IoT, AI等デジタル化の経済学

第42回「最近のドイツの動向;ドイツの専門家との意見交換(3)」

岩本 晃一
上席研究員

2016年11月、ドイツを訪問し、最近の動向について、ミュンヘン大学アーノルド・ピコー教授と意見交換した。

1 ドイツで生まれつつある新しいビジネスモデル

(岩本)日本人は、ドイツで生まれつつある新しいビジネスモデルに強い関心を持っている。まずそれをお聞かせ願いたい。

(ピコー)それではまず一つ目のビジネスモデルからスタートしたい。

以前、私たちが日本を訪問した理由は、ある研究のためである。その研究はほぼ終わりに近づいた。間もなくウェブページで公開される(注)。

(筆者注)2017年2月、プロジェクトの報告書がまとまった。現在、下記のウェブからダウンロードできる。
タイトル:"Digital Transformation: How information and communication technology is fundamentally changing incumbent industries"
ウェブサイト:https://business-services.heise.de/specials/studie-digitale-transformation/english-version/beitrag/abstract-and-download-3076.html

Digital Transformation: How information and communication technology is fundamentally changing incumbent industries

この研究はドイツ連邦政府経済エネルギー省から委託を受けて行ったもので、我々ミュンヘン大学とミュンヘン工科大学が共同で実施し、実際の世界中のインタビューは、シーメンスの各国法人がサポートした。ドイツ、EU、アメリカ、日本、中国、韓国の5地域を対象に調査を行った。

その報告書の概要を申し上げると、世界中の新しいビジネスモデルが一体どの方向に向かっているか、といえば、企業はデジタル技術を、企業と顧客をつなぐ接続部として使おうとしている、ということである。従来と比べ、さらに新たな接続の機会を増やすという形で使うとしていることがわかった。

言い換えると、センサーやデジタル機器を使って、顧客が一体何をより希望しているか、という情報を取ってきて、今まで顧客に提供してきた内容を、更に一層顧客の希望にカスタマイズして提供していくところにデジタル技術を使おうとしてということである。ということは、今後は、企業がいかに顧客にカスタマイズされたものを提供できるか、というところで企業の勝敗が決まっていくということに要約される。

この報告書によれば、従来の装置メーカーは、人的サービス業に大きく変化している。たとえば、ドイツで「トルンプ」という企業は、これまで工具や金型を作り、レーザーの切断をするような大きい規模のマシンを顧客に売っていた。メンテナンスは、トルンプの会社の人が顧客のところにやってきて、マシンに手を入れてメンテナンスをするというのが従来のやり方だった。

それが今では、マシンを売るのではなく、マシンが提供する機能を売る、というように移ってきている。マシンのあちこちにセンサーが取り付けられ、センサーから得られるデータによってマシンの状況が把握でき、顧客がより必要としているサービスが把握可能になる。顧客はマシンを買うのでなく、最終的にそこから得られる機能に対してお金を払っている。ビッグデータは、まさに企業と顧客との接続部に使っている。提供側と顧客の間にある接続部が、顧客に対するサービスの品質に影響してくる。

だが、装置メーカーは、自身でビッグデータを処理し、その結果からどうすればいいかという経験を持っていない。それが装置メーカーの課題である。

だとすれば、データを扱うプロである「データサイエンテイスト」がグーグルからやってきて、装置メーカーと顧客の間に入って、データの意味を理解し、助けをすることになるのだろうか。それは装置メーカーからすれば、簡単なことではない。ビジネスが全然根底から覆るようなものなので、1つの会社だけでデジタルビジネスをスタートするのは十分ではない。そこで、同じ業種が集まって「プラットフォーム」を作ることがどうしても必要不可欠になってくる。

その「プラットフォーム」に他社のサプライヤーも参加し、顧客に一番良い組み合わせを提供できる環境が整っていることが大切である。デジタルトランスフォーメーションが必要ならば、「プラットフォーム」を作ることが、どうしても必要不可欠になってくる。

トルンプの話に戻ると、トルンプは独自のソフトウェアを作り、しかも、ソフトウェアを他社にも提供している。この開発はとても大変だったし、「プラットフォーム」を作ることもとても大変だった。だから、他社と手に手を取ってやっていかなければいけない。

シーメンスも技術データの分析をするソフトウェア「マインドスフィア」を独自に開発し、プラットフォームを同じ業界の企業が使えるように提供している。GEも「プレディックス」という同じようなものを提供している。

