枠組みは何か」を模索する動きが始まります。

投資銀行の収益は、主に発行市場におけるM&Aや、証券発行に関るアドバイザリー料、流通市場おける自己勘定を用いたトレーディング収益、顧客勘定を用いた株式や先物オプションなどの委託業務からの得られる手数料収入から成り立っています。プロフィットセンターで働くマネージャーやトレーダーの手腕は、これらのさまざまなフロント業務によって稼ぎ出した収益を基準として判断されます。

他方、コストセンターで働くマネージャーの手腕は、日常の事務処理を正確にミス無く行う組織を作り上げることに加えて、どこまでコスト削減を実現する事ができたのかを基準として判断されます。このコスト削減は、事務処理部門の組織全体としての達成度が、判断基準となりますので、バランスの取れたコスト管理を行うことが必要となります。

たとえば、EUCによって単発的・局地的なコスト削減が実現されたとしても、他部署でそれ以上のコストが発生していれば、意味がありません。その為、コストセンターにおけるコスト削減の達成度を、数量的に把握することを狙い、投資銀行業界ではコストパーチケット(CPT)分析を開始します。このCPT分析は1つの注文伝票を処理するのに掛かるコストを、組織縦断的な視点から算出するものであり、たとえば、日本株式の注文伝票を1枚処理するのには100円、日本国債の注文伝票を1枚処理するのには1万円、などという結果を導き出します。

アウトショーシング、オフショアリングそしてオフショアアウトソーシング

本シリーズの第三回(注4)と第四回(注5)で明らかにした通り、1990年以降、欧米系投資銀行は、日本で展開しているビジネスに関る、事務処理部門のコスト高に苦しみます。そこで、先に説明をしたコストパーチケットを軸として、事務処理あるいはシステム開発などのコストセンターにおいて、新しい枠組みを模索し始めます。当時、コスト削減を可能にする手法として、浮かび上がってきたアイデアが、アウトソーシングとオフショアリングです。

オフショアリングとは、現在、国内で行われているビジネスプロセスを、別の国に移動することであり、他方、アウトソーシングとは、現在、組織内で行われているビジネスプロセスを、外部の組織に委託することを意味します。また、この2つの手法の組み合わせである、オフショアアウトソーシングとは、現在、国内・組織内で行われているビジネスプロセスを、国外にある外部組織に委託することを意味します。

当時の投資銀行における、アウトソーシングとオフショアリングの活用方法には、主に以下の3つの手法がありました。

(1) 国内の別の会社に委託する国内アウトソーシング
(2) 海外拠点に移動するグループ内オフショアリング
(3) 海外の別の会社に委託するオフショアアウトソーシング

さて、アウトソーシングやオフショアリングといった戦略立案に関しては、経済的な環境、ビジネスの環境、そして技術的な環境という3つの観点から、精査を行う必要があるとしている、マリー・レィシティ博士、レスリー・ウィルコックス博士、デービッド・フィニー博士(注8)の指摘があります。この指摘に沿う形で、投資銀行では、グローバル情報システム戦略の立案過程において、まず、フロントオフィス、ミドルオフィス、そしてバックオフィスで行われているビジネスプロセスを、細かいパーツに分解します。

そして、各ビジネスプロセスの1つ1つのパーツに対して、国内アウトソーシングを選択した場合、どの会社が適切なのか、海外拠点に移動するグループ内オフショアリングを選択した場合、どの国のどの拠点が適切なのか、また、オフショアアウトソーシングを行う場合、どの国のどの会社が適切なのか、という判断を行うため、各ビジネスプロセスの移動可能性、ビジネスプロセスの変化がもたらすコスト、そしてビジネスプロセスの変化がもたらすリスクの3つの観点から分析を行い、シミュレーションのマトリックスを作成します。

シミュレーションのマトリックス分析

まず、ビジネスプロセスの移動可能性の観点からは、それぞれのビジネスプロセスが、ある一定の場所に縛られる仕事なのか、そうでないのかを分析します。たとえば、政府系機関や国内顧客とのコミュニケーションを図ることが必要な仕事は、それを遂行する際に、言語や習慣を充分に弁えることが重要であるために、日本国内で行うべきであると判断されることが一般的でした。他方、英語表記の金融商品に関るデータベース管理、経理処理に関る数字の突合作業、あるいはUNIX環境におけるシステム開発などは、拠点間を結ぶ情報ネットワークを活用することで、海外拠点において遂行する事が可能であると、判断されることが一般的でした。

次に、ビジネスプロセスの変化がもたらすコストの観点からは、アウトソーシングあるいはオフショアリングを実施する際の、一時的に発生するプロジェクトコスト分析と、プロジェクト実施後のランニングコスト分析を行います。1994年当時の為替レートをベースとしたアジア地域の人件費比較値は、東京を100とした場合、概ね香港が80、シンガポール60、ムンバイ40というレベルでした。このことから、投資銀行のコストセンターにおける長期的なランニングコスト削減の視点から、東京オフィスから他のアジア諸国に、どれだけ多くのビジネスプロセスをオフショアリングすることができるのかが、アジア地域における経営戦略の重要課題となります。

