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第一章 情報家電の現状と今後の展望

※本プロジェクトは、終了しております。

デジタル家電が電気店の店頭に並び、消費者の心を掴み、「新三種の神器」として、TVや雑誌の紙面を賑わすようになり、昨年の日本の経済成長を牽引し、多くの家庭の中での使われる会話のなかにもデジタル家電を指す単語が生活に溶け込んできている。
しかし、現在のデジタル家電「新三種の神器」は情報家電の製品というよりも、既存のアナログ製品の機能の置き換えに留まり、ブロードバンドや携帯電話等の通信インフラとの融合を生かした消費者のライフスタイルのイノベーションをもたらす情報家電への成熟は残念ながら道半ばといえる。
それらを踏まえ、デジタル技術の持つ可能性、消費者の生活で起こっている変化などの事実から今後の情報家電への成熟の道筋を考察していきたい。そして、産業立国の観点から政府としてなにをしていかなければならないのか検討していきたい。

<目次>

1. デジタル家電「新三種の神器」

記録データの永続性と汎用性を高めたデジタルカメラ
現在のマスメディアで一般的に使われる「新三種の神器」とはデジタルカメラ、薄型TV、DVD-HD レコーダの三種類のデジタル家電を指す。これらに共通するものはすべてが既存の電化製品(アナログ製品)が持つ利用シーンを完全に踏襲した製品であることである。その観点から、これらのデジタル家電が共通に持っている機能のデジタル化の意味を考えると分かり易くなる。
例を挙げると、デジタルカメラに対する既存のアナログ製品は「光学式カメラ」である。
この2種類の機器を比較すると、両方が持ち得ている機能は撮影対象物を写像し、一枚の写真を作り出す装置としての機能である。しかしながら、その機器が持つ写真を生み出す仕掛けの部分に大きな違いがある。
その違いとは既存の「光学式カメラ」が写像の「光の光量」をレンズと通して写真機内に取り込み、フィルムの化学反応特性を利用して、ネガを作り、そのネガから、同じく印画紙の持つ化学反応性を利用して、写真を作り出していたものであったが、デジタルカメラとなってはレンズを通して写像の光の光量を抽出する部分までは同じであるが、フィルムに当たる部分が存在せず、新たにCCDセンサが光量を感知した上で、光の波長とデジタル信号の置き換えを行い、写像の「光の光量」をデジタル信号化したデジタルデータをメモリーに書き込む。メモリーに書き込まれたデジタルデータはデータとして汎用性を持ち、デジタルカメラが持つ小型液晶モニタ部に映し出されたり、TV 画面に出力されたり、パソコンに取り込まれたり、プリンタによって紙に印刷されたり、現像所へ持ち込めば、「光学式カメラ」のプリントと同様に印画紙に印刷されることも可能となっている。そして、記録に用いたデジタルデータはネガのように自然劣化することなく保存することが可能となっている。さらに現在のブロードバンド回線を利用すれば瞬時に世界中に写真のデジタルデータを送付することも可能となっている。この多くの機器間でデジタルデータを融通する仕組みはデジタル家電ならではの記録方法といえるだろう。

逆にこの記録方法の汎用性の部分が「光学式カメラ」が持ち得なかった機能である。実際には既存のアナログカメラにおいても写真撮影に関わる諸設定の手作業を自動化する手段として、デジタルセンサ技術の応用は行われていた。オートフォーカス機能、シャッタースピード優先、自動撮影距離計算機能等はデジタルセンサ技術であった。だが、最後の記録方法においては19世紀からのフィルムの化学反応を利用したものであり、これがデジタル化され克服されたのがデジタルカメラである。

ビデオデッキのデジタル化を進めたDVD-HDレコーダ
このような機能実現のためのデジタル技術の応用の観点から、DVD-HDレコーダを捉えても同様のことがいえる。デジタルカメラが「光学式カメラ」の技術進歩であるとすれば、DVD-HDレコーダも既存のアナログビデオレコーダの技術進歩である。利用シーンもTV録画とレンタルビデオ店から借りる映画ソフト等の再生である点は変わらない。しかしながら、DVD-HDレコーダもデジタルカメラと同様に記録方式がデジタル化されているため、記録した映像データには汎用性がある。また、現行のアナログ映像を記録するビデオテープが経年の自然劣化に弱い点についても、より自然劣化に堅牢である光ディスクにデジタル記録されているため、自然劣化することなく保存することが可能となっている点もデジタル化により持ち得た能力である。これはMPEG-2 方式と呼ばれるデジタル放送に用いる映像のデジタル化技術を用いて、現行のアナログTV放送の受信時にTV番組をアナログ信号からデジタル信号に変換を行う技術を実装していることで実現されている。

さらにこのアナログ信号からデジタル信号に変換を行う際にデータ圧縮技術を用いて、デジタルデータのデータ量を削減し、記録すべきデータの量を減らす工夫を行うことで長時間の映像の蓄積を実現している。これらの技術はもともとコンピュータで映像を取り扱うための技術であったが、いまではデジタル映像の標準化を踏まえて、コンピュータだけでなく、TV電話、DVD、デジタル放送でも一般的に用いられている。映像をデジタル化して、様々な機器での汎用性を持つという点を実現している点で、DVD-HDレコーダも、単なるビデオデッキの置き換えのデジタル家電には留まらない可能性を秘めていると考えられる。

さらなるデジタル化による利便性の向上は記録メディアのデジタル化によるランダムアクセス処理 1 の実現にある。先にデジタル化していたCDプレイヤーやMDではデジタル化の強みを生かし、「好きな曲へ瞬時に移動し、再生ができる。」という点を実現し、アナログ製品であったレコードプレイヤーやカセットテープレコーダを置き換えていったが、DVD-HDレコーダについても同様の機能を実現している。これはアナログビデオデッキに見られたビデオテープの記録方式の読み取りが時間軸によるシーケンシャル処理 2 であったため、テープの巻き上げの早送り、巻き戻しという行為がテープの物理的な長さに比例して時間が掛かってしまうという制約があった。しかし、デジタル化によって、記録する媒体がCDと同じ光ディスクや、パソコンのデータを記録するのに使うハードディスクであるため、記録された映像に対してのランダムアクセス処理が可能となっている。ちょうどDVDの映画ソフトの冒頭メニューにある映画の名場面から、好きな名場面を選んですぐに視聴できることが可能になったことは、このデジタル化によるランダムアクセス処理機能の実現の恩恵を被った機能である。

また、ブロードバンドの普及により、DVD-HDレコーダにもインターネットへ接続できる通信インターフェーイスを備えた機器も発売されている。この機能を用いて、TV録画の設定の簡略化のために用いられるGコード 3 のような簡単な番組予約の仕組みであるEPG 4 をインターネットより提供するサービスを用意し、TV番組ガイドをTV画面に出して、ボタンひとつで録画設定を可能する機能を有した商品作りも行われている。これは製品としてのハードの魅力のほかに、購入後の製品に対してのサービスをバンドルして販売しているやり方でデジタル化併せて通信機能を生かした製品を開発し実現できた商品作りの一つであると言える。

容積率と伝送路の効率化を進めた薄型TV
つぎに薄型TVに同様の機能実現のためのデジタル化の観点を当てはめると、既存のアナログTVに比べて、画面表示のデジタル化がTV本体に占める画面表示部の容積率を下げ、結果、薄く、小さな機器のサイズで大画面を楽しめることになった。従来のブラウン管方式であれば、ブラウン管の中心軸から、画面に対して電子ビームの投射を行うため、この電子ビームの伸びる距離が結果的に大画面を実現することとなる。必然的に大画面化にはブラウン管の大型化が必要であった。しかし、液晶方式は画面のガラス面に細密化したトランジスタを埋め込み、液晶特性を利用して、色信号を直接ガラス面から発色させる技術を使うことにより、TV画面の薄型化を実現している。ちょうどデスクトップパソコンのCRTとノート型パソコンの液晶画面のサイズの比較を見ていただければお分かりになるだろう。また、プラズマTVにおいても、TV画面の裏面に対して細密な画素数分に区分けしたセル単位で電磁放電を行い、その放電の際に発色する色において画面表示を行うことにより、映像の発色を行っている。これらの発色のコントロールをデジタル技術で行い、ブラウン管が電子ビーム投射に必要であった距離を無くしたことで画面の薄型化が進んでいる。