これらの例は、あることを指し示している。デジタルビジネスモデルを展開していくに当たって、「プラットフォーム」がとても重要な存在になっていくということだ。なぜなら、顧客に対する接続部という意味だけではなく、値段をも左右するからである。これまではマシンを売っていたので、顧客から受け取るお金は、マシンの価格だったが、これからは、このマシンが提供できる機能を提供するので、その機能の値段というように変わってくる。

こうした新しいビジネスモデルは、会社と会社の関係(B2B)だけではなく、さまざまなパートナーが出てくることになる。たとえば分析が得意な会社をプラットフォームのなかに引き込んで、最終的に、顧客が確実にサービスを享受できるような状況を作らなければならない。最も大事なことは、製造の自動化から見た顧客ではなく、顧客から見た企業になっていく。これが一番大きな点である。

2 ドイツにおける新しいビジネスモデルの具体的な事例

ドイツでは、インダストリー4.0構想が、当初計画していた内容でなく、別の方向に進んでいる。当初は、製造工場の中だけでネットワーク化する、という内容だったが、その後、全部をネットワーク化しようとなり、サプライヤーとの間でネットワーク化が進み、その後、さらに顧客ともネットワーク化しようという方向に舵の向きが変わってきている。

これまでドイツでは、製造現場やバックオフィスをモダン化してきたが、そうして人々が効率的に働くというのは大事だが、それにより最終的に顧客に満足するものを提供できなかったら意味がない。そのため、顧客視点で製造現場やバックオフィスを考え直そうと変わってきている。

この点は、インダストリー4.0を推進してきた課程で、私たちが学習したことである。そういう意味では、日本とドイツは、とても似た状況にあると思う。日本にも、伝統的な装置メーカーが多いが、今、まさにデジタル化をどのように取り組んでいくか、を学ばなければならない時期だと思う。

(岩本)ドイツでは、製造メーカーがサービスも提供する、ということを実際に実践している企業はどのくらいあるか。

(ピコー) ドイツでもまだまだ少ない。まだスタートしたばかりである。

1つの例として、シーメンスは中国に車両でなく、「電車システム」を販売した。モノを売ったのではなく、時間どおりに動く電車サービスを売った、と表現するほうが正確であろう。

たとえば、中国で、ここからここまで、電車が15分以上遅れません、というサービスを売っている。電車のセンサーからシーメンスに情報を送り、シーメンスがいまの運行状態を把握し、メンテナンスや車両の車間の改善など全ての責任持って行うものである。残念ながら細かい内容まではよく分からないが、中国は電車が時間どおりだとお金を払い、時間どおりでなければ支払が少なくてもよいらしい。従来と比較すると、全く別のビジネスモデルであるため、全く別の市場が開けてくる。

だが、昨年初めて日本を訪問したところ、日本の電車はとても時間に正確だった。日本では、シーメンスのサービスはどこも買ってくれない。中国だからこそ成り立つビジネスだと思う。

またたとえば、老人ホームの洗濯物を集めて、持って行って、洗って、また持ってくるという洗濯屋の事例がある。1つ1つのベッドシーツや衣類にRFIDチップが埋め込まれていて、洗濯が終わって戻ってきたら、誰のものかが認知され、区別され、各人に配られるという簡単な方法である。

すると、ここミュンヘンから20分ぐらい離れているローゼンハイムにある企業が、その話を聞いて、その洗濯を基にした新しいビジネスモデルを作った。もしRFIDチップが入っていてシーツの仕分けが出来るのなら、1枚1枚のシーツごとに、新しいものと交換しなければならない時期がわかる。ということで、1カ月にいくらという単位期間当たりの金額を決めて、1カ月間、その金額を払えば常にその期内は、ある一定水準以上の清潔なシーツや衣服が提供される。

すると、別の企業がシーツや衣服の販売元になり、さらに別の企業が製造元にもなっていく。洗濯屋のビジネスモデルがきっかけで、顧客の要望により、どれほど変わるか、どれだけ展開していけるか、というのが見て取れる。

今の時点でのIoTの可能性を100%と考えると、それぞれの産業ごとに、IoTの可能性を使っている程度は異なっている。

そして、自動車業界が、恐らく最も進んでいると思う。車を売るだけではなく、そのモビリティを提供するという意味で一番進んでいる。たとえば、BMWのDriveNowが挙げられる。BMWは、モビリティサービスを提供するために、車だけではなく、車以外も提供するなど、顧客に提供するものの可能性が一層広がっていく。すると、自動車以外にも、自転車や飛行機などとの間でコラボレーションが益々進んでいくことになる。

