中国経済新論:世界の中の中国

人民元問題を巡る米中の攻防
― 急がれる「完全変動相場制」への移行 ―

関志雄
経済産業研究所

米国の大統領選挙戦中に、ドナルド・トランプ候補は、中国が人民元の対ドルレートを不当に低水準に抑えているとして、中国を「為替操作国」として認定し、対抗措置として中国からの輸入品に45%もの関税をかけるという政策綱領を掲げた。その後のトランプ政権の誕生により、人民元問題を中心に米中間の貿易摩擦の激化が懸念されている。中国は、米国の圧力をかわすために、原則として為替市場に介入しない人民元の「完全変動相場制」への移行を急がなければならない。

攻める米国

新政権下の米国の人民元問題に関するスタンスは、4月14日に発表された、トランプ氏が大統領に就任してから初となる財務省の2017年上半期の「米国の主要貿易相手国の外国為替政策に関する報告書」(以下では「為替報告書」)からうかがうことができる。その中で、中国は「為替操作国」の認定を免れたが、前々回(2016年4月)と前回(同年10月)に続き、「監視リスト」に入ったままである。

米国は、「1988年包括通商・競争力法」に基づき、主要貿易国に対し、半年ごとに、国際経済と為替政策の評価を行い、対米通商を有利にすることを目的に為替介入し、為替レートを不当に操作している国に対して議会が「為替操作国」と認定する。米国政府は「為替操作国」に認定された国と協議を行い、その是正を求めなければならない。

2016年2月に成立した「2015年貿易円滑化及び権利行使に関する法律」は、
①巨額の対米貿易黒字、
②大幅な経常収支黒字、
③外国為替市場での持続的かつ一方的な介入、
という三項目からなる「為替操作国」の認定基準を定めている。

これを受けて、同年4月29日に米財務省が発表した「為替報告書」では、初めてこの三項目を、
①対米貿易黒字(財のみ、サービスを含まない)が200億ドル以上、
②経常収支黒字の対GDP比が3%以上、
③外国為替市場での持続的かつ一方的な介入が繰り返し実施され、過去12カ月間の介入総額がGDPの2%以上、
と定量化した。

米国政府は、この三項目すべてに該当する国を「為替操作国」として認定し、交渉を通じて是正を促す。1年経っても改善が見られない場合には、米国の海外民間投資公社による新規融資などの禁止、連邦政府の当該国からの財・サービスの調達・契約締結の禁止といった制裁ができるとしている。

この三項目の中の二項目に該当する国は、「監視リスト」に入り、監視を強める対象として指定される。「監視リスト」が初めて公表された2016年4月の「為替報告書」では、中国、ドイツ、日本、韓国、台湾の5カ国・地域が対象となり、同年10月の「為替報告書」では、スイスも加わった。監視対象と指定された国は、このリストから外されるために、「二期連続で二項目に該当しない」という条件を満たさなければならない。

中国は、2016年4月には、①対米貿易黒字が200億ドル以上と、②経常収支黒字の対GDP比が3%以上という二項目に該当したため、「監視リスト」に入り、2016年10月には、①対米貿易黒字が200億ドル以上という一項目しか該当しなくなったが、「二期連続で二項目に該当しない」という条件をまだ満たしていなかったため、「監視リスト」から外されることが見送られたのである。

2017年4月の「為替報告書」では、新たに「米国の貿易赤字に占める巨大かつ不相応のシェアを有する国」であれば、これまでの認定基準となる三項目の中の二項目に該当しなくても、「監視リスト」の対象となるという「4つ目の項目」が設けられた。これは明らかに、中国をターゲットとするものである。これまでの三項目からなる基準に従えば、中国は、前回に続き今回も一項目しか該当せず、「二期連続で二項目に該当しない」という条件を満たしており、本来、「監視リスト」から外されるはずだった。しかし、新たに加えられた「4つ目の項目」に該当すると判定されたため、日本、ドイツ、韓国、スイス、台湾とともに「監視リスト」にとどまることとなったのである(表1)。

表1:「為替操作国」の認定基準
-「監視リスト」入りした対象国・地域の該当状況(2017 年上半期)-
対米財貿易赤字
(億ドル)
経常収支
(対GDP比、%)
為替介入
純外貨購入額
(対GDP比、%)
持続的かつ一方的介入
為替操作国の認定基準 200億ドル以上 3%以上 2%以上 過去12ヶ月のうち8ヶ月
中国 3,470 1.8 -3.9 ×
日本 689 3.8 0.0 ×
ドイツ 649 8.3 - ×
韓国 277 7.0 -0.5 ×
スイス 137 10.7 10.0
台湾 133 13.4 1.8
(注1)計数は直近の4 四半期を対象とし、網掛け部分は基準を超えた項目を示す。
(注2)中国と台湾はそれぞれ一項目しか該当していないが、中国は「米国の貿易赤字に占める巨大かつ不相応のシェアを有する国」と判定され、台湾は「二期連続で二項目に該当しない」という条件をまだ満たしていないため、「監視リスト」から外されることが見送られた。
(出所)U.S. Department of the Treasury, Office of International Affairs, "Foreign Exchange Policies of Major Trading Partners of the United States," April 14, 2017 より筆者作成