併せて、地上波TV放送の伝送方式もデジタル化が進んでいる。現行のアナログ放送の1chあたりの周波数帯において、伝送できる映像信号量が地上波アナログ放送時に比べ、デジタル化によって伝送できる映像データ量をほぼ3倍にすることが可能となり、1chの周波数帯の中でアナログ放送品質の3番組を同時に伝送することや、ハイディフィエショナル映像放送 5 (高品位映像放送、日本ではハイビジョン放送と言われる)を伝送することも可能となり、TV画面の大型化に対して、魅力あるコンテンツを供給することが可能となっている。このため、TV放送局のデジタル放送対応とは、今後、TVの映像コンテンツもまたすべてフルデジタルで制作されていくことを意味しており、それを実現するための放送局の局舎設備のデジタル化も平行して進んでいる。

デジタル家電「新三種の神器」はデバイスのイノベーションに留まるこれらの「新三種の神器」に共通に言えることは、アナログの機器の弱点であった記録の永続性と伝送性にデジタル化技術がイノベーションをもたらし、製品の魅力を増していることに気づくであろう。また、従来のアナログ製品の持つ煩雑さや、化学反応、自然劣化等の不安定要素についても技術的な克服がされており、これらの利便性は消費者の生活でも役に立つことがわかる。

さらにデジタル化という意味で言えることは、デジタル化技術はすでにデジタル家電に留まらない技術であるため、デジタル家電もまた、製品の成熟の方向性によっては、既存のアナログの家電の利用シーンを超えた製品になり得るとも言える。そのためには既存のアナログの家電製品の技術的な発展と延長上にデジタル家電を位置づけるのではなくて、まったく新しい利用スタイルを考え、消費者に対して魅力ある製品として市場創造していかねばならないと考える。

脚注
  • 1 データベースにおいて使われる用語。ここでは「取り出したいものを、即座に取り出す仕組み」として用いる
  • 2 機械の自動化やMIDI音楽の作成に用いられる用語。ここでは「取り出すためには一定の手順によって行う段取りが必要」という意味に使う
  • 3 新聞のTV 欄に予約番号を記載し、ビデオデッキに入力することによって録画時間を設定する仕組み アナログビデオデッキにはほぼ標準で搭載されている。
  • 4 EPG とは、「Electric Program Guide」の略で、電子番組表とも呼ばれる。インターネット接続することによって、最新のテレビ番組情報を入手することが可能で、番組タイトル検索も可能。予約操作は番組表をクリックするだけでDVDレコーダ等と連動できる。
  • 5 HD(ハイディフェニション)放送は1080i/p と規定されている。

2. デジタル家電「新三種の神器」以外の情報家電

すでに普及しているデジタルビデオカメラ「新三種の神器」であるデジタルカメラと並び、デジタル家電にはデジタルビデオカメラの存在もある。ビデオカメラについては80年代、90年代と世界市場を日本製品が支配した製品領域であり、緻密な光学レンズの連動と精密機器による安定したテープ駆動制御は日本メーカーしか製品を作り得ないものであった。しかしながら、ビデオカメラのデジタル化については、1995年のDVビデオカメラ(日本ビクター製GR-DV1)の登場により、現在の「デジタル家電 新三種の神器」より早い段階からアナログからデジタルへの移行は進んでいた。実際のところ、デジタルビデオカメラをデジタル家電とは意識せずに購入されているのではないだろうか?

デジタルビデオカメラがデジタル家電の「新三種の神器」に入らずに認識されている理由はデジタルビデオカメラの登場した95 年頃は、まだDVD-HD レコーダや薄型TV が登場していなかったため、必然的にデジタルビデオカメラで撮影した映像を既存のアナログTVやアナログビデオに出力するためにアナログ変換機能を搭載していた。そのためアナログTVに対して、デジタルビデオカメラからデジタルデータをアナログ信号に直して出力していた。よって、デジタル化されたビデオデータを利用するメリットを画質の向上以外に感じることは難しく、編集などのデジタル化された映像信号についての取り扱いの利便性に触れられる機器は事実上パソコンのみであった。

98年にSONYがパソコンVAIOシリーズを投入した際には世界ではじめての「デジタルでのビデオ編集を実現する廉価なパソコン」として登場し、パソコンのハードウエア設計をデジタルビデオ編集用途に集中させた点が功を奏し、パソコン市場を席巻したことは記憶に新しい。デジタル化による異種機器間連携の実現とパソコンの新たな実用シーンの創造としてSONY が世界に先駆けたものであった。
だが、この日本メーカーが得意であったデジタルビデオカメラの分野も、デジタル化を境に次第に市場の変化が現れつつある。日本企業から半導体やCCDカメラなどのキーデバイスの部品供給を受けた韓国メーカー(サムスン電子等)が製品開発を行い、韓国国内では製品が市場投入されている。また、北米や日本のオンラインショップでも取り扱われており、日本メーカーの製品に比べて安価に販売されている。また、「デジタルビデオカメラとパソコンの融合」を目的としたSONYのVAIOシリーズによく似たコンセプトのパソコンが事実上のコンシューマー向けパソコンのデファクトとなったため、パソコンのOSを提供しているマイクロソフトが「Windows XP」の新バージョン「Windows XP Media Center Edition」において、多くのAV機能を実装し始めたため、次第にパソコンメーカーの商品企画戦略であり、海外PCとの競争優位点であった「デジタルビデオカメラとパソコンの融合」についても、その優位点が次第にOSの領域で吸収され、メーカーの商品開発能力が均一化されつつある。(現時点では米国デルコンピュータでも、Windows XP Media Center Editionを実装し、ソニーのVAIO相当のビデオ編集機能を持ったパソコンを安価で販売している。)

情報家電として全方位的な進化を続けるデジタル携帯電話
デジタル携帯電話とは90 年代中期からの携帯電話の急速な普及と通信量の増加に伴い、通信インフラをアナログからデジタルに置き換えるために95 年から新規に導入されたデジタル無線通信方式を採用した通信キャリアが販売する携帯電話である。「新三種の神器」にあげられている薄型TV で述べた地上波放送のデジタル化に近く、携帯電話会社に割り当てられた無線通信帯域の効率的な活用の手法として、デジタル無線通 信技術を導入した結果、生まれたのがデジタル携帯電話端末である。

消費者の視点からは旧来のアナログ携帯電話と代わり映えしなかったが、通信キャリアにおける通信方式のデジタル化により、アナログ携帯電話に比べ、電波帯域における通信チャンネル数は飛躍的に広がり、より多くの携帯電話機を同時通話させることが可能となった。その後、このデジタル通信方式を利用したパケット通信によるメール機能の登場や、携帯電話機の番号表示画面を利用して、インターネット情報サービスを行うブラウザフォン機能が実装され、インターネットへ通信キャリアを通じて乗り入れが実現することによって、インターネット端末としての機能も持ち得るようになった。

