中国経済新論:実事求是

一兆ドルに上る外貨準備を如何に活かすか
― 三農問題解決のための財源に ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

近年、中国の外貨準備が急速に増え、年内にも1兆ドルを超える勢いである。その相当の部分は、米国債に運用される形で米国に融資され、米国の過剰消費とそれに伴う貿易赤字を助長している。しかし、中国は農村部を中心にいまだ一日の生活費が1ドル未満の貧困人口を1億人近く抱えている発展途上国である。公平性と効率性の観点から、中国は巨額に上る外貨準備を米国に融資するよりも、三農(農業、農村、農民)問題をはじめとする貧困問題を解決するための財源として活かすべきである(注1)。前者は、「錦上添花」(美しいものの上に美しいものを加え、さらに美しくすること)に過ぎないが、後者は、「雪中送炭」(人が最も困っているときに援助の手を差し伸べること)と言うべきであろう(注2)。

中国は、「科学的発展観」に基づいて「調和の取れた社会」を目指しているが、これを実現するためには膨大な資金が必要である。中でも、「三農」問題の解決に向けて、今年から始まる第11次五ヵ年計画(規画)において、「新農村建設」の構想が打ち出されているが、財源を如何に確保するかは課題として残されたままである。これまでも、農業税の撤廃により農民の負担の軽減が図られているが、中央政府による財源の補填が不十分であるゆえに、農村部における公共サービスの状況が逆に悪化している場合も多い。外貨準備の一部を農村部のインフラや、教育、医療、年金基金の充実化に充てれば、農村部と都市部の間の格差が縮小するだけでなく、人的資本と社会資本の向上により国全体の潜在成長率も高まるだろう。もっとも農業に補助金を出すことはWTOによって厳しく制限されているが、公的資金を農村部における公共財・サービスのために使うことはWTOのルール違反には当たらない。

外貨準備を財政資金として利用する場合の具体的仕組みとして、政府が国債を発行して中央銀行からドルを調達することが考えられる。その資金が国内で使われるため、政府は、調達したドルを人民元に転換しなければならないが、その際、市場に放出したドルを、中央銀行が再び介入する形で吸い上げるかどうかによって、経済への影響が違ってくる(表)。

表 中央銀行のバランスシートから見る外貨準備の財政利用
表 中央銀行のバランスシートから見る外貨準備の財政利用
(出所)筆者作成

まず、中央銀行が、為替レートの安定を維持するために、財政当局に渡したドルを(市場介入または相対取引という形で)再び買い戻す場合、外貨準備が元の水準に戻ることになる一方、中銀が引き受けた国債の分だけ、マネーサプライ(ベースマネー)が増える。これは政府の財源のマネタイゼーション(Monetization)に他ならず、インフレという代償を払わなければならない。

これに対して、財政当局に渡したドルを再び買い戻さない場合、市場におけるドル売り・人民元買いの圧力の下で、人民元がドルに対して上昇するが、貨幣供給には変化がないため、物価も安定する。「元高」に伴って(人民元で見た)農産品の価格が低下するため、農民の収入も減りかねないが、政府が外貨準備から捻出した財源を使って、積極的に三農対策に取り組めば、農民に対して十分な補償ができるはずである。「元高」が貿易黒字の縮小、ひいては貿易摩擦の解消にもつながることを合わせて考えれば、外貨準備を三農問題の解決に充てることは、対外不均衡と国内の格差の是正という一石二鳥の効果が期待できる。

2006年8月23日掲載

脚注
  1. ^ 中国において、外貨準備の活かし方として石油の備蓄と企業の対外直接投資への支援が検討されている。しかし、外債などの金融資産への投資と違って、石油備蓄は、利息を生まないだけでなく、初期の設備投資や維持のために多くの費用がかかる。その上、備蓄のための石油に対する追加的需要が石油価格の上昇に拍車をかけかねない。対外直接投資についても、中国企業(特に国の支援を受けやすい国有企業)が、相手の土俵に乗って戦えるほどの実力があるか、という疑問の声が上がっている。
  2. ^ 発展途上国でありながら、先進国である米国に数千億ドルを低金利で融資する国は、自分の子供に十分な食事も教育も与えないまま、ひたすら貯金を増やそうとする守銭奴に見える。このような「投資戦略」は、子供(国民)のためにならないことは明らかである。
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2006年8月23日掲載