IoT, AI等デジタル化の経済学

第48回「第4次産業革命を担う人材の育成:ドイツの動向(1)- 現地調査の概要(NO.1) -」

岩本 晃一
上席研究員

1 はじめに

2017年6月、ドイツ・ミュンヘンを中心とするドイツ南部各地を訪問し、第4次産業革命を担う人材の育成に関するドイツの動向を専門家から聞き取り調査し、意見交換した。ドイツ南部一帯は、自動車(BMW、メルセデスベンツ、ポルシェ、VW、アウディ)、機械(シーメンス等)、電機(ボッシュ等)など、「独り勝ち」のドイツ経済を牽引している企業が立地している経済の中心地であり、インダストリー4.0プロジェクト実施の中心地帯でもある。

今後、現地調査の詳細を順次公表していく予定であるが、詳細公表に先だって、現地調査の概要をとりまとめた。

2 人材育成の種類および場所

(1) 今回の調査対象

第4次産業革命を担う人材の育成と一言で言っても、それが含む範囲は広い。そのなかで、今回の現地調査の対象とした人材育成の種類は、①第4次産業革命を牽引するリーダー人材の育成、すなわち、デザイナーおよびデータサイエンティストと呼ばれている専門家の育成、②古い技術の下で働いてきた人を新しい技術の下で働けるようにするための再教育・再訓練、の2種類を対象とした。

また、人材育成を行う場所として、ある専門家は、①大学、②企業内、③商工会議所、④通信講座、を候補として挙げた。日本人からすれば、商工会議所の名前が挙がるのは奇異に思われるかもしれないが、日本と違ってドイツの商工会議所は、法律に基づき強制加入であるため、商工会議所は会員企業の発展のために積極的に多くの支援活動を行っている。その活動の広さと深さは日本の比ではない。そういったドイツの商工会議所の活動内容からすれば、人材育成についても、候補機関として名前が挙がることは自然な発想である。今回の現地調査の対象としたのは、そのうち、①大学および②職業訓練所である。

(2) ドイツの大学制度および職業訓練所

ドイツでは、「デュアルシステム」と呼ばれる世界的に有名な制度がある。この制度が、ドイツの強い製造業の基盤を担っているとされている。ドイツの子供は、10代で、大学進学者と職業訓練所へ進む者に分かれる。またドイツの大学の特徴として、大学の約6割が、「Hochshule」と呼ばれる大学であり、英語では「University of Applied Science」と表現されている。日本語では、「専門大学」「職業大学」などと言われている。専門大学は日本には存在しない種類の大学なので、日本人には理解が難しいかもしれないが、

  • 日本の専門学校や高専は短大であるが、それを修士課程まで延長
  • 机に向かう勉強が少なく、企業との協働の時間が多い
  • 卒業後、すぐに企業の現場で働ける即戦力を育成

するという大学である。筆者は、専門大学の存在こそが、ものづくり大国ドイツを作り上げている中核であると考えている。

ドイツの大学は無償であり、世界中から優秀な学生を集めている。たとえば、ミュンヘン工科大学は約3割が外国人留学生である。

すなわち、ドイツでは、おおざっぱにいって、上位2割が「大学(Universitat)」に進み、次の約3割が「専門大学(Hochshule)」に進み、約5割が国家資格マイスターを養成する「職業訓練所」に進む。

今回の現地調査では、上記の3分野の各大学・各所において、どのような人材育成が始まっているか、調査した。具体的には、以下の4カ所における人材育成を調査した。

ミュンヘン工科大学 : 企業の技術系役員クラスを輩出する大学
ミュンヘン大学 : 企業の事務系役員クラスを輩出する大学
ミュンヘン専門大学 : 企業の現場の開発部長クラスを輩出する大学
ミュンヘン職業訓練所 : 工場の現場で働く労働者を輩出する職業訓練所

ミュンヘン工科大学は、ベルリン工科大学、アーヘン工科大学と並び、ドイツの3大工科大学の1つである。ミュンヘン専門大学は、その規模と優秀さに於いてドイツでトップといわれている。

3 データサイエンティストを養成するカリキュラム

ある専門家によれば、ビッグデータは、4V'sの特徴を持っていると説明した。すなわち、Veracity (uncertainty of data), Variety (different forms of data), Volume (scale of data), Velocity (analysis of streaming data) の4つである。

そして、データサイエンティストの定義は、「4V'sの特徴を持つビッグデータを扱えるだけでなく、ビッグデータを処理することでどういった形で表現するのがいいか、何をどのように分析すればいいかわかる能力を持っている人。その能力はその人が働いている分野に精通していること。」であると説明した。データサイエンティストを育成するカリキュラムを考える上では、データサイエンティストの定義、すなわちデータサイエンティストが担うことが期待されている役割を明確化することがまず必要であると、その専門家は説明した。

今回、専門家への聞き取り調査を通じ、ドイツで行われているデータサイエンティストを育成するために必要なカリキュラムは、おおまかにいって以下のようであると思われた。

  1. 数学 ほぼ全ての専門家が、数学が最も重要と認識していたといえる。
  2. 統計学 数学とほぼ同程度の重要性で必要な基礎的な学問分野であると認識されているようだった。
  3. 情報学 日本では恐らく情報学が最も重要であると考えられているかもしれないが、ドイツでは、数学・統計学の次の優先度に位置するように感じられた。
  4. 経営学 事務系役員を養成する大学でのデータサイエンティストに求められる。
  5. エンジニアリング 技術系役員を養成する大学でのデータサイエンティストに求められる。製造業が主力産業のドイツにあって、エンジニアリングよりも数学の重要度が高いと認識されていたことは少し意外であった。

4 調査結果の総括

今回、調査対象としたミュンヘン工科大学、ミュンヘン大学、ミュンヘン専門大学の3大学において、2016年からデータサイエンティストを養成する修士課程が設置され、第4次産業革命を牽引するリーダー人材の育成が開始されていることがわかった。その修士課程を終えた若者は、2018年から社会に出て働き始める。ミュンヘン職業訓練所は、データサイエンティストを養成する機関ではないが、現場で働く労働者に対し、IoT対応可能な訓練の検討が少し前から始まっている。そういった専門的な教育を受けた若者が社会に出て働き始めると、日本とドイツの差は益々開いていく、と予想される。

これら3大学の教授会で、第4次産業革命を牽引するリーダー人材の育成が必要であるとの議論が始まったのは2013年頃であった。ドイツが、インダストリー4.0構想を発表したのが、下記のレポート(2013年4月)であるから、その直後から、各大学の教授会でそうした議論が始まっていたことになる。

Working Group(2013), Recommendations for implementing the strategic initiative INDUSTRIE4.0, Final report of the Industrie4.0 Working Group, April 2013

教授会で、データサイエンティストを養成する修士課程が必要との結論に至り、バイエルン州教育省に申請書を提出した。そして「インダストリー4.0ってなに?」という教育省に対し、各大学は、最初から延々と説明し、新課程の必要性を説き、ケンケンガクガクの議論を経て、ようやく予算と定員が認められ、2016年に最初の学生を受け入れたのである。

一方、日本は、人材育成に関しては、未だに大学の教授会で、データサイエンティストを養成する課程の必要性に関し、議論すらされていない。現時点で、日本は、人材育成に関しては、既に4年以上遅れている。第4次産業革命で、日本は益々他の先進国に引き離されてしまう。

2017年6月27日掲載

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