中国経済新論:実事求是

2020年を待たずに起こりうる米中GDP逆転
― カギとなる人民元レートの行方 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

近年、高成長と人民元の対ドルレート上昇を背景に、ドルベースで見た中国のGDP規模は急速に拡大しており、2020年までに米国を抜いて、世界一になる可能性が高まっている。

元高で急速に縮小する中国と米国のGDP格差

改革開放当初の1980年の中国のGDP規模は、3,034億ドルと、米国の10.9%しかなかったが、2011年には48.4%まで上昇しており、米中GDP格差は大幅に縮小してきている(図1)。しかし、そのスピードは時期によって大きく異なる。実際、中国のGDP(ドル換算)の対米国比(米中GDP比)は、1980年から1986年にかけて低下し、その後上昇傾向に転じたが、1996年になってようやく1980年の水準に回復した。米中GDP比の上昇ペースは、21世紀に入ってから、中でも2005年に中国が「管理変動相場制」に移ってから速まってきた。

図1 縮小する中国と米国のGDP格差
図1 縮小する中国と米国のGDP格差
(注)中国のGDPはドル換算。
(出所)米国と中国の公式統計より作成

このような変化が起きた原因を調べるために、米中GDP比の伸び率を、①両国の「実質GDP成長率」(経済成長率)の差、②両国の「GDPデフレーターの伸び率」の差、③「人民元の対ドルレート」の伸び率、という三つの要因に分解してみた(表1)。その中の②両国の「GDPデフレーターの伸び率」の差と、③「人民元の対ドルレート」の伸び率を合わせると、人民元の実質対ドルレートの伸び率になる。これをベースに分析すると、両国の「実質GDP成長率」の差は比較的安定しており、米中GDP比の伸び率の変化は、主に「人民元の実質対ドルレート」の伸び率、中でも「人民元の対ドルレート」の伸び率の変動によるものであることが分かる。特に、1995年まで人民元の実質対ドルレートの低下は米中GDP比の伸び率を押し下げており、逆に、2006以降、人民元の実質対ドルレートの上昇(年率7.2%)は米中GDP比の伸び率を年率16.6%という高い水準に押し上げている。

表1 米中GDP比の伸び率の要因分解
表1 米中GDP比の伸び率の要因分解
(注)伸び率(または成長率)は自然対数値の増分により算出される。計数は米中GDP比の伸び率への寄与度を示す。
(出所)米国と中国の公式統計より作成

実質為替レートの上昇を促す中国経済の構造変化

人民元の実質対ドルレートが長期の下落傾向から上昇傾向に転じたのは、主に中国における次の構造変化を反映している。

まず、労働力は過剰から不足へと急速に変わっている。一般的に、高成長している国では、貿易財部門(工業)における生産性の上昇は、貿易財部門だけでなく、生産性の上昇があまり見られない非貿易財部門(サービス業)の賃金水準も押し上げる。貿易財部門においては生産性の上昇に見合って賃金が上昇しても工業製品の価格が上昇しないが、非貿易財部門においては生産性の上昇を上回る賃金の上昇はサービス価格の上昇、ひいては一般物価と実質為替レートの上昇をもたらす(バラッサとサミュエルソンの仮説)。しかし、中国においては、長い間、農村部が余剰労働力を抱えていたために、貿易財部門における生産性が上昇しても、賃金がそれほど上昇しなかったが、近年、農村における余剰労働力が解消されるにつれて、高成長はようやく賃金上昇を通じて人民元の実質対ドルレートを押し上げるようになった。

また、中国では、長期にわたって、国際競争力の欠如を反映して、輸出(供給)拡大は輸出価格の低下と交易条件の悪化を招き、それを通じて、人民元の実質対ドルレートを押し下げていた。しかし、近年、中国の輸出競争力の向上とともに、中国製品に対する需要の増大は輸出価格の上昇と交易条件の改善を通じて、人民元の実質対ドルレートを押し上げるようになった。

元高で早まる米中GDP逆転の時期

2009年に出版された拙著『チャイナ・アズ・ナンバーワン』(東洋経済新報社)において、2008年の中国のGDP(対米国比31.6%)をベースに、中国の経済成長率が米国を大幅に上回り(2020年まで年率8%、2021年から2030年まで同6%、米国の経済成長率は同2.5%)、また人民元の実質対ドルレートが年率2%上昇することを前提に試算し、中国のGDP規模は2026年に米国を抜くという結果が得られた。しかし、2009から2011年の中国のGDP(ドル換算)は当時の予測を大幅に上回るペースで伸びており、また、今後の人民元の実質対ドルレートの上昇が年率2%を上回る可能性を踏まえて、ここでは2011年の米中GDP比(48.4%)をベースに、両国のGDPが逆転する時期を再検討する。

まず、経済成長率について、生産年齢人口の減少や、農村部における余剰労働力の解消を背景に、中国は過去30年間続いてきた10%前後の高成長が維持できなくなる。しかし、平均寿命や、乳児死亡率、第一次産業の対GDP比、エンゲル係数、一人当たり電力消費量などの経済指標から判断して、中国は発展段階において依然として先進国より40年ほど遅れている。海外からの技術導入が容易であることや、産業の高度化を通じて生産性を高めていく余地が十分残っているという後発性の優位を発揮できれば、米国より高い経済成長率が当面維持できるはずである。これに鑑みると、両国の経済成長率に関しては、前回の試算の前提は今でも妥当だと思われる。

前回と同じ為替レート(人民元の実質対ドルレートの年率2%上昇)と経済成長率の前提の下で試算すると、中国のGDP規模が米国を抜く時期は2022年になる(図2)。しかし、2006年以来の人民元の実質対ドルレートの上昇率は年率7.2%に達しており、このペースが今後も続くと仮定すると、米中GDPが逆転する時期はさらに早まり、2017年になると試算される。いずれにしても、中国が米国を抜いて世界一のGDP大国になる日はもはや遠くない。

図2 中国のGDPが米国を抜く日
―米中GDP比の試算―

図2 中国のGDPが米国を抜く日
(注)中国の経済成長率は2020年まで8%、2021年から2030年まで6%、米国の経済成長率は2.5%を前提とした試算。
(出所)2011年のデータは米国と中国の公式統計より作成

2012年3月13日掲載

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