IoT, AI等デジタル化の経済学

第5回「IoT/インダストリー4.0が雇用・経済に与える影響に関するドイツにおける研究の最新状況 (NO.2)」

岩本 晃一
上席研究員

ドイツ・ヘッセン州ギーセン(Giessen)のミッテルヘッセン工科大学(THM; Technische Hochschule Mittelhessen)のA教授は、工場における単純労働は、その労働形態が変化すると強調した。

その事例として挙げたのが、SAPのSmart Glassである。

ウエアラブル端末であるスマート眼鏡をかけると、視覚のなかに、指示が表示される。作業者は、その指示に従って、作業を行う。

A教授が指摘するのは、このように工場の作業現場における作業内容が変わると、現在の作業員を再訓練することになるが、変化後の新しい作業に適用できる人間と適用できない人間が出てくる。また、従来の作業であれば適用できなかったが、新たな作業であれば適用できるという人間もいる。このように、単純作業を行う人間のリシャッフルが起きると指摘する。

今の若者は、スマホやタブレットなどを日常使いこなしているので、彼らは、デジタル化された現場にすっと入っていけるだろうが、問題は、デジタル機器に慣れていない年配者である。すなわち、再訓練後であっても新しい作業に適用できない人間がいるという現象は、ここ数十年の過度的現象である。

図表1

A教授が顧問を務めるある企業では、A教授の強い勧めにしたがって、旧来の古い工場を取り壊し、インダストリー4.0を導入した最新鋭の工場を建てることにした。そこで働く従業員約1000人について、新しい作業に適用するための職業訓練を施し、新しいポストに配置していったところ、どうしても新しい業務の下では適用できない作業員が約100人発生した。約900人は、新たな工場での新しい作業に適用できた。

この100人をどうするか、議論になったが、現時点では、早期退職制度を適用することがいいのではないかという議論がなされているとのことだった。

A教授も強調していたが、ドイツで当初、インダストリー4.0構想を発表したとき、全自動化した工場を見せた。そこには作業員が1人もいなかった。それは「とてもバカげたことだった。」と指摘した。

確かに、工場のなかのルーティン業務は自動化されていくだろうが、単純作業であってもルーティン作業でなく、より高いレベルの作業は、どうしても人間が行わないといけない。また、単純作業でも、Smart Glassのような機械の補助を受けて作業を行う環境になると、その環境に適用できる人間が、新たに労働市場に参入することができるようになる。

ドイツでは、出生率が日本よりも低く、将来の人口推計では、毎年移民が10万人入ってくるという前提であっても、2008年から2060年にかけて総人口が▲21%となる。そのうち、生産年齢人口(15〜64歳)は▲35%となる。2015年から2030年であっても、生産年齢人口(15〜64歳)は▲13.5%となる。

労働源となる若者が減少するので、少なくとも、その労働減少分は、自動化で置き換えないといけない。ドイツで、インダストリー4.0が強く求められている背景がここにある。

以上がA教授の指摘であった。

ところで、私は、シュトゥットガルト(Stuttgart)のフラウンホーファーIAO研究所(Fraunhofer Instutut fur Arbeitswirtsschaft und Organisation)においても、開発中のスマート眼鏡を体験する機会があった。眼鏡をかけると、そこに、作業の指示内容が映し出されるのである。その指示に従って作業をすればよいだけであるため、ほとんど頭を使うことなく作業を遂行できると感じた。ただ、慣れないウエラブル端末を継続的に肌身につけるため、それに慣れない人は無理だろう、とも感じた。

図表2:ウエラブル端末を付けて作業する筆者
図表2:ウエラブル端末を付けて作業する筆者
於;シュトゥットガルトのフラウンホーファーIAO研究所

2016年4月5日掲載

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