IT@RIETI

no.19: オープンソース関連政策討論会:OSSコミュニティとの対話から見えてきたもの

澁川 修一
RIETI研究スタッフ/国際大学GLOCOM Research Associate/東京大学情報学環

討論会の趣旨と背景

先週水曜日(6月25日)、RIETIにオープンソースソフトウェア(以下OSSと略)コミュニティや研究者、企業関係者、メディア関係者等、合わせて70人ほどが集まり、経済産業省の情報政策ユニットのOSS関連政策の担当者(村上敬亮情報政策課課長補佐、久米孝情報処理振興課課長補佐、田代秀一情報処理振興課課長補佐)を迎えてOSS政策に関しての討論会を行った。(討論会に関する記事(CNET)当日の発言要旨メモ、ストリーミングビデオ(前半(休憩まで):約2時間)/(後半:約50分)(※wmv形式))

現在、日本政府は総務省・経済産業省共にOSS関連政策を行っているが、特にソフトウェア産業の競争力強化という観点から、OSSの支援策を強化している経済産業省の政策について、政策への評価、及び新たなニーズを掘り出すこと、そしてOSS開発者・ユーザのコミュニティと政策担当者との間の率直な意見交換の場を設けることがこの討論会の目的であった。

そもそも、OSSに関しては「政府は何もするな」という意見が以前から根強い。OSSは政府にサポートされて出てきたのではなく、ユーザが「これがほしい」というニーズをベースに作り上げてきた物であるからだ。(もちろん、開発環境的に国の資産、つまり国立大学や国立の研究機関が一役買っているという見方も出来るが、あくまで動機はユーザ個人にある。)私自身も個人的にOSSを使う立場にあり、(RIETIのネットワークOSにはLinuxも利用されている。)その利便性や強みを知ってはいるのだが、それを政策的にサポートする意味はあるのだろうか。もしサポートする意味がある場合、具体的に政府に何が求められているのだろうか。今回の討論会は単発のイベントではなく、OSSを取り巻くさまざまな問題について、実際にOSSを作っている担い手、そしてそれを利用するユーザ、さらに政策担当者の間で、じっくり考えていくシリーズ(の取っ掛かり)として企画したものである。

実は、この討論会を開催する伏線として、5月に開かれたLinuxworldにおける講演において、経済産業省の政策担当者が「日本発のオープンソースプロジェクトの数は少なく、支援していく必要がある」という趣旨でIT@RIETIのサイトに掲載した資料を引用したことに始まる一連の論争があった。(IT@RIETI「オープンソースと知的財産権」)この論争が主に展開されたスラッシュドットでは関連ストーリーが軒並み数百のレスを集め、いくつかは「殿堂入り」するなど、大きな注目を集めた。

一連の論争を観察している中で、政府のやることにはそれだけ注目が集まるということを痛感するとともに、政府もコミュニティもOSSの普及促進という点では利害が一致しているはずなのに、意外に政府の施策やその意図に対しての理解不足、コミュニケーション不足があり、ある種の「すれ違い」的な状況が生起していると感じた。今回の討論会を企画した動機はまさにそこにあり、両者が率直に話し合う機会を設けることがRIETIの役割だと考えたからだった。

討論会の概要

当日は、約3時間にわたり、白熱した議論が行われた。具体的な議題については特に設定せず、簡単な見取り図[PDF]スラッシュドットで寄せられた意見[PDF]をベースに、OSS関連政策の領域別に時間を区切って議論を進めることにした。ただし、途中で、もっとなぜOSSに政府が関与するのか、というそもそも論をベースに、特に話題を限定しない方が良いという提案があり、ほとんど司会は介入せず、自由に発言してもらう進め方に変更した。この点、まったくもって司会者の能力不足である。(激しく反省...)

なお、冒頭で紹介したように議事録と、ビデオを公開しているので、ここでは個々意見の詳細にわたっての紹介は行わず、興味深い論点をいくつか紹介していくことにしたい。

なぜ国はOSSを支援するのか

議論の順番とは異なるが、まず最初にそもそも論、つまりOSSを政策テーマに取り上げる理由についての重要な発言を紹介しておこう。

情報政策課の村上課長補佐は、政府がOSSに関与する理由として、

  1. 政府調達の選択肢を増やすためのオプション
  2. 競争政策のひとつの手段としてのOSS促進
  3. 標準化の有力なツールとしてのOSS
という3点を挙げた。

また、情報処理振興課の久米課長補佐は、日米間で存在するソフトウェア貿易不均衡問題について、ソフトウェアの輸入超過が問題意識の一つであることを認めたうえで、それを解決するのは少なくとも「日の丸プロジェクト」ではなく、世界的なオープンスタンダードであること、そして、その採用を促進することで相手のレントを減らして、イーブンにした上で、日本独自の付加価値で利潤を生み出すことが望ましいと述べた。

