中国経済新論:実事求是

権威主義体制の強化を目指す習近平政権
― 「政左経右」は持続可能か ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

「政左経右」に特徴付けられる習近平路線

2012年11月に習近平氏が総書記に就任してから、一年以上経ち、「政左経右」(政治の左傾化と経済の右傾化)に特徴づけられる「習近平路線」は、次第に鮮明になってきた。ここでいう「政治の左傾化」とは、共産党による一党統治、中でも習近平総書記の権力基盤を強化することである。一方、経済の右傾化とは、できるだけ政府による経済活動への介入を減らし、市場と企業(中でも民間企業)の活力を発揮させることである。

政治の面では、次のような左傾化の傾向が見られている。

まず、毛沢東主席の功績を称えることを通じて、その継承者としての指導部と習総書記の権威を高めようとしている。習総書記は、「(毛主席が独裁者として君臨した改革開放の)前の30年を以て後の30年を否定してはいけないが、後の30年を以て前の30年を否定してもいけない」という発言を繰り返している。また、習総書記は、2013年7月に中国革命の「聖地」である西柏坡と毛沢東故居を視察し、毛沢東故居を愛国主義と革命の伝統を学ぶための教育基地にせよと指示した。さらに、2013年12月には、毛沢東生誕120周年の記念行事の一環として、習総書記をはじめ、党の最高指導部である中央政治局常務委員会のメンバー7人が座談会に出席し、毛主席記念堂を訪れた。

また、体制への批判を抑えようと、言論統制を強めている。2013年5月から共産党と異なる思想や意見を持つ学者のミニブログが相次いで閉鎖され、何人かの有名ブロガーが逮捕された。同じ時期に、『紅旗文稿』、『人民日報』、『解放軍報』、など主要なメディアで、憲政を批判し、現在の政治体制を擁護する文章が相次いで発表された。海外のメディアは、北京と上海の大学では「普遍的価値」「報道の自由」「公民社会」「公民の権利」「中国共産党の歴史的過ち」「権貴資産階級(権力と富を持つ特権階級のこと)」および「司法の独立」の七つの話題を取り上げてはならないという内部通達が出されたと伝えている(「北京・上海の大学に『七不講』(七つの話題にしてはいけないこと)の指示」、『明報』、2013年5月11日付)。

さらに、党の規律を正し、腐敗撲滅キャンペーンを強化している。その狙いは、大衆の支持を獲得するだけではなく、指導部の権威を高め、改革を阻む保守勢力に打撃を与えることである。「虎も蠅も逃がさない」(大物だろうが小物だろうが取り締まる)というスローガンのもとで、多くの高官が汚職追及の対象となり、その中には、共産党中央委員会委員を務め、国務院国有資産監督管理委員会主任であった蒋潔敏氏も含まれている(表1)。

表1 2013年に汚職追及の対象となった主要幹部
a) 司法機関に移送された幹部

表1 2013年に汚職追及の対象となった主要幹部 a) 司法機関に移送された幹部
b) 共産党内部調査中の幹部
表1 2013年に汚職追及の対象となった主要幹部 b) 共産党内部調査中の幹部
(出所)中共中央紀律検査委員会監察部「2013年度党風廉政建設と反腐敗工作情況報告」(2014年1月10日)など各種資料より作成

最後に、指導部に、中でも習総書記に権力を集中させようとしている。それに向けて、2013年11月に開催された中国共産党第18期中央委員会第三回全体会議(三中全会)で、「国家安全委員会」と「全面深化改革指導グループ」の新設が決定され、習総書記が自ら最高責任者となった。

一方、経済の右傾化については、行政審査の削減、貸出金利下限の廃止、民間企業による市場参入の促進、金融システム改革、中国(上海)自由貿易試験区の発足など、市場経済化改革が相次いで実施された。三中全会においても、市場に資源配分における決定的役割を担わせることが強調されている。

新段階に入った権威主義体制

もっとも、程度の差はあるものの、「政左経右」は、中国が1978年に改革開放に転換してから、歴代の指導者が採ってきた基本路線であり、「権威主義体制」の特徴として広くとらえられている。習近平路線は、さらにそれを強化しようとしているに過ぎない。

中国は、1949年に共産党政権が樹立されてからの30年間あまり、全体主義体制下にあったが、1978年に改革開放に転換したことをきっかけに権威主義体制に移行した。権威主義体制は、政治権力の集中度、権力と自由の関係、統治の方法、イデオロギー、政権の正当性などの面において、全体主義体制と民主主義体制の中間に位置づけることができる。権威主義体制の下で、中国は共産党による一党統治を維持すると同時に、市場化改革と対外開放を推進することを通じて、経済発展を目指すようになったのである。

