IT@RIETI

ITインフラ・プラットフォーム

※本プロジェクトは、終了しております。

MIS-JR東日本紛争問題を読む

モバイルインターネットサービス株式会社によるJR東日本の駅構への無線LAN設備の設置に関する申し立てについて、認可できないとの答申を総務省にある電気通信事業紛争処理委員会が出したとの記事が7月30日に総務省HPに掲載されました。

この答申は、総務省がMISの申し立てを受け、技術的・法的な検討を重ねた結果、MISの申し立ては認めるべきだという審査結果(PDF)にもかかわらず、紛争処理委員会からは、申し立ては認められない、という結果となったものです。

IT@RIETIでは、この紛争処理委員会による裁定は、今後の我が国におけるインターネットの普及に大きな影響を及ぼすものとして注目しており、複雑な問題の背景解説も兼ねて、問題の背景、主要な論点などをご紹介したいと思います。

参考記事: 「総務省 苦渋の選択」(ZDNet Broadband)

解説と議論の整理(澁川修一)

MISとJR東日本の間で起こった、駅への無線LAN基地局設置を巡る電気通信事業紛争処理委員会への申し立ての件について、やや大雑把ですが、論点整理を試みたいと思います。

コトのおおまかな概要についてですが、本件は、MISが、JR東の所有する新宿駅、池袋駅、渋谷駅、東京駅、上野駅及び品川駅の駅ホーム及びコンコース部分等に、有線線路、アンテナ、無線ルータ等を設置したいと希望し、JR東がこれを拒否したのです。詳細については、以下の総務省のリリース、及び紛争処理委員会の議事録、そして諮問と答申の法解釈の相違点を記した参考資料(PDF)を参照ください。

http://www.soumu.go.jp/s-news/2002/020808_4.html

まず、最初に、頭に入れて置いていただきたいのが、今回の紛争処理委員会の裁定について議論する際の鍵となる法律上の概念は、電気通信事業法に規定される、「管路使用権(公益事業特権)」です。

※参考「電気通信事業者の管路使用権」(公益事業特権)
電気通信事業法第73条以下の土地等の使用に関する協議認可・裁定制度(以下「本件制度」という。)は、私有財産たる土地及びこれに定着する建物その他の工作物(以下「土地等」という。)について、当該土地等の所有者(所有権以外の権限に基づきその土地等を使用する者があるときは、その者及び所有者。以下同じ。)の意思にかかわらず、強制的に、これを第一種電気通信事業のために用いることを可能とする制度である。

この電気通信事業紛争処理委員会の裁定は、今回特に興味深い動きを見せています。普通、裁定を求めるために、まず当事者が総務省に請願を出します。すると、当事者から意見を聞いた上で審査を行い、総務大臣が紛争処理委員会に審査結果と意見をつけた上で諮問を出します。その諮問を委員会が検討して、可否を答申するわけです。

通常、紛争処理委員会が総務大臣の諮問にノーを言うことはありえないのですが、今回は、独立性を守った(本来ならば望ましいことですが)ということになります。ただし問題は、どう考えてみても、今回は総務省の審査結果がよく判断できていて、それを半ば無視(勘違いして解釈?)するような形で委員会の決定が行われ、結果的に、無線インターネットの普及に今後深刻な影響を及ぼしかねない事態になった点にあります。

