IoT/インダストリー4.0が与えるインパクト

第36回「IoTが雇用に与える影響;欧米での議論の動向」

岩本 晃一 上席研究員

1. はじめに

日本では、IoT/AIに関し、「科学とデータに基づく冷静で客観的な議論」が必要だと感じている。日本では、IoT/AIブームが到来し、多くの日本国民がIoT/AIについて詳しく知りたいという強いニーズが生まれたとき、個々の分野では専門家はいたが、全体を俯瞰し、素人にわかりやすく説明できる人が日本には不在だった。技術の専門家ではない人々が、技術の全体像や本質がよくわからずに国民に伝達したため、一部でセンセーショナルでミスリードの情報が日本中に流れ、多くの国民がそれを信じ込んだ。一旦、信じ込んだ先入観を変えることは難しい。IoT/AIの本質が誤解され、日本でのIoT/AIの普及に遅れが生じるのではないかと懸念している。その代表的なものが、「IoT/AIは単なる人員削減の手段ではないか」という声である。

今、我が国では、オックスフォード大学のフレイ&オズボーンによる試算、すなわち米国において10-20年内に労働人口の47%が機械に代替可能という試算がメディアで取り上げられ、人々の不安を煽っている。

私にはある苦い体験がある。ある地方で地元中小企業を集めて行った講演では、「IoT/AIが普及すると半分の人間がいらなくなるそうじゃないか。もし自分が失業したら生活費はどうするんだ。国が出してくれるのか」「自分はIoT/AIなどという難しいことはわからん。もしそのために自分がクビになったら、あんたは何をしてくれるんだ」などという質問が続いた。

テレビの経済番組などで、IoT/AIに話が及んだとき、経済評論家が「IoT/AIなんて、どうせ、人減らしの手段でしょ」という場面を何度か見た。日本国民の頭のなかに、こうした光景が刷り込まれ、やがてIoT/AIなどのイノベーションに対する根深い逆風となってくるのではないかと懸念している。日本人自身が日本の発展の足を引っ張るという現象である。

IT技術が進化すれば確かに消えていく仕事はあるかもしれないが、仕事内容が変化し、配置転換が行われ、新しく生まれる仕事もあり、全体をバランスをもって論じなければ十分な議論とはいえない。たとえば、パソコンが導入されたとき、タイピストという仕事は失われたが、彼女らは一般事務に配置転換されて仕事を習熟していった。パソコン、スマホ、インターネットの発展は、ネット金融、ネット販売、SNS、検索エンジン、音楽配信、アプリビジネスなど新しいビジネスを生み出し、グーグル、ヤフー、アマゾン、フェイスブック、マイクロソフト、楽天、ソフトバンクモバイルなどが急成長し、膨大な新規雇用を生み出してきた。

これまで、確かに失われる仕事はあったが、配置転換されて新しい仕事に慣れ、更に新しく生まれる仕事の方が格段に大きかった。それが新しく急成長する企業を創出していった。入社したときの仕事をそのまま一生続ける人の方が希だろう。

当分野では、ドイツは日本より4〜5年研究が先行している。なぜなら、IGメタル(金属労働組合)や、それを支持基盤とする社会民主党が、インダストリー4.0を推進するに当たり、雇用問題に真剣に取り組むよう主張してきたこともあり、大きな政治イシューとなっていて、Arbeiten4.0(英;Work4.0)プロジェクトが実施されてきた。同分野の研究者の層も厚い。

米国では、新しい技術が出現すると、雇用者が解雇され、新しい技術の下で働ける人を新たに募集するなどの慣行が見られる。こういった慣行が、高学歴でも収入が低い若者が増える傾向に拍車をかけているといった主張が見られる。ドイツでは、職業訓練所が全国各地にきめ細かく整備されているため、IGメタルは、こうした解雇者を出さず、新しい技術の下でも働けるよう、再教育・再訓練の充実を訴えている。雇用慣行は国によって異なるため、日本は日本独自の方法を追求する必要がある。

2. これまでの世界で行われた研究

雇用に関して何らかの将来推計値を出しているペーパーは、確認しているもので、現時点で約十数本である。うち主要なものを以下に挙げる。

  • The Future of Employment, Carl Benedict Frey&Michael A. Osborne, Oxford University, September 17 2013
  • Automation, jobs, and the future of work, Mckinsey & Company, November 2014
  • Autor, D H (2015), "Why are there still so many jobs? The history and future of workplace automation," The Journal of Economic Perspectives, 29(3): 3-30.
  • Holger Bonin, Terry Gregory and Ulrich Zierahn(2015), Forschungsbericht 455, Ubertragung der studie von Frey & Osborne(2013) auf Deutschland, Zentrum fur Europaische Wirschaftsforchung GmbH ; ZEW, Mannheim, 14. April 2015
  • Man and Machine in Industry 4.0, The Boston Consulting Group, September 2015
  • Katharina Dengler and Britta Matthes(2015), IAB Forschungsbericht 11/2015, Folgen ger Digitalisierung fur die Arbeitwelt, Institute fur Arbeitsmarket und Berufsforschung IAB, November 2015
  • The Future of Jobs, World Economic Forum, January 2016
  • Robot revolution: rise of 'thinking' machines could exacerbate inequality, Merrill Lynch
  • Economic Report of the President, Together with The Annual Report of the Council of Economic Advisers, February 2016
  • Automation and Independent Work in a Digital Economy, Policy brief on the future of work, OECD, May 2016
  • James Bessen(2016) , Lecturer in Law, Boston University School of Law, How computer automation affects occupations: Technology, jobs, and skills , RIETI Perspectives from Around the World, October 24, 2016