人民元を巡る中国経済の現状と政府の対応について、今回の「為替報告書」は、経常収支黒字が縮小していることと、過去3年間に中国が人民元の下落を阻止するために外貨準備を使って人民元を買い支えてきたことを評価しながらも、次の問題点を指摘している。

まず、中国は巨額かつ持続的な対米貿易黒字を抱えており、2016年には3,470億ドルに達している(米国側の統計による)。これは他の国と比べてはるかに大きく、ピークだった2015年と比べて5%程度しか減っていない(図1)。

図1 米国の相手国別財貿易収支の推移
図1 米国の相手国別財貿易収支の推移
(出所)U.S. Census Bureauより筆者作成

また、中国は、財とサービスの輸入に対して多くの障壁を設けている。その上、外資による投資も制限しており、これにより、外国の投資家が不利益を被っている。

さらに、中国は持続的で巨額、かつ一方的な為替介入を行った長い歴史があり、ほぼ10年間にわたって人民元の上昇を抑え続けていた。それゆえに、元々大幅に過小評価された為替レートが是正されるには長い時間がかかってしまった。これによってもたらされた世界通商システムの歪みは、米国の労働者や企業に重大かつ長期にわたる困難を強いていたという。

これらの問題の解決に向けて、「為替報告書」は中国に対して、①為替レートの切り下げを、競争力を維持する手段として使わず、特に人民元が再び上昇圧力に晒されるときには元売り介入をせず、元高を容認する、②為替政策と外貨準備の運用における操作と目標の透明性を高める、③消費拡大を目指し、米国の商品とサービスに対して更なる市場開放を実施することを求めている。

守る中国

圧力を緩めない米国に対して、中国政府は、①人民元レートの市場化改革が進んでいる、②人民元はもはや過小評価されていない、③当局による為替市場への介入は、市場の安定化のために必要なもので、競争力の向上を目指した為替レート操作に当たらないと反論している(中国商務部「中米経済貿易関係に関する研究報告書」、2017年5月25日)。

まず、中国は為替制度改革を行ってから、市場化した人民元レートの決定メカニズムの整備に力を入れ、人民元が大幅に上昇した。2005年7月から、中国は市場の需給に基づき、通貨バスケットを参考しながらレートを決定する「管理変動相場制」に移行した。2013年11月の中国共産党第18期中央委員会第3回全体会議(三中全会)で採択された「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」は、市場化した人民元レートの決定メカニズムの整備、金利の自由化の加速、人民元の資本勘定における交換性の早期実現を政策目標として明記している。2015年以降、中国人民銀行は市場の需給に基づき、通貨バスケットを参考にしながら為替レートを調整するメカニズムをさらに強化した。具体的に、2015年8月11日に、人民元の対ドル中間レートの形成メカニズムを一層改善し、市場需給の役割を強調した。2015年12月11日に、人民元の対通貨バスケットの安定を保つよう、人民元指数を発表し、通貨バスケットを参考する度合いを高めた。現在、当局が発表し、取引のベンチマークとなる人民元の対ドル中間レートは、「前日終値+通貨バスケット調整」方式に基づいて設定されている。

次に、人民元はもはや過小評価されていない。2005年7月から2016年12月まで、人民元の実質実効為替レートが47%も上昇した。対ドルで見ると、為替制度改革が行われる前の2005年7月に、1ドルは8.28人民元だったが、2014年1月に6.09元になり、35.84%の元高となった。ここ2年、FRBの利上げの影響で、ドル高が進み、市場需給の変化を反映して、元安になっているが、急激な元安は見られなかった。しかも、ドル高を背景に、世界の主要通貨の対ドルレートは軒並み安くなっており、人民元の下落幅はむしろ小さいほうだった。国際決済銀行(BIS)が計算した2017年2月末の人民元の実質実効為替レートと名目実効為替レートは、2014年上半期末と比べてそれぞれ7.48%と5.72%上昇した。2005年に為替制度改革が始まってから、人民元の対ドルレートは約20%上がった(図2)。全体から見れば、人民元レートは上昇傾向を辿っており、中国の国際収支も均衡に向かっている。2016年に中国における経常収支の対GDP比は1.9%と、国際的に公認される許容範囲内に収まっている。

図2 「管理変動相場制」に移行してからの人民元レートの推移
図2 「管理変動相場制」に移行してからの人民元レートの推移
(出所)CEICデータベース(原データは名目実効為替レートと実質実効為替レートがBIS、人民元の対ドルレートが中国外貨取引センター)より筆者作成

