RIETI海外レポートシリーズ 国際金融情報スーパーハイウェイの建設現場から

第一回「投資銀行の国際金融情報スーパーハイウェイ化」

松本 秀之
コンサルティングフェロー

1990年代半ばから、アメリカで展開された「情報スーパーハイウェイ構想」。その推進役はクリントン政権を陰で支えた、アル・ゴア元米副大統領。彼の着眼点は、既に「情報」から「環境」へとシフト。昨年、大ヒットしたドキュメンタリー映画「不都合な真実」の製作発表などを通して、現在、彼は精力的に、地球温暖化問題の啓蒙活動を、グローバルレベルで行っています。さて、今から約10年前、ゴア氏が推進した「情報スーパーハイウェイ構想」は、現在の国際金融システムに極めて大きな影響を与えています。

現在、国際金融の現場では、グローバル情報システムを駆使することで、国境を越えて日々巨額の資金移動を行っている、投資銀行の存在を無視することはできません。今日、国際的にビジネスを展開している投資銀行の、東京・香港・シンガポール・シドニー・ロンドン・ニューヨーク・シカゴなどにある各拠点は、20年ほど前までは、完全に独立した形で業務を運営している状態でした。ここ15年の、グローバルレベルでの高度情報化の波に適応するため、投資銀行はグローバル経営体制を確立し、「国際金融情報スーパーハイウェイ」へと変貌を遂げたのです。

隠れた視点:情報インフラから国際金融を捉える

本年初夏、現在勤務するロンドンシティのオフィスからロンドンブリッジ駅へ向かう帰宅途中、丁度、イングランド銀行の正門脇に差し掛かったところで、かつて東京とシンガポールでグローバル情報システム開発に一緒に取り組んだ、イギリス人の友人と約10年ぶりに偶然再会。数週間後、ロンドンシティのパブでじっくり対話しました。彼は、1997年からフランクフルトで、ドイツ系投資銀行のグローバル情報システム開発に従事した後、現在、ポルトガル系投資銀行のロンドン支店に勤務し、グローバル情報システムマネジメントを行っている、とのこと。

議論の中心は勿論、「グローバル情報システム開発」。このアプリケーションは良いとか悪いとか、良いアプリケーションでも導入時点で失敗する原因は何かとか、プロジェクトの進め方のポイントは何かとか、喧々諤々。異論反論いろいろ飛び出す中で、1つだけ一致した点は、「多国籍投資銀行業界の激烈な生存競争の渦中で、今後、投資銀行ビジネスを成功させる鍵となるのは、効率的なグローバル情報システムの構築である」ということでした。

本稿のタイトルで披露した、「投資銀行の国際金融情報スーパーハイウェイ化」という視点は、日本の政界も財界も学術界も、いまだ注目をしていませんが、金融のみならず経済全体に大きな影響を与えている要素を発掘できる、「隠れた視点」であると考えています。

国際金融の大動脈:投資銀行

現在、「投資銀行」という言葉は、2つの意味合いを持っているようです。1つは「業務としての投資銀行」、そしてもう1つは「組織としての投資銀行」です。前者の「業務としての投資銀行」は、有価証券発行などを通じた市場からの資本調達のアレンジメントや、合併・買収(M&A)など企業戦略をアドバイスする業務を意味します。他方、後者の「組織としての投資銀行」には、前者を営む投資銀行部門(Investment Banking Division ; 略称IBD)だけでなく、自己勘定を用いて経済的収益を狙うレーディング部門や、顧客からの委託売買注文を取次ぐことで手数料収入を獲得するセールス部門などが含まれます。

投資銀行部門は、投資銀行という組織の中で経済的収益の中核となる部門である、という印象を与えがちですが、実は投資銀行部門の収益が、全社的収益の2割に満たない大手欧米系投資銀行がいくつかあります。このような投資銀行では、トレーディングやマーケティングなどの部門が、収益の核となっています。この多様な収益源を持つ「組織としての投資銀行」を、「フルサービス投資銀行」と呼びます。

金融機関のスタイルには商業銀行、証券ブローカー、損害保険、生命保険など、さまざまな形態が存在します。その中で、小口取引を大量に取り扱うリテール業務を行う、いわば「地域金融の毛細血管」の役割を演じている金融機関とは対照的に、投資銀行は主に機関投資家を対象とした大口取引を取り扱うホールセール業務を行う、いわば「国際金融の大動脈」の役割を演じてます。リテール業務とホールセール業務とでは、マネジメント手法が異なることから、商業銀行と投資銀行を別組織として運営している大手金融グループが多く存在します。

