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情報家電産業の収益力強化に向けた道筋

※本プロジェクトは、終了しております。

本ペーパーの狙いと位置づけ

狙い

情報家電市場は「新・三種の神器」と並び称されるほど市場を広げているが、長期的に日本経済をリードし続ける産業群となるためには、なお一層の戦略性と方策が必要。
このため、検討段階にある政策議論用ペーパを一般に公開し、インターネットを通じて広く政策立案に役立つ情報やアイデアの提供を求める。

基本的な視点

情報家電には「デジタル化の要素」と「家庭内のネットワーク化という要素」の2つがあるが、今の三種の神器は、必ずしも後者の要素を生かしきれていない。
一方、家電量販店を通じた激しい価格競争と、大手電機・電子メーカーの横並び体質という二つの問題から、情報家電の収益力は新・三種の神器と呼ばれるほどには高くない。
第一に、「上質な消費者」がいる我が国でこそ、消費者向け「ライフソリューションサービス」に向けたイノベーションによって情報家電市場の更なる活性化を図るべきではないか。
第二に、他方で直ちに「ライフソリューションサービス」中心の市場には移行できないことを考えると、成長著しい海外市場への展開を強め、コモディテイとしての情報家電市場を量で確保する戦略も必要ではないか。
第三に、「ライフソリューションサービス」から技術まで多階層化の進んだ市場を見据えて、垂直連携による摺り合わせの維持とモジュールの強みを生かした水平的な連携の戦略的な組み合わせが必要ではないか。
このため、政府は、官民共通の理解の下、以下の取り組みを進めていくことが必要。

  1. (1)多階層化しつつある情報家電市場の可視化
  2. (2)「ライフソリューションサービス」における競争促進と開放的なインフラの整備
  3. (3)鍵を握る技術や人材への先行投資、知財保護等の強化
  4. (4)高度部材産業集積の維持・強化等新たな産業群の形成

<目次>

1.情報家電産業を巡る現状

(1)情報家電とは
(2)情報家電は本当に日本経済を牽引できるのか?
(3)将来に向けた懸念材料
(4)戦略的な見切りを割り切りの必要性

1-(1) 情報家電とは

■ 情報家電とは
情報家電には、家電のデジタル化という要素とネット家電という二つの要素がある。現在は、通信端末である携帯電話を除き、専らデジタル化の恩恵を付加した製品が市場で主役である。 (平面パネルTV、DVDレコーダ、デジタルカメラ等)

■ 情報家電の発展段階
情報家電は、デジタル化の段階では、ライフスタイルを変えられない。テレビがテレビであるうちは、生活空間に何の変化も起こらない。ネットワーク化の段階を経て、遠隔教育、遠隔医療、娯楽提供、安全管理など様々な「ライフソリューションサービス」のプラットホームとして機能して始めて、新しい市場を切り開く力を持つ。

1-(2) 情報家電は日本経済を本当に牽引できるのか?

■ 情報家電市場の明るい側面
情報家電をはじめとした我が国IT産業は、我が国株式時価総額の約1/4。情報家電等のデジタル機器の好調等により、ソフトウェア・ハードウェア産業ともに、昨年6月以来回復基調が継続。市場全体の成長をリード。

■ 完成品としての収益力の低さ
他方、情報家電の完成品としての収益力は必ずしも高くない。その利益率を単品毎に見れば、多くの商品が二桁に届いていない。理由の第一は、家電量販店同志の過当競争と販売価格の下落。背景には、系列販売店網から家電量販店への競争の主導権の移動がある。

■ 完成品としての収益率の低さ
理由の第二は、大手電機・電子メーカの横並び体質である。利益の薄いフルラインアップが維持されているため、市場全体のパイが広がっているにもかかわらず、重なる事業領域で薄く各社が利益を分け合う構図に陥っている。

■ 電気電子部品を巡る現在の好調ぶりと不安
 特定のLSIや半導体製造装置など、部品産業や製造装置産業などの上流工程を主とする事業は、現在高い収益率を上げている。しかし、国内企業が提供してくれる下流市場の成長は鈍化、在庫も積み増し局面に入るなど、将来を見れば、不安要素は少なくない。

1-(3) 将来に向けた懸念材料

■ アジアを中心とするオープンアーキテクチャに基づく低コスト生産ネットワーク
情報家電のReference Kitが出回るようになれば、情報家電の技術情報やノウハウが海外に流出してしまう。内容をブラックボックス化してきた日本企業の比較優位が相対化しないか。

■ 機器のネットワーク化に伴う漁夫の利の恐れ
「パソコンのDOS/V化」は、OSという市場に大きな漁夫の利を残した。同じ現象は起こらないか?