国際通貨基金(IMF)は、現在の人民元レートが中国経済のファンダメンタルズに合っており、人民元はもはや「過小評価されなくなった」と判断している。米国の「為替操作国」の認定基準に照らしても、中国が該当しているのは「対米貿易黒字が200億ドル以上」の一項目だけである。それゆえに、米財務省は2017年上半期の「為替報告書」において、中国が為替レート操作を行っていないという認識を示している。

さらに、中国の中央銀行による為替市場への介入は、為替レート操作に当たらない。2015年以降、国際金融市場の変動、特にFRBの利上げによる影響で、中国は資本の流出と元安に直面するようになった。これらに対し、中国は市場化した人民元レートの決定メカニズムの整備を通じて、人民元の柔軟性を高める対策を採っていた。人民元レートのオーバーシューティングや激しい短期的変動を防ぐために、中央銀行は必要に応じて、市場にドルを提供した。しかし、その目的は国際収支の効果的調整を妨害することでも、輸出を刺激することでも、人民元レートの絶対的水準を制御し市場要因に基づく正常な為替調整を妨げることでもない。実際には、中国は為替介入を通じて金融市場を安定させたが、競争優位性を得ることなく、却って大量な外貨準備を使ってしまった。中国が為替レートの柔軟性と安定性のバランスを保つ努力をしたおかげで、人民元レートの無秩序な調整によるマイナスの波及効果や主要通貨の間の切り下げ競争は避けられた。このことは、米国を含めた国際社会にとって有利である。

中国は為替レートの切り下げ競争には参加しない。人民元の対通貨バスケットの安定を確保すると同時に、人民元の対ドルレートの上下双方向変動の柔軟性を高めていく。これは中国だけではなく、世界にも有利である。中国経済のファンダメンタルズは良好で、元安が長期にわたって進む素地がない。人民元は不安定期を経て、徐々に新たな均衡点に達するだろうという。

一石二鳥の策としての「完全変動相場制」への移行

確かに中国側が主張しているように2005年に「管理変動相場制」へ移行してから、為替レートの柔軟化と市場化に向けた為替制度改革がある程度進んでいるが、そのペースは極めて遅いと言わざるを得ない。現行の「管理変動相場制」において、人民元レートは、「変動」よりも、当局によって「管理」されている側面が強く、このことは、米国側の不満を招いている。しかし、為替制度改革の最終目標が、原則として当局が為替市場への介入をせず、為替レートの決定を市場に委ねるという「完全変動相場制」への移行である点について、米中双方の意見はむしろ一致している。資本移動の活発化など、人民元を巡る最近の環境変化を踏まえれば、その早期実現は、米国のためだけではなく、中国自身のためでもある。

「国際金融のトリレンマ説」によると、どの国においても、「自由な資本移動」「独立した金融政策」「固定為替レート」という三つの目標を同時に達成することはできない(表2)。中国は、長い間、実質上のドルペッグである固定為替レートを維持しながら、資本取引を制限する(「自由な資本移動」を放棄する)ことを通じて、独立した金融政策を維持しようとしてきた。しかし、資本取引が活発化するにつれて、金融政策の独立性、ひいては有効性も低下している。こうしたなかで、マクロ経済の安定のためには、変動相場制への移行(固定為替レートを放棄する)という選択肢しか残されていない。

表2 国際金融のトリレンマ説
自由な資本移動 独立した金融政策 固定為替レート
資本規制 × 人民元改革前の中国
通貨同盟 × 香港、ユーロ圏内
変動相場制 × 日本、オーストラリア
管理変動相場制 現在の中国
(出所)筆者作成

中国が採用している現行の「管理変動相場制」の下では、為替レートを、中間レートを中心に所定の変動幅の範囲内に収めるために、当局が日々介入を繰り返さなければならない。このことは、ベースマネーの変動を通じてマネーサプライのコントロールを困難にし、ひいては金融政策の有効性を低下させている。「国際金融のトリレンマ説」に沿って言えば、現在の中国では、為替レートは完全ではないがある程度の変動が認められており、また、資本移動も完全ではないがある程度自由になっているという「中間的制度」が採用されている。この制度の下で、完全ではないが、金融政策のある程度の独立性と有効性が保たれている。

しかし、2014年以降の大規模な資本流出を背景に人民元の下落圧力が強まるにつれて、この中間的制度の限界が露呈している。当局は当初、為替レートの安定を維持しようとして、外貨準備(ドル)を売って人民元を買い支える為替介入を行った。その結果、外貨準備は2014年6月のピーク時の3.99兆ドルから2017年1月の3.00兆ドルに急減した。こうした中で、2016年後半から、当局は、資本規制を強化した。これを受けて資本流出が鈍り、外貨準備も下げ止まったが、送金の手続きが煩雑になるなど、企業の正常なビジネス活動に支障が生じている。

為替介入と資本規制を通じて為替レートを安定させようとする政策の限界が明らかになった今、当局は残りの選択肢である人民元の「完全変動相場制」への移行を急ぐべきである。これは、中国当局による為替市場への介入が為替レート操作に当たるという米国の批判をかわす最も有効な手段でもある。

2017年7月10日掲載