投資銀行の組織構造と情報システム

2007年9月25日付けのコラムで、若干触れた投資銀行のプロフィットセンターとコストセンターを、ここでもう一歩深めて解説をします。

投資銀行の構造の一番上の階層に位置するのが、フロントオフィスです。フロントオフィスは、投資銀行の中で、経済的収益を生み出す部門であるため、プロフィットセンターとして括られています。この中で、発行市場でビジネスを行う部署と、流通市場で金融商品を取り扱う部署との間は、完全に分離することが義務付けられています。証券の発行や合併・買収などの企業戦略を取り扱うM&A部門は、発行市場部門に属します。

他方、流通市場で金融商品を取扱う部門は、株式・債券・デリバティブなどの商品種別に基づいて分離され、その中で更に、自己売買を行うトレーディング部門、顧客からの取次を行うマーケッティング部門、新しいビジネスモデルを創造する部門などの組織を、構成するのが一般的です。この流通市場部門では、為替、資金、株式、債券、投資信託など、多種多様なタイプの金融商品に対して、先物、オプション、スワップ、フォワード、貸借など、さまざまなスタイルの金融取引を行うことで、経済的収益獲得を狙います。

フロントオフィスでは、インターネットの普及に伴い、金融市場におけるリアルタイムベースの市場価格の獲得、高度なクォンティティブ(数量的)分析を可能にする市場価格データベース及び計算ソフトウェア、金融経済に関するリサーチレポートの配信、そして相手方との金融商品を取引約定するオンラインシステムなどの分野で、情報システム技術が活用されています。更に、投資銀行のコンピュータネットワークを、社内のみならず顧客のデスクまで拡大するという最先端の情報技術を活用した、ダイレクト・マーケット・アクセス(DMA)という、フロントオフィスの新たなビジネスモデルが、出現しはじめました。

投資銀行の構造の中間部分に位置するのが、ミドルオフィスと呼ばれるコストセンターです。ミドルオフィスの中心的な機能は、金融取引に関るリスクの管理です。ここは収益を稼ぎ出す機能ではないものの、フロントオフィスが経済的収益を獲得するための、重要なサポート機能を果たしています。ミドルオフィスで活用している情報システムは、市場リスクや信用リスクを管理するシステムが中心となっています。これらの情報システムでは、フロントオフィスの情報システムと同じく、市場の価格をリアルタイムで獲得するのが一般的です。

投資銀行の構造の下層部分に位置するのが、バックオフィスと呼ばれるコストセンターです。バックオフィスには、経理処理、税務処理、人事管理、コンプライアンス、金融関連法遵守管理、情報セキュリティー管理、社内監査といった組織内マネジメントに焦点を当てた機能と、顧客口座の開設・維持・削除、取引報告書の送付と照合、資金証券決済の突合、顧客マスタや商品マスタのデータ管理、当局への定期報告といった、外部とのコミュニケーションに焦点を当てた機能があります。これらのバックオフィスの機能の中で行われている業務の殆どが、日常的なルーティーンワークとなっています。

バックオフィスの情報システムは、フロントオフィスでの金融商品取引約定後の事務処理が中心となっています。決済や定期報告などの業務の中には、中央銀行や証券取引所などと連結している部分も存在します。このことから、バックオフィスの作業では、データの正確性が最も重要な要素と考えられています。金融商品取引約定日の翌日を受渡日とするT+1の要請が、世界的に高まってきたことから、ビジネスプロセスの改善を狙った、情報システムのストラクチャーの見直しが、重要視され始めています。更に、社内情報ネットワークを、シンガポール、インドのバンガロール、イギリスのグラスゴーなどといった、労働力を安価に供給することのできる地域に拡大し、事務処理コストを劇的に低減させる、オフショアアウトソーシングという、新しいビジネスモデルが出現しています。

建設現場での格闘:縦軸連結から横軸連結そしてグローバル連結へ

さて銀行業は、歴史的に情報ネットワークと深い関係があります。18世紀から19世紀に掛けて、ロスチャイルド家が欧州地域で国境を越えた情報ネットワークを構築し、それを金融取引に活用する事で、多額の収益を上げ巨額の富を築いたのは、有名な史実です。このような欧州の歴史を鑑みると、銀行業というビジネスモデルには、情報ネットワークと経済的収益との間に、少なからぬ因果関係が存在すると推測できます。

