データと会話しながら研究する

小西 葉子 研究員

計量経済学で世の中に貢献したい

――どの時点で現在のご専門の計量経済学に関心を持たれるようになったのでしょうか。

小西 南北格差問題への関心から開発経済学に興味を持ち経済学部に入学しましたが、ゼミが魅力的だったので、学部生の頃は友人たちと公共経済学のゼミに入りました。

修士の時にはすでに実証分析に興味があり、修士論文では、日本の教育投資の経済成長率への効果を測る研究をしました。

――修士課程に進もうと思われたのは?

小西 最初は各種メディアを中心に就職活動をしていました。自分が素晴らしいと思った方たちやその活動、疑問に感じたことを発信して、社会に貢献するような仕事に就きたいと考えていました。かなり熱心に就活していましたが、「自分の言葉で書いたり話したりすることができるのかな」と疑問が湧いてきて。もう少し勉強して、「話してください」と言われるようになってから発信するのもいいかもしれないと思い、進学することにしました。

その頃に、国際機関や各国の政府が政策や投資の意思決定をするときの判断材料に使う経済指標の整備や研究をすることによって、社会貢献できないかを考えました。もともと、開発経済学に関心があったので、人的資本と経済成長をテーマに選びました。教育や社会インフラの整備は、持続的な経済成長には欠かせないと認識されていても、実証分析ではその効果が必ずしも確認されないことを知り、そのギャップに強く興味を持ちました。

――さらに進学をされたのは。

小西 修士課程での2年はあっという間で、ここまできたら博士課程でもう少し勉強しようと思い、名古屋大学経済学研究科へ進学し、根本二郎先生の計量経済学のゼミに入りました。ここで応用の対象が生産関数、費用関数の推計に固まったように思います。博士論文は、生産関数の特定化について研究しました。

実証分析する際に仮定を置いたり、モデルの形を決めたりすることを特定化(specification)といいます。1回や2回で経済理論と実証結果が整合的になることはまずなくて、たいていは特定化の誤りがどこかに潜んでいます。それは関数型が違うのかもしれないし、計量の手法が間違っているかもしれないし、仮定やデータが間違っているかもしれない。修士課程で興味を持った、理論研究と実証研究のギャップの解消に取り組んだといえます。

――経済モデルの方が誤っているとは考えない、ということでしょうか。

小西 そうですね。博士課程までは、経済理論が正しいという前提で、その理論と現実とにギャップがないような形で実証分析するために、データや計量経済学の手法で改善できるギリギリの所まで迫ることに興味がありました。

データが語ることもある

小西 あとは、データそのものにも興味を持つようになりました。たとえば、理論上は人的資本という変数が生産関数に入っていても、「人的資本」という名前のデータはないので、新しく指標を作ったり、何かで代用しなければなりません。以前は、人的資本の代理変数として識字率を用いた分析もありましたが、先進国を対象にしたら、識字率はほぼ100%なのでふさわしい変数とはいえません。そこで就学率や学校在籍率、最終学歴人口、教育投資などが使われるようになりましたが、どの指標が妥当か判断するのはとても難しく、実証結果に与える影響はとても大きいです。多くの経済変数はこのような代理変数が用いられています。研究者は、「これは人的資本」「これは社会資本」「これは技術」とラベリングした瞬間、安心して実証分析を始めますが、そもそもそのラベリングが間違っていたら、それは理論やモデルが間違っているのと同じくらい大きな問題になります。

――データへの興味は何かきっかけがあったのでしょうか。

小西 博士過程のときに、統計数理研究所の先生方と共同研究や交流ができたことが大きいと思います。データに興味を持ち、また経済学に特化した手法だけでなく、いろいろな統計手法に関心を持つきっかけになりました。

――共同研究はどういった経緯で始めることになったのですか。

小西 修士課程のときに統計数理研究所の川崎能典先生が集中講義に来られて、統計学と時系列の講義をしてくださったのがきっかけです。その講義を受けて、さらに統計学に興味を持つようになりました。博士過程進学後、川崎先生と共同研究を始め、統計学会やコンファレンスに参加することで、経済学だけでなく、生物学や医学、教育、機械学習など、さまざまな分野でそれぞれの目的を持って手法が開発され、統計解析が行われていることを知りました。

経済学は、理論が正しいかどうかの仮説検証を、実証分析で行うというアプローチをします。一方、母集団と言っていいくらい大きなデータを持っている分野では、モデルを決めずに、データに語らせる手法が主流です。データマイニングという用語が流行りましたが、なるべく仮定を置かず、モデルの形も自由にして関数形を可視化します。経済学のアプローチとは相いれないのはわかるのですが、当時、「経済学でも活用すればいいのに」と思っていました。

――相いれない、とは?

