小林慶一郎のちょっと気になる経済論文

第7回「生産性の成長率(トレンド)の変化とレベルの変化 ― 先進国と途上国の景気変動の違いを同じ要因で説明できないか?」

小林 慶一郎
ファカルティフェロー

マスターくん
某私立大学大学院修士課程2年生(経済学)。経済学者志望で目下猛勉強中。

小林 慶一郎写真小林フェロー:先進国と途上国の景気変動は、表面的に大きく違います。先進国は緩やかに変動するのに対して、途上国の生産、消費、投資などは激しく変動します。この違いを、1つの理論的フレームワークで説明できるのではないかという論文が発表されました。

Mark Aguiar and Gita Gopinath (2007) "Emerging Market Business Cycles: The Cycle Is the Trend." Journal of Political Economy 115(1):69―102.

Aguiar-Gopinath(2007)論文によると、途上国と先進国(小国)の景気変動を、同じタイプの新古典派開放経済モデルに対するTFPショックの違いによって説明できるのだということです。彼らのシミュレーションによると、途上国の短期の景気変動は、TFPの成長率(トレンド)に外生的な変化があったとすれば、それだけでほとんど説明ができ、先進国(小国開放経済)の短期の景気変動は、TFPのレベルに外生的な変化があったとすれば、それで説明がつきます。

マスターくん画像マスターくん:TFPショックの性質の違いは、何に由来しているのでしょうか? 先進国か途上国か、という違いが、生産性のトレンドのショックかレベルのショックかという違いになるというのはとても不思議な気がします。

小林 慶一郎写真小林フェロー:この違いが生じる理由については、Aguiar-Gopinath論文は明確にしていません。何らかの市場の深さなどが要因としてあるのではないか、ということを述べているだけです。

TFPの成長率の変化が途上国か先進国かによって異なるということを説明するためには、内生的にTFPが決定されるモデルを考える方が良いでしょう。そこですぐ思いつくのが、Paul Romerの内生的技術変化のモデルです(Romer [1990])。このモデルは、先進国(アメリカ)の中長期的な景気変動を説明するモデルにも応用されています(Comin-Gertler [2006])。RomerまたはComin-Gertlerのモデルでは、科学技術は外生的な確率プロセスで増加していきますが、それを生産活動に使える技術に転換するのはR&D活動を行うセクターです。このR&D活動を行うセクターは、ゆっくりと科学的知識を生産技術に転換するので(賃金率の外生的変化などのショックに応じて)、中期的な景気波動が発生する、というのがComin-Gertler (2006)の要点です。

このモデルを使って、Aguiar-Gopinath論文の結果を説明するモデルを作ることができそうです。1つの仮説は金融制約がR&D活動にかからない経済(先進国)と、R&D活動に金融制約がかかる経済(途上国)では、生産性の変化の様子が違う、という考え方です。

先進国でも途上国でも、外生的なショックは、生産性のレベルのショックだとします(Romerタイプのモデルの場合、生産性のレベルは、中間財の種類の数なので、ショックとしては、(R&D活動と無関係に)中間財の種類が増えたり減ったりするというショックを考えます)。先進国では、金融制約がないので、生産性のレベルのショックは、そのまま、景気循環に直接的に影響を与えるだけです。途上国では、R&D活動に対するInput costが、たとえばR&D企業が保有する土地資産の価値で制約されるという担保制約を考えます。土地は最終財の生産に使われるとすると、生産性のレベルが減少(増加)すると土地価格も減少(増加)します。土地価格の減少(増加)は、担保価値を減少(増加)させることによってR&D活動を低下(増大)させます。その結果、生産性の成長率が減少(増加)することになります。つまり、外生的ショックとして、生産性のレベルの変化だけを考えたとしても、金融制約がきつい国だと、生産性の成長率も変化してしまう可能性が出てくるということです。そうなれば、景気が激しく変動することになります。

マスターくん画像マスターくん:なるほど。それが先進国と途上国の違いであると考えると、Aguiar-Gopinath論文の発見も「金融制約」という1つの要因で説明できるわけですね!

小林 慶一郎写真小林フェロー:先進国でも、まれに激しい景気の変動が起きます。それが1930年代の大恐慌や日本の90年代の不況です。こうした現象も、このメカニズムで説明可能ではないでしょうか。何らかの理由で金融制約が非常に強くなると、通常の景気循環では制約されていなかったR&D活動も、金融的に制約されるようになります。こうして、長期の生産性トレンドが低下するようになると、長期不況や大恐慌のような現象が現れると考えて良いかも知れません。R&D活動といっても、文字通りの研究開発とは限らず、生産性トレンドを上昇させる何らかの取引形態の仕組みなどを含めて考えると、たいへん広い範囲の活動を対象とすることができます。内生的にTFPが変化するモデルは、これからの景気循環モデルの1つとして大きな役割を果たすかも知れません。

2007年4月2日

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小林 慶一郎写真小林フェロー:さて、第7回でお話ししたことについては後日談があります。私の研究協力者である奴田原健悟さん(日本学術振興会特別研究員)が、私の仮説を確かめるシミュレーションをやってくれました。金融制約という要因で先進国と途上国の景気循環の違いを説明できるのではないかと期待したのですが、結果は思わしくありませんでした。Romer型のモデルで計算したところ、金融制約(担保制約)がきつい経済(これが途上国のモデルです)と、ゆるい経済(これが先進国のモデルです)とでは、ほとんど外生的ショックに対する反応に違いが無いことが分かりました。結果は、こちら [PDF:110KB]に掲示しましたので、興味のある方はご覧下さい。今回のモデルでは良い結果は得られませんでしたが、モデルの組み立て方をもっと工夫すれば仮説通りの結果が得られるかもしれません。引き続き、将来の研究課題としたいと思います。

文献
  • Comin, Diego, and Mark Gertler. (2006) "Medium-Term Business Cycles." American Economic Review.
  • Romer, P. M. (1990) "Endogenous Technological Change. " Journal of Political Economy.

2007年4月2日掲載

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