現在、投資銀行ビジネスから経済的収益を獲得するためには、高度な情報通信ネットワークを保有する必要があり、結果として投資銀行業界には、高い参入障壁が存在すると言われています。さてここ数年間に亘り、投資銀行のグローバル情報システム戦略の現状調査を目的として、10社以上の多国籍投資銀行から、実際使用しているコンピュータシステムにかかわるデータを収集しました。その結果、大きく以下の3つのポイントがわかってきました。

1)情報システムの縦軸連結:ストレート・スルー・プロセッシング
先ず第1に、フロント・ミドル・バックオフィスいうと3階層を、上流から下流へと連結する、所謂ストレート・スルー・プロセッシング(STP)が、実現されている事例が多くありました。現在のように、情報システムが進化する前は、投資銀行の事務処理は、フロント・ミドル・バックオフィスがそれぞれ独立した形で行う、紙ベースの手作業が主流でした。フロントオフィスで行われた金融取引は、約定伝票に手書きで記録。その紙がミドルオフィスとバックオフィスに送られ、別々にデータが入力されるという仕組みでした。

しかし、フロント・ミドル・バックオフィスが、それぞれ分離された構造で事務処理が行われると、2つの大きな問題が起こります。1つはデータのミスマッチが発生すること。もう1つは事務処理に時間が掛かること。そこで、フロントオフィスで入力された金融取引に関るデータを、そのままミドルオフィスとバックオフィスに、コンピュータネットワークを通じて流してしまえば、部門間のデータのミスマッチは無くなり、事務処理に関る時間も劇的に短縮することができます。情報システムを活用して、上記の2つの問題を同時に解決したのが、STPという技術です。

2)情報システムの横軸連結:多種多様な金融商品取引の統合
STPが川上から川下へと向かう、垂直的な方向性での効率化であるのに対し、多種多様な金融商品取引を、同じ情報システムプラットフォームで処理するという、水平的な方向性での効率化の取り組みも行われています。これによって、たとえば株式取引の分野では銘柄毎に普通取引、信用取引、貸借取引といった、全ての取引種別を網羅した数字を把握した上で、更に、自己勘定あるいは顧客勘定毎に、株式と転換社債、債券、投資信託の収益管理ができるようになっています。

3)情報システムのグローバル連結:グローバルブッキング体制の確立
STPによる縦軸のシステム統合と、横軸の多種金融商品取引の統合に加えて、投資銀行の内部ではグローバルでつながれた情報ネットワークを活用し、地球の自転に合わせて、東京、ロンドン、そしてニューヨークという順番で、それぞれ行われた金融取引データを、次々に受け継いでいく形になっています。フロントオフィスは、各金融商品取引別にのグループを組織し、トレーダーを東京、ロンドン、ニューヨークに配置します。各拠点のトレーダーは、グループ毎に共有するブッキングアカウントを用いて収益を獲得します。この仕組みは、グローバルブッキング体制と言われ、24時間体制で、国際金融マーケットにおける、リスク管理および収益獲得を可能にします。

投資銀行の国際金融情報スーパーハイウェイ化と日系金融グループの挑戦

投資銀行におけるシステムの縦軸(STP)、横軸(多種多様な金融商品取引の統合)、そして国境を越えたグローバル連結(グローバルブッキング体制の確立)の、3次元連結を可能としたのが、情報システムの飛躍的な技術革新です。ハードウェアの容量増加は「処理する規模および速度の増加」、ソフトウェアの進化は「知識の蓄積とイノベーション」、ネットワークの拡大は「国境を越えたグローバル化」をもたらしました。

今日に至るまで約15年の間、先ずアメリカ系投資銀行が先陣を切り、次にスイス系投資銀行とドイツ系投資銀行が、その後イギリス系投資銀行とフランス系投資銀行が追随するという順番で、欧米系金融グループは「国際金融情報スーパーハイウェイとしての投資銀行」という組織を作り上げました。これは文字通り、グローバルレベルで金融情報を収集・蓄積・輸送する大規模超高速金融情報ネットワークであり、高品質な国際金融情報を自国に還元することのできるアーキテクチャです。

「国際経済におけるゲームのルールが、劇的に変わった」とはマサチューセッツ工科大学(MIT)のサロー博士の言葉。日本の金融はバブル後遺症という、長い長いトンネルからやっと抜け出したところ。国際金融の仕組みが劇的に変化していることを認識し、欧米系金融グループにキャッチアップするために、日系大手金融グループの中には「投資銀行の国際金融情報スーパーハイウェイ化」に、果敢に取り組んでいるところもあるようです。

さて次回は、引き続き投資銀行に焦点を当てて、国境を越えた情報システム網を活用した「オフショアリングとアウトソーシング」について、ご報告を致します。

2007年10月10日
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2007年10月10日掲載

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