中国経済新論:実事求是

中国は対ドル安定の政策を持続させるべきか
― ノーベル賞受賞者としてのマンデルVs若きマンデル ―

関志雄 経済産業研究所 コンサルティングフェロー

1999年のノーベル経済学の受賞者で、ユーロの父と呼ばれるコロンビア大学のR.マンデル教授(1932年生まれ)は、中国では国際通貨問題の権威としてもてはやされ、人民元改革についても意見を求められている。近年、氏は一貫して人民元の切り上げに反対し、ドルペッグを維持すべきだと主張してきた。しかし、これらの主張は、彼のノーベル賞の受賞理由にもなった「さまざまな通貨体制における金融・財政政策」(経済政策の手段の割当、マンデル・フレミング・モデル)と、「最適通貨圏」に関する1960年代の業績から導かれる結論とは矛盾していると言わざるを得ない。人民元問題を巡って、ノーベル賞受賞者としてのマンデルと若きマンデルのどちらの見解が正しいのだろうか。

(1)経済政策の手段の割当

複数の目標を達成しようとするときに、「政策目標と同じ数の政策手段を必要とする」という「ティンバーゲンの定理」に加え、「政策の諸手段は、それぞれが最も効果を発揮する政策目標に対して割り当てられるべきであるという「マンデルの定理」に基づくポリシー・ミックスの発想が求められる。

これに対して、近年、マンデル教授は、人民元切り上げに反対する理由として、それが実施されれば、「海外からの投資が減る」、「中国経済が失速する」、「銀行の不良債権が増える」「中国企業の利益率が下がる」、「人民元の兌換性の実現が遅れる」、「中国農村地域でデフレ圧力が高まる」、「東南アジア地域の不安定要素が生まれる」、「人民元の中国以外の地域での地位に影響する恐れがある」、「投機筋に絶好のチャンスを与えることになる」と、多くの弊害が出る可能性を指摘した。しかし、彼が自ら考案した「マンデルの定理」に従えば、為替政策は対外不均衡の是正に割り当てるべきであり、それ以外の問題の解決は制度改革など、他の手段に求めるべきである。

(2)固定為替レートにおける金融政策の無効性

マンデル教授が考案した「マンデル・フレミング・モデル」は、為替相場制度の相違ならびに資本取引規制の有無によって金融政策と財政政策の効果が異なることを示している。例えば、資本移動が自由で、固定相場制が採用される場合、当局は独自の金融政策を行うことができず、金融政策が無効になってしまう。なぜならば、為替リスクが生じない固定相場制の場合、金利裁定が働き、国内の金利水準が海外(ペッグの対象となる通貨)の金利水準と緊密に連動するからである。当局は貨幣供給を調整しようとしても、その効果が資本の流出入によって相殺されるため、金利と同様に、自らの意思で決めることはできない。

「マンデル・フレミング・モデル」はその後、「国際金融のトリレンマ」説に拡張された。すなわち、どの国においても、「自由な資本移動」、「独立した金融政策」、「固定相場制」という三つの目標を同時に達成することができない(表1)。中国は、これまで実質上のドルペッグである固定相場制を維持しながら、資本移動を制限する(「自由な資本移動」を放棄する)ことを通じて、独立した金融政策を維持しようとしてきた。しかし、WTO加盟などを経て資本移動が活発化するにつれて、中国としては、独立した金融政策を維持するためには、変動相場制への移行が求められている。これに対して、近年、マンデル教授は中国が固定為替レートを堅持すべきだと主張し続けている。

表1 国際金融のトリレンマ
表1 国際金融のトリレンマ
(出所)筆者作成
(3)最適通貨圏の理論

百歩譲って、中国にとって変動相場制よりも固定相場制のほうが望ましいとしても、ドルをペッグの対象にすべきかどうかについては疑問が残る。ドルペッグの下では、中国が実質上ドル圏に加わることになり、中国の金利は米国の金利に大きく左右される。マンデル教授が提唱した「最適通貨圏の理論」と同理論のその後の発展に従えば、両国間の景気循環の間の連動性が高ければ、中国は、どちらにせよ米国と似通った金融政策のスタンスを採るため、金融政策を米国(連銀)に任せてもそれほど問題ではない。しかし、実際、両国は「非対称的ショック」に直面していることを反映して、経済成長率の相関関係が極めて低い。

このように、中国と米国の間では「最適通貨圏」の条件を満たしていない。そうである以上、人民元をドルにペッグすることは、中国経済の安定化よりも不安定化につながる可能性が大きい。現に、中国の通貨当局は、無理して人民元の対ドル安定を維持しようとするために、大規模な市場介入を行わなければならず、それに伴う過剰流動性の発生は、資産市場におけるバブルの膨張を助長している。中国としては、マンデル教授の提言に付和雷同するのではなく、彼の理論をきちんと理解し、中国経済の現状を踏まえた上で、為替政策を見直すべきである。

2006年10月27日掲載

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