中国経済新論:中国の産業と企業

難局に差し掛かる中国における民営企業の発展
― 急がれる公平な競争環境の構築 ―

関志雄
経済産業研究所

中国では、鄧小平氏の主導による改革開放政策が始まってから、今年(2018年)で40年になる。この40年間において、中国は計画経済から市場経済に移行する過程にあった。ゼロから出発した民営企業、ひいてはそれによって構成される民営経済は、市場化の波に乗り、売上高や雇用などの面において、国有企業を上回る存在になってきた(図1)。しかし、ここに来て、民営企業の経営不振が目立ってきており、これまで政府が進めてきた市場化路線に逆行する「国進民退」(国有企業のシェアの拡大・民営企業のシェアの縮小)の動きが懸念されている。これに対して、中国政府は、資金面を中心に民営企業を支援する政策を相次いで打ち出しているが、民営企業の健全な発展のためには、国有企業と公平に競争できる市場環境の構築を急がなければならない。

図1 国有企業を上回った民営企業の売上高と従業員数
図1 国有企業を上回った民営企業の売上高と従業員数
(注1)国有企業は、統計の分類では(国有資本の出資比率が非国有資本より高い)国有支配企業。
(注2)売上高の2018年の計数は1-10月の累計。従業員数は年平均。
(出所)CEICデータベース(原データは国家統計局)より筆者作成

1.懸念される「国進民退」の進行

民営企業は「所有制」の違いによる差別を受け、市場競争において不利な立場にある。最近の経済環境の悪化も加わり、その多くは苦境に陥っている。これを機に民営企業が衰退し、「国進民退」が加速するという懸念が高まっている。

1)苦境に陥った民営企業

長い間、民営企業は国有企業と比べて次の面において、差別的待遇を受けてきた。まず、一部の分野は、国有企業によって独占され、民営企業にとって参入障壁が極めて高い。また、国有企業は赤字補填など、政府から財政・金融支援を受けるが、民営企業はその恩恵を受けていない。さらに、国有企業は安いコストで、土地や資金などの生産要素を入手できるのに対して、民営企業はより高いコストを負担しなければならない。最後に、現行の法制度では民営企業の財産権に対する保護は、国有企業の財産権に対する保護より弱い。法の執行に関しても、国有企業と民営企業の扱いは平等ではない。

これらの従来のハンディに加え、民営企業は次のような不利な経済環境の変化にも直面している。

まず、原材料などの生産財価格上昇に伴って、生産コストが高騰している。2016年以降、過剰設備の削減を中心とする供給側構造改革の結果、石炭や鉄鋼など、川上と川中産業の製品(生産財)価格が上昇しているが、景気減速で最終需要が弱まる中で、その上昇分は川下の製品(消費財)価格に転嫁できていない(図2)。中国の産業配置の特徴の一つとして、川上と川中産業における国有企業のウェイトが高いのに対して、川下産業では民営企業のウェイトが高いことが挙げられる。このため、生産財価格の上昇を受けて、国有企業は売上げ(名目ベース)や業績が改善している一方で、民営企業は逆に、生産コストが上昇し、業績が悪化している。

図2 生産者物価指数の推移
-生産財VS消費財-
図2 生産者物価指数の推移-生産財VS消費財-
(出所)CEICデータベース(原データは中国国家統計局)より筆者作成

次に、過剰生産能力の解消と環境保護の規制を受けて、多くの民営企業は新しい基準を満たすことができず、生産規模の縮小や倒産を余儀なくされている。

そして、金融危機を防ぐべく、すでに高水準に達している企業の債務を抑えるために、政府は緊縮的金融政策を採っており、またシャドー・バンキングへの規制も強化している。信用度の低い中小民営企業は真っ先にその影響を受け、資金調達が困難になってきている。