さらにインターネットで用いられていた分散ソフトウェア技術の一つであるjava言語 6 が動作するjava VM 7 機能を実装した携帯電話が登場 8 し、ソフトウェア開発のオープン性を広げることによって、携帯電話機毎に違うLSIであっても、制約のないソフトウェアの作成と実行を可能とした。また、ハード的に、MP3デジタル音楽の再生やデジタルカメラを実装して写真撮影を実現する機能を搭載するなど、単なる携帯電話の枠組みに収まらない機能を持ち始めており、より消費者の身近にいる情報家電としてのイノベーションの可能性を秘めている。

今後はパケット通信の定額化によって、携帯電話から派生して「いかに情報サービスを携帯電話の付加価値として作りだしていくか?」という通信電話会社間でのサービス開発競争 9 が始まると考えられる。既に通信としての機能を持っているが故に通信をベースとした消費者の利用シーンを機能として開拓していく先端を走っており、今後の情報家電の商品開発のための参考となる先進事例があると思われる機器である。

競争が激しいMP3プレイヤー
MP3 プレイヤーはデジタル化された音楽を再生する携帯型プレイヤーである。CDに焼き付けられた音楽はすでにデジタル音源であるが、MP3 プレイヤーは前述した「新三種の神器」のなかに含まれているDVD-HDレコーダでのデジタルフォーマットであるMPEG-2フォーマットに含まれる音声のデジタル圧縮方式を利用して、個人所有するCDのデジタル音源を圧縮し、音楽再生のみを行うものである。形状的にはアナログ音楽再生で世の中に普及したSonyのウォークマンがデジタル化 10 されたようなものとお考えいただきたい。
MP3 の音声圧縮方式は当初はパソコン上でソフトウェアによる音楽のデジタル圧縮化と圧縮された音楽データを再生するプレイヤーのソフトウェアにて実現されていた。しかし、急速なインターネットの普及によって、MP3による音楽のデジタル圧縮と再生を実現するソフトウェアがフリーソフトウェアとして普及し、デジタル圧縮化された音楽データをインターネットに蓄積し、交換を行うナップスターというビジネスモデルが音楽の著作権を侵害しているということで問題になったことが記憶に新しいと思う。

MP3プレイヤーはこの圧縮されたMP3デジタルデータを私的複製権の範囲で、MP3プレイヤーに蓄積し、パソコンなしで再生を実現したものである。機器のメカニズムとしても、CDプレイヤーやコンパクトカセットプレイヤーに比べて、音楽を記録したメディアを回転させるモータによる駆動部が存在せず、メモリーとシステムLSIのみで実現できるため、既存のAVメーカーだけでなくアジアの新興メーカーや、半導体メーカーが相次いで参入し、多種多様な製品が市販されている。日本国内で入手できる製品を調べると23メーカーの137種類の製品が存在 11 している。
この多種多様さの製品供給がなぜ起こるのか?を検討してみると、すでにオープン・アーキテクチャーで培われた音声復号LSIや音楽データを蓄積するメモリー部品などがモジュール部品市場に多数存在し、MP3プレイヤーメーカーはそれらの部品の組み合わせによって製品を提供しているからと考えられる。このように消費者へ送り出す商品の機能がある程度固定化されていくと、オープン・アーキテクチャー市場でモジュール化された部品を瞬時に組み合わせることにより、商品投入が可能となっている環境がすでに存在している。このことは開発された市場に対しての参入障壁がオープン・アーキテクチャーで用いられる半導体に依存しているかぎり限りなく低く、よって、情報家電を収益力のある商品とするには機器単体の製品開発もさることながら「他社から飛び抜ける差別化戦略」が必要であると考える。

商品カテゴリーから飛び抜ける製品差別化戦略
例としてあげるならこのMP3プレイヤー市場に最後発で参入し、現在もっとも売れているApple社のiPodの事例が挙げられる。iPodが他社のMP3プレイヤーから飛び抜けている点とは一言でいえば顧客の利便性の向上 12 のための機能開発の掘り下げの深さであるといえる。それはiTunesアプリケーションソフトがもたらす音楽の私的録音行為のデジタル化がある。たとえばCDからMDへ録音を行う場合、その録音にかかる時間は曲と再生するスピードと等速か、倍速になるに対して、PC を用いたデジタル録音行為では8倍から12倍で録音が可能である。さらに録音に用いるPCをインターネットに接続しておけば、PC に記録された音楽データファイルのラベリングも外部にあるindexサーバを参照することで自動的に行うことができる。また、同じデジタル音楽プレイヤーであるMDや他社のMP3プレイヤーと比べiPod は小型のHDをメモリーとして用いるため、他社のMP3プレイヤーがフラッシュメモリによって音楽データを記憶する容量よりも格段に多くの音楽データをHD一つに集約することを実現 13 している。

さらに特筆すべきはiTunes を用いたインターネットラジオのチューナー機能であり、明らかにiPod とiTunesの組み合わせは、ステレオ・ミニコンポを中心とした消費者のAV生活にライフスタイルのイノベーションをもたらしている。本イノベーションの中核となるものは、実は販売されているiPodではなく、appleのサイトより無料配布されているiTunesソフトウェアとPCとの組み合わせによって実現されており、この無料のソフトウェアで既に音楽CDを多数デジタル化して保存し、PCで音楽を聴いている消費者が存在している。

彼らも潜在的なiPodの購入者たりえ、商品展開によっては、購入まで牽引することも可能であると考える。
また、無料ソフトのiTunesのダウンロード時にメールニュースの購読を募り、自社が主催する音楽アーティストのイベント情報や新製品の紹介を行うといった消費者への生活への浸透力を梃子としたマーケティングは今後の情報家電と消費者の生活との関係を示唆するものではないだろうか

情報家電としての進化の道筋が見えるカーナビ
自動車に搭載されているカーナビゲーションシステムも情報家電の範疇に入る製品であろう。カーナビについては製品登場の時から、機器の機能を実現するために通信機能を実装し、デジタル化された地図データを有し、人工衛星の電波を受けながら自動車の位置を地図上に展開することを目的としたものであった。
しかし、半導体技術の高度化とデータを格納するストレージの技術とデータ量が格段と進歩したおかげで、単なるカーナビゲーション機能に留まらない進化を遂げている。当初の機能実現から大幅に機能拡大していく様はデジタル携帯電話に似ている。
現在のカーナビにおいては、地図の3次元生成による立体映像の生成や音声ガイダンスと音声認識技術を元にした音声対話による画面操作も実現され、さらにはカーステレオの機能をも実装し、前述したMP3プレイヤーで使われている音楽デジタルデータの蓄積によるステレオジュークボックス機能も備え、製品によってはTVチューナーを備え、TVの視聴の実現や、DVD-HDレコーダで録画されたTV番組の視聴やDVD映画コンテンツの視聴を可能とする製品まで存在している。

また、特筆すべきイノベーションは、日々変化を遂げる交通渋滞のデータを接続したデジタル携帯電話から取得し、カーナビの地図に反映させ、リアルタイムに渋滞迂回路を伝える仕組みはネット家電として通信の機能を生かした製品として成熟しつつある。さらに道路の建設等で新たに実装している地図に変化が生じた場合においても、家庭用のブロードバンド回線を通じて地図のデジタルデータを更新することが可能となり、この通信を生かした製品の魅力作りは情報家電ならではといえるであろう。このカーナビに見られるように、実際の機器の機能利用シーンを生み出すベースとなるデジタル地図情報が製品の中に固定さえるのではなく、絶えず最新のデータが機器の外側で日々生成されてゆき、通信を介して最新のデータを利用するという機能実現の考え方はいままでのアナログ家電には存在しえない考え方であると言える。

カーナビの製品作りのアプローチを見れば、情報家電が単なる個々のアナログ家電の置き換えではなく、機器の機能を実現するために製品に対してメーカーが通信を通じて消費者の生活に関わっていくサービスを開発することが製品作りのポイントであることがわかる。またこれらの付加価値をは実際に店頭において消費者へ訴求できる商品差別化のポイントとなっており、今後は商品単体の魅力だけでなく、消費者のライフスタイルに対して、どれだけのメリットを通信を通じて提供し続けていけるかが商品競争力となりえるだろう。

