IoT, AI等デジタル化の経済学

第53回「第4次産業革命を担う人材の育成:ドイツの動向(5)」

岩本 晃一
上席研究員

2017年6月、ドイツを訪問し、ミュンヘン大学(ルードヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘン Ludwig-Maximilians-Universität München:LMU)におけるデータサイエンティストの育成について、同大学のラヒッド・ニューバーガー・マネージングディレクターと意見交換した。

ミュンヘン大学のメインホール

ミュンヘン大学統計学部データサイエンス修士課程ホームページ
http://www.m-datascience.mathematik-informatik-statistik.uni-uenchen.de/index.html

1 ミュンヘン大学データサイエンス修士課程について

(ニューバーガー) 私の専門は経営学であり、ミュンヘン大学で働いているだけでなく、ミュンヘナークライスでも、「デジタル世界の仕事」という分科会を主宰しています。人材育成が私の専門です。去年、ミュンヘナークライスの分科会でまとめた報告書があります。現在、「ビッグデータ」「中小企業の再教育」というテーマで研究を行っています。

https://www.muenchner-kreis.de/index.php?eID=tx_securedownloads&p=2&u=0&g=0&t=1502436636&hash=7260fff4ec6894adae8a4aca15e4ff3eda37571f&file=fileadmin/dokumente/Aktuelles/M%C3%9CNCHNER_KREIS_Positionspapier_zur_digitalisiert_vernetzten_Arbeitswelt.pdf

ミュンヘン大学では、データサイエンス修士課程が既にスタートしており、ドイツ全体でいえば、議論は盛んに行われていますが、まだ全国ベースで設置されていません。データサイエンティストのためのサマースクールみたいなものもありますが、必要数には全然足りていません。

そして、ドイツではもう1つ問題があります。データを間違って使用される、または悪意を持って使用されることに対する国民の不安がとても大きいのです。ですから、ビッグデータを扱う仕事は、本当にうまくいくのか、自分の情報をとられてしまうのではないか、という不安がまだ国民のなかにあります。

ビッグデータを扱うデータサイエンスと統計学との違いは、統計学はある質問に対して答えとなるデータを集め、平均値を出したりしますが、データサイエンスは、データが既に存在していて、質問ではなく、そのデータを用いてどのような質問に答えることができるか、またはその逆の方向になることも可能です。

今は、企業がさまざまなデータを可能な限り集めているという状況です。たとえば、機械、人間、顧客、プロセスなどに関する全てのデータを集めています。ですが、データが集まっても、そのデータをどうすればいいのかわからないことが多いのです。そこでデータサイエンティストが必要になってくるわけですが、データサイエンティストが本当に少なく、十分な人材がそろっていないというのがドイツの実情です。

2 ドイツにおけるデータサイエンティスト養成の場所はどこか

(岩本) もう少し具体的な質問をさせていただきます。データサイエンスの専門家の養成を大学において行う、または、人材を育成する専門機関をつくる、または、企業の中で養成する、など色々と考えられますが、ドイツでは人材を養成する場所としては、どこを考えていますか。

(ニューバーガー) 現状は、ミュンヘン大学にデータサイエンス修士課程があります。去年の冬からスタートしましたので、まだ卒業者はいないです。今、2セメスター後期、1年生の後期です。そして、履修に3〜4週間を要するデータマネジメントに関するサマースクールがあります。ミュンヘン工科大学にもデータサイエンティストの修士課程ができました。

(岩本) データサイエンティストを育成するために教官が必要になると思うのですが、データサイエンスを教える教官はどのように確保されているのでしょうか。

(ニューバーガー) これは本当に大きな問題です。ミュンヘン大学の修士課程は、基本的に統計学部からスタートしています。ですから、基本的に教官たちは統計学の教官がベースになって担当しています。ミュンヘン工科大学のほうはわからないですが。

ドイツで問題なのは、私が知っている範囲でいえば、一般の各企業の方々は、国立や州立の養成機関は当てにならないと思い、独自でいろいろと始めているところです。通信教育のMassive Open Online Courses(MOOCs)(http://mooc.org/)を聞いたことがありますか?

これは、インターナショナル・コースのプラットフォームなのですが、通信大学のようなものと思っていただければいいと思います。スタンフォード大学が作ったカリキュラムがきっかけで、それが世界中のどこでも学ぶことができるような内容になっています。ドイツの各企業は、そうした学習機会に従業員を参加させています。

ただ、自社の従業員を教育するには、自社が大きな費用負担をしなければならないという点では、各企業の認識は一致しています。 先ほど言いましたように、州立や国立の機関での養成は時間がかかりすぎます。企業は、即戦力になる人を欲しがっていますから。

そして、重要なことは、職業訓練校で教える内容のどこかを変えることではないか、と思っています。また、データサイエンティストの教官の数が十分あって、教育機関も十分あっても、データサイエンティストに興味を持つ若者がいなければ人は集まりません。

