Economics Review

No.5 税制を巡る問題

鶴 光太郎
上席研究員

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1. イントロダクション

このところ税制改革の議論が活発化している。年明けからの政府税調の活動とともに、6月の取りまとめを目指して経済財政諮問会議でも論点の整理が行われている。短期の政策、特に、公共投資等の歳出面での財政政策や金融政策の手詰まり感から、中長期的な経済活性化の決め手として税制改革に熱い期待が寄せられているのは事実であろう。そこには、レーガンやサッチャーの行った包括的な税制改革を見習って、アメリカやイギリスのような経済再活性化にあやかりたいという動機も見え隠れする。しかし、果たして、税制改革によって日本経済の活性化が可能なのか、中でも、アメリカの改革から学ぶものがあるとすれば何であろうか。また、必要な税制改革が明らかになったとしてもそれを実際に実施することは可能であろうか。本稿では、こうした問いに対して、これまでのエコノミクス・レビューと同様、主としてポリティカル・エコノミーの視点に立って議論してみたい(なお、前回のレビューでお約束した民間部門の組織統合化の評価については次回のレビューで検討することとする)。

2. レーガン税制改革の評価

始めに、80年代アメリカのレーガン税制改革について簡単な評価を行いたい。重要な視点は、税制改革で果たされた経済学の役割と、第一期(81年改革、ERTA)・第二期(86年改革、TRA86)、二回にわたって行われた税制改革の総合評価である。まず、第一期の税制改革は加速度償却の導入や投資税額控除の拡充による大幅な投資減税が目玉であった。このような政策が行われた背景として、70年代後半に、ハーバード大学のフェルドシュタイン教授らの詳細な実証分析により、高進したインフレーションが企業の償却不足や税負担を増加させ、資本蓄積に悪影響を与えていることが明らかにされたことが挙げられる。つまり、税のインセンティブ効果について、ある程度実証的なデータの積み重ねがあったのである。しかしながら、80年代に入って予想以上にディスインフレが進行する中で、このような投資減税は設備の大きい重厚長大産業(“smokestack America”)や不動産投資を優遇したに過ぎないという認識が広がった(サプライ・サイド政策というよりも「意図せざるケインズ政策」)。したがって、86年税制改革では、こうした租税特別措置が大幅に縮小・廃止されると同時に、税の抜け穴の温床になっていた各種控除の廃止・縮減、キャピタル・ゲイン課税の強化が行われ、課税ベースの拡大と同時に所得税率の大幅引下げと簡素化が行われた。第一期、第二期と通してみれば、最高税率70パーセント、15段階の税率区分が最終的には、最高税率28パーセント、2段階になったのだから劇的な変化であったといえる(なお、93年の改革で最高税率39.6パーセント、5段階の税率区分へと変化)。

何を学ぶか
レーガン税制改革からもし日本が学ぶことがあるとすれば、それは「86年改革の精神」、すなわち、特別措置等を縮小することによる課税ベースの拡大、および税制の中立を保ちながら実現した所得税の最高税率の大幅引下げと税率構造の簡素化ではないであろうか。経済の活性化というと、即、企業部門の活性化→法人減税という発想が強い。現在の日本のコンテクストであれば、企業の研究開発や起業を行うための投資コストを低下させるという意味での税インセンティブを考えることは可能であろう。しかし、将来の不確実性が強い現在、税を含めてコスト面から投資が抑制されているとは考えにくい。むしろ、アメリカのように最高所得税率を大幅に低下させることで、企業家が成功した場合のリターンを大きく引き上げるという形でインセンティブを引き出す方が、特に、ベンチャー企業などスモール・ビジネスのチャレンジ精神を大きく鼓舞する効果があるのではないかと思われる。

所得税とスモール・ビジネスのパフォーマンス
この点については、アメリカにおいて、Carroll, Holtz-Eakin, Rider and Rosen (1998, 2000a, b)の一連の研究が興味深い事実を明らかにしている。彼らは、個人事業主の大規模なパネル・データを使い、86年税制改革の前後(85年と88年)を比較して、所得税の限界税率の低下が、こうした小企業の投資、雇用、成長に有意に(かつ経済的に意味のある大きさで)プラスの影響を与えたことを実証した。また、現在、CEA(米大統領経済諮問委員会)委員長の職にあるグレン・ハバード教授ら(Gentry and Hubbard (2000))は、所得税の累進度に着目し、アメリカの家計のパネル・データを使って累進度の低下が起業を促進することを確認した。

現在の日本の最高所得税率は37パーセントと主要国の中でも最も低い部類であるが、個人住民税を含めるとその差はかなり縮小する。アメリカでは86年改革で最高所得税率が、一旦、28パーセントまで下がったことを考慮すると、まだ、下げる余地はありそうである。また、個人で起業する場合でなくても、雇用体系が多様化する中では、被雇用者であっても卓越した成果を挙げれば社長よりもたくさんの報酬を得ることが夢物語でない企業も出てきた。こうした人々のチャレンジ精神を鼓舞するためにも、更なる最高税率の引下げ、税率区分の簡素化は考慮に値するといえよう。

3. 税制改革の政治経済学的視点

経済活性化のためのいかなる税インセンティブを考えるにしても、その財源として長年にわたり税制を複雑化させてきた各種特別措置や控除を思い切って縮小し、税制の簡素化を図ることは重要である。しかし、それを果敢に実行するためには、なぜこれらの措置が毎年のように税制改正に盛り込まれ、税制が複雑化してきたかを政治経済的な視点から問い直さなければならない。

