中国経済新論:中国の産業と企業

「製造強国」を目指す「メイド・イン・チャイナ2025」計画

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

「製造強国」を目指すべく、中国政府(国務院)は、2015年5月19日に、今後10年における製造業の発展のロードマップを示した「メイド・イン・チャイナ2025」(中国語は「中国製造2025」)計画を発表した。その中には、製造業のイノベーション能力の向上や情報化と工業化の高度な融合の推進をはじめとする九つの戦略任務と、次世代情報技術、高度なデジタル制御の工作機械とロボット、航空・宇宙設備などからなる十の重点分野が盛り込まれている。

「メイド・イン・チャイナ2025」計画策定の背景

製造業を巡る内外環境が急激に変化していることを背景に、中国は、新たな工業発展戦略へと転換する必要性に迫られている。

世界経済を見渡すと、まず、次世代の情報技術と製造業技術の融合は、新しい生産様式、産業形態、ビジネスモデルを創り出すなど、産業の大きな変革をもたらしている。これは、中国に産業の高度化とイノベーションの絶好のチャンスを与えている。また、先進国は相次いで、「再工業化」戦略を実施し、製造業イノベーションを強化し、製造業での競争において新たな優位性を作り上げている。それと同時に、一部の発展途上国も積極的に世界の産業再編に参加し、新たな優位性を築こうとしている。先進国と途上国の間に挟まれている中国は、厳しい競争を強いられている。

中国に目を転じると、工業化、情報化、都市化、農業の現代化が同時に前進している。このことは、内需拡大をもたらし、製造業に幅広い発展の可能性を与えている。その一方で、中国の経済発展が「新常態」に入り、製造業は新しい挑戦に直面している。資源と環境による制約が厳しくなってきている上、労働などの生産要素のコストが上昇し、投資と輸出の伸びが鈍化している。資源や生産要素の投入を頼りに、規模の拡張をし続けてきた粗放型の発展パターンは継続できなくなっており、構造改革、発展パターンの転換、産業の高度化、品質と効率の向上が急務になっている。

「メイド・イン・チャイナ2025」計画の概要

「メイド・イン・チャイナ2025」計画は、「五つの基本方針」と「四つの基本原則」を掲げ、「三段階戦略」により、製造強国に向けた戦略目標の実現を図るとしている。

「五つの基本方針」とは、イノベーション駆動、品質優先、グリーン(環境保全型)発展、構造の最適化、人材本位のことである。

「四つの基本原則」とは、「市場主導・政府誘導」、「現実立脚・長期視野」、「全体推進・重点突破」、「自主発展・協力開放」のことである。

「三段階戦略」とは、第一段階:2025年までに製造強国に邁進する、第二段階:2035年までに中国の製造業を世界の製造強国陣営において中堅水準にまで高める、第三段階:新中国成立100周年(2049年)に際し製造業大国の地位をより一層固めつつ、総合力で世界の製造強国のトップに立つ、ことである。