他方、ビジネスプロセスの変化がもたらすリスクの観点からは、他社にアウトソーシングする、あるいは海外にオフショアリングする際に、人材確保が本当に可能なのか、内部管理体制が適切に維持できるのか、あるいは対外的サービスの品質が充分に維持できるのか、といった観点から分析が行われます。たとえば、国際基準に基づいた経理処理は、海外拠点でも行う事が技術的には可能であるものの、情報資産リスク管理の観点から、情報漏洩対策が充分に行われるような、しっかりした枠組みを構築するのは容易ではないため、そのビジネスプロセスはアウトソーシングやオフショアリングを行わず、現状のまま引き続き、投資銀行の内部で行うと判断される場合がありました。

この3つの観点からの全てのビジネスプロセスに対する分析結果を取り纏めて、国内アウトソーシング、グループ内オフショアリング、そしてオフショアアウトソーシングのシミュレーションのマトリックス表を作成し、コストパーチケットが、どの程度削減できるのか、また、ビジネスプロセスに潜むリスクは、どの程度増減するのかを分析します。このマトリックスは多種多様な組み合わせがあったことから、1994年当時には、投資銀行業界ではアウトソーシングやオフショアリングに関する、一般的かつ標準的な戦略デザインは存在しませんでした。

アウトソーシングとオフショアリングの意思決定と人材の移動

その結果、たとえば、コストパーチケットの削減を第一目標とする投資銀行では、システム開発のみならず証券管理や経理処理といった、バックオフィスの中核となる機能を、全て香港やシンガポールなどの他のアジア諸国の拠点に移動することでコスト削減を狙う、「グループ内オフショアリング」を選択するパターン。これとは別に、IT開発のコスト削減の可能性に焦点を当て、IT開発部門だけをインドのムンバイなどの他の会社に委託する、「オフショアアウトソーシング」を行うパターン。

あるいは、コスト削減には興味があるものの、オフショアリングとアウトソーシングには、その実態が明確に把握できない事から、当面、同業他社の動向を見守るとする、「意思決定を先延ばし」にするパターン。また、コスト削減は強調せず、投資銀行グループ全体として、フロントオフィスの収益拡大を優先順位の一番として、オフショアリングとアウトソーシングの手法は、「取り入れないと決定」するパターンなどがありました。

その中で、1994年、アジア地域のIT開発および事務処理を統括的に運営する大規模ビジネスプロセスセンターを、シンガポールに構築すると決定した、ある欧米系投資銀行のケースがあります。このケースでは、グループ内オフショアリングプロジェクトの決定後、事務処理部門の機能移転プロジェクトを成功させるために、東京支店あるいは香港支店からシンガポール支店に派遣する、人材の選択と訓練が始まります。そしてこのケースでは、オフショアリングが実施される初期段階で、前述のEUCを実現できるような、オールマイティな能力を持つスタッフ、所謂、ハイブリッドマネージャーを、海外拠点に派遣する人材として選択しています。

さて、次回からは、1995年から1999年までの投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの建設期に起きた変化を、この欧米系投資銀行のケースを中心に、ご報告いたします。

2008年3月21日
写真
脚注
  1. Yeandle M., Mainelli M and Harris I. (2007), "The Global Financial Centres Index - 2", 78 pages, City of London Corporation, September 2007
  2. 松本秀之(2007)、「第一回『投資銀行の国際金融情報スーパーハイウェイ化』、RIETI海外レポートシリーズ:国際金融情報スーパーハイウェイの建設現場から」、2007年10月10日
  3. 松本秀之(2007)、「第二回『投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの胎動期』、RIETI海外レポートシリーズ:国際金融情報スーパーハイウェイの建設現場から」、2007年10月31日
  4. 松本秀之(2007)、「第三回『投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの黎明期(1)』、RIETI海外レポートシリーズ:国際金融情報スーパーハイウェイの建設現場から」、2007年11月22日
  5. 松本秀之(2007)、「第四回『投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの黎明期(2)』、RIETI海外レポートシリーズ:国際金融情報スーパーハイウェイの建設現場から」、2007年12月18日
  6. 松本秀之(2008)、「第五回『投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの黎明期(3)』、RIETI海外レポートシリーズ:国際金融情報スーパーハイウェイの建設現場から」、2008年1月16日
  7. 松本秀之(2008)、「第六回『投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの黎明期(4)』、RIETI海外レポートシリーズ:国際金融情報スーパーハイウェイの建設現場から」、2008年2月18日
  8. Lacity M.C., Willcocks L.P. and Feeny D.F. (1996), "Sourcing Information Technology Capability: A Framework for Decision-Making", Information Management: The Organizational Dimension, Earl (ed), Oxford. University Press, 1996, pp. 399 - pp. 425

2008年3月21日掲載

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