中国経済新論:中国の経済改革

本格化する過剰生産能力の解消への取り組み
― 参考となる日本の経験と教訓 ―

関志雄
経済産業研究所

中国では、鉄鋼と石炭をはじめ、一部の業種において、生産能力の過剰が顕著になってきた。その背景には、需要の低迷に加え、歪められた価格体系や政府による市場への介入といった構造要因によってもたらされた過剰投資もある。多くの企業が過剰生産能力(=過剰設備)を抱えていることは、資源の有効な配分と投資の拡大による景気回復の妨げとなっている上、デフレと企業債務の増大にも拍車をかけている。

中国政府は、これまでも過剰生産能力の削減に取り組んできたが、その場しのぎの対策にとどまった上、実施の段階で骨抜きにされることもしばしばであったため、所期の効果を上げるに至っていない。これに対して習近平政権になってから、政府は、過剰生産能力をもたらした制度的要因とゾンビ企業(生産性や収益性が低く本来市場から退出すべきであるにもかかわらず、債権者や政府からの支援により事業を継続している企業)にもメスを入れる方針を打ち出しており、問題の解決を急いでいる。中国がゾンビ企業を処理するに当たり、1990年代のバブル崩壊後の日本の経験は一つの参考になろう。

過剰生産能力の現状と課題

中国では、鉄鋼、電解アルミ、セメント、製油、板ガラス、紙・板紙など、一部の産業において、設備の稼働率が低下しており、生産能力の過剰は顕著である(表1)。

表1 一部の産業における過剰生産能力の現状
2008年 2014年(注2)
生産能力 生産量 稼働率(注1) 生産能力 生産量 稼働率
鉄鋼 6.44億トン 5.12億トン 80% 11.40億トン 8.13億トン 71%
電解アルミ 1,810万トン 1,320万トン 78% 3,810万トン 2,890万トン 76%
セメント 18.7億トン 14.2億トン 76% 31億トン 22.5億トン 73%
製油 3.91億トン/年 3.14億トン/年 80% 6.86億トン/年 4.56億トン/年 66%
板ガラス 6.5億重量箱(注3) 5.74億重量箱 88% 10.46億重量箱 8.31億重量箱 79%
紙・板紙 8,900万トン 8,000万トン 90% 1.29億トン 1.08億トン 84%
(注1)稼働率=生産量/生産能力
(注2)電解アルミは2015 年の数字。
(注3)1重量箱:厚さ2mm、比重2.5の板ガラス10 平方メートルの重量(約50kg)に相当。
(出所)European Union Chamber of Commerce in China, "Overcapacity in China: An Impediment to the Party's Reform Agenda", 2016/2/22 より作成

生産能力が過剰になる原因は、循環的要因と構造的要因がある。一般的に、循環的要因による過剰はそれほど深刻ではなく、短期間、小範囲にとどまるが、構造的要因による過剰は、体制の不備によるもので、長期間、広範囲、深刻といった特徴を持ち、弊害も大きい。中国における過剰生産能力の拡大は、循環的要因によるものもあるが、主に構造的要因によるものである。

まず、歪められた価格体系が、投資の過剰、ひいては生産能力の過剰をもたらしている。市場経済化は財・サービス市場が先行する形で進められ、生産要素市場においては政府による介入が多く、需給を反映した価格メカニズムが十分に働いていない。特に、企業に提供される土地と資金の取得コストが市場の均衡水準以下に抑えられているため、投資の収益性が高くなっている。その上、国有企業の場合、赤字になっても債務の減免などの形で政府に補填してもらえるというソフトな予算制約も、過剰投資を助長している。

また、地方幹部の人事評価は依然として「経済成長」を基準としているため、多くの地方政府はGDPへの寄与の大きい産業を積極的に支援してきた。雇用への配慮も加わり、一部の産業において、生産能力が過剰になっても、政府の意向を受けた国有企業は、リストラを避けようとしている。

さらに、2008年のリーマンショックを受けて、4兆元に上る景気刺激政策が実施され、それによって投資ブームが誘発されたが、当時形成された生産能力は、その後の成長率の低下とともに過剰になってしまった。特に、今回の成長率の低下は、需要不足による循環的なものではなく、供給側の制約によって潜在成長率が低下し、成長エンジンが「投資から消費へ」、「工業からサービス業へ」と転換していることを反映するものであることを考えれば、景気が回復しても過剰生産能力の解消が見込めない。

過剰生産能力は、中国経済に多くの問題をもたらしている。

まず、過剰生産能力を抱えている企業は、設備の稼働率が低いだけでなく、従業員も過剰になっている場合が多く、資源が有効に利用されていない。

また、これらの企業は、主業務収入と利潤がともに落ち込んでいる(図1)。それゆえに、投資には消極的で、投資の低迷は景気回復の妨げとなっている。

図1 工業企業の主業務収入と利潤の推移
― 全体 Vs. 過剰生産能力を抱える業種 ―
図1 工業企業の主業務収入と利潤の推移
(注)2016 年は1-2 月のみ
(出所)CEIC データベース(原データは国家統計局)より作成

