中国経済新論:実事求是

生産能力の過剰がなぜ発生するか
― 景気要因だけでなく構造要因をも反映 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国では、多くの産業において、生産能力の過剰が顕在化している。これは、北京大学中国経済研究センターの周其仁教授が指摘しているように、単に景気循環の要因によるものではなく、計画経済から市場経済への移行過程において、国有企業に取って代わって、民営企業が経済の担い手になりつつあるという構造変化によってもたらされた側面も無視できない()。実際、生産能力の過剰という現象は、国有企業によって独占されている産業でもなく、民営企業が中心になった産業でもなく、鉄鋼、電解アルミなどのように、国有企業と民営企業が混在する産業に集中している(表1、図1)。

表1 主要業種における生産能力過剰の実態(2005年)
表1 主要業種における生産能力過剰の実態(2005年)
(出所)国家発展改革委員会の発表など、各種報道により作成
図1 産業別国有企業の売り上げに占める比重(2004年)
図1 産業別国有企業の売り上げに占める比重(2004年)
(注)網掛け部分は独占から競争状態への移行期にある産業であり、これらの産業において生産能力の過剰が発生しやすい。
(出所)『中国統計年鑑2005』(中国統計出版社)より作成

まず、国有企業の独占または寡占状態にある業種では、生産能力の過剰よりも、モノ不足が常態である。計画経済の時代には、価格が政府の統制によって低く抑えられたために、ほとんどの財に対する需要が供給を上回り、消費財を含めて、資源配分は配給制や行列といった非市場的手段に頼らざるを得なかった。市場経済が定着しつつある今も、参入障壁が高く、独占体制が維持される業種では、国有企業は生産を控えることによって高い価格を維持しようとする上、投資を通じてシェアを拡大するという誘因が働かないため、生産能力の過剰が発生しない。

一方、競争的分野においては、需要の見通しの誤りにより、過大投資がなされ、過剰な生産能力が一時的に生じることもあるが、恒常化することはない。なぜならば、供給が需要を上回るようになると、製品価格が低下し、これにより、効率の悪い企業が倒産するという形で退場するからである。

これに対して、生産能力過剰の状態にある業種では、国有企業による独占体制が崩れつつあり、民営企業が積極的に参入しようとするという特徴が見られる。民営企業が高い利潤を狙って、新しい設備に投資し、シェアの拡大を目指している中、市場競争が激しくなり、効率の低い国有企業は売り上げが落ち込み、これまで抱えていた古い設備が過剰になってしまうのである。その上、一部の国有企業がシェアを維持しようとし、国有銀行からの融資を含む政府による支援を受けながら、投資の拡大で巻き返しを図ることも、生産能力の過剰に拍車をかけている。

その典型は、鉄鋼産業である。民営企業の参入により、鉄鋼市場に占める国有企業のシェアは約5割にまで低下している。競争が激化するにつれて、生産能力の過剰も顕在化するようになった。国家発展改革委員会の馬凱主任によると、鉄鋼の生産能力はすでに需要(3.7億トン、2005年実績)を1.0億トン上回っており、さらに現在建設中の工場の生産能力は7000万トン、建設予定の工場の生産能力は8000万トンに達しているという。

民営企業の参入の時期が業種によってばらつきが見られていることを反映して、生産能力の過剰が発生している業種も時代とともに変わってきた。例えば、改革開放当初の1980年代には、家電産業において「価格戦争」が繰り広げられ、投資が製品に対する需要を上回るペースで伸び、生産能力が過剰になった時期があった。その後、効率の悪い企業が淘汰される形で、低価格でも品質の良い製品を提供できる企業に限って生き残ったのである。

生産能力の過剰は、資源の無駄使いを意味するだけでなく、デフレの要因にもなりかねない。問題の深刻さを重く見た政府は、すでに一部の業種に対する新規投資への規制強化を中心とする対策を採っている。しかし、過剰生産能力は、計画経済から市場経済への移行の途中で現れた現象であると理解すれば、政府が採るべき政策は、高いハードルを設けて民営企業の参入を阻止するのではなく、民営化などを通じて、効率の悪い国有企業を退場させることであろう。その一環として、民営企業が新たな設備に投資する代わりに、M&Aなどを通じて、現存の国有企業の設備の活用を促すべきである。

2006年6月28日掲載

脚注
  • ^ 周其仁、「産能過剰的原因」(『経済観察報』2005年12月10日)、「再論産能過剰」(『経済観察報』2006年1月16日)参照。
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2006年6月28日掲載