主な争点としては、(たくさんあるので箇条書きにすると)以下のようなものがあがっています。

  • 委員会はまず根本的に勘違いをしていないか。アンテナの送信距離が「駅の内部に止まる」から「隔地者間の通信を行うものではない」=電気通信事業者の公益事業特権は当てはまらない、というのは、単純な事実誤認。
    (インターネットの構造がまるでわかってない。インターネットを駅構内での通信に使うと勘違いして、答申が組み立てられている。LANを日本語で表すと構内網だから,そこから誤解が生じたか?)
  • 今回の問題は、法律を字義どおり解釈すれば総務省の諮問が正しく、紛争処理委員会の「隔地間の通信ではない」という判定は明らかに誤り。したがって、JRが困ろうとどうしようと、第一種事業者はすべて駅の構内を「収用」できるという結論になる。無線LANは今後たくさん出てくることが考えられるので、それがすべて「公益事業特権」を主張したのではたまらない、と考え、一定の歯止めをかけようとしたのではないか。
  • 明らかな問題は、NTT=電電公社の時代の電気通信の時代には、分離可能だった事業用の設備と私設設備とが渾然一体になっていること。さらに、法律的には電波法・有線電気通信法の一般法と、電気通信事業法という特別法の世界とが、融合してきたということか。(無線と有線、という法律の分け方もインターネットの時代にはもはや有効ではないのかも知れない)
  • MISがサービスを行うルータ等の機器は、電気通信事業法に定める回線設備である(第一種事業者の要件になっている)という事からすると、それらが73条に定める管路敷設圏を行使できないとすると(第一種事業者の認可に関わった)情報通信審議会の判断と矛盾することになる。
  • 駅に対してのサービスの可否をかなり駅の保有者に認める形にすると、それは間接的に、ネットワークの所有権を独占的に鉄道事業者(またはそのような公共の場の土地・権利保有者)に持たせることにならないか。
  • 現在、総務省その他が「4G携帯電話」と構想しているモノが、MISなどのやってる無線LAN型のものになったら、伝搬距離が100mしか出ないはずだから、駅には置けないのか?また、その考え方を敷衍すると、駅の所有者がそんなに強くなったら、駅で買う新聞や使える携帯電話も駅の所有者が決めるのか?ということになってしまう。
  • 無線LANに電気通信事業法73条のような強力な管路敷設に関する権利設定が必要かどうか。固定電話の場合はユーザが動かないので、線路敷設を拒否されれば、決定的な問題になる。しかし、無線LANでは、市場競争の原理によってある程度解決されるのではないか?(ユーザは移動できるし、基地局も物理的なハンディからは相当解放されるので)
    ただし、公共的な場所(駅とか)では、ユーザは逃げられないので、その場所の所有者に独占力が生じてしまう。JR東は独自の無線LANサービスを実験しているので、このままだと駅で無線LANができるのは、JR東のサービスのユーザだけになってしまい、JR東が競争上優位になりすぎてしまう。管路敷設の問題よりも、独占を許すか許さないかという、競争上の独占の問題の方がわかりやすかったのではないか。
  • 今回判断の根拠になった「公益事業特権」は時代遅れ。総務省が電気通信事業法を改正し、彼らの主張通り水平分離が徹底すれば、一種、二種区分は廃止されるのだから、意味が無くなる。
  • こういう強い「公益事業特権」は、NTT独占時代を想定したもので、インターネットのように独占ではなく雑多な、斬新なアイデアを持った企業が出現する世界では機能しない。これまでは総務省のリモコンのきく業者だけだったから、問題が起こらなかっただけで、本当の競争が起こると維持できないルール。
    NTT独占時代のルールを援用して競争を起こそうとすると、変なルール(非対称規制)のようなものを入れ込むことになる。例えば、ダークファイバの開放にしても、NTTは接続義務が課されているが、東電のダークファイバは価格もわからない。こんな規制体系は結果的にインターネットの普及のために良いことはない。
    やはり、徹底的に現行法を見直して、法体系もインターネットに会わせた、上下分離(共通管路(right of way)利用法と、コンテンツに係る法律の二種類)に整理すべきだろう。

とまあ、いろいろ意見がありますが、要するにインターネットや無線LANの本質を紛争処理委員会が本当に理解していたのかが極めて疑問です。(メンバーを見ましたが、インターネットの専門家は殆ど居らず、法律家の方々が多かったです。)
考えてみれば、携帯やPHSのアンテナだって置いているわけで、そこに気づかないわけがない。やはり、今回の結論は、まず技術的な可能性動向よりも「MISには置かせない」という結論ありきだったような気がしてなりません。

当然ながら、総務省の側も相当ショックを受けており、プレスリリースの中でも、総務省が本格的な制度整備に乗り出す=立法をする、ということを述べておりますので(下記引用参照)

なお、答申では、「同一の構内や同一の建物内の通信のための設備の設置について、土地等の権利者の意思に反してでも第一種電気通信事業者による設備の設置を認めるのが適当とすれば、その旨を明示した立法によるべきである」とされていることもあり、総務省としては、地域アクセス網における競争を促進し、利用者利便の向上を図る観点から、今後、本件のような無線LANサービスを不特定多数の利用者が往来する公共的な空間において行うことについても、電気通信事業法第73条以下の協議認可・裁定制度の対象となり得るよう、制度整備の必要性等について検討することとします。

今後議論が本格化してくると思われます。MISは、今回は残念でしたが、議論全体の流れからすると、Right of Wayの問題に一石を投じたと言うことでは非常に重要な役割を果たしたと思います。

この議論に関して、突き詰めていくと、やはり、行き着く先は、上にも書いていますが、ワイヤレス、有線を問わない、ネットワークの敷設線路(管路、right of way)の開放に関する共通の法律を作らざるを得ないと言うところに来ると思います。法律的な整理が出来ていないのに技術面がそれを追い越してしまっている典型的な事例だと思います。ただし、この法律を作る際には、従来の電気通信事業法の規定を根本から見直す事態になります。これが突破口になって、著作権などのあり方まで含めて、本格的なインターネット時代の権利、規制のあり方を定めた総合的な法律が出来る可能性も出てきました。

今後、この管路開放に関する議論については、引き続きフォローしていく必要がありそうです。


This work is licensed under a Creative Commons License.