製造強国に向けた戦略目標の実現に向け、「メイド・イン・チャイナ2025」計画は「九つの戦略任務」を示している。

  1. 製造業のイノベーション能力の向上
    市場指向で、企業を主体に、政府・大学・産業による研究と応用が融合した製造業イノベーション体制を整備する。産業チェーンに合わせてイノベーションチェーンを整備し、イノベーションチェーンに合わせて資源を配置する。コア技術研究を強化し、研究成果の産業化を促す。
  2. 情報化と工業化の高度な融合の推進
    次世代情報技術と製造技術の融合を発展させ、知能化製造に重点を置く。知能化設備と知能化商品の開発に注力する。生産プロセスの知能化を推し進め、新型生産システムを開発し、企業の研究開発・生産・管理・サービスの知能化レベルを引き上げる。
  3. 工業の基礎能力の強化
    コア部品、コア先進技術、コア基礎材料とコア産業技術基礎などの工業基礎能力が弱いことは、中国の製造業イノベーションの発展と品質向上を阻害する要因である。これを改めなければならない。
  4. 品質とブランドの強化
    企業による高品質の追求を奨励する。独自の知的財産権を有するブランド商品作り、企業ブランド価値と「メイド・イン・チャイナ」の全体的イメージの向上に努める。
  5. グリーン(環境保全型)製造の全面的推進
    先進省エネ技術、技能、設備の研究開発を強化し、グリーン製造を加速する。積極的に低炭素化、循環化、集約化を推進し、製造業における資源の利用効率を高める。
  6. 重点分野の飛躍的発展の推進
    戦略分野に重点を置き、社会の各分野から資源を集中させ、優位性のある産業と戦略産業の発展を加速する。具体的に、次の十の重点分野を挙げている。
    • 次世代情報技術
    • 高度なデジタル制御の工作機械とロボット
    • 航空・宇宙設備
    • 海洋エンジニアリング設備とハイテク船舶
    • 先進的な軌道交通設備
    • 省エネ・新エネ車
    • 電力設備
    • 農業機械
    • 新材料
    • 生物薬品・高性能医療機器
  7. 製造業の構造調整の推進
    伝統産業のミドル・ハイエンドへの進化を推進し、徐々に過剰生産能力を解消させる。大企業と中小企業の提携を促進し、製造業の全体配置を最適化する。
  8. サービス型製造と生産関連サービス業の推進
    製造とサービスの共同発展を強化し、ビジネスモデルのイノベーションと新しい業態の開発、生産型製造からサービス型製造への転換を促進する。
  9. 製造業の国際化レベルの向上
    国内外の資源と市場を有効に利用し、より積極的な開放戦略を実施する。外資誘致と海外進出を融合させ、新しい開放分野を開拓する。

また、「メイド・イン・チャイナ2025」計画は、政府主導の下で資源の統合を図り、次の「五つの重大プロジェクト」を実施し、製造業の発展を長年制約している応用範囲の広い基礎技術においてブレークスルーを実現し、中国の製造業全体の競争力を高めることを目指す。

  1. 国家製造業イノベーションセンターの建設
  2. 知能化製造
  3. 工業基礎能力強化
  4. グリーン製造
  5. ハイエンド設備イノベーション

こうした目標と任務の達成に向けて、2014年6月24日に、国務院は、馬凱副首相をトップとする「国家製造強国建設指導グループ」を新設すると発表した。

カギとなるイノベーション能力の向上

「メイド・イン・チャイナ2025」計画において、イノベーション能力の向上は最優先課題と位置づけられており、イノベーション(中国語は「創新」)という言葉が、100回ほど使われている。「五つの基本方針」、「九つの戦略任務」、「五つの重大プロジェクト」のいずれにおいても、イノベーションは、一番目の項目として取り上げられている。イノベーション能力を高めるために、「メイド・イン・チャイナ2025」計画では、次の方針が打ち出されている。

  1. コア技術の研究開発の強化
  2. 独創的デザイン能力の向上
  3. 科学技術の成果の産業利用の推進
  4. 国の製造業イノベーションシステムの改善
  5. 技術基準制度の整備と強化
  6. 知的財産権の運用強化

その上、開放型の後発国であり、また大きな国内市場と豊富な人材を持つ大国というイノベーションにおける中国の優位性を発揮することも重要であると思われる。

まず、中国は、先進国と比べて発展段階において後れており、後発の優位性が依然として大きく残っている。このことは、単に技術進歩の余地が大きいことだけでなく、技術を獲得するために、自らコストをかけ、リスクを負って研究開発に取り組まなくても、海外から安く導入できることを意味する。中国は対外開放を積極的に進めており、外資企業による直接投資や、ライセンシングなどを通じて海外の技術を導入し、吸収している。

また、中国は人口が多い上、他の国を大幅に上回る高成長が三十数年にわたって続いているため、市場としての魅力が増している。これを背景に、中国は外資企業からの投資を受け入れる際に、強い交渉力を持っており、「国内市場と海外の技術との交換」という産業政策を採ることができた。

さらに、大学教育の普及により、イノベーションに必要な大量の科学技術関連人材が育成されている。その上、近年、海外で学んで、高い技術を身につけた留学生の中で、中国に戻ってくる人が増えている。豊富かつ優秀な技術者は、中国におけるイノベーションの源泉であると言える。

中国がこれらの優位性を生かすことできれば、イノベーションをテコに、「メイド・イン・チャイナ2025」計画が掲げる「製造強国」という目標を実現することは、決して夢ではない。

2015年8月4日掲載

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