これを受けて、工業部門において、付加価値の伸び率や、利潤における国有企業と民営企業の逆転現象が起こっており、「国進民退」という傾向が鮮明になってきた(図3)。

図3 逆転した工業部門における国有企業と民営企業の付加価値と利潤
図3 逆転した工業部門における国有企業と民営企業の付加価値と利潤
(注1) 国有企業は、統計の分類では(国有資本の出資比率が非国有資本より高い)国有支配企業。
(注2) 2018年の計数は1-10月の累計。
(出所)CEICデータベース(原データは国家統計局)より筆者作成

2)沸騰する民営企業退場論

こうした中で、2018年9月に、民営企業を巡る二人の「小平」の言論が話題を呼んだ。

2018年9月11日に「金融通」を自称する呉小平氏は「中国では民営経済はすでに公有制経済の発展を手助けするという役割を終えており、徐々に退場すべきだ」という文章を発表した(『今日頭条』サイト)。その中で、呉氏は、民営経済は盲目的に拡大し続けてはならず、国有経済と融合した、より大規模な公私混合制経済が今後の経済社会の主役になるだろうと主張した。

同じ日に、人力資源・社会保障部の邱小平副部長は、傳化集団という民営企業において開催された「全国民営企業民主管理会議」で、民営企業が従業員の主体的地位を堅持し、従業員にも企業管理に参加してもらい、企業発展の成果を共有してもらうべきであり、これを実現するために、共産党の指導の強化が必要であると強調した(「民営企業における民主管理を全面的かつ深く推進し、調和の取れた労働関係を構築せよ」人力資源・社会保障部サイト、2018年9月13日)。この発言は、政府が民営企業の経営に関与し、1950年代に民営企業の国有化への第一歩となった公私合営を再び進めようとするシグナルであると、一部の人に受け止められた。

米中貿易戦争が繰り広げられ、中国経済が減速圧力にさらされ、大きく強い国有企業を育てることが国策となった今、無名の二人の「小平」の主張は、改革開放の総設計師とされる鄧小平氏が確立した市場化改革路線に逆行する「国進民退」を支持する論調として大いに注目された。

2.流れを変えようとする習近平総書記主宰の「民営企業座談会」

沸騰する民営企業退場論に対して、政府系メディアに加え、指導部も火消しに躍起になっている。その決定版は、2018年11月1日に習近平総書記が自ら主宰した「民営企業座談会」における演説である。その中で、習近平氏は、中国における民営経済の重要性と役割を高く評価し、民営経済の発展が直面する困難と問題を確認した上で、減税、負担軽減、資金調達難の解決など、六つの面から民営経済を支援する方針を提示した。

1)高く評価された民営経済の役割

習近平氏は、改革開放以来の40年にわたって小から大、弱から強へと変化を遂げた民営経済を、中国の発展推進にとって無くてはならない力であると、次のように高く評価している。まず、民営経済には「5・6・7・8・9」という特徴がある。すなわち、租税に対する貢献度が50%を超え、国内総生産(GDP)に対する寄与率が60%を超え、技術革新の成果の70%以上を占め、都市部労働者の雇用の80%以上を支え、企業数の90%以上を占めている。また、民営経済は、起業と就業の主要な分野、技術革新の重要な主体、国の重要な税収源になり、社会主義市場経済の発展、政府機能の転換、農村の余剰労働力の吸収、国際市場の開拓などで重要な役割を果たしている。

習近平氏は、最近話題になった民営経済を巡る議論についても言及し、次のような意見を述べた。すなわち、一時期から、民営経済を否定し、これに疑問を呈する世論が一部でみられる。例えば、ある人はいわゆる「民営経済退場論」を提起し、民営経済はすでにその使命を終えており、歴史の舞台から退場すべきだと述べている。またある人はいわゆる「新公私合営論」を提起し、現在の混合所有制改革を新たな「公私合営」に向けた動きだと曲解している。さらに、企業における党建設と労働組合活動を強化するのは民営企業をコントロールするためだという主張がある。これらの考えは完全に間違っており、党の大きな政治方針に合致しない。中国の民営経済は「大きく強くなるべきで、弱くなってはならない」、「退場」どころか、より広い舞台で活躍すべきだ、という。

