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no.51: 「デザイン・ルール」を読む

安藤 晴彦
RIETIコンサルティングフェロー・資源エネルギー庁企画官 (国際戦略・燃料電池担当)・電気通信大学共同研究センター客員教授 (2004年4月から)

デザイン・ルール『デザイン・ルール ~ モジュール化パワー ~』
  • ボールドウィン,C.Y./クラーク, K.B.著/安藤 晴彦 訳
  • A5判 上製 568頁 本体5,200円
  • 奥付年月日 2004年04月08日
  • ISBN 4-492-52145-3 C3034
  • 購入はこちら(東洋経済新報社Web)

『デザイン・ルール』は、ハーバード・ビジネススクールの学長・副学長コンビであるボールドウィン教授とクラーク教授という二人の碩学による「モジュール化」の奥義書である。副題にある「モジュール化パワー」は、20世紀後半に現れ、指数関数的に世界経済に浸透している新たな産業アーキテクチャの推進力(Force)である。大企業中心型の大量生産を前提にした既存の産業構造を一新し、まったく新たな天地を「創造」(Create)する。90年代にその威力に気付いた諸国は、ハイテクの最先端で生じる技術オプションに対応してイノベーションのスピードを急速に高め、国際競争力を磨いていった。その間、日本は、80年代の製造業での成功体験にひきずられ、「モジュール化」という地殻変動の推進力を見落とし、対応も大幅に遅れた。その結果、自動車など極度にインテグラル型産業を除いて、国際競争で地歩を失っていった。

「モジュール化」は、イノベーションの推進主体を、大企業中枢から、モジュールごとの非集権的で局所的な小集団に移す。このため、テクノロジー・ロードマップの最先端を体得しているスピンオフ・ベンチャーや大学発ベンチャーが主役となり得る。テクノロジーの進化に伴って、末端での微小変化が極めて莫大なオプション価値を創造する。それをいち早く見付け出した者が、大きな価値(Value)を手にする。しかし、中央集権的な大企業体制では、周辺で発生する新たな価値を評価するどころか、知覚することさえ難しい。

90年代、世界のイノベーションの中核となったベンチャー企業群、マイクロソフト、インテル、デル、シスコシステムズなどは、いずれも「モジュール化」のメリットを最大限取り入れ、圧倒的な競争力を磨いてきた。また、韓国・台湾の半導体・コンピュータ企業群も、国際モジュール分業に自らの活路を見出してきた。そして、今や中国がこれに続いている。

「モジュール化」は、21世紀の競争力を構想するキーワードである。現実の経済実態に目を転じると、産業分野ごとにモジュール化の浸透速度は異なってはいるが、ディジタル情報通信技術の進展によって、モジュール化可能な領域は急速に深化・拡大してきている。原書のカバーに天地創造のパロディが使われ、「創造」がキーワードになっているのには深い意味がある。モジュール化は、単に設計方法の変更にとどまらず、独立した連続的「進化」を促すことで、新たな価値を陸続と創造する。シリコンバレーを中核とするベンチャー企業群のクラスターは、その写像に過ぎないのである。モジュール化の「価値の地形図」の中では、大きな地殻変動が絶えず生じている。これによって、今まで海面下の土地が突然大きな価値を持つようになることもある。採算性から見送られたはずの第二、第三位以下の開発プロジェクトも、異分野でのイノベーションのおかげで、知らないうちに実験に値するよう「復活」していたりする。しかし、残念ながら経験主義的な大企業ではこうした「世界の逆転」現象は認識できない。

ワールドクラスの碩学たちの評価もご紹介しておこう。青木昌彦教授は、「モジュール化の持つイノベーションへの含みを、オプション理論を用いて説明した画期的教科書であり、また過去数十年にわたっておきたIT産業の革命的変化をも見事に叙述している」と言う。また、藤本隆宏教授は、「製品アーキテクチャ論の本格的大著であり、経営戦略論を志す若手研究者や学生がいま一番読みたい本の一つと言える」とする。國領二郎教授は、「21世紀の企業のあり方を理解するうえで決定的に重要な概念を提示し、具体的な例で説明している。金融分析で発達した理論を工学的な理解に適用するなと、斬新な切り口を提供しながら論理は緻密。知的刺激に溢れた書」と言う。(以上、東洋経済新報社作成のパンフレットより抜粋)確かに、本書の内容は極めて深遠で広範であるものの、深い理論的考察に基づく複雑な分析はエッセンスに絞られ、初学者にも理解し易いように工夫されている。

訳者(筆者)は、翻訳のプロではないが、産業政策の「現場」にあって、ベンチャー、創業、中小企業のイノベーションの支援政策のあり方を求めて、自分なりに苦悶、苦闘してきた。大変幸運なことに、青木先生、ボールドウィン先生から直接ご指導いただく光栄に接し、モジュール化ワールドの一端を垣間見た。日頃悩んでいたベンチャー経済の本質、あるいは90年代の日本産業の競争力低下という問題に対して、極めて明快な処方箋を示され、大いに啓発されるとともに強いショックを受けた。この「モジュール化パワー」の衝撃波こそが、邦訳への原動力となった。この日本語版によって現代のビジネスを突き動かす推進力の本質を一人でも多くの読者の方にお伝えできることを願ってやまない。

2004年3月31日

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2004年3月31日掲載

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