中国経済新論:中国の経済改革

「権威筋」が語る「新常態」下の経済政策
― 主軸は「景気対策」から「供給側改革」へ ―

関志雄
経済産業研究所

中国経済は近年、「新常態」への移行を象徴するように、従来と比べて成長率が大幅に低下している。これが需要不足よりも、労働力不足などの供給側の制約により潜在成長率が大幅に低下していることによるものであるという認識に立って、指導部は経済政策の軸を景気対策から供給側改革にシフトさせている。その基本的考え方について、2016年5月9日の『人民日報』の一面に掲載された「今年の第1四半期の情勢を踏まえてトレンドについて伺う――権威筋が語る当面の中国経済」と題する長いインタビューにおいて、次のように説明されている。

まず、「権威筋」は、景気対策の必要性を明確に否定している。具体的に、労働力総量が年々減少し、産業構造が改善している中で、たとえ大幅な下振れが生じても、雇用は全体的安定を維持できる。そもそも、中国経済は潜在力が十分で、柔軟性も高いため、刺激策を採らなくても、成長速度がそれほど落ちることはないだろう。むしろ、ばらまきをカンフル剤として使うことは避けるべきである。なぜなら、これによる効果はあくまでも一時的なもので、経済がやがてどんどん悪化してしまう恐れがあるからである。特に、貨幣供給の拡大による経済成長刺激の限界的効果が逓減する中、一層の金融緩和を通じて経済成長の加速をはかり、分母(GDP)を拡大することを通じてレバレッジ(債務の対GDP比)を下げることができるという幻想は捨てなければならない。レバレッジをうまくコントロールできなければ、金融危機が起きかねない。株式市場と為替市場、不動産市場に関しても、それぞれに定められた機能と位置付けへと立ち返り、各自の発展の法則を尊重し、成長を維持する手段として安易に用いてはいけないという(注1)。

その上、「権威筋」は、「供給側の構造改革の推進は、現在と今後しばらくの中国の経済政策の主軸である。長期的に見れば、我々が『中所得国の罠』を乗り越えるための『生命線』であり、負けることの許されない戦争でもある」と強調している。具体的に、マクロ経済の健全な発展を促すには、供給側、需要側どちらの手も共に打つが、段階によって、その重点と度合いには違いがある。当面、主要な矛盾が供給側にあり、供給側の構造改革の強化を主な取り組みの方向としなければならない。需要側は、主要な問題点を解決するための環境を整える役割を担っている。投資の拡張は適度に行うべきだが、度を越してはならず、決して出しゃばって、主と従をはき違えてはならないという。

供給側改革の主要な任務として、2015年12月に開催された中央経済工作会議において、①過剰生産能力の解消、②レバレッジの解消、③不動産市場の在庫整理、④コスト削減、⑤弱点分野の補強の5項目が挙げられたが、今回の「権威筋」のインタビューでも再確認されている(表1)。

表1 供給側改革の五大任務
①過剰生産能力の解消 各地は、具体的な任務と目標を明確にし、環境保護・エネルギー消費・品質・基準・安全などの各種の参入条件を高め、制度建設や法執行を強化する。「ゾンビ企業」の処理を進め、補助を断つべきものは断ち、融資を断つべきものは断ち、「点滴」や「人工呼吸器」のようなものでの延命はきっぱりとやめなければならない。
②レバレッジの解消 マクロ面ではばらまきをせず、ミクロ面では「金融機関による損失補填を通じた金融商品の元本保証」を秩序正しく打破し、違法な資金調達などの状況を法にのっとって処理し、市場の秩序を確実に正す。
③不動産市場の在庫整理 戸籍制度改革の取り組みを強化し、出稼ぎ労働者の都市移住のための財政・租税・土地といった関連制度を構築・整備する。
④コスト削減 全体的な税負担を引き下げ、不合理な費用徴収を撤廃し、行政による審査認可の対象を減らす。
⑤弱点分野の補強 貧困撲滅の取り組みをより照準の絞られたものとし、科学技術の革新とエコ文明の建設をしっかりと進め、インフラ建設の資金調達と運用にかかわる体制・メカニズムを完備させる。
(出所)「今年の第1四半期の情勢を踏まえてトレンドについて伺う――権威筋が語る当面の中国経済」、『人民日報』、2016年5月9日付より筆者作成。