このうち、フレイ&オズボーン(オックスフォード大学)(2013年9月)は、米国に於いて10〜20年以内に労働人口の47%が機械に代替可能という推計値を出している。

だが、ボストン・コンサルテイング・レポート(2015年9月)は、ドイツ国内の23業種、40職種に関して推計し、2025年までにドイツ国内で35万人の雇用増、2030年までには580万から770万の従業員不足数となると推計している。

このように、それぞれの推計値は、推計方法によって極めて幅の広い値となっているだけでなく、前者は雇用が大きく減少し、後者は雇用が大きく増加するという真逆の結果になっている。そうしたさまざまな推計値のなかで、フレイ&オズボーンの推計値は最も極端な値と言える。

もしこの推計値を前提に、日本国内で政策の議論を進めたのなら、間違った結論を導き出す可能性がある。

私が2016年3月と11月にドイツに出張し、専門家らと議論した際、発表されているいくつかの推計値のことを「根拠のないいいかげんな数字」と批判していた。私はドイツの専門家に一理あると感じている。

また、雇用慣行、雇用制度、雇用政策などは各国により大きく異なっており、フレイ&オズボーンの推計値が本当に「日本の雇用環境の下で正しいのか?」という疑問がある。たとえば、ドイツにはマイスターを育成する職業訓練校が全国各地に整備されており、これまでも新しい技術が出現すれば、職業訓練校で再訓練を受け、新しい技術の下で働いてきた。だが日本では、ドイツのような職業訓練校がほとんど整備されていない。また就「職」する国では、新しい技術が導入され、その「職」が不要になったとき、雇用者は解雇されるかもしれないが、日本では、就「社」するため、新しい技術が導入されても、企業のなかで配置転換され、新しい職場で新しい仕事を覚えるといった雇用慣行が根付いている。日本は、新しい技術の導入に対応する雇用環境が、ドイツとも米国とも異なっているのではないだろうか。

いま「仕事の未来(Future of Job)」に関して世界で行われている議論は主に以下の3点に集約される。

(1)これまでindustrie4.0を推進してきたドイツで主に行われてきた議論であり、製造現場で働く単純労働者が減り、システムを開発、設計、保守ができるシステムエンジニアが増えてくるのではないか、といった議論である。新しい技術が導入されたとき、現場で働く労働者に対して再訓練を行い、新しい技術の下で働けるようにして失業者を出さない、といった議論である。

(2)過去の雇用に関する統計データをみると、スキル度が中レベルの人々の職が失われ、スキル度が低・高レベルの職が増えてきた(図1)。またスキル度が中レベルでも、減少したのは単純な繰り返し作業を行う作業(日本でいえば、たとえば、銀行のATMが代替した作業)であり、創造的でコミュニケーションを必要とする仕事は増えてきた(図2)。スキル度が低レベルの仕事は、たとえば、介護の仕事は、現場にさまざまな支援機器が導入され、人々はきつい労働から徐々に解放されてきたが、人間自体を機械が全て代替することはなく、先進国では高齢化に伴い介護に従事する人の数は増えてきた。ビルの清掃員もまた、現場にさまざまな支援機器が導入されてきたが、人間自体を機械が全て代替することはなく、ビルが増えるに伴って清掃員数は増えてきた。

図1:スキル度が中レベルの人々の職が減少、低・高レベルの職が増加
図1:スキル度が中レベルの人々の職が減少、低・高レベルの職が増加
出典)Arnold Picot, Forschungsstelle fur Information, Organization und management, LMU Munchen
図2:スキル度が中レベルでも、単純な繰り返し作業が減少、創造的でコミュニケーションを必要とする仕事は増加
図2:スキル度が中レベルでも、単純な繰り返し作業が減少、創造的でコミュニケーションを必要とする仕事は増加

以上は「スキル度」の観点から見た過去の雇用変化であるが、James Bsessen (2016)は、「賃金」水準の観点から見て、低、中、高に区分し、米国のデータを用いて、これまで「computer automation」が雇用者数に与えた影響を計測したところ、低賃金の雇用者数は減少しているが、中・高賃金の雇用者数は増加していることを示している。同氏は、今、行われている議論は、雇用が失われるという議論ばかりであるが、過去の統計データを見れば、確かに低賃金者は減っているが、中・高賃金者は増えていて、その合計値で見ると、むしろ「computer automation」は雇用者数の増加をもたらしている、と指摘している。(図3)

