IoT/インダストリー4.0が与えるインパクト

第51回「第4次産業革命を担う人材の育成:ドイツの動向(4)」

岩本 晃一 上席研究員

2017年6月、ドイツを訪問し、ミュンヘン工科大学(Technische Universität München :TUM)におけるデータサイエンティスト/データエンジニアの育成について、同大学数学・情報学部のティム・ケールステン・コーディネーターと意見交換した。

ミュンヘン郊外の研究学園都市Garchingに2000年に移転し、新しく建てられたミュンヘン工科大学の数学・情報学部(Mathematik Informatik)

数学・情報学部データエンジニアリング・アンド・アナリティックス修士課程ホームページ;
http://www.in.tum.de/en/for-prospective-students/masters-programs/data-engineering-and-analytics.html

1 データサイエンスとはなにか

(岩本) 今、日本では、第4次産業革命を牽引する専門家、特にデータサイエンティストの養成をどうするか、という議論が始まろうとしているところです。TUMでは、既にデータサイエンティスト修士課程があると聞きました。どういう議論・経緯を経てできたのか、どういうカリキュラムの内容を教えているのか、教官をどうやって確保したのか、産業界の反応はどうか、などをお伺いします。

(ケールステン) 私は、データエンジニアリング学科のカリキュラムを制定したり、教授と連絡をとったり、学科の運営がうまくいくようにコーディネートをしています。あるアイデアがある場合、数学と情報学のどのような内容を、どういう方法で、どのぐらいの比重で教えればいいか、という調整をしています。

ただ、これが完璧、というのはないので、どのぐらいのバランスで、データサイエンス、データエンジニアリング、分析、数学、情報学を切り取ればいいか、というコーディネーションが必要になります。 コーディネーターの私は、学生たちに必要な授業、これとこれとこれを受けなきゃだめだよ、というアドバイスをしたり、最終的にデータサイエンティストとして何が必要か、履修しなければならない授業のアドバイスをしています。

(岩本) データサイエンティストを養成するのに、数学と情報学の両方を履修することを重点に置いているのはわかりましたが、なぜデータサイエンティストの養成に必要なメインの知識として数学と情報学になっているのですか。データサイエンティストの養成には、たとえば生産技術、統計学、経営学といった知識も必要だと言われていますが。

(ケールステン) 情報学部の生徒が、データサイエンティストになるために、どういう知識が必要か、と想定していくと、やはり数学がまず一番始めに来ます。ここには、数学と情報学という兄弟のような2つの学部があると思っていただけるといいです。インフォメーションはどのような処理をするのか、いまの情報は、とても大きなインフォメーション、ビッグデータなので、コンピュータを使ってビッグデータを処理する方法を学ぶことがまず必要です。データにかかわりを持ち、ビッグデータを処理するのには数学が必要です。さらに、どのような指標を使って、データをマネージングするのか、というデータエンジニアリング分野も必要です。そして、ビッグデータからどのようにモデルを作っていくのか。全然想像もつかないような、見通しがつかないほどの大規模な大量のデータから必要な情報を引き出していく作業は、インフォマティックであり、アルゴリズムを使った数学でもあります。

さらにインフォマティックと数学を用いてデータを処理するところから派生して統計になっていくわけですので、基本的に数学が必要になってきます。

(岩本) それでは、数学と情報学以外に必要な、統計、エンジニアリング、経営といった知識は、どうやって教えるのですか。

(ケールステン) ここの学科は修士です。学生は既に何かしらの学士を持っています。我々が採用する生徒たちは、その前に何を勉強しているかが重要となります。学士で、統計、エンジニアリング、経営をやった人など、学士時代に何をやったかというのは大きな影響を及ぼしてきます。

2 カリキュラムの内容

(岩本) なるほど。わかりました。では、こちらのデータサイエンティスト修士課程のカリキュラムはどういうものでしょうか。

(ケールステン) お見せできますよ。オンラインでカリキュラムを一緒に見ていきましょう。

データエンジニアリング・アンド・アナリティクスのマスタープログラムをクリックしていただけると、出てきます。カリキュラムは、任意が31教科、残り10は義務です。義務は、絶対取らなければならない授業です。50の教科数があり、1つのセメスターに分けられています。カリキュラムを見ていくと、上にAとあるのが義務の授業です。

ファンデーション・データエンジニアリングは、システムをどのように構築していくかという内容です。ENかMAは、モジュール番号ですが、ENが情報学、MAが数学です。MAは数学部で習い、ENは情報学部で習うということです。