(岩本) 日本のメーカーは、今、物を売るだけでもさほど困っていないのに、そのように大きくガラッと事業内容を変えて、それで本当にうまくいくのか、という大きな不安を持っている。そのため、なかなかサービス提供に踏み切れない。ドイツでは、メーカーがサービスを提供することへ転換した最も大きな動機やインセンティブは何だったのか。

(ピコー) とても大事で難しい質問ですね。ドイツでも当初は、おっしゃったような状況だったが、ここ数年で急速に企業の理解が深まった。その理由は、成功事例が出てきたことと、企業が感じている危険感が大きくなってきた点を指摘したい。

ドイツでは新聞や出版社などメディアが不安をあおるようなことを書きたてている。その背景には、ここ数年、ドイツ企業がかなり外資系に押されている状況がある。たとえばテレビなどエンタテインメント機器は日本、中国、韓国に市場を取られた。サービス業、取引流通業、小売業なども、アマゾン(Amazon)やイーベイ(eBay)などに押されている。

ドイツには、オットー(OTTO)という通販会社があるが、オンラインで成功できる可能性があったにも係わらず、アマゾンがどんどん進出してきて、オットーとアマゾンの立場が逆転してしまった。似たような商売をしている会社のはずなのに。

このように、ほかの業界でも同様の現象が起きていて、確実なものは何もない、という結論になっている。

だが、ドイツの優良中小企業でも、今、岩本さんがおっしゃったように考えているところが、まだまだ多くある。

ただ、誰かが何か新しい商売や事業を始めた時、それに他の人が付いていく、といったことはよくある現象である。その原因は、先述した調査研究からわかったことであるが、たとえば自動車市場であれば、日本製であれ、ドイツ製であれ、特に大きなスペックの違いがある訳でなく、車の中の一部を作るためにとても特別な工程があるとは考えられない。

自動車は、どのメーカーであっても同じようなマシンを使うというスタンダード化が進んでいる。このように、グローバル化とスタンダード化が同時に進んでいることにより、とても競争圧力がきつくなっている。それが背景にある。

3 ドイツにおいてIndustrie4.0の当初構想はどうなったか

(岩本) ドイツがインダストリー4.0構想を発表した当初の内容は工場の中にほとんど人間がいない自動化工場だったが、その構想は、今はどうなっているのか。

(ピコー) 工場の自動化は進んでいるが、誰一人いない全自動工場は滅多にない。ただ、新たにインダストリー周辺でサービスを提供する人や、新たな課題や新しい職業もどんどん出てきている。

たとえば、とてもクリエイティブな開発やサービスを行う人、さらにお客さんとのコミュニケーションを受け持つ人など、新しい職業が急速に増えてきている。ダイレクトバンキングやダイレクト保険などファイナンシャル・サービス業では、今まで人が応対していたが、今ではコンピュータが応対するようになってきている。

ドイツの労働省からニュルンベルクのZEW研究所に委託された調査は、とても正確に分析されていて、ドイツやヨーロッパの環境に合わせて研究が行われている。フレイ&オズボーンは、アメリカで702個の職業について、47%が機械に置き換わる危険にさらされているという結果を出した。この計算と同じ計算方法をドイツに導入すると、数字が47%より若干少なめになるものの、結局は同じような結果が出るのではないかと思われていた。

しかし、ZEWの研究によると、デジタル技術は、その1つの職業全部について、人間を機械に100%代替することはできなくて、技術というのはその職業のうちの1つの作業を代替するだけで、その職業全部を代替できるわけではない。職業といっても、その職業の中に多くの役割や作業がある。

たとえば、売り子さんがお客さんに笑って、いらっしゃいと言うことから始まって、物を渡して、いくらですと伝え、お金をもらって計算して、というように、1つの職業のなかでも多くの一連の作業がある。

その一連の作業の中で、どれが機械で代替可能で、どれが可能ではない、というところまで細かく追求していった。

ZEWの研究は、702個の職業のすべてを解析し、その中のどの作業が、どの技術で代替可能であり、そしてどの技術がいつ頃に実現できるようになっているのか、などといったことも分析することで、将来的な労働の危機に関する研究を終えた。

