中国経済新論:実事求是

高水準の外貨準備が意味するもの
― 中国は資金過剰の国になったか ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国の外貨準備の増加傾向は、今年に入ってからも続いており、3月末には3160億ドルに達した。しかし、このコラムでも、繰り返して強調しているように、外貨準備は国民の貯蓄の一つの形態に過ぎず、その機会費用を考えれば、それ以上の外貨準備の増加は手放しで喜べることではない。特に、中国にとって貴重な資源である資金が、潤沢な資金を持つ先進国へと流れてしまうことの合理性については疑問を呈さざるを得ない。「外貨準備が多ければ多いほどいいものではない」という私の観点に対して、中国国家統計局の邱曉華副局長(2002年12月16日付『中国経済時報』)に続き、中国人民銀行貨幣政策委員会委員の李揚氏が真っ向から反論している(『中国新聞週刊』、2003月5月9日)。

中でも、李氏は、中国は資金が不足している国ではないという主張を全面的に打ち出している。その根拠として、銀行部門において預金が貸出を大幅に上回っており、国内の資金がより高金利を求めて海外へ流出していることを挙げている。その上、外貨準備は主にリスクが低い安全資産である外国の債券に投資しているが、昨年の収益率の実績が5%と高く、これだけの良い投資対象は国内にはなかなかないという。しかし、このような論拠は、あくまでも中国の資金が有効に利用されていないことを示しているだけで、資金が余っていることを意味するものではない。

そもそも、中国は資金が不足している国であるという点に関しては疑う余地が全くない。中国の著名な経済学者である樊綱氏が指摘しているように、中国の一人当たり資本ストックは米国の3.65%に留まっており、それにもかかわらず資本の収益率が中国よりも米国の方が高くなっているのは、中国の資本が効率の低い国有部門に偏在しているためである(注)。国有部門への融資は銀行の不良債権の根本的原因ともなっており、そこへ投資するよりは米国債で運用したほうが望ましいと言えなくもない。しかし、非国有部門に目を転じると、米国債より有利な投資対象はいくらでもある。残念ながら、中国国内の民営企業は銀行融資や資本市場における資金調達の面で差別を受けており、その資金需要が必ずしも十分に実現されてはいない。

これに対して、世界中の多国籍企業が競って中国に進出し、中国の成長に伴う投資機会を積極的に捉えようとしている。その一方で、官僚の不正蓄財をはじめ中国からの資本逃避が頻繁に行われており、その上に外貨準備の運用という形での公的資金の流出が加わる。このように、国民の貯蓄が安い金利で諸外国に融資され、この資金が外国の企業の直接投資という形で中国に戻り、高い収益を上げているのである。

さらに、外貨準備の収益率がこれまで高かったからといってこれからも高いという保証は全くない。昨年の米国国債の金利が10年物で4.6%、3カ月ものなら1.6%に留まっているのに、中国の外貨準備の収益率が5%にも達したことは、一見優秀な成績に見える。しかし、これは、運用が上手かったからであるより、単に運がよく為替レートと金利の変動が有利に働いたに過ぎない。すなわち、中国の外貨準備はドルの他に、ユーロと円といった主要通貨でも運用されているため、昨年のように、ユーロと円がドルに対して上昇すると、ドルで見て評価益が生じるのである。例えば、外貨準備のうち、ユーロのシェアが20%だとすれば、10%のユーロ高は外貨準備の収益率を2%ポイント高めることになる。その上、世界規模にわたる金利の低下も運用対象となる債券に評価益をもたらしている。しかし、逆にドル高と金利上昇の局面になれば、評価損を通じて収益率を落とすこともありうることも、当局としては覚悟しておかなければならない。

中国国民の貴重な貯蓄が、銀行を通じて効率の悪い国有企業に、また、資本逃避と外貨準備の運用を通じて米国をはじめとする先進諸国に低金利で融資され続けていることは、中国にとって決して望ましいことではない。貯蓄が有効に利用されるためにも、また民営企業の活力を活かすためにも、一刻も早く四大国有銀行を中心とする金融システムの仲介機能の改善を通じて、国内投資の効率を高めなければならない。

2003年6月6日掲載

脚注
  • ^ 「中国における財産性生産要素の配分と所得分配に関する実証研究」、『中華工商時報』、2003年1月30日より引用
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2003年6月6日掲載