さらに、過剰生産能力を抱える企業の負債率が高まっている(図2)。これらの企業が債務不履行に陥った場合、その影響は、取引先であるサプライチェーンの川上と川下の企業や、銀行をはじめとする金融機関などを通じて拡大し、最終的に金融危機を招きかねない。

図2 工業企業の資産負債率の推移
― 全体 Vs. 過剰生産能力を抱える業種 ―
図2 工業企業の資産負債率の推移
(出所)CEIC データベース(原データは国家統計局)より作成

そして、生産者物価指数(PPI)が2011年9月をピークに下落傾向を辿っており、価格の持続的低下傾向は、特に鉄鋼や石炭など、一部の過剰生産能力を抱える産業において顕著である(図3)。デフレの進行は、債務を抱える企業にとって、実質ベースで見た返済負担が増え続けることを意味する。

図3 中国における生産者物価(PPI)の推移
― 全体 Vs. 過剰生産能力を抱える業種 ―
図3 中国における生産者物価(PPI)の推移
(出所)CEIC データベース(原データは中国国家統計局)より作成

最後に、鉄鋼をはじめ、過剰生産能力を抱えている一部の産業は、輸出ドライブをかけている。その結果、諸外国との価格競争が激しくなり、貿易摩擦もエスカレートしている。

これらの問題を解決するために、過剰生産能力の解消が急務となっている。

政府による政策対応

中国政府は、早い段階から、過剰生産能力の解消の必要性を認識していたが、本格的に対策を打ち出すようになったのは、習近平政権になってからである。2013年10月16日に国務院が「深刻な生産能力過剰という矛盾の解消に関する指導意見」を発表し、その中で、生産能力の過剰が深刻になっている業種として、鉄鋼、セメント、アルミ、板ガラス、船舶の五つを挙げている。また、問題を解決するために、次の8項目の主要任務を提示した。

  • ① 新たな生産能力の非理性的拡張の抑制
  • ② 規則に違反して建設された生産能力の整理
  • ③ 旧型生産能力の淘汰
  • ④ 産業再編の促進
  • ⑤ 国内需要の開拓
  • ⑥ 海外市場の開拓
  • ⑦ 企業のイノベーション能力の向上
  • ⑧ 政府と市場に関する制度改革

これを踏まえて、国家発展改革委員会は次の5つの分野について対策を発表している(国家発展改革委員会・李朴民秘書長「マクロ経済運営に関する2016年第1回目の記者会見」での発言、2016年1月12日)。

1)マクロ調整と市場の監督管理を強化する。

過剰生産能力が深刻になっている産業については、新規の生産能力増強を禁止する。市場メカニズムを活用し、①(需要の拡大による)消化、②(海外を含む他地域への)移転、③(企業の)整理統合、④(企業の倒産・清算などによる)選別淘汰という4つのプロセスに基づき、過剰生産能力の解消を急ぐ。制度改革に加え、深刻な生産能力過剰問題の解消に向けた長期的に有効なメカニズムを構築、産業のモデル転換と高度化を推進する。

2)市場メカニズムの活用を一段と重視し、経済政策手段、法治主義に基づく手法により生産能力過剰を解消する。

環境保護、省エネルギー、品質管理、安全対策などの関連法規の遵守を徹底する。これとともに、レバレッジ活用などの経済政策手段を組み合わせ、市場メカニズムを活用した方法で生産能力過剰の解消を図る。

3)政策強化により生産能力の自主的な削減を促す。

現実に即した有効な奨励策を講じ、余力のある企業に対して複数の手段を通じた自主的な生産能力圧縮を促す。まず、市場と企業自身の情況に応じて発展戦略を見直し、過剰生産能力を自主的に削減する。第二に、業界や地域、所有制度を跨いだスリム化、合併再編を実施し、部分的な生産能力削減を行う。第三に、大都市などの鉄鋼メーカーはモデル転換やスリム化などを行い郊外への移転を進め、都市の環境汚染問題の解消を図る。最後に、「一帯一路」戦略の実施に伴い、他国との提携を通じ、生産能力の海外移転を促す。

4)良好な市場環境を整備する。

政府の行動について指針を定め、市場への不当な介入や一部の企業に対する特別な扱いを禁止し、公平な競争ができる市場環境を整備する。合併再編、生産能力削減に伴う債務処理や従業員の再就職支援などについて、法的手段により問題解決を図るよう意識を高める。法に基づき、債権者、債務者、企業労働者の合法的な権益を守る。社会保障政策、従業員の再就職支援などを適切に進め、社会の安定を維持する。

