RIETI海外レポートシリーズ 国際金融情報スーパーハイウェイの建設現場から

第六回「投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの黎明期(4)」

松本 秀之
コンサルティングフェロー

1993年以降、クリントン政権からの「金融とIT」を重視した政策メッセージは、アメリカ国内だけでなく全世界に伝播します。投資銀行は、ビジネスモデルのグローバル化に伴い、国境を越えた情報ネットワークの整備に対して、積極的な投資を開始します。その結果、各拠点間の情報のやり取りは、従来のファックスやテレックスといった古い技術から、コンピュータネットワークを駆使した新しい技術へと、急速に移行して行きます。また、グローバルビジネスに対応するために、情報システムマネジメントの手法も変化しはじめます。

ハイブリッドマネージャーの特徴

前回のレポート(注1)で触れたハイブリッドマネージャー。オックスフォード大学のマイケル・アール博士は、その定義を「優れた技術的な能力とビジネスに関する豊富な知識を併せ持つ人」としています。また、マイケル・アール博士と共にハイブリッドマネージャーに関する協同研究を行ったデービッド・スキルム博士(注2)は、その特質を以下のように捉えています。

(1) ビジネスの知識
ある業界あるいはその関連の業界において、長年に亘り職務経験を積み、業界の基礎的な知識を有する事、また、その知識を基として、将来起こるであろう変化を、敏感に察知する能力を有する事が、ハイブリッドマネージャーには求められる。

(2) ITの知識
ハイブリッドマネージャーは、特殊なコンピュータプログラミング能力を有する必要はない。しかし、情報システムによって「何が可能となるのか」を知悉することが重要である。そして、情報システムを用いた価値創造の活動を、組織内外に亘りリードする能力が求められる。

(3) 一般的なマネジメントの技能
情報システムを活用した価値創造を行う基礎的技能として、一般的なマネジメント能力は必要不可欠である。ハイブリッドマネージャーは、組織の内部に対して、情報システムを活用する際の大きなデザインを描き指し示し、その意見に賛同する人をとりまとめながら、直面する問題の解決を行うことが求められる。

(4) 意思決定力学に関する知識
あらゆる組織には、意思決定に関る固有の力学が存在する。情報システムを利用した価値創造の活動を成就たらしめるには、その組織に内在する特殊な意思決定システムに精通し、意思決定にまで到達させることのできる、人的ネットワークを持つことが求められる。

(5) 個人の性格
ハイブリッドマネージャーは、エネルギーが満ち満ちており、情熱があり、そして物事を達成せしめる決意が無ければならない。優柔不断ではいけない。

さて、スキルム博士によれば、このハイブリッドマネージャーの育成方法には、2つのアプローチがあります。1つは、情報システムに携わるコンピュータプログラマーに対して、一般的なマネジメント能力とビジネス全般に対する知識を習得させる事を通して、ハイブリッドマネージャーへと育成するアプローチ。もう1つは、エンドユーザーコンピューティング(EUC)を作り上げる能力があり、ビジネスに精通をしているスタッフに対して、情報システムに関する知識とマネジメント能力を、もう一歩深く習得させる事を通して、ハイブリッドマネージャーへと育成するアプローチです。さて、このどちらの手法を選択すべきなのか。多くの投資銀行の場合、後者を選択しました。その理由として、情報システムに関るプロフェッショナルスタッフを、ハイブリッドマネージャーに育成することは、容易ではないということがありました。

情報システムの内部の流れの全工程を端的に要約すると、インプット、プロセス、そしてアウトプットという3つの段階に区切る事ができます。インプットはデータ入力の段階、プロセスは入力されたデータに対してプログラムを基に規則的な演算を行う段階、そしてアウトプットは変換されたデータから必要なデータを抽出し、並べ替えなどを行った上で出力する段階です。

ダニエル・クーガー博士(注3)に拠れば、情報システムプロフェッショナルスタッフは、コンピュータ内部で行われる演算処理に対して、深く興味を抱く傾向性があります。つまり、情報システムプロフェッショナルスタッフは、上記の3段階のうち、中間に位置するプロセスの部分に、注意が偏る傾向があるわけです。他方、情報システムを扱うユーザーは、プロセスの部分で行われる演算処理よりも、直接触れる事のできる段階、すなわちインプットとアウトプットの部分に、より深く興味を抱く傾向性があります。

このように、情報システムプロフェッショナルスタッフと情報システムユーザーの間には、興味を抱く部分に相違が存在します。そのため、仮に情報システムプロフェッショナルスタッフが、プロセスの部分で優れたプログラミングを作成したとしても、インプットやアウトプットの部分で僅かなミスがあった場合、情報システムユーザーの観点からすると、そのプログラムは要望を満たしていないという評価になってしまいます。多くの場合、この情報システムプログラマースタッフと情報システムユーザーの間の「興味のギャップ」が、両者間の軋轢を引き起こす原因となっています。

EUCなどを得意としているビジネスマネージャーは、ビジネスの知識をパソコン環境で表現するという行為を積極的に行ってきた経験があることから、インプット、プロセス、そしてアウトプットという全ての段階に対して、理解を併せ持っています。そこで、彼らに対して一般的なマネジメント手法と情報システムに関る知識を、より深く習得させる事によって、情報システムプロフェッショナルスタッフと情報システムユーザーの間の架け橋的な役割を担う人材へ育成する事が、情報システムマネジメントの分野において、重要な課題となりました。