習近平氏は民営企業と民営企業家が「我々の仲間である」とした上、「中国の経済社会発展における非公有制経済の地位と役割は変わっていない」、「非公有制経済の発展を奨励・支持・リードする方針と政策は変わっていない」、「非公有制経済の発展のために良好な環境を作り、より多くのチャンスを作る方針と政策は変わっていない」ことを強調した。

2)認知された民営経済の発展を妨げる要因

現在、民営企業が直面している困難と問題について、習近平氏は、①国際経済環境が変化した結果、②中国経済が高速成長段階から質の高い発展の段階に移行した結果、③一部の民営企業自身による粗放経営の結果、であることに加え、④政策の実施が行き届いていない結果であるとまとめた。

特に、近年、中国政府は民営経済の発展を支持する政策措置を多く打ち出しているが、そのうちしっかり実施されていないものも少なくなく、効果が現れていない。一部の官庁と地方政府は、民営企業の発展を奨励・支持・リードするという党と国の大きな政治方針に対する認識が不十分であるため、財産権の保護、市場への参加、生産要素の使用における平等という目標と現実の間には、依然として大きな差がある。

例えば、金融リスクの解消と予防のために、一部の金融機関が民営企業に対し、融資を渋ったり、断ったりし、さらには期日前の返済を求めたり、融資を停止したりして、企業に流動性問題や業務停止をもたらしている。また、「営業税から増値税への移行」(流通税政策の一環として、サービスに適用される営業税を物品に適用される増値税に一本化すること)に当たり、ルールが徹底されなかったために、本来の意図に反して、一部の小規模・零細企業の税負担はむしろ増えてしまった。

3)提示された民営企業への支援策

習近平氏は六つの面の政策措置に取り組み、民営経済のためにより良い環境をつくり、困難の解決をサポートし、改革と発展を支援すると表明した。

①企業の税・費用の負担の軽減
供給側構造改革を通じてコストを削減するプロジェクトにしっかり取り組み、企業の負担を実質的に軽減しなければならない。減税の度合いを拡大し、増値税などの実質的減税を推進し、簡潔明瞭なやり方で、企業の満足度を高めなければならない。また、小規模・零細企業、ハイテクスタートアップ企業に対して、免税措置を採るべきである。さらに、企業の社会保険料負担も引き下げるべきである。

②民営企業の資金調達難、調達コスト高の問題の解決
銀行の業績審査基準に民営経済の発展支援を取り入れ、貸し渋りという問題を解決しなければならない。金融市場参入を拡大して民営企業の資金調達先を広げ、民営銀行、小口貸付企業、ベンチャーキャピタル、株式・債券などに資金調達先としての役割を発揮させなければならない。また、株式を担保に借金し、株価の急落で困難に陥っている民営企業に対し、特別な措置を実施して支援し、企業の所有権移転(身売り)などの問題を回避しなければならない。さらに、地方政府に対して、経済構造の最適化・高度化に貢献でき、将来性のある民営企業に必要な財政支援を行うように指導する。

③公平な競争環境の構築
各種の「シャッター」(門前払い)、「ガラスの扉」(見えない障害)、「回転ドア」(たらい回し)を打破し、市場参入、審査認可、経営、入札などの面で、民営企業のために公平な競争環境をつくりださなければならない。また、民営企業が国有企業の改革に参加するよう奨励しなければならない。さらに、産業政策を差別的で選択的なものから包括的で機能的なものに転換し、公平性、開放性、透明性のある市場ルールに反する政策を整理し、反独占、反不正競争の法的執行を推進しなければならない。