自律し始めたPC 周辺機器 プリンタ
情報家電が進歩し、デジタルデータの記録と再生が可能になるにつれ、そのデータを紙に出力したいと思う消費者は多い。特にデジタルカメラにおいてはデジタルデータの直接の受け渡しよりも、プリントされた写真のように出力したいと考える人は多い。それを実現するためにプリンタもまた情報家電として進化し始めている。
今までのプリンタはコピー機と違い、あくまでもパソコンの外部デバイスであり、パソコンで処理されたデータを出力する製品であった。プリンタの印刷の制御機能はパソコンのOS上にソフトウェアとして実装されることが一般的であり、パソコンに接続されていないとプリンタは動作しない製品であった。
しかし、現在においてはプリンタに制御機能を実装し、プリンタ単体で印刷が可能なプリンタが登場し、デジタルカメラの写真の印刷についてパソコンが不要となりつつある。これらを実現しているのは、先にも述べた情報家電に用いられる小型で汎用性のある安価なLSIによってである。

プリンタが印刷をおこなう利用シーンの応用として、電話回線のインターフェーイスを装備させることにより、さらにFAX機能を搭載した機器も登場し、プリンタ、FAX、スキャナーの3機能を一台で実現することが可能となっている機器 14 も登場している。これはカーナビにも見られた情報家電に現れるイノベーションの特徴のひとつであり、機器の実用シーンの高度化による進化のなかで、デジタル信号を処理するLSIの処理能力が、アナログ機器時代には個別の製品であったものが、中核となるデジタル処理(プリンタであれば紙への印刷)を中心に類似の機能を取り込み、デジタル処理をキーに機能を融合した製品に進化することである。この情報家電に見られる進化は「新3種の神器」が現時点ではアナログ機器の置き換えに留まっている状態から、つぎにいかなる製品に成熟していくのかを示唆していると考えられる。

情報家電への進化の可能性を秘めるプロジェクタ
映像を映写機のように投影しながら大画面を実現するプロジェクタには大きく分けて二つの利用シーンがあった。ひとつは企業で多く用いられているパソコンでのプレゼンテーションソフトの拡大投影の機器として、もうひとつは小規模のミニシアターでの映画上映の機器として用いられていた。このプロジェクタの映像を大きく拡大・投影する技術にも情報家電の技術が生かされている。
プロジェクタの持つ大きく映像を映写する原理は、映画館で用いられている映写機の原理をベースにしたものである。映写機は連続して送り出される一コマのフィルムに対して、強力な光源ライトの光を当て、その光がフィルムを透過する際に生み出される色彩が拡大レンズを通して増幅し、スクリーンに投影されることで映像を再生している。プロジェクタはこの原理に則り、小型で細密な液晶画面に映像を再生させ、薄型TVの原理と同じように、背後から強力な光源によって、液晶に浮かび上がった色彩を投影するものである。その投影された映像を映写機と同じように拡大レンズを通してスクリーンに映像を投射することで大画面を実現する。

このプロジェクタもまた前述したプリンタのようにパソコンの外部デバイスとして、もしくはビデオのアナログ映像の外部出力装置としてしか活用されていない。しかしながら、企業内でプレゼンテーションに活用されているという一定のニーズを持ち、さらに消費者が薄型大型TVに求めたような「大画面で臨調感のある映像を見たい。」という要望に対して、プロジェクタの持つ利用シーンの実現の中核となるデジタル技術はカーナビやプリンタで見られた進化をもたらし、消費者のニーズに合わせた進化を遂げるのではないだろうか?
事実、韓国、北米市場ではリアプロジェクションTV 15 という製品が存在し、プロジェクタを既存のTVのブラウン管のようなスタイルで配置し、TV画面の裏面に対して映像を投影させることにより、安価な大型TVを実現している製品市場が存在している。アメリカのテキサス・インスツルメンツ社が開発したDMD(Digital Micromirror Device)を利用した画像表示方式(DLP)のプロジェクタが主なものである。日本市場ではあまり見かけないが、米国市場や韓国市場ではサムスン電子やLG電子が大型TVのプラズマTVや液晶TVよりも安い価格帯で販売されている。

また、画面の薄型化を進めるために、プロジェクタの位置を水平ではなく、鏡とレンズを利用して、光源を屈折させ、画面に投影される映像に対して様々なデジタル処理を加えて均一な画面表示を実現している。これらはアナログ機器時代では光の波長に対して、レンズを介した調整しか行えなかったのに対して、デジタル化された小型液晶画面や発光する光源に対してデジタル化されたが故に微細なコントロールが可能となり、画面に対して最終的に投影される映像を主に据えた微調整が可能となったからである。

情報家電のイノベーションのスタイルが垣間見える家庭用TVゲーム機
家庭用TVゲーム機を、デジタル処理をメインとした機器として捉えるなら、一般家庭に普及した最古参のデジタル家電である。もともとTVゲーム機はゲームセンタに置いてある業務用TVゲーム機の市場がメインの市場であった。その後パソコンの普及により、パソコンでTVゲームのソフトを楽しむことも可能となったが、それでもTVゲームをプレイするためにパソコンを購入するのには当時のパソコンは高額であった。そのため、パソコンが持つTVゲームを楽しむためだけには過剰な性能をそぎ落として価格を安価にし、さらに利用者が子供でも利用でるようにキーボードを廃した利用インターフェーイス 16 にて実現されたものが家庭用TVゲーム機であった。

だが、家庭用ゲーム機を利用する場合において家庭用ゲーム機は業務用TVゲーム機やパソコンとは違う進化を取り入れていた。業務用TVゲーム機とは違い、ゲームを実行するためのプログラムソフトをゲーム機から分離していたことと、家庭用ゲーム機とゲームソフトの間に一定のインターフェーイスを設けて、ゲームソフトウエアを分離し、消費者にとってゲームソフトを切り替えるための分かり易い方法を提示したことである。
このため、家庭用ゲーム機は安価で市場に発売され、家庭用ゲーム機とゲームソフトが分離されたため、ゲームソフトメーカーは家庭用ゲーム機メーカーが提示するガイドラインに沿って、ソフトウェアを開発することで多くのゲームソフトが市場に登場することとなり、ゲームソフトメーカーが魅力あるゲーム制作の競争を行い、ソフトの高度化と家庭用ゲーム機の普及がシナジー効果を発揮し、家庭用ゲーム機はゲームソフトを動作させるプラットホームとして機能する 17 ことになった。

その後、半導体技術の高度化と低価格化により、家庭用ゲーム機はさらに独自の進化を遂げる。ゲーム機の新機種投入はメーカーとしては自らが築いたゲーム機のプラットホーム性とゲームソフトの市場を打ち消すこととなるが、魅力あるゲームソフトを供給するプラットホームとしての機能を追求するために、半導体製品の最新技術を取り込んだ製品を生み出すこととなった。この背景には以前は高額であったパソコンの低価格化と高機能化によるグラフィック性能を生かしたパソコンのゲームソフトの登場と競争にあった。

家庭用ゲーム機は半導体技術の進化と消費者が求めるゲームソフトのニーズに合わせ、自らのプラットホームを進化させることによって発展を遂げてきた。また、単一のゲーム機の市場も大きく、半導体の量産効果についても自らの市場で吸収できるため 18 、ゲームの普及台数が多い人気ゲーム機となると、ゲームソフトの実行においてパソコンの性能を凌駕する性能を発揮することも可能となる半導体の専用設計も可能であり、パソコンの半導体としての性能を超えた情報家電を作り出している。さらにパソコンが半導体の性能としてゲーム機に追いついたとしても、ゲーム機が当初から備えている消費者にやさしいインターフェーイスとゲームソフトウエアの多さの魅力にはパソコンが打ち勝つことができない。現在では、最大のネックであった画像表示部であるTVモニタのデジタル化が進み、TVゲーム機のデジタル性能を最大限に発揮できる環境が整いつつある。

