まとめ

専門家の意見

この意見は広瀬上席研究員が飯尾ファカルティフェローにヒアリングを行った際の内容をまとめたものです。

  • 一般に政策や行政の評価としては、次の3つの種類がある。(1)事前評価 (2)行政評価 (3)事後のプログラム評価である。 (3)については通常第三者が行う。この3つとも揃っていることが望ましい。
  • 第1の事前評価がどれぐらい行われたのかが、まずポイントである。評価の視点は「コスト/ベネフィット分析」が基本になるが、そのためにも、まず目的/目標を設定する必要がある。これは行政評価や、事後のプログラム評価に於いても必要である。
  • この調査でいっていることは、「事前評価がされていない」ということ。事前の政策評価をするときに、あるいはこのようなプロジェクトをしようという時に、コスト・ベネフィットの分析が全く欠けているということが問題としてあり、それが事前評価で第1に必要なことである。
  • 「Wカップの事後評価」を行政の観点で行うならば、まず担当部局の評価という視点で、行政評価から入るのがよいが、これは事業が行われている間に行うべきものである。
  • そこで2番目の行政評価は、目的・目標を与えられた行政機関がその目的・目標を達成しようとしているかどうかを見るものである。これが行政評価の基本であり、いわゆるパフォーマンス・メジャメントである。
  • もっとも、まず行政がきちんとした体制であれば、「事前評価」と「事後のプログラム評価」はなくても、少なくとも「行政評価」が無ければおかしいのだが、それも不十分なようである。
  • たとえば、神戸のケース。組織は早い時期に解散したことの是非はともかくとして、なぜ解散したかが不明なままである。役割/目標を達成したかどうか、そのへんの評価が十分に出来ていないまま部署を無くすというのでは、行政評価の点からすると問題である。
  • ワールドカップのようなスポーツ競技大会の開催自体は、本来行政機関でやる領域ではない。従って、行政機関の担当は「どういう役割をどこまで果たすのか」ということが、逆にきっちり明確でなければいけない。いくら本人たちが頑張っても、あくまで主体/主催は競技団体であるから、ワールドカップ自体がどうにかなるものでもない。そこの仕分けも重要である。大会開催が全体として成功したから行政としてもよろしいという考え方では、少々具合が悪い。行政が主催の競技団体を手伝って税金を使うのは、どういう目的のためなのか。そこからどの部分に使うのかが導きだされるべきである。
  • また第3の事後的なプログラム評価に関してこの調査では、事後的なプログラム評価という事後評価を行政にさせているが、これは本来行政の外部による第三者評価でなければならない。
  • この調査における質問項目自体はよいが、質問に仕分けが必要であろう。25項目の質問について、もう少し構造化してグルーピングできるはずだ。個々の質問どうしの関係などが不分明なので、体系化・構造化をする必要がある。
  • たとえば、「住民意識と一体化」といっても、できた・できないという結果だけではなくて、行政としてやっていることがどれくらい寄与しているかという、寄与度の比率を考えておく必要がある。
  • 事後的に評価する際には、ある仮説があったほうがよい。そうすると、これは当事者だけに聞いているものだが、そのほかにも効果測定の方法はある。
  • この調査で聞かれているのは基本的にはアウトカム指標だが、中にはアウトプット指標も含まれている。たとえば、「鉄道交通網の整備」などはアウトプット指標である。単純に「やるかどうか」だけの話だ。一方「地域ホスピタリティの向上」などは、本当はアウトカム指標だが、札幌などは説明会の実施や基本介護集の配布とか、これはアウトプットの話で終わる。観光客数などはアウトカムとして測りやすい。
  • 質問項目が25では多すぎるかも知れない。大雑把なフレームを把握するにはよかったかもしれないが、さらに深い分析をするためには、このうちのいくつかを選んで、もう少し実際のインパクトを含めて調べることが必要だ。
  • アウトプットは簡単だが、アウトカムを調査するためにはお金がいる。たとえば施策の実施前と実施後の両方の世論調査・意識調査が必要になる。厳密には事前調査をしておかないとアウトカムのインパクトはでてこないのだが、それは普通できないので、その「変化」を事後的に聞き取るということになる。
  • アカウンタビリティという点から考えると、人のお金を使ってやった以上は、検証の責任があるということだ。従ってこれは、知事や市長というトップの責任になる。行政評価はまた別な話で、担当者がどれだけ一所懸命やって結果/成果を出したかたかという話だ。
  • 議会がうまく機能していないから、アカウンタビリティという問題が解決しない。アカウンタビリティは、本当は、住民-議会-行政の関係に成り立つものである。ところが現状では、多くの地方行政において議会が無視されてやっている。住民-行政直結になっていているため、アカウンタビリティはおかしくなる。
  • 問題の解消には、議会で予算を決めるときに、調査の予算まで含めてつけるようにすることも考えるべきである。

