書評:三浦展著『下流社会 新たな階層集団の出現』

格差の論争

格差は問題である派

三浦展著『下流社会 新たな階層集団の出現』

(2005年、光文社新書)

根橋広樹

ポイント

  1. 団塊ジュニア世代と呼ばれる現在の30歳代前半を中心とする世代において、階層意識が「下流化」傾向にあることが示される。
  2. 趣味、意識、教育観、家族形態など多様な面において、階層による違いが存在しており、「下流」の人が総じて人生への意欲が低いと結論付けられている。
  3. 筆者は、階層格差の固定化に反対しており、「機会の悪平等」によって下流社会化を防ごうと考えている。

内容要約

団塊ジュニア世代の「下流化」

国民全体の階層意識としては、「中の中」が減って「中の下」や「下」が増え、「中の上」は割合を維持している。このように、国民全体として下降意識を持っているのではなく、意識面での階層格差は拡大している。

世代別では、団塊世代(1946~50年生まれ)や新人類世代(1961~65年生まれ)の人々は、比較的安定した中流意識を持ってきた。それに対して、団塊ジュニア(1971~75年生まれ)や真性団塊ジュニア(1975~79年生まれ)では、階層意識はどんどん下がってきている。

「下流」の実態について

本書では、団塊ジュニア世代について「下流」を多様な側面から分析している。まず、意識面では、自分らしさ志向は階層意識が「下」の人に多いことが示されている。筆者は、自分らしさにこだわりすぎて、他者とのコミュニケーションを避け、社会への順応を拒む若者は、結果的には低い階層に属する可能性が高いと述べ、自分らしさ志向を問題視している。

趣味の面では、団塊ジュニア世代男性の「下」(階層意識について、以下同様)で多いのは、ややオタク・ひきこもり的な傾向の趣味である。女性の「下」では、サブカルチャー系の趣味が多くなっている。筆者は、内的に不幸な人間(≒下流)が、その不幸を自分自身の力で解消するタフさを持たず、大きなメディアイベントに依存した受動的な存在になっているのではないかということを危惧している。

教育観では、団塊ジュニア「上」の女性は、「国際的に通用する子供」が子育てのコンセプトになっているのに対して、「下」の女性の子育てのコンセプトは、「手に職をつけて自分らしく生きる子供」であると筆者は解釈している。この現状について筆者は、団塊ジュニア女性の子供が成人したとき、格差が拡大、固定化し、階層社会の現実をまざまざと見せつけられることになるのではないかと懸念している。

さらに本書では、家族形態や居住地についての階層間格差も示されている。

階層の固定化を防ぐには

最後に、下流社会化を防ぐための措置として「機会の悪平等」という考えを示している。完全な機会均等の社会では、結果の差はすべて個人の能力に帰せられ、非常に過酷な社会であるため、むしろ「機会の悪平等」が必要なのだという。具体的には、下駄履き入試、東大学費無料化、大学授業インターネット化などの施策が挙げられている。

コメント

本書のよい点

マーケティング・アナリストである筆者の経験に裏付けられた分析は興味深い。特に、筆者の経験をもとに女性をお嫁系、普通のOL系、ギャル系などに分類し、それぞれの特徴について記述された箇所は、直感的に納得させられる部分もあり面白かった。また、経験による主観的な分析だけでなくサンプル調査に基づいた客観的な分析も重視されており、厚みをもった分析となっている。

全体の内容も、最近話題になっている階層化や格差について扱っており、さらに消費生活という独自の視点が入ることで、興味深いものとなっている。

統計についての問題点

サンプル調査を用いた分析について問題点を3点挙げる。第1に、サンプル数が少なすぎることが挙げられる。特に、「欲求調査」における団塊ジュニア男性「上」のサンプルは12しかなく、統計上の誤差はかなり大きい。それにも関わらず、質問項目に対する回答を百分率で示して他の階層との比較を行っており、信用性の低い分析になっているところがある。

第2に、相関分析などの統計分析の手法が用いられていないことが挙げられる。本書全体を通じて、階層意識と他の要素(家族構成や性格など)との関係性を述べているところは数多くあった。それにも関わらず、相関分析や重回帰分析などの統計分析がまったく用いられておらず、分析として物足りなさを感じる。統計的に有意な関係か否かはサンプルの数にも影響されるため、サンプルが少ないために分析手法が制限された可能性が高い。

第3に、統計をやや恣意的に解釈していると思われる部分があることが挙げられる。ここでは、団塊ジュニア男性において階層意識が「下」ほどフジテレビをよく見ていると述べられている部分を取り上げる。たしかに、朝のニュースでは、「下」がフジテレビをよく見ている割合が一番高い(「上」16.7%、「中」27.5%、「下」33.3%)。しかし、夜の番組全般では、「中」が一番フジテレビをよく見ており(「上」33.3%、「中」55.0%「下」33.3%)、単純に朝のニュースと夜の番組全般を見ている割合を合計すると、「中」が一番フジテレビを見ている割合が高い。このように、必ずしも「下」がフジテレビをよく見ているとはいえないのではないかと思える。

以上のように、本書におけるサンプル調査を用いた分析は興味深いものではあるが、多少の問題をはらんでいることに留意するべきではないかと考えられる。

内容における問題点

まず、因果関係について問題のある部分を指摘する。「団塊ジュニア女性の「上」は金だけでなく、容姿も職業能力も出産意欲も手に入れやすい」との記述がある。しかし、階層意識が高いから容姿や職業能力を得やすいのではなく、容姿が良く、職業能力があるから高い階層意識をもてる状況にいられると考える方が自然なのではないか。

また、階層意識と教育観などの意識との関係性については詳しく述べられているが、なぜそのような関係になっているかという因果関係に関する分析があまりなされておらず、分析の深さという点では物足りなさを感じた。

このように内容面でも問題のある部分があるが、「下流」とはどのような人々なのかを知ることに焦点を当てて読む分には、十分な内容といえる。