中国経済新論:実事求是

元安の進行で懸念される資本流出の加速と対米貿易摩擦の激化

関志雄 経済産業研究所

人民元の対ドルレートは、2015年8月11日から三日間連続して計4.4%の切り下げが実施されてから、低下傾向を辿っている。切り下げ前の水準と比べて、人民元はドルに対してすでに12%ほど安くなっている。元安のきっかけは、中国からの資本流出だが、それに加え、2016年11月8日に行われた米国の大統領選挙において「強いアメリカを取り戻そう」というスローガンを掲げた共和党のトランプ候補の勝利と、12月14日の米国連邦公開市場委員会(FOMC)による1年ぶりの利上げの決定も、それに拍車をかけている。当局は、為替レートを安定させるために、ドル売り・人民元買いという形での市場介入を行っており、これを反映して、中国の外貨準備は急減している(図1)。

図1 元安の進行とともに急減する中国の外貨準備
図1 元安の進行とともに急減する中国の外貨準備
(出所)CEICデータベース(原データは中国国家外為管理局および中国人民銀行)より筆者作成

もっとも、米国の大統領選挙以降、ドルが独歩高の様相を呈しており、人民元だけでなく、他の多くの通貨もドルに対して下落している(図2)。中でも円の下落幅は大きい。しかし、円安は輸出の拡大などを通じて日本の景気を回復させる要因として歓迎されているのに対して、元安は中国経済の脆弱さの表れであると見なされ、経済を不安定化させる要因として懸念されている。それぞれに対する市場の反応が異なっているのはなぜだろうか。

図2 米国大統選挙以降の米ドル指数と主要通貨の対ドルレートの変化
-2016年12月30日と11月7日との比較-
図2 米国大統選挙以降の米ドル指数と主要通貨の対ドルレートの変化
(注)米ドル指数は米国連邦準備制度理事会(FRB)による。
(出所)Bloombergより筆者作成

元安は中国にとって福か禍か

一般的に、外貨(特にドル)建て債務の多い発展途上国の場合、自国通貨の(対ドル)急落は、(自国通貨で見た)対外債務返済負担の増大をもたらし、ひいては金融危機を招きかねない。アジア通貨危機当時のタイやインドネシアがその典型である。しかし、中国は日本と同様に純債権国であり、3兆ドルを超える準備資産(そのほとんどは外貨準備)を持っている(表1)。その上、対外負債の大部分は(返済義務が生じない)外国企業による直接投資となっていることから元安が金融危機を誘発する可能性は小さいと思われる。むしろ、元安によって、中国の輸出競争力が改善されるだろう。現に、2016年11月の中国の輸出額(ドルベース)は、前年比0.1%増と、8カ月振りに前年の水準を上回った。

表1 中国の対外資産負債残高とその構成(2016年6月末)
金額(億ドル) シェア(%)
資産(a) 63,114 100.0
直接投資 12,515 19.8
証券投資 3,065 4.9
準備資産 33,032 52.3
その他 14,502 23.0
負債(b) 46,477 100.0
直接投資 29,082 62.6
証券投資 7,839 16.9
その他 9,556 20.6
対外純資産(a)-(b) 16,636 -
(出所)中国国家外国為替管理局「中国対外資産負債残高表(時系列データ)」より筆者作成

警戒すべき元安と資本流出の悪循環

心配すべきは、元安そのものよりも、元安と資本流出の悪循環である。長い間、中国は、経常収支とともに、資本・金融収支も黒字だったことを反映して、外貨準備が増え続けた。しかし、資本流出の加速を受けて、2014年以降、資本・金融収支が赤字基調に転じたことに続き、2015年以降、外貨準備も減り続けている(図3)。資本流出は、人民元の下落とともに、元安がさらに進むという期待を招いている一方で、元安の期待は一層の資本流出を誘発している。多くの市場関係者は、人民元は下がることがあっても上がることがないだろうと思うようになり、人民元売りを行っているのである。

図3 中国における国際収支の推移
図3 中国における国際収支の推移
(注1)準備資産の増分=経常収支+資本・金融収支+誤差・脱漏。
(注2)準備資産のほとんどは外貨準備である。
(注3)2016年Q3の資本・金融収支には誤差脱漏が含まれている。
(出所)中国国家外匯管理局より筆者作成

中国は「為替操作国」に当たるか

元安が進む中で、トランプ次期米国大統領は、これが中国政府による意図的誘導によるものであると批判し、中国を「為替操作国」として認定すると明言している。それが実行されれば、米中貿易摩擦が激化するだろう。

米国議会は、財務省が毎年2回提出する「為替政策報告書」に基づき、対米通商を有利にすることを目的に為替介入し、為替相場を不当に操作している国を、「為替操作国」と認定することができる。米国政府は、「為替操作国」に認定された国に対して、通貨の切り上げを要求し、関税による制裁を行うことができる。トランプ大統領の誕生により、中国が「為替操作国」として認定される可能性が高まっている。

中国当局は、長い間、ドル買い・人民元売り介入を通じて人民元の上昇を抑えようとしたが、2014年年央を境目に、人民元の上昇圧力が下落圧力に変わったことを受けて、ドル売り・人民元買い介入を通じて元安に歯止めをかけようという政策に転換した。これは、中国製品の国際競争力を高めるための元安誘導というトランプ氏の指摘とは根本的に異なっているが、一種の「為替操作」であると言えなくもない。

求められる完全変動相場制への移行

元安と資本流出の間の悪循環を打破し、米国との貿易摩擦を回避することは、中国にとって、重要な政策課題となってきた。これらの問題を解決するために、人民元の「完全変動相場制」への移行が求められる。当局が市場に介入せず、人民元レートの決定を市場の需給に委ねれば、「元安」と「元高」の期待が常に拮抗し、相場見通しが強気一色または弱気一色になることも、中国が為替操作を行っていると批判されることも避けられる。このように、人民元の「完全変動相場制」への移行は、中国にとってまさに一石二鳥の対策である。

2017年1月10日掲載