中国経済新論:実事求是

「最適規模」を超えた中国の外貨準備

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国では、世界経済の回復とWTO加盟を背景に、輸出と直接投資の流入が拡大している。これを反映して、経常収支と資本収支の黒字が拡大しており、当局は外貨準備の増大と為替の切り上げというトレードオフに直面している。

中国は公式的に管理変動制を採用していることになっているが、中央銀行が公表する対ドルレートは日々の動きがほとんどなく、人民元が実質上ドルペッグされていることになっている(注)。現在のように、人民元が割安の水準に設定されると、ドルの供給が需要を上回ることになり、当局がその余ったドルを「介入」という形で吸い上げる結果、外貨準備が増えるのである。これに対して、完全な変動為替制度であれば、当局が市場に介入せず、その結果、外貨準備が増える代わりに、人民元がドルに対して上昇することになる。

外貨準備が通貨の安定を維持する手段として必要であることについて異議はないが、その保有に伴うコストを併せて考えると、多ければ多いほどいいということにはならない。確かに、アジア通貨危機当時、中国は豊富な外貨準備を持っていたおかげで、人民元の大幅な切り下げを回避できた。しかし、発展途上国としての中国は、海外から資金を調達するとリスク・プレミアムがつけられ高い金利を負担しなければならないのに、流動性が高く、「安全資産」と見なされる米国のTB(財務省証券)で外貨準備を運用すると2%未満の低収益率しか得られない。この金利面における「逆イールド」という現象は、中国が外貨準備を貯めれば貯めるほど損することを意味する。しかも、低所得国である中国から高所得国であるアメリカに所得が移転されてしまうのである。本来、こうした資金は米国へ融資するのではなく、収益率のもっと高い国内投資に活かされるべきであることを考えれば、外貨準備を保有する機会費用が非常に高いことが分かる。

外貨準備の「最適規模」を考えるときには、調達コストと運用コストの金利差に加え、輸入量や、短期債務の規模、資金移動の自由度などがカギとなる。現在2300億ドルを上回る中国の外貨準備の水準は、輸入(年間2435億ドル、2001年実績)のほぼ1年分、短期債務(170億ドル、世界銀行による)の14倍という高水準である。中国がいまだに資本移動に対して厳しく制限していることを併せて考えると、外貨準備の規模はすでにその最適水準をはるかに超えていると見られる。外貨準備の増大と為替レートの切り上げというトレードオフにおいて、当局は前者から後者に重点をシフトすべきである。

外貨準備の急増が中国の国力の上昇を象徴するものであると思い込んでいる人もいるが、本当に強い国は、外貨準備をあまり必要としない。覇権国である米国の場合、外貨準備は中国の四分の一に当たるわずか565億ドル(2002年3月現在、米国輸入の0.5カ月分相当)しかない。ドルが基軸通貨であることを反映して、米国は平時では自分の通貨であるドルで借金することができ、緊急時では連銀がドル札を刷って最後の貸し手の役割を果たすことができるからである。

一方、中国が米国政府に対してたくさん債権を持つことは、対米外交の交渉力を高める手段として使えるのではないか、という議論もある。しかし、中国の経済規模がいまだ米国の一割程度であることを考えると、中国の立場は弱く、米国政府への融資が逆に人質としてとられてしまうことさえ考えられる。こうした政治的考慮からも、外貨準備を減らしながら、その運用先として、ドル以外の通貨に分散すべきである。

2002年6月14日掲載

脚注
  • ^ 為替制度は、外貨管理制度と為替レートの決定メカニズムからなる。中国は96年12月に、国際収支の赤字対策などを理由に為替取引を制限しないことを約束するIMF(国際通貨基金)協定第八条を受け入れることになった。これを契機に、輸出入を始めとする経常取引に関して大幅な自由化が行われたが、資本取引に関しては、いまだ厳しく制限されている。現行の外貨管理制度では、一部外貨預金という形での保有を除けば、すべての外貨収入は原則として、政府指定の外為銀行で決済(人民元と交換)しなければならない。その代わりに、輸入などの経常取引に関しては、証明書類さえ提出すれば、必要に応じて外貨を自由に銀行から購入できる。銀行間の為替市場が外貨取引の場になっているが、人民元の対ドルレートはいまだ中央銀行が決めることになっており、これは銀行の対顧客レートの基準にもなる。
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2002年6月14日掲載