討論会から見えてきたもの

さて、具体的な個々の議論は発言要旨メモを参照していただくことにして、討論会での議論をやや強引にまとめると、以下のようなポイントがあったように思う。

  1. 政府の現状の政策、例えば未踏ソフトウェア創造事業等について、特に批判は集まらなかったが、国の「OSSへの関わり方のスタンス」について、直接的な支援よりも、法整備・教育制度の改善等、環境整備的な、政府の間接的支援に期待する声がコミュニティ側から多く寄せられた。また、オープンソースはあくまで手法であり、手法をアレコレしてもダメで、ソフトウェア産業全体を見据えた支援策が重要なのだという問題提起もあった。
  2. 政策担当者側のOSS政策を進める意図をしっかり伝えられた(村上・久米発言)ことは良いことである。(その善し悪しは別として)経済産業省は戦略的な見地から、積極的にOSS政策を情報政策全体の中で位置づけているのだというメッセージが伝わったと思う。
  3. 知的財産権・特許問題をはじめ、寄付税制や大学・企業内でのOSSコミットに関する職務専念義務規定の問題など、従来の政策テーマを超える(経済産業省独力というより、省庁横断的に解決すべきもの)問題が浮上。
  4. OSSとビジネスの関係については、政府調達の見直しや、調達者側のスキル向上という現状の施策の延長線上にあるものに加え、OSSの委託契約に係る標準契約書を作り、GPLの問題を気にせずOSSを採用できる仕組みを作ってはどうか、などの提案があった。
  5. コミュニティ側からも今後、自分たちがOSSについて積極的に発信していく必要性があるのではないかという声があった。(政府関係者・有力企業家等に積極的にアクセスして、OSSのメリットを説明するロビー活動等)

ここで私見を交えて、そもそも論に立ち戻ると、日本政府、少なくとも経済産業省のOSSへの関与は、(村上・久米発言にあったような)プロプライエタリに対してのオルタナティブ(代替的選択肢)として、今後強まることはあれ、減退することは決してないであろう。

ただし、私はここで必ずしもOSS万歳と主張しているのではない。OSSが強い分野がある一方で、プロプライエタリソフトウェアの役割も厳然と残っており、おそらく使途によって、両者が使い分けられることになるのであろう。両者はつぶし合うのではなく、並存していくことが望ましいのである。(これは先週来日していたブルース・ペレンス氏もそのように発言していた。)

その意味で、今回の討論会ではあまり深い議論にならなかったが、OSSの促進政策は、産業政策的にも意味があると思われる。例えば、政府調達や、企業の情報システム調達における選択肢という点もある。また、OSSは教育目的としても安価な導入コスト、多様なプログラミング言語基盤の提供等の点で優れており、有能な人材を育成するという効果が期待される。また、仕様がオープンであるために、数多くの開発機会を幅広い産業に対して与えるという効果も期待される。このようにOSSがソフトウェア産業の(基盤)強化に果たす役割は決して小さくない。

ソフトウェア産業は、労働集約的ではない側面がある事、ネットワーク外部性が働く事等、従来の製造業とは産業構造がまったく異なる特徴を有しており、従来の産業政策とは違ったアプローチが必要だと考えられる。その点で、OSSの促進政策は特定の企業群を支援するものではないが、ソフトウェア産業全体の体力・冗長性を高め、また、産業としての広がりや厚みをもたらすことになり、産業全体にとっても長期的な観点から見ればメリットになると思われる。

もちろん、競争政策的な観点からのメリットは数多い。特に情報通信分野のような技術進歩の激しい分野では、可能な限り多様な選択肢を用意し、支援の体制を整えた上で市場で競争させるというのが正しい政策の方向性である。

その点で、村上補佐が発言した「経済産業省が買うべきオプションの一つとして捉えている」という部分、あるいは「政府も競争政策の一プレイヤーとして戦略的に振舞うべきだ」という発言などは、このような政策的方向性を経済産業省が指向していることを示すものだろう。

討論会の今後の方向性について

冒頭に述べたように、この討論会は単発のイベントではなく、OSS関連政策を検討するシリーズ企画のため、次回も懲りずに開催する予定である(秋口頃を予定している)。また、政策をバザール的に作り出すことが実際に可能なのかはわからないが、少なくとも今回明らかになった問題提起群について、少人数のワーキング・グループを作り、具体案を実際に作成して提案するような試みも検討している。引き続き、幅広い層からの積極的なご参加をお願いしたい。

なお、当日の運営・仕切を担当していた立場から自戒を込めて振り返れば、自由に意見を言って頂いたことは良い面もあったが、むしろ議論が言いっぱなし、発散気味になってしまい、有益な討論がどこまで出来たのかについては疑わしい面があった。

このあたりは、既に参加者からも感想を頂いているところであるが(matz氏の日記)、まったくご指摘の通りである。初回と言うことで多様な意見を言ってもらった方が良いと考えていたのだが、もう少し司会者側でコントロールを行って、討議の流れを誘導したり、また事前に参加者にテーマや進め方を提示する等の対策も必要だったかもしれない。さらに、当日は時間が限られていたこともあり、十分に意見を述べることが出来なかった参加者の方々も多かったと思われる。このような運営面の不備に関してはすべて私に責がある。この場を借りてお詫びを申し上げたい。

2003年7月2日

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2003年7月2日掲載

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