■ ブロードバンド端末はPCの延長線上に来てしまうのではないか
PCをベースとした電子商取引は急速に広がっている。このままでは、日本の優位性の乏しいPCがブロード端末のデファクトスタンダードになるのではないか。

1-(4) 戦略的な見切りと割り切りの必要性

■ 現在の閉塞状況への対応
このままでは、デジタル化で好調な現在の「新・三種の神器」の市場でも、アジア企業等に対し優位性を失うおそれがある。さりとて、ネットワーク化以降の段階に進むことも出来ていない。ネットワーク化段階へ早期移行する道筋、デジタル化の段階における優位性を向上させる道筋、二つの戦略を同時に追求する必要がある。

■ ネットワーク化、プラットフォーム化の段階に早く移行するための戦略
第一に、ネットワーク化の段階に加速的に移行し、情報家電としての差別化を決定的なものとする戦略である。そのためには、情報家電という機器・技術だけでなく、それを使って家庭向けに提供される様々な「ライフソリューションサービス」を意識的に活性化させることが不可欠である。
「ライフソリューションサービス」の活性化と機器・技術の進化は、鶏と卵の関係にある。今の機器・技術における比較優位を守ることに固執していれば、その間に家電化を進めるPCがこうしたサービスの市場を席巻する可能性がある。現に、PCをベースとした電子商取引は急速に拡大を続けている。

■ デジタル化段階における優位性を向上させる戦略
第二に、デジタル化段階において、成長する海外市場を獲得し、上流の強みを更に活かすことで価格対性能比の優位を保ち、それを更なるシェア拡大につなげていくアプローチである。
そのため、国内の企業がまず必要な事業の選択と集中を行い、その上で、技術開発の推進、上流企業との戦略的な連携や、海外の競合企業に対する戦略的な知的財産管理を進めていくことが不可欠である。

2.戦略 I:

「ライフソリューションサービス」におけるイノベーションを核とした戦略
(1)上質な消費者が「ライフソリューションサービス」におけるイノベーションの鍵
(2)「待ちの戦略」のジレンマの打破
(3)「ライフソリューションサービス」(BtoC)におけるイノベーションは進展中
(4)戦略的な見切りのタイミングは近い

2-(1)日本の上質な消費者が「ライフソリューションサービス」のイノベーションの鍵

■ 情報家電の国際市場は約7億人であり、その中でも約25%が高品質にこだわる層。そのほとんどが日本に集中すると見られている。 世界一厳しい日本市場を制することが情報家電市場における成功の鍵。

2-(2) 「待ちの戦略」のジレンマの打破

■ 待ちの戦略
「ライフソリューションサービス」におけるイノベーションを核とした戦略には危険も多い。これらのサービスの開拓を優先して、すべての技術をオープンにすれば、そのサービスが失敗した場合、徒に技術的優位性だけを喪失する可能性もある。そう考えると、得意な技術をブラックボックス化したまま、新たな「ライフソリューションサービス」が出てきたら、その都度、最低限必要なインターフェースを開発するという「待ちの戦略」も成立する。

■ 待ちの戦略が抱えるジレンマ
いずれネットワーク化が進むのであれば、「待ちの戦略」では後手に回る。「ライフソリューションサービス」活性化の見通しが先に立てば、それに応えた技術のオープン化も、攻めの技術戦略も可能となる。しかし、こうしたサービス活性化の見通しが立たないから、ブラックボックス戦略を維持せざるをえなくなり、その結果、新たな「ライフソリューションサービス」も具体化しにくくなるというジレンマを抱える。

■ 「ライフソリューションサービス」拡大に二の足を踏む理由
第一に、ネットワーク効果によって生まれた新たなレントを事業者間でどのように分配するかについてルールがなく、リターンが読めない。
第二に、「ライフソリューションサービス」の価格弾力性が高く、そもそもどの程度のレントが情報家電による新たなプラットフォームで生まれるのか、予測がつかない。
このため、「ライフソリューションサービス」事業のリスクが高すぎ、既に「待ちの戦略」でも膨大な売り上げを上げている大企業の態度が一層硬化している。しかし、本来は、自社事業で「ライフソリューションサービス」を行うか何もしないかの二者択一ではなく、様々な事業者に対する投資も含めた戦略的な投資のポートフォリオ管理が必要であろう。

