IoT, AI等デジタル化の経済学

第13回「ドイツ経済を支える強い中小企業『ミッテルシュタンド(Mittelstand)』」

岩本 晃一
上席研究員

ドイツ人は自分の国を「中小企業の国」と呼ぶ。ドイツには古くから「マイスター」と呼ばれる高い技能を持った職人がいて技術力の高いドイツ製品を作り、ドイツ経済を支えてきた。かつては、家内制手工業であったが、近代になると中小企業へと発展していった。彼らは社会からの尊敬を受けるだけでなく、ギルドと呼ばれる組合を作り、政治的発言力も持ち、自らの地位向上を図ってきた。ドイツの教育システムは、「デュアルシステム」と呼ばれ、世界的にも有名であり、職人養成コースが設けられ、充実した教育訓練を受けている。

戦後、西独市場が拡大していたので中小企業は国内市場を対象としていればよかったが、1989年の東西統一により、西独に比べて生産性が約1/3である東独の2000万人を抱え込み、経済がガタガタになり、「欧州の病人」と呼ばれた。そこでドイツは国を挙げて製造業、得に中小企業の輸出振興に取り組み、輸出主導による経済成長が定着した。当時、中小企業は生き残りをかけて外国市場に積極的に進出していった。国際化に成功して売上げを伸ばした中小企業は「隠れたチャンピオン(Hidden Champion)」と呼ばれ、競争力を更に高めたが、国際化に対応できなかった中小企業は淘汰されていったと聞く。

ドイツでは競争力のない中小企業は「ゾンビ企業」と呼ばれ、国民のなかにゾンビ企業を永らえさせようという発想自体がないため、銀行はとても冷たく、淘汰されていく。今、ドイツの中小企業の黒字化率はほぼ100%に近いと言われている。

ドイツの中小企業は、大企業を凌ぐペースで成長し、欧州の他国と比べてもドイツの中小企業は付加価値および雇用者数の双方で大きく伸びている。雇用を吸収し、失業率低下に大きく貢献したのも大企業よりむしろ中小企業である。このためドイツにおいて中小企業は国の経済の屋台骨を支えるという意味を込めて「ミッテルシュタンド(Mittelstand)」と呼ばれている。

ドイツの中小企業の特徴は、1)外国指向が強い「隠れたチャンピオン」が圧倒的に多いこと、2)それが大都市に集中せずに全国各地に点在していること、3)そのROAが高いこと、4)Family owned company (家族経営、同族経営)が95%と多いこと、である。全輸出額に占める中小企業の割合は日本は2.8%であるが、ドイツは19.2%である(2010年)。ドイツ経済における中小企業の役割の大きさが、この数字からもわかる。

それぞれの特徴の背景を簡単に説明する。1)の背景は上述のとおり。2)の背景は、ドイツには日本のような「系列」が存在しないため、自社が立地する近郊の中小企業どうし、お互いが得意な分野を活かして連携することで競争力を高め、成長してきたため、もしどこかに移転すると、連携関係が切れ、競争力を失ってしまう。これと比較して日本の中小企業は、仕事を与えてくれる親会社とだけの取引なので、極端なことをいえば、世界中、何処に移転し立地しても親会社からの仕事はある。それは、日本の中小企業は、「生産」機能しか持っていないためである。日本の中小企業が簡単に移転する背景はここにある。

3)の背景は、日本の中小企業は親会社から生産した部品を長期にわたって全量買い上げてくれるため、逆に利益は薄い。系列が存在しないドイツでは、短期的な取引でも会社が成り立っていくよう、それぞれの取引の利益率が高い。4)の背景は、日本では、創業者が高齢化し、子供に引き継げない場合には、利益が出ている企業でも廃業してしまうが(創業者は、自分の目の黒いうちに自分の会社を潰そうと考える)、ドイツでは、企業を所有したまま、優秀な経営者を高給で雇って会社を存続させる。自分が創業した会社に対する愛情表現の仕方が違うのであろう。日本より所有と経営が分離している。

EUは陸続きなのでEU域内への輸出を増やすことはさほど難しいことではないと言う人がいるが、統計データを見ると、EU域内向け輸出はむしろ減少し、BRICS向け輸出が増えている。ドイツの中小企業はBRICSまで出かけていって果敢に市場開拓をしたのである(図表1〜6)。

図表1:欧州各国の中小企業の付加価値と雇用の増減率(2008→2012年)
縦軸;付加価値の変化率 横軸;雇用者数の変化率
図表1:欧州各国の中小企業の付加価値と雇用の増減率(2008→2012年)
出典)ニッセイ基礎研究所
図表2:主要各国の輸出および対外投資における中小企業の割合
図表2:主要各国の輸出および対外投資における中小企業の割合
出典)通商白書2012
図表3:ドイツの輸出相手国地域の変化(2000→2013年)
図表3:ドイツの輸出相手国地域の変化(2000→2013年)
注)輸出シェアの変化
資料)ドイツ経済技術省「国家改革計画2014」
出典)ニッセイ基礎研究所
図表4:隠れたチャンピオンの数
図表4:隠れたチャンピオンの数
注)製品の世界シェアが3位以内か大陸シェアが1位の中小企業
資料)Hermann Simon'Hidden Champion of 21st century
出典)ニッセイ基礎研究所
図表5:日独製造業のROAの比較
図表5:日独製造業のROAの比較
図表6:各国の中小企業の定義
図表6:各国の中小企業の定義
出典)通商白書2012

以上、述べたように今、「独り勝ち」といわれるほど強いドイツの経済力は、「隠れたチャンピオン」と呼ばれる強い中小企業があってこそ可能である。そのため、中小企業にもインダストリー4.0を普及させることが必須要件なのである。

特に、今、ドイツでは人口減少・少子高齢化が急速に進んでおり(特殊出生率は日本より低い)、ドイツのものづくりの現場を支えてきた熟練マイスターが急速に減少している。子供の数が減少しているにも関わらず、大学進学率が上昇しているため、デュアルシステムの下で、マイスター養成校に進学する子供の数が激しい勢いで減少している。そのため、早く、マイスターが持っている技能を機械に置き換えていかなければならない。

2016年5月13日掲載

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