さらにこうしてクリックすると1個ずつ全部細かいモジュールの説明があります。さらっとした説明しかないですが、ここで大体どのようなことを学ぶのか、分かると思います。どのモジュールであっても、ほかの大学と比較したレベルが大体わかるようになっています。

ここを1個ずつクリックしたら全てのモジュールの説明を読むことができます。ここにある4つは全部義務で、取らなければならない授業です。義務の授業は、最低知らなければならないことなので、大抵この授業は学生にとっては、とても楽な授業、本来知っているべき内容です。

ここに挙げているのが選択授業です。学生が今までに習った学部の内容や自分のレベルと比べ、将来なりたい職業と比べて選んでいきます。見ていただくと選択授業はすごく多いです。53個の種類があって、エンジニアリングのほうに行きたいのか、分析のほうに行きたいのか、自分の弱いところはどこなのか、を考えながら学生が選んでいきます。

私は学生のレベルを知ったうえで、これとこれを組み合わせて取ったらいいとか、これとこれは重複するとか、これじゃなくてあれがいい、というアドバイスをしています。

B1は、エンジニアリングです。B2は、分析です。情報と数学の中間ぐらいです。B3はデータ分析で、完全に数学だけです。さまざまな選択授業があり、自分の弱いところをカバーしたり、将来なりたい職業に向かって選んでいきます。

ファンデーション・データエンジニアリングはこのコースのために新しくつくられた授業です。

情報学部には分科会があり、インフォマティックの学生たちがエンジニアリングを学ぶのにどういうツールが必要か、マシンラーニング分野は大変希望が多いので教授の数をどのくらい増やすのか、どの講義が受け入れられるか、このような内容の講義をしたらいいか、など教授が提案を出します。それを分科会が審査・許可し、新しくいろいろな講義が出てきています。

3 教員の確保をどうするか

(岩本) 既存のコース以外に、新しくつくられたコース、たとえば先ほどマシンラーニングは学生の希望が多いので教授の数を増やしているとおっしゃったが、新しくつくったコースを教える先生は、どういう形で確保するのですか。

(ケールステン) たとえば1個目のファンデーション・データエンジニアリングは、データバンクの処理なので、データバンクの専門の教授がいて、その教授が受け持っています。また、たとえばデータアナリシスは、情報、数学の内容なので、数学の教授として、4〜5年前に大学に来られた方が担当しています。彼が、ほかの大学ではどのようにしているのか、いろいろ勉強されていました。その授業をスタートするに当たって、ほかの大学でどういう授業をしているか、見に行かれていました。今、その方の授業が、とても人気があります。

(岩本) それでは、こういうふうに理解すればいいですか。新しく修士の学科をつくったときに、そのカリキュラムは既存の先生と既存のコースをいくつか持ってきてつくった部分と、さらに新しくコースをつくった部分は、現在の先生がその新しいコースを教え始めたというふうに。

(ケールステン) 大体のところはそれで合っていますが、既にあったカリキュラムを修士用に調整して使っている部分もありますが、それと同時に教授がこの分野をやりたいという希望も大きくなってきているので、新しい学科ができるのなら、今までの自分が持っていた専門領域を広げたいという教授の希望も多かったです。情報学に関しては、マシンラーニングにしてもデータサイエンスにしても、この新しい分野で、この新しい研究をしたい、この新しい分野をやりたい、という教授の希望もとても多かったです。

ドイツでは、人の公募がよくあり、この分野の研究者を探しています、という公募があると、多くの教授が応募してきます。とくに新しく教授枠ができた、または、新しい学科ができると、そこで教授になれるかもしれないと思う若い人がたくさん応募してきます。公募した段階で、いい研究の結果が出ていれば、自動的に教授になれるので、若い研究者たちのモチベーションとニーズが一致し、新しい内容の研究をしたい、新しい内容の授業を受けたい、という教授と学生のニーズが一致し、いまのような形になりました。

 なかでも教授になりたい、という希望が多かったですね。やりたい、新しいチャレンジをしたい、さらに、新しい分野の研究をしています、と応募してきて、結果的にその人を受け入れるために、追加的に教授職をつくった、というケースも多かったです。

(岩本) わかりました。TUMの皆様は、今の現在の形で完成形とは思ってないと思うのですが、これから将来、いろいろな形で発展したり、改良したりというプロセスを経ると思うのですが、その発展の方向性はどのように考えていますか。