全体のまとめと課題提案

今回の調査によって明らかになったのは、

  1. 1) 全ての自治体において、大会の「盛り上がり」を大きな成果としてあげている。このことから、「Wカップ開催」自体の成果と、「開催による地域の振興」の成果が混同される傾向にあることが判明した。特に「大会開催」運営担当部署にとって、成功・不成功のメルクマールは第一に前者の「イベント自体の成功」であり、その部署が同時に「地域振興」全体を課題として負うのは無理ではないか、と思われた。
  2. 2) 「Wカップ開催」とは、「地域振興という成果」にとっては手段の1つである。従って大会開催の成功は「成果」達成にとって必要不可欠ではあるが、それ自体で「成果達成」の十分条件ではない。「大会開催という制度」を備え、さらに「大会開催の成功という制度の稼働」を確保したら、「地域振興という成果」を達成するためには何が必要なのか、といった構造的かつ戦略的な視点で捉えているところは稀少である。
  3. 3) しかしながら、「大会開催という制度稼働」を「地域振興という成果」にどう結びつけるかこそが、行政のプロとして望まれるもののはずである。でなければ、民間のイベント業者が運営を行った方が、効率は高いはずだ。(この場合の効率とは、飽くまでイベント開催を目的とした場合のものである。)
  4. 4) 開催自治体の内部において、担当部署による事後評価の中心は、「何を行ったか」であり、しかも「盛り上がり」や「円滑な運営(で無事に済んだ)」といった「大会開催自体の成否」に関するものに偏っている嫌いがある。つまり大会開催という本来は「地域振興」にとって手段であるべきものが、自己目的化してしまっている。一般に官僚組織は自分の仕事を自己目的化する傾向があるが、Wカップの開催もその例外ではなかった。この点を避けるためにはよほどしっかりしたフレームを設定し、事後評価とその情報開示をフレームの中にビルトインさせて置く必要がある。(アンケートの設問第1問において「事後調査実施」について問うているが、「実施」と回答したのは2カ所のみであった。)
  5. 5) 達成された「成果」としてあげられたものには、事前に期待していなかった望外の事柄が散見される。静岡の石川知事が指摘した、「行政と民間の新たな関係構築の予行演習ができた」ことなどは、確かに大きな成果には違いないが、それは事前に期待し、計画されたものではなかった。逆に事前に予想されたものであれば、更に成果は大きかったにではなかっただろうか。「スポーツのビッグイベントが、地域振興にどう貢献するのか」について真摯な検討をし、潜在的な可能性をできるだけ顕在化させるのが当該地域の行政の責任であるならば、今後はこの調査を初めとした様々なケースを研究し、できる限りの準備を怠ってはならないだろう。
  6. 6) 以上で明らかになったのは
    1. 「国際スポーツイベントの開催」を「地域振興」に結びつける戦略的視点の欠如
    2. 事後評価の必要性に対する感覚の希薄さ

    である。
    従って今後必要なのは、

    1. 国際スポーツイベント開催地において、開催によって達成すべき「地域振興の具体的内容の明確化」
    2. 達成された「成果」の事後調査と評価、及び結果の公開

    であり、これらを制度化する必要があると思われるのである。