図3:Net Effect of Computer Automation on Occupation Job Growth, Grouped by 1980 Mean Occupational Wage
図3:Net Effect of Computer Automation on Occupation Job Growth, Grouped by 1980 Mean Occupational Wage

(3)最近、欧米で議論されるようになった「プラットフォーム・エコノミー(Platform Economy)」に関する議論である。

プラットフォーム・エコノミーとは、さまざまな専門家の意見をまとめると、「当初は、複数の企業が併存していても、プラットフォームビジネスには、規模の経済、ネットワーク外部性が効くため、やがて多くの補完企業が参加するグループと、先細りグループに分かれ、ついには極少数のプラットフォーム企業に集約される。あるプラットフォームが、一定数以上の顧客を獲得すると、製品の量産効果に加え、補完財供給も増えるため、サービスの価値が益々増加する。プラットフォーム構築には膨大な投資が必要な上、既存プラットフォームの顧客には他社への乗り換えコストが大きい。そのため、一度形成された寡占または独占は、勝者の独り勝ち、莫大な利益を得る。勝者を狙うプラットフォーム企業は、補完財を供給してくれる補完企業を増やすため、オープン戦略を採用する」などと説明されている。

米国では、グーグル、アマゾン、フェイスブックなどはモノを売らず、ビッグデータを扱うだけで、わずか十数年で創業から一気に巨大企業に成長した。これらの企業の稼ぎ出す収益は巨大であり、従業員の賃金も高いため、いまシリコンバレーは日本のバブル期を凌ぐバブル状態にあると聞く。そしていま、ウーバー(Uber)、エアー・ビーアンドビー(Airbnb)などが一気に巨大資本に成長しようとしている。彼らのビジネスモデルが、巨額の投資により優れたアルゴリズム「プラットフォーム」を作り、オープン戦略で協力企業を加速度的に増やし、一気にマネーを吸収しようというものである(図4)。こうした「プラットフォーム」企業の下層で働く人々は、低賃金で不安定な雇用に陥るとされている。これも米国における格差拡大を引き起こしている一因との議論がされている。ドイツでは、デジタル化がもたらす経済格差は、「デジタル・プロレタリアート」と呼ばれているとドイツ人専門家が教えてくれた。欧州では移民がタクシー運転手をしているが、自動運転車の登場により、移民の仕事が奪われ、社会が一層不安定化するのではないかという移民の議論と重なっている。

上記のスキル度が低い労働者は、現時点ではまだ、機械が労働の一部を代替しているにすぎず、人間そのものを全て代替できていないため、たとえば、清掃員、タクシー運転手、スーパーのレジ打ち、介護者といった就業者数は、社会の高齢化などに伴い、増加してきた(図1)。だが、やがて人間そのものを100%代替する機械が出現すると、スキル度が低い労働者が一気に職を失ってしまうようになる。しかも、その分野の就業者は、欧州では主に移民がこれまで担ってきた労働であるため、現在でさえ、テロの脅威に悩まされている欧州において、移民の仕事が失われてしまうがために、欧州の社会が一層不安定化するのではないか、という議論につながっているのである。

図4:プラットフォーム・エコノミー
図4:プラットフォーム・エコノミー
図表:プラットフォームビジネスを支えるミクロ経済学背景/IT化による限界費用を引き下げるプラットフォーム例/競争優位を維持・強化する好循環のビジネスモデル
出典)通商白書2016

今、日本では、IoT/AIが導入されれば雇用者数が減るまたは増える、そして、その減った雇用者をどうするか、という単純な議論しか行われていないが、「雇用の未来;Future of Jobs」を議論するのであれば、上記(1)〜(3)を包括し、かつ日本型雇用慣行を前提に行うべきものである。また、現在は、労働者数の総量でしか議論がなされていないが、これを男女別に分けて細かく分析すれば、世界初の研究となる。

なお、日本では、Robot, IoT, AI, Bigdataなどという縦割に分断する言葉を使っているが、欧米諸国では、IoTもAIも違いは無く、全てを包括する「Digitalization」「Computerization」「Automation」「Networking」などという言葉が使われ、雇用問題についても、単に量が減るまたは増えるといった単純な議論だけでない「Future of Work」「Future of Job」「Future of Employment」などという言葉が使われている。そのため、欧米向けに日本の調査分析結果を情報発信する場合は、「Digitalization, Computerization, Automation, Networking and Future of Job in Japan's Fourth Industrial Revolution」と表現したほうが彼らにわかりやすい。

3. さいごに

以上、紹介したように「労働の未来(Future of Jobs)」は、今、欧米で熱く議論されているホット・トピックであり、次々と研究者が参入し、新しいペーパーが出されているが、先進国のなかで、日本だけ、この議論の輪の中に入っていない。欧米日のいずれの国でも、まだまだIoT/AIによる雇用問題は顕在化していないが、欧米は、将来を予測して議論を展開している。それだけ抱えている問題が深刻なのだろう。だが日本では、目の前に何も変化が生じていないので、ほとんど誰も研究に取り組もうとしない。本稿を読まれた若い人のなかから、この分野の研究に参加していただける人が出現することを願っている。

2017年1月12日掲載

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