2-(3) 「ライフソリューションサービス」におけるイノベーションは進展中

■ 家計支出のサービスシフト
「ライフソリューションサービス」の市場展望は決して暗くない。BtoCの電子商取引は急速に成長。新規ビジネスの宝庫。家計全体の動向を見ても、「ライフソリューションサービス」へのシフトは明確。決められたパイをモノで取り合うのではなく、積極的にサービスに打って出るだけの条件は整いつつある。

■ 情報家電をベースとした「ライフソリューションサービス」への期待
消費者が求めているのは、機械としての性能だけでなく、ライフスタイルを変えるような新たな提案。 情報家電にしても、本来は、こうした生活分野のイノベーションを支える道具であったはず。市場とは、そうした限界的なリスクを張ろうとする人にこそ、限界的な利益を保証するもの。

2-(4) 戦略的な見切りのタイミングは近い

■ 「待ちの戦略」を見切る決断のために必要な要素
第一に、Reference Kitの活用を強めるアジア企業の攻勢に、日本の設計・生産戦略と製造能力がどこまで耐えられるか。品質・性能面での差別化はいつまで続くのか。
第二に、下位企業や、市場不足の上流産業による海外流出を通じたノウハウ流出は食い止められるのか。逆に、我が国下流企業の海外進出、海外市場獲得はどの程度成功するのか。
第三に、PCの家電化がどの程度のスピードで進むのか。国内の過当競争が情報家電における我が国の優位性を失わさせないか。

■ タイミング サービス重視の戦略に即した技術開発と商品戦略の実現に要する時間を考えるなら、北京オリンピックのある4~5年後を見据えた、今年か来年が見切りのタイミング。

3.戦略 II:

海外を中心とした市場における量の確保を核とした戦略
(1)海外市場への積極的な進出
(2)上流工程の強みを活かした産業間連携の再強化

3-(1) 海外市場への積極的な進出

■ アジアを主軸とした市場展開
アジアは、情報家電の世界市場シェアを見るとまだ16%だが、成長率は122%で最も高い。家電分野でのアジア企業の追い上げも激しい。アジアでの成否は、世界市場戦略全体にも影響?

■ 上流の強みを活かした海外への販路開拓
狭義の情報家電市場は、2010年までの7年間で、54兆円から96兆円に成長。我が国は中でも、上流工程に強みを発揮。これらをベースに、世界の市場を獲得する戦略性と、そのための技術開発の推進、ブランド価値の確立、知的財産の保護、企業間連携の促進などを進め、緩みない投資を展開していくことが必要。

○世界  約54兆円  約96兆円
○日本  約10兆円  約18兆円
(セット機器、パネル/ユニット、部品/半導体、電子材料、製造装置市場の単純合計)

3-(2) 上流工程の強みを生かした産業間連携の再強化

■ 上流の強みを活かした海外への販路開拓
我が国は、単に上流に強いばかりでなく、電子材料、製造装置、それらを支える精密機械加工や金型、基礎素材合成・調合アセンブルといった高度な技術を持った中小・中堅企業が集中的に存在。これらと完成品メーカとの高度な摺り合わせによって、アジアにもない高度部材産業集積を実現。

4.具体的な戦術と政策の方向性

(1)多層化する市場の可視化
(2)「ライフソリューションサービス」に関する競争的なビジネス環境の整備 (3)強い技術・人材の確保
(4)情報家電を支える産業群という新たな産業構造の模索

4-(1) 多階層化する市場の可視化

■ コンシューマレポートの作成によるニーズの顕在化
作り手と買い手という二分法は徐々に形骸化し始めており、ネットコミュニティなどを通じた、マスの消費者の中に眠る新たな顧客価値の発掘が動き始めている。このため、公的部門が評価指標のフレームワークとベース指標を提供し、作り手と買い手が融合を更に促進する環境を整備し、様々なビジネスや「ライフソリューションサービス」を支援する。

[ネットコミュニティなどの例]