小西 経済学ではモデルの中の一部の変数、たとえば政策変数と呼ばれるものに強く興味のある場合が多いです。政策を実施すると目的変数がどう変化するのかというのがわかりやすく取り出せる必要があります。データに語らせてしまうと、グラフで見てモデル全体の形はわかるけれども、いったいどの変数を刺激すればいいのかがわかりにくくなります。またこの種の分析には相当量のデータが必要で、その点も応用を難しくしています。

でも最近は個票や大規模な経済データも増えてきましたから、両方試してみて、そこからより適切なモデルを探すことも可能になっています。

サービス産業の生産性をいかに測るか

――最近のご研究についてお聞かせください。

小西 サービス産業の生産性について分析しています。サービス産業は製造業と比較して、利用できるデータの種類に制約があります。

たとえば生産関数の推定に必要な資本(機械や設備)のデータをとることが難しいので、労働生産性で生産性が定義されることが多いです。そこで、「日本はサービス産業の生産性が低く、失われた10年の原因はサービス産業にある」と言われると、そもそも労働生産性を生産性の指標にしていいのか? という疑問が湧いてきてしまいます。じゃあ、サービス産業に特化した生産関数や経済モデルを作って新しい生産性の指標を作ってみようと思い、取り組んでいます。

――具体的にはどのようなサービスを研究されているのでしょうか。

小西 対個人サービス、運送業、小売業を取り上げています。サービス産業はとても範囲が広く、中には製造業に近いサービス産業もあります。

しかし、私が最初に分析した美容院のような対個人サービスは、在庫は持てませんし、顧客が来店してくれないとサービスもできません。そもそも何が付加価値なのかがよくわからないので、そこから定義しなければいけません。

先行研究が非常に少ないので、業種を絞ってオーダーメイドでモデルを作っています。いろいろな業種でやってみて、結局、製造業と同じモデルでよかったとわかっても、それも1つの発見だと思っています。

――どのようなデータで分析されているのですか。

小西 個人レベル、事業所レベルのマイクロデータを使っています。サービス業の満足度を測るというと、まず思い浮かぶのはアンケート調査ですよね。しかし、アンケートはとても主観的なものです。ですので、どの業種を対象にするときも、来店行動をベースに満足度を測ることにしています。

美容院の場合、その美容師の技術を評価しているのか、人柄が好きなのか、店の雰囲気が気に入っているのか、理由はわからないけれど同じ店に戻ってきたことを満足度と考えるのです。

それとともに、美容院の生産性についてのモデルを作り、需要と供給を同時に推定しました。基本的にはどの業種に対してもこのアプローチで取り組みます。

現在取り組んでいる小売業も、そもそも何が付加価値なのかの定義から始めなければいけません。物を作ってはいないけれど、間違いなく社会に便益をもたらしている産業で、そこに技術があるとすれば、その生産性をどうやって測ればいいのかが難しい問題です。

研究所での仕事とは

――現在、RIETIではどのようなお仕事をされているのですか。

小西 基本的には研究をしています。論文を書いてセミナーや学会で報告をし、依頼があれば大学で講義をしたり、社会人研修をしたりしています。

――どんな研修をなさっているのですか。

小西 統計学です。やっぱり統計学が流行っているんですよね(笑)。計量経済学の講義の依頼はなかなかありません。3時間×3日間など、集中して行うことが多いです。

社会人研修では、受講者の専門や出身学部が異なり、業務で統計を使うといっても、回帰分析をする人もいれば、アンケート分析をする人もいます。すべての方の目的に合わせることは難しいので、どういう所に気を付けてデータを見るかなど、統計学的な思考の基本を伝えるように心がけています。たとえば、分析するときはなるべく大きなモデルから始めて、だんだん小さいモデルにしていくこととか、データを落とすのは最後で、最初は大きいデータセットで分析することとか、都合の悪いデータ(異常値)があっても、それはモデルが間違っているために異常に見えている可能性があるので簡単に落としてはいけないことなどを強調します。