税制と政治プロセス
税制の変更は、経済主体の利得やインセンティブを変化させるため、重要な経済政策の一翼を担っているが、他の経済政策・改革と比べてみても、政治に翻弄される面が強い。たとえば、税の企画・立案は税当局や政府税調で進められているが、最終決定における自民党(党税調)の役割は他の経済政策と比べて圧倒的に大きく、党税調でそれまでの当局案が覆されることもしばしばである。それでは、なぜ、税制の変更が政治的影響を強く受けるのであろうか? 税制はそれがどのように小さな改正でもそれによって国民の直接的な負担や富の分配に非常に明確な影響を及ぼす。このように直接的な負担を通じて尖鋭な分配問題を引き起こすものは政治的なイシューになりがちである。税制と並んでこのような傾向が強いものとしては年金問題などの社会保障の分野が挙げられる。

「取引費用政治学」からみた税制
こうした政治からの影響や干渉を考慮すると、政策立案を行う官僚は社会的に最適な政策よりも政策決定に当たってなるべく政治的な摩擦やコストを少なくするような政策を選ぶインセンティブがあるであろう。これは、プリンストン大学のディキシット教授が提唱する「取引費用政治学」(transaction costs politics)の立場である。たとえば、税当局が増税手段としてあくまでも消費税増税に固執する理由はここにある。他の増税手段では、それにより不利益を蒙る特定のグループが出てくるため、彼らの利益を代弁する政治家の抵抗が大きくならざるを得ない。一方、消費税を使って広く薄く増税すれば分配問題は尖鋭化しないので個別の政治的な抵抗は受けにくい。一方、それは国民全体の利益に関わるだけに政権の存続を揺るがしかねないという意味で「伝家の宝刀」的な性格を持つ。したがって、通常、税制改革ではある制度変更がある特定のグループの不利益になる場合、別の税制変更でそのグループに益するような「貸し借り」が政治家同士や政治家と当局の間で行われることが多くなる。つまり、最適な制度設計という観点よりも、税制改正をスムースに行うために各種「貸し借り」が行われ、結果として、各種のアドホックな特別措置、控除が導入され、課税ベースが浸食されることになる。

税制と「歴史的経路依存性」
このため、後からみれば、こうした優遇制度がどのような経済的根拠で導入されたのかわかりにくくなっていることも少なくない。たとえば、日本の税制の概要を知るために教科書を開くと、必ずといっていいほど「シャウプ税制以来」というように歴史的な説明になっていることが多い。つまり、税制がその時々の「政治的妥協の産物」を含みながら進化してきたので、一貫した理論・理念で解説することが難しくなってしまっているのである。同様の傾向が年金制度にも当てはまる。比較制度分析の言葉でいえば、税制や年金などの政治プロセスの影響を強く受ける制度は、「歴史的経路依存性」(historical path-dependence)を強く持つということができよう。

政治的コストと抵抗を越えて
以上のようなプロセスを理解すると、税制問題で経済学者の提案と税制当局の見解がしばしばかみ合わない理由が容易に理解できる。たとえば、経済学者の立場からすれば、納税者番号を徹底させ、税務署の職員を増やせば、消費税増税をしなくても税収を増加させることは可能という議論も展開できよう。しかし、政治的プロセスを重視する税当局からすれば、政治家の所得をガラス張りにするような政策はあまりにも「政治的取引費用」が高くなるためほとんど現実性がないと映ってしまうである(かつてのグリーン・カード導入失敗で経験済み)。このような経済学者と当局のギャップを埋めるためには、双方がこうした政治プロセスの役割とそれが引き起こすディストーションを理解することが必要不可欠となる。

したがって、各種の特別措置や控除を縮小・廃止していく過程、つまり、税制のリストラクチャリングにおいては、非常に大きな政治的摩擦、抵抗が予想される。また、課税ベースの拡大を追求していけば、最も政治的コストの高い納税者番号の導入も当然、視野に入ってくるはずである。むしろ、こうした政治コストの大きさを十分理解した上で、政治的抵抗を毅然として乗り越えていく覚悟がなければ、21世紀の抜本的な税制改革の成功はとうてい覚束ないであろう。

4. まとめ

本稿は、レーガン税制改革の教訓から、企業家精神を鼓舞するための所得税のあり方とともに、政治的な抵抗を乗り越えて各種特別措置や控除の思い切った縮小並びに納税者番号の導入等で課税ベースの拡大を図っていくことの重要性を指摘した。もちろん、現在の税制を巡る問題は多様であり、検討されなければならない課題は多い。事実、経済財政諮問会議でも、多くの分野に渡って検討項目を列挙している。しかし、前回(No.4)のレビューでも指摘したように、多くの目標を内部化するような改革は必ずしもよい改革とはいえない。政治的な「貸し借り」でさまざまな優遇策が盛り込まれる傾向の強い税制改革のパッケージであればなおさらである。むしろ、改革する分野を大胆に絞った方が実効性のある改革になるのではないだろうか。イシューの絞り方に当たっては、「現在の日本経済は何を必要としているか」についてどのようなイメージを持っているかが重要である。筆者の立場は、レビューNo.3で論じたように、経済主体が創意工夫とチャレンジ精神を持って「実験」することが重要というものである。企業家精神発揮を促進するものとして所得税のあり方を議論したが、公的部門の「実験」(たとえば、教育)を活発化させるためには、まさに、「地方の自立」(地方交付税の見直し、独自財源)が必要である。さまざまな政治的摩擦や抵抗を克服する中で、こうした分野に税制改革を集中させ、経済の活性化が図られることを期待したい。

2002年3月28日

2002年3月28日掲載

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