④政策の実行方法の改善
政策の協調性を強め、政策措置を細分化、数量化し、関連する付帯措置を策定し、諸政策が実際に細部まで実施されるよう促し、民営企業が政策によってより大きな満足感を得られるようにしなければならない。また、過剰生産能力の解消、デレバレッジについては、各種所有制企業に対し同じ基準を適用する。安全監督、環境保護などの分野における政策の実行は、個別の状況を考慮し、画一的に対処してはならない。

⑤親しみやすく清廉な新型政府・企業関係の構築
親しみやすく清廉な新しいタイプの政府・企業関係を構築し、民営企業の発展支援を重要課題とする。口約束やスローガンにとどまらずに、民営企業の発展と民営企業家の成長により多くの時間と力を注がなければならない。各関係官庁と地方の主要な責任者は民営企業からの訴えに常に耳を傾け、特に民営企業が困難と問題に遭遇した場合、積極的に動き、困難の解決を助けなければならない。国有企業と民営企業、特に中小企業の困難克服、革新への取り組みに対する支持と指導を、幹部業績の評価項目に組み入れなければならない。

⑥企業家の人身と財産の安全の保護強化
規律検査・監察機関は職責を履行する中で、企業経営者の調査協力が必要になった場合、問題をはっきりさせるだけでなく、経営者の人身と財産の合法的な権益を守り、企業の合法的経営を保障しなければならない。過去に何らかの不正行為のあった一部の民営企業については、罪刑法定主義と疑わしきは罰せずの原則にしたがって処理し、企業家が精神的な重荷を下ろし、身軽になって前進できるようにしなければならない。

3.急がれる「競争中立性原則」に基づく制度改革

民営企業が直面している困難を解消するために、すでに金融当局は、①与信確保の支援、②社債による調達の支援、③株式による調達の支援という「三本の矢」を放っている(「中国人民銀行総裁:三本の矢で民営企業の資金調達ルートを拡大」、新華網、2018年11月6日)。具体的に、与信確保の支援については、中国人民銀行の商業銀行に対するマクロ・プルーデンス評価システム(MPA)に民営企業向け与信拡大を新たな評価項目として加えるとともに、中国人民銀行の金融機関向け再貸出・再割引枠を拡大した。また、社債による調達の支援では、10月22日に開催された国務院常務会議において、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)など、民営企業の債券による資金調達を支援する仕組みの導入が決定された。さらに、株式による調達の支援では、中国人民銀行は私募ファンドや証券会社、銀行系アセットマネジメント会社などによるベンチャーキャピタルの設立を後押しする。

しかし、これらは対症療法に過ぎず、問題を根治するためには公平な競争環境の構築という制度改革を急がなければならない。その際に、OECDが提唱する「競争中立性原則」が一つの参考になろう。

競争中立性原則に従えば、国有、民営、外資といった異なる所有制の企業に対し、政府は同じ扱いをし、中立性を保たなければならない。これは、「国はさまざまな所有制経済の財産権と合法的利益を保護し、さまざまの所有制経済が法に基づいて生産要素を平等に使用し、公にかつ公平公正に市場競争に参加し、法律による保護を同等に受けることを保証する。」(中国共産党第18期中央委員会第三回全体会議における「改革全面深化の若干の重大な問題に関する党中央の決定」、2013年11月12日)という中国の既定方針とも一致している。

民営企業や外資企業が抱いている懸念を払拭すべく、2018年10月14日に中国人民銀行の易綱総裁がG30国際銀行業セミナーにおいて、また同11月6日に国家市場監督管理総局の張茅局長が上海で行われた第一回輸入博覧会での演説において、政府が競争中立性原則を取り入れることについて前向きな発言をしている。

競争中立性原則は、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)などの国際通商交渉の場における公平な貿易と投資を実現するためのルール作りにおいても重視されている。中国にとって、これを、市場化改革を進める際のキーコンセプトとして活かすことは、民営企業の発展のためだけでなく、進行中の対米貿易摩擦の解消にも役に立つであろう。

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2018年12月28日掲載