情報システム部門の組織構造

ハイブリッドマネージャーに関しては、情報システムの分野における人的資源の育成および活用という視点から、チーフ・インフォメーション・オフィサー(CIO)、プロジェクト・スポンサー(PS)、プロジェクト・チャンピオン(PC)などと同様に、研究が行われています。それと同時に、グローバル情報システムを構築するための人的資源の効率的な活用という視点から、システム部門の構造改革に関する研究も行われています。

まず、情報テクノロジー(IT)や情報システム(IS)という言葉自体、一般的には未だ定着していなかった1980年代後半、情報システム学の分野において、前述のアール博士が、情報システム(IS)、情報テクノロジー(IT)、そして情報マネジメント(IM)という3つの概念を区別し定義付けました。情報システム(IS)とは、ビジネスからの要望に対して何を提供するのか、すなわちアプリケーションの選択、情報テクノロジー(IT)とは、そのアプリケーションをどの様に提供するのか、すなわち技術的プラットフォームの選択、そして情報マネジメント(IM)とは、誰がどの様な使命を持ち、権威を持ち、責任を持つのか、すなわち組織内のポリシーの選択です。この3つの概念の中で、アール博士はグローバルビジネスを行う為には、トップマネジメントによる明確な情報マネジメント(IM)の確立の重要性を強調しています。これに加えて、ブライアン・エドワード博士およびデービッド・フェニー博士(注4)との共同研究の中で、システム部門の組織構造を以下の5つのタイプに分類しました。

(1) コーポレートサービス型
コーポレートサービス型の情報システム部門は、会社の経営陣に直接的な報告を行う独立組織。情報システムそれ自体は分散している場合があるものの、その運用は中央集権的情報システム部門が統括する。ビジネス部門において特殊なシステムの導入が必要不可欠となった場合、その部署は導入すべきコンピュータシステムの要件定義を情報システム部門に提出、予算を確保し実施する、という標準化された社内手続きに則って行わなければならない。

(2) インターナルビューロー型
コーポレートサービス型同様、インターナルビューロー型情報システム部門は独立した組織形態。会社組織の中で、他のビジネス部門と同列に位置する部門として活動する。会社のマネジメントに対する報告も、他のビジネス部門と同じく並列的に行う。この場合、各ビジネス部門は、このインターナルビューロー型情報システム部門に委託するのか、それとも外部のシステムベンダーに委託するのかを、判断する事ができる。

(3) ビジネスベンチャー型
ビジネスベンチャー型情報システム部門は、他のビジネス部門と同様、収益を上げる事を目的として活動する。この場合、ビジネスベンチャー型情報システム部門が、会社内部に提供する代価を算出する、管理会計の仕組みが必要となる。また、他の会社にサービスを提供し、その代価を受け取ることも視野に入れる。

(4) 分散型
この分散型は文字通り情報システム部門を分散させる仕組み。各ビジネス部門が、情報システムを司る機能を、それぞれの支配下に治めるため、中央集権的な情報システム部門は存在しない。会社の経営陣は、情報システムに関る投資予算を、通常的な予算管理規程に基づき把握することになる。

(5) 連邦型
この連邦型は分散型と同様、情報システム部門を分散させて、各ビジネス部門が情報システムを管理する機能を支配下に治めるが、それと同時に、全体的な統治を行う機能を別組織として確立し、全てのビジネス部門が共有する情報システムに関するポリシーおよび情報システム全体のアーキテクチャの統一化および標準化を行う。

連邦型情報システム部門の構築

アール博士らは、ケーススタディに基づき、1983年から1993年までの間、上記の5つの情報システム部門の構造の中から、連邦型情報システム部門の構築を選択しているケースが、増加している実態を把握しています。そして、連邦型情報システム部門は、会社の内部組織の変化、ビジネスモデルの変化、IT技術の変化、IS戦略の変化などの、さまざまな変化に対応できる柔軟性を内包している枠組みであるとして、この連邦型情報システム部門の構造こそ、複雑なビジネスを運営する場合に、最も適した情報システム部門の枠組みであると結論付けています。

このアール博士らの指摘と同様、投資銀行では、フロントオフィスが拡大したグローバルビジネスモデルに対応する為に、この連邦型情報システム部門の構築を行うケースが多く出現しはじめました。たとえば、フロントオフィス、ミドルオフィス、そしてバックオフィスに、それぞれ情報システムアプリケーション開発部門を設置し、その中にハイブリッドマネージャーを配置。それとは別に、パソコン、サーバーあるいはネットワークなどの情報システム基盤の部分をグローバルで統括する別組織を構築し、国境を越えたレポーテリングラインを活用して、世界的な情報システム規格の標準化を推し進めていきます。

次回は、1990年から1994年までの投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシング黎明期のまとめとして、そこで行われた意思決定と、それに伴う人の移動について、ご報告を致します。

2008年2月18日
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脚注
  1. 松本秀之(2008)、「第五回『投資銀行におけるオフショアリングとアウトソーシングの黎明期(3)』、RIETI海外レポートシリーズ:国際金融情報スーパーハイウェイの建設現場から」、2008年1月16日
  2. Skyrme D.J. (1996), "The Hybrid Manager", Information Management: The Organizational Dimension, Earl (ed), Oxford. University Press, 1996, pp. 436 - 455
  3. Couger J.D. (1996), "The Changing Environment for IS Professionals: Human Resource Implications", Information Management: The Organizational Dimension, Earl (ed), Oxford. University Press, 1996, pp. 426 - pp. 435
  4. Earl M.J., Edwards B. and Feeny D.F. (1996), "Configuring the IS Function in Complex Organizations", Information Management: The Organizational Dimension, Earl (ed), Oxford. University Press, 1996, pp. 201 - pp. 230

2008年2月18日掲載

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