内外のメディアでは、今回の『人民日報』で登場する「権威筋」は習近平総書記に最も信頼される経済政策のブレインである中央財経指導小組弁公室主任・国家発展改革委員会副主任の劉鶴氏とその周辺とされ、インタビュー記事は、総書記の主張を伝えたものであると推測されている(「中国指導部、経済巡り溝 金融・財政政策食い違い」、『日本経済新聞』、2016年5月23日付)。その中で、「権威筋」は、政府(=国務院)の政策運営と中国経済の現状への不満も示していることから、暗に李克強首相を批判しているのではないか、という憶測も飛び交っている。

「権威筋」によると、中国経済が直面している固有の矛盾はまだ根本的に解決されておらず、いくつかの新しい問題も露呈された。「安定」の基礎は依然として「古いやり方」、すなわち投資による牽引に頼っており、一部の地域では財政収支均衡の重圧が大きく、経済リスク発生の確率が上昇している。特に民間企業の投資が大幅に低下しており、不動産バブル、過剰生産能力、不良債権、地方債務、株式市場、外為市場、債券市場、違法な資金調達などリスクを抱えた分野が増えている。市場化があまり進んでおらず、産業がローエンドで、構造の単一的な一部の地域では、経済の下落圧力が増大し、雇用問題が突出し、社会問題が激化している。総合的に判断して、中国経済は今後、「U字型」ではなく、まして「V字型」でもなく、「L字型」の発展をたどると見られる。この「L字型」は一つの段階をなすもので、1年や2年で終わるものではないという。

「権威筋」の批判に応じたかのように、2016年5月16日に、国務院の管轄下にある中国政府公式サイトに「我が国は経済の比較的好スタートを実現した」と題する論文が掲載された(注2)。同論文は、「安定成長が続いている」「経済の構造が改善している」「国民生活が向上している」ことを示す根拠を挙げながら、政府が度を超えた刺激策を採っていないと説明しているが、景気対策の正当性を主張したり、供給側改革を批判したりはしていない。政府を代表する李克強首相側が党を代表する習近平総書記側への歩み寄りを見せることで、指導部において、経済政策をめぐる対立が解消され、「景気対策よりも供給側改革を優先すべきだ」というコンセンサスができたと見られる。

これに対して、成長の低迷が続く中で、余永定・中国社会科学院の世界経済・政治研究所研究員(前所長)や、林毅夫・北京大学教授(世界銀行前チーフエコノミスト)をはじめ、一部の著名な経済学者は、成長率の低下が主に需要の後退によるものであると分析し、インフラ投資を中心に大型景気対策を発動すべきだと訴えている(「中国経済はどうすべきか? 彼らの声に耳を傾ける価値がある」、「観察者サイト」、2016年6月4日)。しかし、需要の拡大を目指すこのような政策は、「権威筋」が指摘しているように、労働力不足に特徴付けられる「新常態」に入った中国経済にとって必要性が疑わしく、副作用が大きい上、指導部の方針にも明らかに反していることから、実現される可能性が極めて低いと言わざるを得ない。

脚注
  1. ^ 具体的に、株式市場については、市場の資金調達の機能の回復と投資者の権益の十分な保護に立脚し、市場メカニズムの調節効果を十分に発揮し、株式発行や市場撤退、取引などの基礎的な制度の建設を強化し、市場の監督管理を強化し、情報公開の質を高め、インサイダー取引や株価操作などの行為を厳しく取り締まる必要がある。また、為替市場については、金融政策の独立性の向上と国際収支の自動調節機能の発揮に立脚し、為替レートの基本的な安定を保持すると同時に、市場の需給を土台とし双方向に変動する柔軟性を持った為替レート形成メカニズムを作り上げる必要がある。そして、住宅は人が住むためにあるという位置付けからあまり外れるようなことがあってはならない。不動産市場の在庫整理は、都市の人口を増やすことを通じて行うべきで、レバレッジを高めることを通じて行うべきではない。中央政府がマクロ・コントロールを行い、地方政府が主体となる差別化されたコントロール政策を徐々に完備させなければならないという。
  2. ^ 政府の公式サイトに掲載されたこの論文は、『人民日報』から転載されたものである(郭同欣、「我が国は経済の安定的推移、構造の改善、国民生活の向上という比較的好スタートを実現した」、2016年5月16日)。「郭同欣」(中国語では「国統新」と同じ発音)という署名から判断して中国国家統計局新聞スポークスマンがまとめたものだと思われている。
関連記事

2016年7月7日掲載