このように家庭用ゲーム機は情報家電が今後直面するであろう半導体の開発競争、パソコンとの性能競争、消費者が求めるゲームソフト等のデジタルコンテンツの開発競争などを先進的に体験しており、その事例のなかから様々なものを学ぶことが可能である。結論を言えば、ハードとコンテンツが分離され、コンテンツ側に流通の競争力のあるデジタル家電はすぐにTVゲーム機的なエンターティメント端末化するであろう 19 。つまり、本体のコストよりソフト、コンテンツへの負担のほうが消費者の負担するコストを占める率が高くなる。そしていずれコンテンツやサービスそのものが収益の源泉となる時代が近い将来にくることになるだろう。

また家庭用ゲーム機が当初から持っていたハードとソフトの分離と個別の進化についてはひとつの可能性が含まれていると考えられる。さらに家庭用ゲーム機について言えることは、ゲームソフトというコンテンツがなければそのゲーム機自身の魅力になり得ないという点である。このため、ゲーム機自体の性能の向上もさることながら、コンテンツの充実のためにゲームを開発する企業の参入障壁を低くすることが重要なことであり、これらがコンテンツを囲い込むためのメーカーの戦略であった。そのため、ゲーム機メーカーはソフトウェア開発会社に開発環境として、ゲーム機の参照モデル、3次元映像生成ライブラリなどを提供していくことが重要であった。

しかしながら、ブロードバンド回線の普及とインターネットへのゲーム機の接続は新たなコンテンツ戦略を必要とするかもしれない。それは韓国や北米でブームとなっているオンラインゲームの出現である。韓国のオンラインゲームはパソコンで実行するものであり、北米はマイクロソフトが発売しているX-BOXというゲーム機によるものである。それぞれは特別なコンテンツの購入を必要とするものではなく、ソフトはすべてインターネットよりダウンロードするものである。ゲームのコンテンツのすべてはインターネットを介したサーバとの通信によって実現するものであり、パソコンやゲーム機はサーバで行われた処理の結果を受け取ってプレイしているユーザの見ている画面に映像を再生しているにすぎない。すべてのユーザのキャラクター等のゲーム実行のデータはサーバ側で管理されている。このため、ゲームサーバを構築し、その後、一定の期間の無償プレイ期間でゲームの参加者を増やし、その後、月額利用料という形で有料化に移行するモデルと、無償であることは変わらないがゲーム上での様々な付加サービスを有料で販売する「プレミアム・サービス」というモデルがすでに存在している。

これらは家庭用TVゲーム機というプラットホームをすべてインターネット上に持ち、かつ、インターネットというオープンなネットワーク上に存在しているため、インターネットに接続しているならば「だれでも、いつでも、どこでも」利用可能なものとなっている。さらに家庭でのパソコンはモニタへゲームのプレイ映像を再生するビデオ信号を生成するのみに使われており、これを支えているのがパソコンの映像出力機能としてモジュール化されていたビデオカードの存在とその高度化である。

情報家電のキーになり得るモジュール化された部品 ビデオカード
ビデオカードとは元々パソコンのマザーボードに実装されていたビデオ回路をマザーボードから分離し、モジュール化し、ビデオカード製品同士の性能競争により高度化してきたデバイスである。パソコンがまたテキストの文字の画像だけが出力されていた頃(ワープロ機のような時代)では、画像を生成するためのデジタル処理はさほどの処理能力を必要とせず、画像を作る計算処理もパソコンのCPUが処理を行っていた。しかし、次第にパソコンのCPUの高速化と利用者がもとめるパソコンの利用時の機能として、写真の取り扱いや映像の取り扱いを始めるソフトウェアが普及するに当たり、取り扱える色彩の量と画素数が肥大化したため、ビデオカードがパソコンの基盤から分離し、独自の進化を遂げるようになった。それを支えたのがパソコンのオープン化を支える拡張バスの存在である。

拡張バスは家庭用TVゲーム機の初期のファミコンが持ち得たゲームソフトとゲーム機を分離する仕掛け、カセットを抜き差しするスロット部分に近いものである。パソコンにおいては個人がこの拡張バスにパソコンの機能を増やすためのモジュールを抜き差しすることに用いられていた。この拡張バスがビデオカードとパソコン基盤の接続を物理的な接続とその接点で行われる通信にオープン性を実現したため、それぞれが外部の通信規約を守りながら、おのおのが同時に製品内部の進化を遂げることが実現 20 した。さらにこれらの高度化は必然的に利用できるソフトウェアの高度利用の可能性も広げたために、パソコン全体の処理パフォーマンスが向上するという結果をもたらした。そしてそのパソコンのパフォーマンスの向上によってもたらされたアプリケーションソフトの魅力が消費者に分かり易いパソコンの利用シーンを提供した。具体的にあげるならば、DVD コンテンツの再生、デジタルビデオの編集、三次元での映像生成を主軸に据えたゲームソフトの実行などである。現在のパソコンの普及にはCPUの性能向上もさることながら、ビデオカードの高機能化とその低価格化がもたらした部分が大きいといえる。また、多くのビデオカードに実装されているビデオチップは完全にモジュール化されたものであり、ビデオ半導体メーカー 21 が提供する参照デザインカードを参考にしてビデオカードを製造しているメーカーも多数存在 22 し、これらのビデオカードの性能向上競争が情報家電への脅威を与える可能性があると考えられる。

さらにTVゲームで多用される三次元での映像生成についてもあらたな設計アーキテクチャーの導入と棲み分けが進んでいる。それは三次元映像の生成やパソコン本体が持つ音響機能等のマルチメディアデバイスのAPI 23 (アプリケーション プログラミング インターフェーイス)を一元的に提供し、ゲームソフトやDVDプレイヤー、などのソフトでの実行を行うソフトウェア開発に対して、参照モデルを提供するという手法である。
この参照モデルでほぼデファクトとなっているのがマイクロソフトのDirectX である。このDirectX によってソフトウエアコンテンツの開発者はガイドラインに述べられた参照モデルに沿って開発を行えば、パソコンのようなオープンプラットホームにおいても共通で使えるアプリケーションソフトの開発が可能となる。その際、三次元映像の生成などの処理に負荷がかかるものについてはビデオカードの側でLSIとしてチップ化し(通常はGPUまたはグラフィックエンジンと呼ばれる。)、実行の際はOSでのデジタル処理とビデオカードでのデジタル処理を通信機能で分散処理させることにより、CPUでの処理を軽減することを図っている。
先に述べたネットワークゲームはこの処理を、インターネットを通じて、データセンターのサーバとパソコン側のビデオカードの疎結合 24 により実現するあらたな形のデジタルエンターティメントのスタイルであることがわかる。

既に生活に入り込む情報家電 パソコン
デジタル家電「新三種の神器」が消費者の心を掴み、消費者の日常の利用シーンに溶け込んでいっていること述べるのであればパソコンもまたいち早く消費者の生活に溶け込んでいった様を述べなくてはならい。パソコンの進化も情報家電の進化でもあり、さらにパソコンの汎用性がある意味、情報家電の最大の競合であるからだ。もし、前述した情報家電の今後の進化が「機能のデジタル化とその周辺機器との融合」と捉えるならば、パソコンは多くの機器を融合した機器であるといえるであろう。これらを踏まえ、パソコンの情報家電としての強みを分析し、情報家電がパソコンの進化になにを学び、そしてパソコンに打ち勝つためには何をしなければならないのかを考察してみたい。

パソコンはインターネットへの出口を押さえている
第一に、パソコンの最大の強みはインターネットへの接続ユーザをほとんど押さえているという点である。インターネットに通信できる人口でいけばデジタル携帯電話のブラウザ搭載電話機の流通数のほうが多い。しかし、実際にインターネットを通して情報サービスを提供するサイトのほとんどはパソコン向けであり、そのパソコンが搭載しているブラウザである「マイクロソフトインターネットエクスプローラ」に最適化されているという事実がある。例として日本の金融機関が提供しているインターネットバンキングのサービスについてはデジタル携帯電話向けを除けば「マイクロソフトインターネットエクスプローラ」でないと利用できない金融機関が多い。この点は今後情報家電が今後、普及し通信を介してインターネットに接続していくとしても、著しくパソコンとの競争に不利な点ではないだろうか?