  • @コスメ((株)アイスタイル): http://www.cosme.net/cosme/asp/top/main.asp
    化粧品の利用者の口コミ情報コミュニティや各種商品情報を提供。メーカからは独立。
  • トラベルドッグ((株)ホンダ) http://www.travel-dog.com/
    車に乗る愛犬家を対象としたコミュニティサービスの提供。ホンダユーザに限定しないサービス。
  • P-Keitai((株)松下電器) http://fan.p-keitai.net/com/toppage/top.do
    携帯電話を利用しているユーザーに、仲間作りの出来るネットコミュニティを提供。松下自身が提供。
  • 「おとりよせ.Net」((株)アイランド) http://www.otoriyose.net/
    ネットで購入できるお取り寄せ商品の実際の利用者の口コミコミュニティを提供。
  • 「価格.com」((株)価格コム) http://kakaku.com/
    価格情報から商品情報まで、幅広い情報を消費者に提供。

■ 参照モデルの提供による「摺り合わせ戦略」の明確化
消費者ニーズが明らかになれば、次に複雑化し多様化する「ライフソリューションサービス」をどこで、どのように技術シーズと組み合わせていくかの戦略を検討できる土壌作りが必要。このため、大手企業同士はもとより、これから参入しようとする事業者まで含めて、関係者が広く活用できるITインフラとハード・ソフトの内容をより明確に理解できるような仕組みとしての参照モデルの提供が課題となる。

消費者と作り手の直接的なコミュニケーションを増やし、様々なバックグランドを持つ事業者をBtoCのサービス市場に引き込みつつ、自らも多階層化しつつある市場の実情を可視化することで、競争の効率性をあげていくことが重要

■ 参照モデルの構成と内容

4-(2)「ライフソリューションサービス」に関する競争的なビジネス環境の整備

■ 新事業の創出促進
LLPの創設。信託事業の規制緩和。最低資本金規制。新事業創出促進法。「ライフソリューションサービス」を妨げる不要な行政規制の排除など。

■ ブロードバンドインフラの整備と規制の緩和
物理層における冗長性/事業の安定性確保と、ネットワーク層における競争の確保の両立。
技術革新を阻害しない技術中立性などが、制度設計の基本思想。

■ コンテンツ産業の育成・強化
個々の使用に対する課金が可能な技術基盤を整え、その上でユーザの利便性を踏まえたビジネスモデルを競いあえるような環境の構築。人材育成、知的財産保護など。

4-(3)強い技術・人材の確保

■ 鍵を握るデバイス・ソフトウェアにおける優位性の確保
キーデバイス・ソフトなどに対する市場とコストを睨んだ技術戦略の強化と研究開発支援の強化

■ 品質管理に強い、最適屋の育成、維持、管理
商品のデザインと品質を決める摺り合わせの現場の質の維持

■ 組み込みソフトウェアの競争力強化
デジタル化で肥大化するソフトウェアの開発力強化に向けた、ソフトウエアエンジニアリングの強化、人材の育成

4-(4)情報家電を巡る産業群という新たな産業構造の模索

■ 選択と集中の推進
大手メーカの間で勝負する商品領域の選択と集中を行い、それぞれが各分野で世界のトップシェアを取れるような体質を作る。

■ 研究開発プロジェクトの戦略的重点化と国際標準化への支援
消費者の最終需要に応えるシナリオを前提とした研究開発プロジェクトを推進。ユーザー認証方式やセキュリティに対しての国際標準化を推進。

■ 官民一体となった厳格な知的財産管理の徹底
技術が人やモノ(製造装置)に化体されることによって、安易に海外に流出することを防ぐ。また、人材やノウハウの不要な海外流出防止など、知的財産戦略を強化する。

■ 高度部材産業集積の維持・強化参照モデルを利用した技術ニーズの掘り出し

5.まとめ

■ 情報家電とライフソリューション
今の情報家電はデジタル化の段階に止っている。そこでは、厳しい価格競争と横並びの投資消耗合戦が待っている。しかし、本来、産業構造は、商品を出すところではなく、消費者にサービス・便益を提供するところまで繋がっている。
「ライフソリューションサービス」を活性化させ、上下の市場を継ぎ直すとともに、多階層化した市場構造を可視化し、様々なプレーヤーが参入しやすいシームレスな市場を作ることが、産業政策として求められていないか。
また、同時に、デジタル化の段階に止まったままの情報家電についても、選択と集中、効果的な垂直連携と海外への積極的な進出によって、引き続き、競争力を維持するため、官民で必要な協力を行っていくべきではないか。
そのために、コンシューマモデル・参照モデルといった可視化戦略、新事業促進や開放的なITインフラの整備が必要であり、また、他方で、コアとなる技術・人材への投資と、それらを巧みに継ぎ合わせる投資環境整備が必要なのではないか。

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