中国経済新論:実事求是

スマイルカーブは誰に微笑んでいるか?
― 豊作貧乏の罠に陥った中国 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国は「世界の工場」と呼ばれるようになったが、その「競争力」を持つ分野は加工や組み立てといった労働集約型工程に限られている。製品を研究開発から消費者の手に届けるまでの各工程の付加価値を表すスマイルカーブに沿って言えば、中国が持っている強みはその「アゴ」にあたる部分にある。付加価値の高いサプライ・チェーンにおける川上(研究開発、主要部品の生産)と川下(販売、アフターサービス)とは対照的に、中流に当たる組み立ては各工程の中でも最も付加価値の小さい工程である上、競争が激しくなる中で益々儲からなくなっている。これを反映して、「スマイルカーブ」の勾配が時代とともに急になっている(図)。

2003年、中国の輸出が4000億ドルを超え、その55%が加工貿易に分類される。「両頭在外」という表現に象徴されるように、加工貿易は川上と川下は海外に大きく依存する。実際に、「メイド・イン・チャイナ」というラベルが貼られているパソコンの付加価値を一つ一つの部品毎に調べると、CPUはアメリカのインテル、マザーボードやディスプレイが台湾製、ハードディスクはアメリカ製といったように中国で製造されたものは一つもない(表)。一方、その最終製品の多くは外国のブランドで先進国市場に輸出されている。衣料品といったローテク分野でさえ、最も付加価値の高いデザインや意匠、販売といった分野には中国は関与できず、ユニクロ製品などに見られるように、中国は服飾の縫製などに特化している。ユニクロの各店舗において1000円で販売されているフリースのうち、中国でつけた付加価値が100円程度である。

その上、「モジュール化」という技術革新や「メガ・コンペティション」という世界の政治経済情勢の変化によってスマイルカーブのアゴの部分における競争が激しくなり、カーブの勾配はさらに急なものへと変貌したのである。かつて、日本がまだNIE(新興工業国)だった60~70年代では、基本的に製品が「先進工業国」で一貫生産されていたため、労働集約的な工程であってもある程度高い賃金を払わなければならなかった。しかし、その後、産業内の各工程を一定の固まりに整理・分割するモジュール化の進展によって付加価値の低い生産工程のみを発展途上国に委託できるようになったことで、中間工程におけるうまみが少なくなった。また、冷戦の終焉や経済のグローバル化に伴って、労働集約的な製造工程の担い手が中国に限らず、東ヨーロッパの旧社会主義圏の国々や、ASEAN諸国、中南米といった発展途上国に広がった結果、中間工程における付加価値が低下してしまったのである。

その一方で、日本など先進国は、途上国へのアウトソーシングを通じて製造工程の費用を安く抑えながら、付加価値の最も高いスマイルカーブの両端の川上と川下の工程に特化するようになった。また、スマイルカーブの勾配が急になった結果、自国の技術を途上国の労働力と交換する時の相対価格である交易条件も益々有利になってきた。このことは、逆に中国を始めとする発展途上国にとって、交易条件の悪化、ひいては実質所得の低下を意味する。

農業において、作物が採れすぎたために価格が下がり、農家の収入がかえって少なくなることを「豊作貧乏」というが、現在の中国では、工業部門において、輸出を増やせば増やすほど、製品の値段が下がっていくという意味で、同じような現象が起こっていると言える。実際、中国が四半世紀にわたって9%という高成長を遂げてきたにもかかわらず、労働者の平均月給は現時点でも100ドル前後に留まっていることからも、その果実が十分に国民に行き渡っていないことが伺われる。中国は、豊作貧乏の罠から脱出するためには、賃金上昇を抑える農村部の余剰労働力を解消しながら、スマイルカーブの両端を強化する形で産業の高度化を図らなければならない。

図 時代と共に変化するスマイルカーブの形
図 時代と共に変化するスマイルカーブの形
表 中国製パソコンの付加価値の内訳
表 中国製パソコンの付加価値の内訳
(注)ローカル・ブランド。中国での小売価格10,400元(日本円で約15万円)。
(出所)2002年4月、現地インタビューによる。

2004年1月16日掲載

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