――RIETIでのお仕事として、データ構築もされていますね。

小西 実証研究ではデータが肝です。データの扱いを間違えたら、どれだけ頑張ってモデルを作り、統計的な手法を開発しても正しい結果は得られませんから。

というのも、「個票データは汚いから触りたくない」と言う人もいるぐらい、ハンドリングに技術を要するものが多いのです。そのため、慣れていない人が扱おうとすると時間ばかりかかってしまいます。また複数の統計調査を接続する必要がある場合もあります。そのため、分析のためのデータ加工の段階で間違えてしまうこともあります。そういう間違いを減らすために、「誰でもここから始めればいい」というデータのインフラ整備をしています。

――ほかに、統計委員会の専門委員のお仕事もされているそうですね。

小西 はい。今年初めて参加しました。今までは利用者として、調査結果は所与としか捉えていませんでした。

日本の官庁統計は世界的に見ても精度が高くて優秀です。それは、長年、都道府県や各省庁で蓄積されてきた調査員の知識やノウハウと、集計に必要なノウハウが蓄積されているからです。しかし、少子高齢化が、調査統計の現場でも深刻なことを知りました。50年、100年先の未来に向けて今のデータの精度を保ち、蓄積されている知恵を伝えていくために何が必要なのかを考えるきっかけになりました。

――実証研究で大変だなと思われることは。

小西 やってみないと何が出るかわからないところです。これは理論研究との大きな違いだと思います。理論研究者が実証研究を恐いと言うのは、結果が出るまで符号はプラスなのかマイナスなのか、値はどう出るのかがさっぱりわからないからです。実証研究では計算すれば必ず何かは出ます。でも何が出るかは、やってみるまでわからない。

データは悪くないのに、扱い方が間違っているために、誤った結果が出ているのではないか、といった視点を常に持って研究しています。

なので、私はデータや手法をすごく大事にしています。うまくいかないときは、「扱い方が雑だったから機嫌を損ねてしまったのかな」とか、「声を聞かせてね」とデータに話し掛けます。ちょっと怪しい人みたいですけど(笑)。大事に大事に扱って、モデルや手法という箱もきちんと整えてあげて、目の前にあるデータが持っている情報を丁寧に取り出したいと思っています。そうやって出てきた実証結果を送り出すのが好きです。「この変数はこのデータでいいや」とか、「変な動きをしているみたいだから切っちゃえ」と雑にデータを扱っていると、出てきた結果が何を示しているのか、わからなくなってしまいますから。

研究はどこでもできる

――経済学を学ぶ学生さんのために、RIETIの採用についてもお聞かせください。研究所への就職は難しそうなイメージがありますが、新卒採用もありますか。

小西 昨年初めて公募をして、たくさん応募していただき、今年度は4人採用しています。

――その後はどのようなキャリアがあるのでしょうか。

小西 RIETIでは基本的に、研究員は任期制で更新していくという形をとっています。それぞれの関心やキャリア構築のプランに従って大学に移る人や、別の研究所に移る人もいます。

学生の読者の方のなかには、就職先は大学でないと研究者ではないと思う人もいるかもしれませんが、研究者としてキャリアを重ねていくパスは1つではありません。私の場合、大学に就職してからRIETIに来ましたが、自分の専門からいうと、これほどマイクロデータへのアクセスが良い職場はないと思っています。

それと、霞ヶ関で働いて研究者以外の多くの方々と仕事をして、霞ヶ関のルールも知ることができました。さまざまな角度から対象を見ることは、仕事の面だけではなく、自分の人生も豊かにしてくれています。

――計量経済学に向く人、向かない人はありますか。

小西 やはり数学や統計学が嫌いだと厳しいですね。計量経済学の理論研究はもちろん、実証研究のためのデータハンドリングやデータセットを作るのにも技術や戦略が必要なので、数学的で論理的な思考に慣れていないと難しいと思います。

また、どの分野でも共通でしょうが、いろいろな角度から研究対象を見てみようという気持ちが、しつこいぐらいある方がいいです。1度や2度ダメだったとしても、もう1度やってみよう、という性格の人であれば、少しずつでもゴールに近付くことができると思います。

[収録日:2013年8月6日]
経済セミナー2013年10・11月より転載