すると、ドイツでは危険にさらされる職業は12%ぐらいだとなった。ただ、今後は現時点では存在しない新しい仕事が増えてくることが考えられるので、12%の危険にさらされる職業も、将来的には他の職種でカバーされるはずだと思っている。

ZEWの研究は、フレイ&オズボーンの結果と比べ、不安に思うことはない、という結論になっている。

新しい職業が今後現れるかもしれない。たとえば、今では世界中で非常にたくさんの人がソーシャルメディア分野で働いているが、昔はこうした職業は存在しなかった。このように身近に分かりやすい例が山ほどある。これまでも人間が本当に職業を失って悲しむというようなドラマティックな状況は出現しなかった。

ただ、変わりつつある途中の変化は、見過ごしてはいけない。新しく他の職業が出現するとしても、自分の職業は廃れていくことが確実にあるので、若い人を別の職業訓練方法で訓練する。今、実際に仕事している人に、ほかの職業訓練を施していく、というのは過度期にはとても大事なこと。

そして、会社内での教育、学校教育、職業教育、大学教育など、教育の方向をどちらに持っていくかというのはとても難しい。

4 ドイツでのプラットフォーム・エコノミーの議論

(岩本) ドイツの方はよく「プラットフォーム」と言うが、ドイツ人がいう「プラットフォーム」とは、今、世の中でよく言われている「オープンプラットフォーム」という理解でよいか。

(ピコー) 「プラットフォーム」の概念はとても難しい。プラットフォームには、いろいろな種類があり、ドイツ国内だけでなく、英語圏でもいろいろな呼び方がある。ドイツ人がいう「プラットフォーム」のコンセプトは、もともと自動車業界から来ている。

たとえば、フォルクスワーゲンがゴルフのプラットフォームを作り、そこにさまざまなコンポーネントを加えていくことで、アウディA3に組み替えることもできる。ただ、これは、どちらかといえば、技術上のエンジニアプラットフォームであり、モジュールを変えるだけで他のものに変わる。その基になるもの、という意味である。

だが、「デジタル・プラットフォーム」は、今までドイツ人がプラットフォームと呼んでいたものとは異なり、ある市場を狙って、提携が必要な会社どうしで提携するために、都合の良い競争のルールを作ることであり、「マーケットデザイン」と呼ばれている。

さまざまな細かい違いはあるとしても、ある基本的なルールの下で、ある一社が、ある希望を出し、それに他社が応えるという形をとる。プラットフォームの管理者は、その基本ルールを守り、調整する。プラットフォームへの参加者は、1つの会社と顧客のケースもあれば、複数の会社と顧客、複数の会社と複数の会社など、さまざまな形態がある。

(岩本) プラットフォームの頂点に位置する会社が全体の利益を独占し、プラットフォームの下部でビジネスをしている人たちが搾取され、非常に低賃金で不安定な雇用に陥るという議論は、ドイツでは行われているか。

(ピコー) プラットフォームの頂点に位置する者が、利益を搾取するという現実はある。なぜなら、プラットフォームの開発には膨大な投資金額が必要であるが、プラットフォームの使用料は、お金がかからないことがほとんどである。そのため、プラットフォームを開発した人にとっては、可能な限り多くの顧客をプラットフォームに引き込み、使ってもらわなければ、採算が合わない。

そして、何百社も参加しているプラットフォームと、ほんの数社しか参加していない他のプラットフォームを比べると、プラットフォームを利用する側からすれば、多くのネットワークがある前者のほうが利便性がよくていい、と思う。ということは、最初に出来上がったプラットフォームから抜け出すのは難しくなる。小さい企業は、そういったプラットフォームを作ることはできない。どの企業も参加できるような、倫理的にきちんとしたルールが大事である。

ドイツにクロックナー(Klockner&Co)いうステンレススチール加工の会社がある。彼らが、今、プラットフォームを作っている。

お客様が特別なスチールの注文をする。このくらいの厚さで、このくらいのサイズで、これこれ、こういうスチールが必要だと言ってくると、プラットフォームにその注文を書き込む。アマゾンのような仕組みだが、クロックナーが、その商品を持っていない場合、クロックナーのプラットフォームに参加している他の会社から買うことができる。スチール以外にも、ロジスティックや保険など、その他のサービスも組み込んでいて、エコシステムと呼んでいる。

2017年3月7日掲載

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