モジュール化とオープン・プラットホームの強み
第二に挙げるパソコンの強みは、ハードのモジュール化による性能向上競争とそれがもたらしたデジタル処理能力の向上によるソフトウェア処理能力である。
ハードのモジュール化による性能向上競争とはパソコンの基盤に物理的な拡張バスを実装することと、ソフトウェアのパソコンのハードが分離することによりCPUをはじめとした部品についても性能向上の競争を販売のために各社が行ったことである。その恩恵を一番被っているのはパソコンの機能を開発するソフトウェアのメーカーであり、パソコンそのものが持つデジタル処理能力を生かしたソフトウェアの開発が行われたことである。そこで登場したのがエミュレーションソフトウエアである。

具体的な実用例を挙げるとDVD プレイヤーのエミュレーションである。DVDプレイヤーが発売された1996 年当時、DVDに記録された映像の再生はパソコンではデジタル処理の性能的に困難であった。そのため、当時のDVDプレイヤーに実装されていたDVDの再生デジタル処理に特化したLSIであるデコーダチップを別途拡張モジュールとして、拡張バスに差さねばならなかった。その後1999 年にはインテル社のCPU PentiumⅢが登場し、パソコンに実装されるCPU の性能が向上したため、DVDプレイヤーの機能すべてをソフトウェアのみでエミュレーションすることが可能となった。現在、電気店の店頭で販売されているパソコンのほとんどでDVDの映画を視聴できるのもこのためである。さらに現在のパソコンではTV用チューナーをモジュールとして実装し、DVD の書き込み型ドライブを実装している機器に至ってはTVの番組録画を実現し、DVD-HDレコーダと変わらない性能を持つものの発売されている。

ほかにも家庭用ゲーム機のエミュレーションソフト 25 も存在している。これは家庭用TVゲーム機が発売された当時はパソコンを超えた性能を有していたが、ビデオカードの性能の向上により、家庭用TVゲーム機が持ち得ていた三次元画像処理能力の優位性に追い着き、エミュレーションソフトウェアによって、家庭用TV ゲーム機にパソコンがなりすますことによって、ゲームコンテンツを実行することが可能となっている。
さらに地上波デジタル放送の受信も可能なパソコンも既に存在している。これは拡張バスに対して、地上波デジタルの放送チャンネルを受信できるチューナーを実装しているもので、このチューナーも実際の地上波デジタルTVに用いられているモジュールをパソコンに差せる形で拡張カードに作り替えたものである。このように本来は情報家電向けに開発されたデジタルデバイスであるものが、すでにLSI化され、一定の定められた通信のインターフェーイスによってモジュール化されているならば、容易にパソコン向けのデバイスとして活用されていく事態がすでに興りつつある 26

脚注
  • 6 サンマイクロシステムズ社が開発したマルチプラットホーム言語 OSを問わないアプリケーションの作成が可能
  • 7 java 言語で記述されたアプリケーションを仮想的に個々機器のOSで動作させるためのソフトウエアプラットホーム
  • 8 java 対応携帯電話は2001 年にNTT ドコモが販売
  • 9 着うたサービス、GISと連動する携帯電話、非接触IC カードのチップを実装したカード決済可能な携帯電話が登場している。
  • 10世界最初にMP3プレイヤーを発売したのが韓国のハセン社であり、名前もMPMANという製品であった。
  • 11 Kakaku.com にて2004/03 に調査
  • 12 米市場ではネットワークより音楽を安価にダウンロードできるiTunes Store の存在についても魅力となっているが、現時点では日本国内での音楽販売の閉鎖的な取引慣行に違いによって日本国内ではiTunes Storeを利用できない。
  • 13 MP3プレイヤーでは携行性の高さからフラッシュメモリ(SDカードやメモリステック)を用いられることが多いが、大容量のメディアとなる1GBのフラッシュメモリは実売3万円前後である。フラッシュメモリに比べ20倍の容量になる20GのHDを内蔵しているiPodは3万円程度である。
  • 14 プリンタ、スキャナー、FAX一体機としてエプソンPM-A850、キャノンPIXUS MP740がある。
  • 15 筐体はプラズマTVを若干大きくしたサイズであるが大画面ながらブラウン管TVくらべ奥行きを薄くできる。
  • 16 ゲームパッドとも呼ばれるコントロール部分 十字キーとスタート・セレクトボタンだけのシンプルなものが多い
  • 17日本市場では1983 年に発売された任天堂ファミリーコンピュータが本格的な家庭用ゲーム機の普及の始まりと考えられる。
  • 18一般的に半導体製造のラインを起こす場合には、組み込んだ完成品を100万台売る気概がいると言われている。
  • 19 コンテンツの方が競争力を持つデジタル家電では音楽を再生するデジタルオーディオプレイヤーと映画ソフトの再生やTVの録画を行うDVD-HDレコーダがある。薄型TV、デジタルビデオ、デジタルカメラはハード自体の性能が競争力を持つものだと考えられている。
  • 20 モジュール化とも呼ばれる。
  • 21事実上ATI社とNVIDIA 社がビデオチップ市場を二分している。
  • 22 台湾メーカーの中にはビデオカードを専門に作成するメーカーが存在している。ビデオカードのアーキテクチャーはGPU と呼ばれるグラフィック処理エンジンとビデオメモリの組み合わせであり、GPU に与えるクロック数と処理の際に発生する熱処理がこのビデオカードメーカーのノウハウとなっている。
  • 23 APIアプリケーション プログラミング インターフェーイス
  • 24 疎結合・・・CPU を複数連動させてデータ処理を行う場合の考え方のひとつ。一つの筐体や基盤に複数のCPU を実装する密結合に対して、「通信を利用して仮想的にCPUを束ねて、データ処理を実現する。」という考え方を疎結合と呼ぶ。本文の場合、ゲームの実行について、サーバーCPUのデータ処理とクライアント側のグラフィック用のCPUの画像処理を、通信を利用して連動させるという意味で使用している。
  • 25 ゲーム機メーカーと裁判になった商用ソフトウェアもあるが、多くは無償で配布されるフリーソフトウェアであることが多い
  • 26 アルプス電気やNECエレクトロニクスがデジタル放送用チューナーモジュールのメーカーであり、PC 向けの放送受信デバイスとしてピクセラ等が商品を発売している。

3. 通信ネットワークのデジタル化の現状

ブロードバンド回線の普及とISP 接続の定額化や携帯電話のデジタル化によるデータ通信の一般化によってインターネット接続の障壁であった通信料金の問題についても解決が図られ、現在では日本は世界でもかなり安価な料金でインターネットを利用することが可能となっている。この通信のデジタル化によるインターネットと情報家電の関係について考察してみたい。

潜在的な情報家電の消費者はすでに存在する
情報家電の利用者を「通信を利用して、情報を引き出せる消費者」と定義するならば、自らがアクティブに情報を検索するために、なんらかのテキストの入力ツールを持ち、インターネットから情報を引き出す能力を持たねばならない。かつ、日常生活の中で、通信インフラに接続出来ていること、が必須の条件となる。それらの条件を満たす消費者を通信インフラの契約者数から割り出すと次のようなグラフとなる。

上記のグラフで見られる通り、PC をベースとしたダイアルアップ接続、ADSL、CATV、FTTHと比べ、携帯電話経由のインターネット接続が2倍以上の利用者がいることが解る。
たとえ、ダイアルアップ接続、ADSL、CATV、FTTHが携帯電話を所有しており、グラフの積み上げが重なっていると考えても、圧倒的な携帯電話によるインターネットの利用者が存在していることが解る。
このグラフから「携帯電話を利用して、インターネットからの情報収集を行うことを出来る消費者はたくさん存在しているが、家庭の中でPC ほどのライフスタイルのイノベーションを行う魅力のある情報家電がまだ登場していないため、携帯電話の画面での情報利活用に留まっている。」という現実が見えているのではないだろうか?