(ケールステン) 今、まだ2セメスター目なのです。昨年9月にスタートのセメスターに学生が初めて集まったので、今2セメスター目なのでまだ1年もたっていません。本当にまだまだスタート状態であるのです。まだ卒業した人もいないですし、今やっていることがいい結果を出しているのか、実際現場でどういった成果が生まれているのか、まだわかっていません。とりあえずスタートの模索状態です。

4 産業界の反応

(岩本) わかりました。TUMにデータエンジニアの養成講座ができたというのはドイツの産業界とか企業の人たちはもうわかっていると思うのですが、産業界とか企業の人たちの反応はいかがですか。

(ケールステン) ここの学生たちに、我が社でインターンしませんか、という誘いはよく企業から来ます。学生しながらインターン生としてうちでちょっと働いてみませんか、という話はよく来ますし、それは産業界の反応を見る目安になります。やはり企業の方々は興味を持っているのではないかと思います。それから、実際に企業からの依頼で、学生たちがプロジェクトをやってみるということもあります。

産業界には、とても快く受け止められていると思っていますが、ただ、大成功だ、というほどのフィードバックがまだあるわけではありません。まだ実際に学生を社会に送りだしていませんから。ただ、ネガティブなことは何も聞こえてきません。

企業がどういうふうに思っているか、というのは実は我々TUMは、あまり考えたことがなかったので、フィードバック自体もあえて集めようともしていませんでした。我々は、あまり興味がなかったというのが正直なところです。

教授たちが授業の内容やカリキュラムを決めているので、もしかしたら教授たちは産業界からフィードバックをもらっていて、産業界からの希望を受けているかもしれないです。

5 許認可官庁とのやりとり

(岩本) TUMにデータサイエンティスト学科をつくるようになった経緯をお尋ねします。日本もドイツも同じですが、大学を所管する官庁、役所は非常になかなか説得するのが大変なのですが、それでも、ここにデータサイエンティスト学科ができたというのは、バイエルン州政府がきちんとデータサイエンティストが必要だということを理解し、わざわざこのために予算と定員、すなわち教授などのポストをつくったわけですから、そこに至るまで、いろいろな議論があったと思うのですが、そこをご紹介していただけますか。

(ケールステン) バイエルン州の大学でも新しい学科をつくるときは、バイエルン州の教育省に申請をしなければなりません。データサイエンティスト学科が国際的な比較でどうかとか、なぜ必要か、という議論は、とても大変だったと聞いています。TUMの教授たちと教育省の間でかなりケンケンガクガクの議論をやり合ったという話ですけれども、最終的に何とか許可を勝ち取ったと聞いています。ただ、新しい学科をつくるに当たって、言いだしたきっかけの原動力になったのは、情報学部の教授会と聞いています。

(注)ドイツでは国立の大学はなく、全て州立である。憲法上、教育権限は国になく、州にある。

(岩本) その議論が始まったのは大体何年ぐらい前からですか?

(ケールステン) 3〜4年前ぐらいじゃないですかね。

(岩本) 3〜4年前に議論が始まって、すぐに申請して、それで許可を勝ち取って、学生や教官を集めて、わずか3〜4年で全てをやってしまった訳ですね。建屋はすでにここにあって、この建屋の中に新しくデータサイエンティスト学科が新しくできたわけですね。

(ケールステン) この建屋は2000年からです。建物もあって学部もあって、その中の一部の学科として新たに許可をされただけです。教授、准教、助教、講師、など普通の講師も全て入れると、教える立場の教官は28人です。

6 学生の考えていること

(岩本) データサイエンティスト修士課程にいる学生の数は何人ですか。

(ケールステン) 1セメスターは定員20人です。今学期スタートした学生が20名ほどです。ただ、応募人数が多くて、80人くらい応募してきました。実は冬学期と夏学期の半年ごとに応募ができるのです。講義をスタートするのが1年に1回ではなくて3月と9月の2回です。昨年9月の1回目の応募数が80人で、そのうち20人を採用しました。今年の夏セメスター、3月からスタートする2期生のセメスターにも80人応募があって20人採用しました。ですが、次の今年9月スタートの冬の応募がもうすでに400人ぐらい来ています。既に現時点で応募者が400人いるので、恐らく20人でなくてもう少し採用すると思います。私たちはこういう学部ができました、といった広告は全然してなくて、ほとんど何もしていません。できるだけ小さくしたかったのですが、1年経ったら、ウェブサイトの訪問者もすごく増えていて、宣伝もしてないのに、周りで噂されるようになって、その結果、400人という数になってしまいました。