権威主義者の代表格である上海師範大学の蕭功秦教授は、改革開放以来実施されてきた鄧小平路線を、権威主義体制のバージョン1.0、習近平路線をそのバージョン2.0ととらえている(蕭功秦「中国における改革の再出発:鄧小平から習近平へ」、『大学問』第89期、2014年1月10日)。彼によると、権威主義体制のバージョン1.0では、政府は市場経済化改革を切り開いたのに対し、バージョン2.0では、政府は、市場経済を整備しながら、政府主導型の改革がもたらした汚職、国有企業による市場の独占、利益の固定化などの問題を解決しようとしている。蕭教授は習総書記がこれらの問題に真剣に取り組むことで、中国が権威主義体制の黄金期に入ると見ている。

1980年代に胡耀邦総書記と趙紫陽総書記のブレインであった呉稼祥氏も、習総書記が権威主義体制を遂行する強いリーダーになると確信している(「呉稼祥:18回党大会後の政治に現れたこれまでの20年間になかった三つの特徴」、鳳凰ネット、2012年12月18日)。その根拠として、30年ぶりに彼が党総書記就任と同時に軍を掌握したことや、国務院総理と党総書記の考え方がかなりの程度で一致していること、旧世代による政治への干渉が基本的に無くなったことを挙げている。

迫られる政治改革

このような権威主義擁護論に対して、新自由主義者を中心とする体制外の学者は、中国が直面している多くの問題を解決するためには、政府の権力を強化するよりも、民主化と法治化が必要であると訴えている()。

まず、中国が採っている一党統治という政治体制の下では、経済発展を目指すに当たり、公平性よりも効率性が重視されやすい。実際、中国では所得格差が拡大しており、社会の安定を脅かす原因となってきている。所得格差を是正していくためには、弱者の主張も政策に反映されるように、公平・公正な選挙を実施し、彼らにも一票の力を与えるべきである。

第二に、長期政権は必ず腐敗する。中国共産党も決して例外ではない。腐敗防止のためにも、選挙によって与党と野党の政権交代が可能である民主的政治システムを確立すべきである。

第三に、環境問題が深刻化している。諸外国の経験が示しているように、環境問題の解決には、法整備に加え、市民団体やマスコミによる企業への監督や、裁判所による公平な判決も欠かせない。しかし、一党統治体制の下では、このようなチェック・アンド・バランスが欠如している。

最後に、中国では、市場経済化が進み、経済が発展するにつれて、社会の価値観と利益が多様化しており、階級闘争を標榜する従来の共産主義というイデオロギーは求心力を失っている。共産党にとって、公平・公正な選挙という洗礼を受けることは、新たな正当性を得る有効な方法であるという。

実際、1970年代中期以降、民主化の「第三の波」と呼ばれた権威主義体制から民主主義体制への移行という流れが世界的範囲で加速した(Samuel P. Huntington, The Third Wave: Democratization in the Late Twentieth Century, University of Oklahoma Press, 1991.坪郷實・中道寿一・藪野祐三訳『第三の波―20世紀後半の民主化―』、三嶺書房、1995)。アジアにおいても、フィリピン、台湾、韓国、タイ、インドネシアなどが、相次いで「開発的独裁」と呼ばれる権威主義体制から民主主義体制に移行した。現在の中国も、権威主義体制のままでは、社会の安定を保ちながら経済発展を持続することは難しく、民主主義体制への移行を迫られている。習近平政権にとって、それに向けた政治改革は避けて通れない道である。

2014年2月5日掲載

脚注
  • ^ 権威主義者も、新自由主義者と同じように、中国は最終的に民主主義体制の確立を目指すべきだと考えている。ただし、民主化に取り組む際、全体主義体制から権威主義体制へ、さらに、民主主義体制へという順で進めていくことをすすめている。この順序を無視し、一気に民主主義体制に移行しようとすると、社会が不安定化する恐れがあるため、民主主義体制の確立は、短期目標ではなく、長期目標にすべきである。それに向けて、権威主義体制の下で、政府は経済発展を進めるだけでなく、市場経済、私有財産、市民社会、法治といった民主主義体制の前提条件を整えなければならないという。
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2014年2月5日掲載