家庭に潜む情報家電普及の阻害要因
現在のデジタル家電「新三種の神器」である薄型TV、DVD-HDレコーダでは通信インターフェーイスを持つ製品も多く、それらはインターネットを介して、双方向TVを実現するものや、EPG機能と呼ばれるTV番組案内を情報サービスとして受け取り、TV録画の設定を簡易に行うことが可能となるものも存在している。さらに機器のインターネット接続機能に搭載されたWebブラウザによってパソコンと同じようにWebサーフィンを実現できるものある。

しかし、これらのブロードバンド接続とそのサービスを実現するにあたってはかなりの障害が消費者にあるといっても過言ではない。まず、ブロードバンドに接続するためには情報家電に対して、LAN用ケーブルの接続を行わねばならず、そのためには家庭でインターネットへの入り口になっているブロードバンドルータに対して、LAN用ケーブルを引き回ししなければならない。
通常、インターネットへの入り口となる部分は電話回線の引かれた電話の設置場所になるのであるが、この場所に薄型TV、DVD-HDレコーダを置くケースは少ない。また、家庭用電話機の高度化により、多くの電話機は無線技術を使った親機、子機の構成でつくられコードレス電話として普及しているが、薄型TV、DVD-HDレコーダなどにおいて、通信は本来の用途ではない付加機能であるため、コードレス電話機のような家庭での利用シーンを考えてコードレス化されているわけでもない。

さらにケーブルを家庭内で引き回し、インターネットへの出口にあたるブロードバンドルータに接続することが可能であったとしても、インターネットへの接続は容易ではない。なぜなら、これらのインターネットに接続するための機器類はパソコン用に設計されており、パソコンの知識なしでは設定することが不可能である。また、ブロードバンドルータの設定手順は事実上各社、製品毎にばらばらであり、製品投入サイクルも短く、情報家電のマニュアルにすべての機器の設定方法を記載することは事実上不可能となっており、これらの要因が情報家電のブロードバンド接続の障害になっている。
また、ブロードバンド回線に接続するための消費者のインセンティブとなるようなコンテンツや情報家電の用途が少なく、よって消費者が物理的な接続をすることへの躊躇もあるのではないだろうか?

解決策 電力搬送線技術の利用とその規制の緩和について
家庭のケーブルの引き回しの煩雑さの解消について、一つの解決方法として無線技術の利用が挙げられる。これは前述したコードレス電話機の実現と一般化に先進事例がある。コードレス電話機の実現で用いられている電波技術は特定小電力無線技術である。しかしならこの電波帯域での伝送はインターネットデータ量を伝送する技術とはなっていない。また、パソコンで用いられる無線LAN技術では、無線電波による情報の漏洩などのセキュリティを高めるためにはパソコンでのLAN運用の知識が機能設定時に必要である。さらに無線技術の弱点として、マンション等の建物が持つ構造上の制約として防火壁の強度によって壁を透過して無線通信を伝送する事が難しく、情報家電を設置する家庭内の位置に制約が生じることである。そのため、韓国などマンションが多い国では次第に家庭内での電力供給に用いられている電力線を用いたIP通信(PLC)が実現しはじめ、すでに商品の登場も始まっている。(IBM とLG電子によるPLC接続可能なノートパソコンが発売予定)
よって現在での情報家電のネットワーク化には電源プラグをさして、家庭内電力線を経由し、外部のIP網に接続する電力搬送線技術の導入が消費者にとって安全でかつ解りやすいネットワーク化の手法ではないだろうか、しかし、電力を供給する電力線に通信を行うためのデータ通信の周波数帯を利用するためには電波法の規制緩和が必要であるが、現時点での導入は難しい。

解決策 UWB(ウルトラ・ワイド・バンド)技術(USB2.0 on UWB)
パソコンの外部デバイスの通信インターフェーイスとして、現在USB2.0 on UWBが策定され注目されている。この技術はパソコンに接続する周辺機器である外付けハードディスクやスキャナーの接続、あるいはデジタルカメラやデジタルビデオカメラで撮影した映像のデータをパソコンへ転送するための通信インターフェーイスであるUSB技術を、アメリカでの政府の無線帯域の規制緩和により生まれたUWB(ウルトラ・ワイド・バンド)無線帯域を利用して、高速で、大容量のデータをワイヤレスで伝送する仕組みである。そのため、既存の有線のUSB技術で創られた周辺機器にも無線インターフェーイスを提供することが出来、パソコンに周辺機器を接続している際に煩雑にケーブルを繋げていた不自由さを克服することが可能となっている。さらにデジタルカメラに実装が進めば、現在のフラッシュメモリカードによるデータの受け渡しが不用になる。さらにパソコンだけでなく、薄型TVやDVD-HDレコーダに実装されて行けば、これらの機器に物理ネットワークとして接続されているケーブル類が不用になる。さらに無線帯域の電波特性として、5m以内の伝送に限られるため、現行の無線LAN が持つ「電波が飛びすぎるが故のセキュリティの弱さ」についても物理的な解決が図られている。このため、北米ではデジタル放送やケーブルTVのデジタル化により、放送されるデジタルコンテンツが厳格なコピープロテクトを施されている点(コピーアットワンス)を、このUSB2.0 on UWBの技術を用いて「個人の私的複製権の保護」を行うという考え方がある。これは電波特性を利用して、機器の範囲5mにある機器には私的複製を認めていいのではないか?という考え方である。(インテルが提唱中)これは現在の情報家電が持つ厳格なコピー禁止機能を打ち消し、技術の応用による消費者の視点に立った製品開発が可能となるものである。

しかし、日本国内においては電波法の規制緩和を待たねば製品作りを行うことが出来ない。早急に、世界で始まっている規制緩和と技術革新を利用した情報家電を作り出さねば、情報家電の国際競争に遅れを取るのではないだろうか?