私たちには、この学部に関して広告費は一切ないので、唯一やっていることといったら、こういう学部があります、という紹介のペラペラの1枚の紙をコピーしてつくったくらいです。どこかの雑誌に広告を載せるなど、一切していないです。

(岩本) すごい。やはり若い人たちは時代に敏感ですね。すばらしい。これだけ社会のニーズがあるのですね。

(ケールステン) ここに応募書類を送ってくるときには、既に学部を終わらせているわけです。学部は先ほど言ったようにインフォマティックや数学の関連学部なので、もう既に学部の時点でここで習う内容がどのくらい興味深いというのを重々知っています。

(岩本) ここで学んでいる学生たちの就職先はどういうところですか。就職希望先と呼ぶのでしょうか。

(ケールステン) 残念ながら、おおまかなことも言えないような状態です。学生たちは、就職を見越して勉強しに来ているのではないのです。ここで学ぶことが興味深いからです。学生のなかには、グーグルに行きたいとかフェイスブックで働きたいと言う学生もいて、私のところに、僕は絶対フェイスブックやグーグルで働きたいから、カリキュラムはどれを取ったらいいですか、と聞いてくる学生もいますが、ごく少数です。大多数の学生が希望することは、仕事ではなく、ミュンヘンで住みたいとか、ミュンヘンで働きたいといった、どこの場所で働きたい、どこに住みたいかという希望はあっても、別に会社はどこでもいいという学生がほとんどです。仕事が面白ければ何でもいいというのがほとんどの学生です。

私のこの答えは、私がみんなに聞いたわけじゃないので、私に言ってくる学生の声を聞いているのを今まとめただけなのですが、逆に私にわざわざ言ってこない人も多くいると思います。

(岩本) 学生の反応がそういうことであれば、要は、自分がその能力を身に着けさえすれば、自分で住む場所も選べるし、例え企業が変わったとしても、ミュンヘンに住み続けたいという希望があれば、ずっとミュンヘンに住み続けられるくらい、そのくらいの自信があるということですよね。

(ケールステン) インフォマティックを大学で勉強するというのは、インフォマティクは世界中でどこでも使われているというのを知っているからです。その中で、既に情報学を勉強しただけで強いのに、そこからさらにわざわざ、こういう特別な分野の修士課程を選ぶ生徒というのは、かなり自覚はしていると思います。

そして、データサイエンス分野というのは、データに関する問題、データに関するテーマの専門家がいないというのは、もう周知の事実で、それを自分は学んでいるから、幾らでも人生の選択肢はある、という認識はあると思いますね。

(岩本) なるほど。確かに世の中はこれからデータサイエンティストが必要だけれども絶対量が不足するというのは周知の事実なので、その自分がデータサイエンティストの能力を身に着ければ、高い収入を得られるという自信を持っているのでしょうか。

(ケールステン) そうですね。

(岩本) 日本でも半年ぐらい前まではデータサイエンティスト、イコール統計学の専門家というふうに捉えていた時期もあって、これまで存在しなかったデータサイエンティストという専門家が一体どのような専門知識を持って、どのような仕事をするのか、まだ一般にはよく理解されていないのです。

そういう中で、データサイエンティストを養成するために大学に新しく学科をつくるとか、特別な養成機関をつくろうかとか、特に問題なのは、教える教官をどうやって確保するか、というのが、最大の難関になるだろうなと思います。この分野では、アメリカとドイツが進んでいるので、ドイツはどういうふうになっているのだろうかというのを、こういう形でインタビュー調査しています。

これまで存在していなかった新しい専門家を養成する場所をこれからつくっていくという議論をするための前例として、ドイツの状況を調べ、日本での議論の参考にしたいと思います。日本には日本の事情がありますので、それに合った形でつくり上げていくのではないかと思います。

(ケールステン) 助けになるといいのですが。

(岩本) いえいえ、もう十分です。とにかく、ここTUMに、データサイエンティスト学科があるというだけで、それだけでも、日本にとってものすごくインパクトになります。ドイツはインダストリー4.0がスタートしたのが日本よりも3年ぐらい早いのです。人材育成の分野では、まさにここにデータサイエンティスト学科が既にあるのですが、日本にはまだありません。それからいえば、人材育成の分野では、日本はドイツよりも4年以上遅れています。TUMは、日本でいえば、東京大学や京都大学の工学部に相当すると思いますが、そこにはまだデータサイエンティスト学科は存在していません。

ミュンヘン工科大学 数学・情報学部 データエンジニアリング・アンド・アナリティックス修士課程のカリキュラム

2017年7月31日掲載

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