5)鉄鋼、石炭などの産業を中心に、過剰生産能力の削減を目指す。

一定の時間をかけて問題解決を進めるとともに、中央政府は特別会計を組んで、地方政府と企業に対して補助金を交付し、労働者の再就職支援などに充てる。

これらの方針は、2016年3月5日に李克強首相が全国人民代表大会で行った「政府活動報告」において、次のように再確認されている。

「鉄鋼・石炭など経営の困難な業種の過剰生産能力の解消に重点的に取り組み、市場の作用による優勝劣敗、企業の主体としての位置付け、地方による段取り、中央による支援という方針を堅持し、経済・法律・技術・環境保護・品質・安全管理などの手段を運用して、生産能力の新規拡大を厳しく抑え、旧型生産能力を断固廃棄し、過剰生産能力を秩序立てて解消する。合併・再編、債務再編または破産清算などの措置により、ゾンビ企業に積極的かつ適切に対処する。財政支援策・金融支援策などを充実させ、中央財政は計1,000億元の特別奨励・補助資金を拠出し、過剰生産能力の解消に取り組む企業の従業員の再配置・再就職支援に重点的に充てることとする。」

再配置・再就職の対象となる従業員の数は、石炭の130万人や鉄鋼の50万人をはじめ、数百万人に上ると予想される(人力資源・社会保障部・尹蔚民部長、国務院新聞弁工室主催「就業と社会保障をテーマとする記者会見」、2016年2月29日)。

過剰生産能力の解消を目指すこれらの対策の中で、「合併・再編、債務再編または破産清算などの措置により、ゾンビ企業に積極的かつ適切に対処する」ことは、企業の救済に重点を置いた従来の政策からの大きな方針転換を意味する。2016年2月に、造船業界の国有大手である江蘇舜天船舶が法律に則って破産手続きに入ったことに象徴されるように、ゾンビ企業を淘汰するプロセスは既に始まっている。

日本におけるゾンビ企業処理の経験と教訓

ゾンビ企業の処理は、中国にとって過剰生産能力の解消のカギとなる、それに当たり、バブル崩壊後の日本の経験は一つの参考になろう。

現在の中国と同じように、1990年代の日本は、バブルの崩壊を受けて、成長率が大幅に落ち込み、これを背景に企業部門が抱える過剰設備、過剰債務、過剰雇用からなる「三つの過剰」が深刻化した。当初、政府は、これを需要の変動といった循環的要因によるものとして捉え、公共投資を中心に度重なる財政出動を通じて景気の回復を目指した。また、雇用維持のために、ゾンビ企業を含む経営困難に陥った一部の企業を支援した。その結果、過剰となった設備と債務の削減も進まなかった(星岳雄、アニル・K・ カシャップ『何が日本の経済成長を止めたのか―再生への処方箋』、日本経済新聞出版社、2013年)。

しかし、日本にとってゾンビ企業を存続させるために支払った代価はあまりにも大きかった。ゾンビ企業の存在によって、最終的には銀行が抱える不良債権は一層膨らんでしまった。また、健全な企業は不公平な競争を強いられることになり、産業(そして経済全体)の生産性は低下してしまった。さらに、人材がゾンビ企業に閉じ込められたことで、新しい企業にいい人材が集まらなくなってしまった。

日本が本格的にゾンビ企業対策に取り組むようになったのは、小泉政権が誕生した2001年以降のことだった。同政権は、経済政策の軸足を、従来の景気対策から構造改革に改めた。中でも、銀行の不良債権の処理を加速させるとともに、新たに設立した産業再生機構などを通じて過大な債務を負っていながら有用な経営資源を有する企業の再生を目指した。

この一連の政策が功を奏する形で、それまでゾンビ企業と見なされていた一部の企業の業績が回復に向かった。しかし、企業業績の改善は、債権者による債務の減免に加え、賃金や人員削減といったコスト・カットなど、「後ろ向きの改革」によるところが大きく、競争力のあるセクターの生産性を高める「前向きの改革」は逆に「少なすぎて遅すぎる」ものとなってしまった。コスト・カットは、一時的に企業の利潤を回復させ、不良債権問題を解決する上では有効であったが、すぐには成果が出にくい研究開発部門がリストラの対象になることがしばしばであったため、日本企業の技術面の優位性が逆に失われてしまった。また、2000年代以降、企業間の値引き競争が激化する中で、賃金の引き下げを伴うデフレが1990年代より深刻となってしまった(福田慎一『「失われた20年」を超えて』、NTT出版、2015年)。

日本のこの経験から得られる教訓は、まず、過剰設備をはじめとする「三つの過剰」が循環的要因によるものではなく、構造要因によるものである場合、需要側の対策よりも供給側対策が求められる。また、需要の変化に合わせて産業間の資源移動をよりスムーズに行うためには、競争力を失った企業を速やかに市場から退出させなければならない。さらに、企業を再生させるためには、コストの削減だけではなく、生産性の上昇につながる研究開発にも力を入れなければならないということである。

「三つの過剰」とそれに伴うゾンビ企業の存在は、1990年代に、日本が「失われた10年」に陥った一因であると考えられている。当時の日本と比べて、中国は、潜在成長率が依然として高く、日本の経験を活かしながら、真剣に構造改革に取り組めば、長期低迷に陥ることが避けられるだろう。

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2016年4月15日掲載