中国経済新論:実事求是

「和平演変」を目指す「三つの代表論」

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

改革開放以来、中国は経済面では市場経済の道を歩みながら政治面では共産党の一党独裁を維持してきた。この間、国民生活が豊かになったことは紛れもない事実だが、これは実質上社会主義を放棄した結果であることについて、もはや論争の余地はない。一方、経済が発展するにつれて、社会の価値観と利益が多様化し、階級闘争を標榜する従来の共産主義というイデオロギーも求心力を失っている。このような新しい政治・経済・社会の環境の中で、共産党が一党独裁を維持するために、新たな正当性を求めざるを得なくなっている。

経済の面では、92年の鄧小平の南巡講話を経て、市場経済が全面的に導入されるようになった。93年には「計画経済、国営企業、人民公社」という表現が憲法から削除され、中国経済はもはや社会主義ではないという段階に入っている。市場経済を始めとする資本主義的要素の導入を正当化したのは、鄧小平が提唱した「三つの有利論」であった。即ち、あるものごとが社会主義か資本主義かを判断する基準は生産力の発展、総合国力の強化、人民生活水準の向上に有利であるかどうかであり、もし有利であれば、社会主義と見なすという理論である。これは「白い猫でも、黒い猫でも、ねずみを取るのがよい猫だ」という「白猫黒猫論」に象徴される鄧小平流の現実路線の好例に他ならない。

三つの有利論は市場経済の導入といった経済の面において威力を発揮してきたが、政治の面ではその力がまだ及んでいない。市場経済が発達すると、資本家が増え、この新興社会勢力の支持なしには共産党の政権維持が難しくなってきた。これを背景に、江沢民総書記は、2001年7月の建党80周年記念講話においてついに資本家の入党を公式に容認するようになった。それを正当化したのは彼自身が2000年2月に広東省を視察した際、重要講話として発表された「三つの代表」論である。

三つの代表論は、共産党が先進的生産力、先進的な文化、さらには最も広範な人民の利益を代表すると主張する。本来、共産党はマルクス主義の教条に従えば、プロレタリアを代表しなければならないのに、全民政党を唱える三つの代表論は、これを大きく離脱するものである。中国共産党が本当に全民政党になれば、もはや共産党ではないということを考えると、「三つの代表論」は決して小手先の改革ではなく、共産党を根本から変える可能性を潜めている。

これまで、中国は米国をはじめとする西側諸国による「和平演変」(平和的手段で中国の社会主義体制を転覆すること)を恐れてきた。三つの代表論は、和平演変論と同様、共産党の変質を目指すものではないかという批判もあろう。しかし、政治改革なくして経済改革なしといった現状では、鄧小平の「三つの有利論」を基準に判断すれば、「三つの代表論」はもとより、「和平演変論」も社会主義と矛盾しないかもしれない。

2002年8月23日掲載

2002年8月23日掲載