ドイツ国内では、情報学に関して興味を持っている若者はとても少ないのではないだろうか、若者たちの情報学に対する興味が足りていないのではないだろうか、という認識があります。大学入学資格をとった後に学生は専門課程を選べるわけですが、高校生たちのなかで、インフォマティックに興味のある若者がとても少なくなっています。なぜかと言えば、学校の高校の教師が、インフォマティックは興味深いということを伝え切れていないからです。データサイエンティストもまさに同じで、小中学校や高校で、そうしたテーマは全然扱わないのです。職業学校においても、データサイエンティストはとても興味深い仕事であり可能性の広がる仕事だということを伝えられていない。

小中学校や高校の教師にとって、データサイエンティストというのは、データを不正に操作するのではないかという不安のほうが大きい。

デジタル化やメディアの話を小中学校や高校の教師にすると、みなさん不正使用の疑念をもたれます。そういう目で私たちの大学に関しても見られるので、本当に残念です。小中学校や高校の教師がそういう感じなのです。

ということで、教育機関をつくることや学部をつくることも大切ですが、そこに高校から学生が集まるように、その前段階から興味を持ってもらえるよう啓蒙活動をしていくこと、その2つを両輪として同時に進めることが必要です。

(岩本) 日本では、今の子供たちの親の世代は、お金がなければ大学に行けないということを当たり前として受け入れた世代なのですが、今の若い子供は家にお金がないからといって大学に行くのを諦めるという現実が受け入れられないし、就職の際に出身大学による差別をされない時代になっています。

(ニューバーガー) ドイツは、大学に行かなくてもすごくチャンスが多いんです。大学に行かなくてほかのことをやっても、仕事で成功するチャンス、お金を稼げるチャンスはとても多いので、ドイツでは、職業訓練学校でも、いろいろなプログラムがあります。

ドイツでは、大学にデータサイエンティスト学科をつくろうという動き以外にも職業訓練学校でデータサイエンティストをつくろうという動きがあります。3年間の職業訓練学校の期間中に、パン屋や機械工と同じようにデータサイエンティストを養成しようとしています。それをスタートするまでには、まだもう少し時間はかかると思うのですが、今準備中です。データサイエンティストの養成に3年間を使って職業訓練が行われると、これまでとは違った新しい職業を輩出することになります。

ということで、1つは、大学に、学部、修学、修士などをつくるという動き、そして、職業訓練としてデータサイエンティストを育成するという動き、それ以外に、たとえばサマースクールとか、先ほど説明したプラットフォームを利用して育成する動き、これは企業が自分の従業員にお金を払って行かせることになりますが、その3種類の育成方法が考えられると思います。私は、データサイエンティストが今いない状態で、データサイエンティストを育成するのにどのような可能性があるかと聞かれたらこの3つを答えます。

ただ、必要とされている人数と、今後育てられるであろう人数を比較すると、全然足らないというのが実情です。

(岩本) アメリカのGEは、自分の会社で独自にデザイナー、GEの場合はUXデザイナーと呼びますが、UXデザイナーとデータサイエンティストを自分の会社の中で独自に養成しています。

(ニューバーガー) そうです、それが外部のプラットフォームを使わずに社内で独自に育成する4つめの方法です。

(岩本) ドイツではそういう企業はありますか。

(ニューバーガー) 具体的にどことは申し上げられませんが、ビッグデータに関するプロジェクトがあり、そこに企業の代表者たちが参加していて、彼らが私たち独自で育成しています、とおっしゃったのを聞いています。先ほど言った3つだけではなく、4つ目もあります。大学、職業訓練、コース、そして企業内育成という4つのパターンがありますね。

そして、教官はどうするのか、とおっしゃっていましたが、各企業で実際に携わっている専門家たちが教官になるパターンが多いです。

(岩本) 日本では、企業の中で養成する方法が、多分一番可能性が高いと思います。

(ニューバーガー) その方法が早いと思います。日本では通信大学は結構ありますか?というのは、ドイツでは通信大学というのが盛んで、仕事をしながらやっている人が多いです。ドイツでは、さまざまな職業で仕事をしながら、通信大学に登録し、1年、2年、3年と追加する人が多いです。通信教育のなかにも、データサイエンティスト養成コースがあります。

ただ、日本でデータサイエンティスト養成の通信教育がないのであれば、企業が企業内で独自に育成するのが一番早いかもしれないですね。そして、それと同時にスタンフォード大学のプラットフォームMOOCを使って、必要なコースを追加していくと一番早いかもしれないですね。MOOCは急いで人材育成をするには一番最適なコースでしょう。

(岩本) 日本のIoTシステムをつくって販売している企業の販売方法は、いわゆるモノや機械を販売する販売方法とほとんど同じです。とても性能のいいモノものだから買ってくださいという販売方法です。ですから、なかなかIoTが売れません。データサイエンティストなどの人材を社内で養成しないとIoTシステムがなかなか売れないというのをやっと企業は気がつき始めたと思います。

