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no.30: 「ユビキタス」の根拠なき熱狂

池田 信夫
RIETI上席研究員

英米人に通じない英語というのがある。最近はやりの「ユビキタス」(遍在的)も、そのひとつだ。これはコンピュータがいろいろな電気製品に組み込まれるという意味らしいが、米国でubiquitous computingといっても、コンピュータ業界以外の人には通じない。ところが日本のメディアでは、「ユビキタス社会」や「ユビキタス時代」という言葉まで使われる「バブル」状態である。しかし、それが何を意味するのか、彼らにもわかっているようにみえない。

半導体はどこにでもあるが・・・

単に「どこでにもある」という意味なら、半導体は全世界で年間約2000億個も生産されており、すでにユビキタスである。しかし図1のように、その70%以上は、トランジスタ、ダイオードなどの「ディスクリート」とよばれる単機能素子であり、これは「どんな機械にもユビキタスにネジが使われている」というのと大して変わらない。そのうち、MPU(マイクロプロセッサ)は2%しかない。つまり(広義の)半導体はユビキタスだが、「コンピューティング」をしている素子は、そのごく一部なのである。

他方、半導体が付加価値ベースでどう使われているかをみると、図2のように全世界で約2000億ドルの売り上げのうち、コンピュータと通信で65%を占め、「情報家電」の比率は約20%である。これから後者の比重は上がるだろうが、それがコンピュータを上回る産業になるかどうかは疑わしい。「マイコン制御」になっている家電製品は多いが、それがネットワークで結ばれる必然性はない。「インターネット冷蔵庫」の類は、商品化されたものはほとんどないし、今後も大した市場になるとは思えない。ICタグも、セキュリティ管理などには使われるだろうが、バーコードに代わることはないだろう。

図1 世界の半導体の種類(個数)2001年
図1:世界の半導体の種類(個数)2001年・WSTS調べ
図2 世界の半導体の用途(売り上げ)2001年
図2:世界の半導体の用途(売り上げ)2001年・In-Stat調べ

メーカーは、在来の商品の延長上の高機能・高価格の「持続的技術」でもうけようと考えがちだが、本質的な技術革新は、既存の技術をくつがえす低価格・低機能の「破壊的技術」によって起こることが多い。かつてNTTは、「ブロードバンド」の主役として光ファイバーに多額の投資をしたが、現実に主役になったのは、電話より低価格のDSL(デジタル加入者線)だった。無線でブロードバンドを実現するのは「第3世代携帯電話」だと予想されたが、実際にそれを実現したのは通信料金のいらない無線LANである。

情報家電の主役も、在来の家電製品に無線チップを内蔵したようなものではなく、情報を扱う家電製品、つまり電話(を中心とする通信機器)とテレビ(を中心とするAV機器)を低価格で代替する破壊的技術だろう。そのトップバッターはIP(Internet Protocol)電話であり、次に来るのは無線LANによるIP携帯電話である。そしてブロードバンドが普及するにつれて、テレビの映像もDSLや無線LANでIPによって伝送されるようになるだろう。つまり、これから起こる変化は、通信と放送で縦割りになっていたインフラがIPで統一され、家庭内の情報機器が無線LANでつながることなのである。

「日本発」の旗振りよりも電波の開放を

「ユビキタス」に期待が集まっている背景には、「パソコンの規格は米国メーカーに押えられて利益が上がらないから、家電では日本発の国際標準で主導権を奪い返す」という電機業界の思わくがあるようだが、これは錯覚である。たとえば第3世代携帯電話に内蔵されるソフトウェアは数百万ステップで、かつての大型コンピュータに匹敵し、OSが内蔵されるなど、構造的にもコンピュータに近づいている。つまり主役がコンピュータから家電になるのではなく、逆に家電がコンピュータになるのである。

情報家電が「遍在的」になるためには、特定の国のインフラに依存するのではなく、世界のどこでも規格を意識しないで使える必要がある。ところが日本メーカーのめざしているのは、独自規格で国内市場を囲い込もうという供給側の論理だ。そういう消費者を無視した「技術ナショナリズム」が失敗するのは、HTMLと互換性のない奇妙なマークアップ言語「BML」のおかげでBSデジタル放送が大失敗したことをみても明らかだろう。携帯電話も、NTT規格(PDC)で国内を統一したため、日本のメーカーは、いくらいい製品を作ってもノキアには勝てない。

おまけに総務省は、インターネットと相互運用性のない地上波デジタル放送を12月から開始し、5GHz帯には官民で共同開発する「情報家電」専用の周波数を設ける方針だという。5GHz帯は、欧米では数百MHzが無線LANに免許なしで開放されているが、日本では免許なしで屋外で使える帯域がない。それをさらに「日の丸規格」専用に囲い込んだりしたら、世界から批判を浴びるだろう。米国では昨年、FCC(連邦通信委員会)が電波の「配給制度」を廃止する報告書を発表したが、総務省が最近出した「周波数の再編方針」は、コメの配給制度を少し改正して自主流通米を増やしましょうというような話にすぎない。

情報家電の普及を進めるために政府がやるべきことは、特定の要素技術の旗振りをすることではなく、電波を免許なしで開放して自由な技術革新を可能にすることだ。電波を何に使うか、あるいはどの規格が標準になるかは消費者が決めればよい。いま重要なのは、ユビキタスなどという曖昧なキャッチフレーズではなく、政府や企業の介入を排して、世界のユーザーが自己責任でネットワークをコントロールするというインターネットの原則を徹底することである。

2003年10月22日

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2003年10月22日掲載