4. 情報家電の普及を進めるための産業政策の在り方

情報家電の機能の捉え方を変える。
情報家電としての商品開発はアメリカが先行している点を述べてきたが、この遅れに対して日本はいかなる手を打っていけばよいだろうか?
TiVoと呼ばれるHDレコーダが米国で発売されている。HDにTV番組を録画するという製品のアーキテクチャーは日本のDVD-HDレコーダと変わらない。しかし、日本の製品と明らかに違う点は、TiVoは機器購入後全米で18000チャンネル存在するといわれる地上波や衛星、CATVで放送されるTV番組のEPG(電子番組表)を配信するサービスをバンドルしており、そのサービス使用料を月額徴収する仕組みで機器自体の値段を低価格に下げている点である。これは機器自体がハードとして機能を持つというよりも、情報サービスを提供するということでサービス料を徴収するという情報家電のビジネスモデルの変化がある。さらにインターネットという通信のオープン性を利用して、蓄積型放送を実現している点も注目するところである。今後は蓄積型放送にCMを挟み込むことによって無料の放送を実現する予定であり、新たなコンテンツ流通のプラットホームになりえる可能性がある。

とても不可解なことに日本のDVD-HDレコーダはTiVoと同じ機能を持ち、機器としてのアーキテクチャーも変わらないものであるはずであるが、なぜか蓄積型放送が受信できない構造になっている。さらに本年の1月のCES(コンシューマ・エレクトロニクス・ショー2004)に出展されたTiVo 対応のDVD-HD レコーダの製造メーカーには東芝やパイオニアの製品が存在しており、このことを見ても日本市場での情報家電の製品開発について、米国市場との乖離がはじまって来ているとも言える。この日米の市場の乖離の問題は単なるTV視聴環境だけの違いから起因するものであろうか?いや、むしろ日本企業は製品としてすばらしい製品を作ることができても、それはVHSビデオデッキのデジタル化の延長上の商品にすぎず、通信を利用したサービスの開発を前提とした本当の意味での革新的な情報家電は造り出し得てはいないのではなかろうか?

TiVoとDVD-HDレコーダの製品の性格の違いが生まれた背景には消費者の動向を探るだけでは革新的な情報家電を生み出せないという教訓があると思う。たしかに消費者が理解できなければ商品は売れないという事実も家電市場には存在する。しかしながら、製品の機能や魅力を最大限に消費者に伝え、さらに顧客志向に会わせて情報家電のコンテンツを開発していくだけの気概がなければアメリカの情報家電の開発能力に負けてしまうといえるだろう。この問題を是正するためにも、情報家電の可能性を通信(インターネット)の将来展望と半導体の微細化技術の将来を見据えて、今一度、AV家電を再定義して物作りをして行かねば過去のAV家電の固定観念に縛られた製品しか生まれないであろう。また同時にこの固定観念の源泉となっているコンテンツ産業の商習慣、制度もまた同じく見直していかねばならない。

顧客志向のマーケティング能力の向上
アメリカでの商品開発を支える源泉は徹底的なマーケティング能力であるといえる。例えばMP3プレイヤーメーカーとして最後発で登場したApple社は「米国市場にカセットコンパクトプレイヤー市場は存在しても、日本のようにMDプレイヤー市場が存在していない」という点を発見していた。また、コンピュータメーカーとして「記憶装置としてのハードディスクの小型化と低価格化の動向」も掴んでいた。そして数多く発売されていたMP3プレイヤーに消費者が高価なフラッシュメモリとその限定された容量に不自由を感じている点(事実上CD一枚分の音楽データを持ち歩くことが限界)を掴んでいた。Apple社はこれらの情報を元に消費者の不便を解消するための商品を開発し、製品を市場に投入できたという経営判断が卓越していたといえる。また、コンピュータメーカーであるが故、インターネットを熟知していた点も優位点である。この優位点はiTunesストアと呼ばれるダウンロード型音楽配信プラットホームでも生かされている。

AppleのようなコンピュータメーカーがMP3プレイヤーのような情報家電市場で成功を収める土壌は、モジュール化されていた電子デバイスをマーケティングによって得た消費者像に沿って、瞬時に製品に組み合わせた点にある。さらに半導体の集積率を生かしたコンパクト化を避け、片手で指をスライドさせて操作を手軽にできるサイズとインターフェースのデザインを優先した製品作りを行い、素材としてステンレスを使い手になじむ重さを敢えて出すという消費者の視点の発想が突き詰めて行われている。この点はSONYウォークマンのようにカセットプレイヤー製造の経験から、重量、サイズを極限まで切り詰める以前の日本の摺り合わせの能力がすでに競争力ではないということを示唆している。

また、残念なことにiPodを支えるデバイスには多くに日本製品が含まれている。これらを踏まえ日本のメーカーの現状を例えると「非常に優秀な薬剤師はたくさんいるが、医師の技術がすでに時代遅れになりつつある。」という点ではないだろうか?患者の病気を治すためには薬剤師と医師の両方の技能が必要である。しかし、医師の見立てが間違えば取り返しのつかない自体が起こりうる。情報家電とそれを支えるインターネットは新たな見立ての技術を要する商品ではないだろうか?

これらを踏まえて、政府としては「いかに消費者の行動を掴み、製品作りに生かしていけるのか?」という仕掛けを提供していかねばならない。また、メーカーが開発した製品のイノベーションについての情報を正確に消費者に伝え、それを踏まえた消費者の評価測定をすぐに企業にフィードバックし、新たな観点をメーカーに提供しなくてはならない。
これはわれわれがコンシューマレポートの発行を強く支持する理由である。

問題点を可視化できる参照モデルの提示
日本はブロードバンドインフラの普及の観点からいけば世界最先端である。また、携帯電話端末によるインターネット接続においても世界最先端であるといえる。しかしながらこのインフラの活用という観点を考えたならば情報家電を端末として利活用するにはまだ未成熟であると言わねばならない。

これらの原因には様々な意味での障害が存在する。まず挙げられるのは通信キャリアと家庭内ネットワークを結ぶ接点に当たる分となるブロードバンドルータの諸設定がISP毎に異なり、接続手順についての標準化が図られていない点である。薄型TVやDVD-HDレコーダを購入時に添付されたマニュアルにおいても大手通信キャリアが提供するIPサービスの接続手順は記載されているがそれ以外のISPの接続手順については記載されていない。(実際には日本には1万社に及ぶISP事業者が存在する。)よってかなりの情報家電機器がIP接続を行われないまま家庭におかれている事態が存在している。
また消費者に対して、インターネットに情報家電を接続させるためのインセンティブ開発も不足していると言わねばならない。現時点でこのインセンティブの開発競争が起こっているのはカーナビだけであり、「道路混雑時の迂回情報の取得」などリアルタイム性の強い情報をカーナビに取り入れるサービス開発の工夫が消費者への通信接続のインセンティブに転化しているが、それ以外の情報家電においてはカーナビに匹敵するサービス開発は行われていない。この情報家電の成熟を阻害する要因について、前述したブロードバンドルータの設定の煩雑さやIP接続の複雑さを挙げることは容易である。しかし、情報家電が既存のアナログ家電やAV家電の延長上としてのデジタル化で留まり、コンテンツ産業がアナログ時代に作られたビジネスモデルが維持できるレベルのデジタル化の状態で停滞していることが問題でなかろうか?

このように消費者を取り囲むさまざまな産業がビジネスの業態をアナログからデジタルへの移行が出来ないことに問題が生まれ始めている。さらに商習慣の呪縛が変革を阻害している。しかし、商習慣の変革は市場の可視化とその認知以外に変革は難しいものである。
情報家電とそれを支えるデジタルデータとデジタル通信インフラについて、「本当に何が出来て、市場はどのくらいあるのか?」また「ビジネスプランを練るための信頼できる市場の概況」の情報があまりにも少ないことがビジネスの創出と商習慣の変革の阻害の原因ではないだろうか?また、実際に対価を払う消費者が理解できるサービスや商品の説明を可能とする用語の未整備も原因であると考える。従って、この用語の整備、市場の可視化、製品の機能の可視化、それらを記述できる言語の整備は急務であると言える。これらを包含して情報家電の参照モデルとして整備し、消費者の生活に関わる産業すべてに共通言語化することが商習慣の呪縛の打破につながるものと考える。

情報家電とその環境の参照モデルの整備と共通言語化は日本がもっとも遅れている分野である。この遅れは早急に是正しなければならない。なぜなら「情報家電の市場では、日本には見えないもの、伝えられないものが存在しており、海外の競争相手はそれを克服していること」は日本の産業競争力として最大の危機であると確信するからである。

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