(ニューバーガー) ドイツの文部省は、IoTって何だ? 関係ないじゃないか、という態度です。それは本当に問題です。ドイツは州政なので、教育にしても州が先導するシステムですので、それが問題ですね。ドイツ国内で、この点に関しては統一してこれでやっていきましょうというものがないから、各州独自にいろいろ模索するのです。

(岩本) 教育権が国にあるのが日本なので、逆に言えば、教育権が州にあるドイツの場合は、州政府さえ納得できればいいのではないですか? そのほうがとても前進するでしょう。

(ニューバーガー) ミュンヘン工科大学はどうかわかりませんが、ミュンヘン大学の場合は、バイエルン州から、マスター・データサイエンティストの修士課程の資金を全て出してもらっています。

バイエルン州の経済省が資金提供をしているバイエルン・デジタルというプログラムがあります。データサイエンティスト学科とメディアマネジメント学科という2つの学科が必要な資金は、そのデジタルバイエルンから資金が出ています。メディアマネジメント学科もビッグデータがメイン・テーマになってくるので、デジタルITとメディアの経済インターフェースのような扱いです。

3 教官はどのように確保するか

(岩本) 教官をどのような確保するか、という話に戻りたいのですが、今は確か統計学の教官が教えているということですけれども、統計学だけでは不足すると思うのですが、そこは、どうしていますか。

(ニューバーガー) ミュンヘン大学には統計学部と数学学部の2つの学部があります。その中でも統計学部にデータサイエンティスト学科が入っています。

なぜ数学学部でなく、統計学部になったかというと、統計学と思考回路というのが似ているからです。ただ、データサイエンティストに関してのサマースクールがガルヒングでもありますね。

(ミュンヘン大学データサイエンティスト修士課程を説明したWebサイトを検索し、こちら側に見せながら) いまご紹介しているサイトは、データサイエンティスト修士課程の説明です。ドイツ語です。ミュンヘン大学は、唯一ドイツ国内で最初のデータサイエンティストを持っており、バイエルン州からサポートされていますと書いてありますね。

この詳しいプログラムを見れば、誰が教えているのか、わかります。ここに教官の名前が出ています。スタティスティック、インフォマティック、ヒューマンコンピュテーションで教えている教官は、知っています。全員ミュンヘン大学の先生です。外部からは呼ばれていません。

これが夏のセメスターで、冬のセメスターは、みんな一緒です。スタティスティック、インフォマティックの専門家がまだいないということですね。

(岩本) それでも、スタートすることが大事だと思います。

(ニューバーガー) マスター・オブ・マネジメントは私も教えています。私も新しい授業を受け持ちますが、自分の専門のところだけ教えて、ほかの専門分野はほかの教官がいるだろうと思いながらスタートしました。

ドイツの商工会議所は、投資したり、職業訓練の指導も行っています。商工会議所の中で資金を集めて、新しい職業をつくっています。そのため、商工会議所も、データサイエンティストを養成する重要な機関の候補になりえます。日本ではどうですか。

(岩本) 日本の商工会議所はドイツとは大きく活動内容が異なっています。ドイツでは法律による強制加入もあり、会員企業の売上げを増やすために積極的に多くの活動を行っていますが、日本の商工会議所は懇親の場に近いです。

(ニューバーガー) 日本のどこかの商工会議所で、データサイエンティスト養成の必要性や企業ニーズも認識していて、しかも、ある程度、資金があって、サマーコースなど短期でもいいから、ぽっと何かを始められたことはないのでしょうか。

(岩本) 私は、日本で一番いい方法は、たとえば日本で原子力開発や宇宙航空開発を始めたときに旧帝国大学に、定員20人と非常に少ないのですが、原子力工学科や宇宙航空学科ができました。

(ニューバーガー) それはまさにミュンヘンでも同じことです。とても小さな学科ですが、スタートすることが大事です。

ドイツの大学は、昔は基本知識を学び、社会に出たら全然使いものにならないという時代でしたが、いまは変わりました。データサイエンティスト修士課程のような即戦力ものがふえてきて、大学で学べば、世に出てすぐ仕事ができ、即戦力になれるようなところまで教えるというのがいまのドイツの大学です。昔は何々学部と大くくりでしたが、今はどんどん細かく専門が分かれてきていています。

ですが問題は、若者に興味を持ってもらわないといけません。格好よくなさそうとかで応募してこないとか、データという名前がついただけで、何かうさん臭そうって。

ドイツでは、学部をつくることや教育機関をつくることは、大変ではありますが、企業が後押ししてくれます。ですが、私にとっては、学生がそこに集まってくれない問題のほうが大きい。せっかく学科があるのに、やりたいという人がいないというのは本当に問題です。だから、大学に行く前の段階、高校、中学で啓蒙活動を行っていかないといけません。

(岩本) 本日はお忙しいところありがとうございました。ドイツでさえこのように悩んでいることがよくわかりました。けれども、悩みのレベルが違いますね。とりあえず始まっていますから。始めると、だんだん充実してくるのです。

2017年8月10日掲載

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