中国経済新論:中国の経済改革

加速する資本取引の自由化
― 求められる関連改革の同時実施 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国は、金融改革の推進に当たり、「適切な順位付け」(シークエンシング)という考え方に従って、資本取引の自由化より先に、その前提条件とされる金融システムの健全化と金融政策の有効性の向上に力を入れてきた。2012年2月に、中国人民銀行(中央銀行)は、これらの条件がそろそろ満たされるとして、資本取引の自由化を実現するまでのロードマップを提示した。11月に行われた中国共産党第18回全国代表大会の「活動報告」においても、資本取引の自由化は経済体制改革の一環として位置づけられている。

資本取引の自由化に伴うリスク

中国は、これまで資本取引の自由化に慎重な姿勢を採ってきた。その理由として、資本取引の自由化は、投資効率の向上やリスクの分散に寄与するといったメリットと比べ、マクロ経済の不安定化につながりかねないというデメリットの方が大きいと思われることが挙げられる。

実際、1997~98年のアジア通貨・金融危機が示しているように、脆弱な金融セクターを持つ途上国が国内金融システムの脆弱性に注意を払わず、資本取引の自由化を急ぐことは非常に危険である。特に、政府によって管理されてきた為替レートと金利の水準が、市場で決める均衡水準から大きく乖離している場合、資本取引が完全に自由になれば、海外から金利裁定や、為替レートの上昇などを狙った短期資金が大量に流れ込むため、バブルが発生しやすくなる。その後、何らかの理由で外資が逃げ出し、バブルが崩壊してしまうと不良債権が一気に増え、金融危機が起こる恐れがある。

整いつつある資本取引の自由化の前提条件

危機を回避するためには、資本取引の自由化を進める前に、金融システムの健全性と金融政策の有効性を高めなければならない。このシークエンシングという考え方が多くの経済学者の間で共有されている。中国当局もこの順序に従っている。

まず、金融の健全化に向けては、企業の銀行への過度の依存体質を是正するため、直接金融を通じて資金を調達できるように、資本市場のさらなる発展が必要である。また、民営化と組織改革を通じて銀行自身のコーポレート・ガバナンスの確立を急ぐ一方、借り手である国有企業の改革もスピードアップさせなければならない。そして、政府は預金保険制度を確立しながら、モラル・ハザードの問題を最小限に抑えるために、銀行の監督体制や金融システムの規制を強化しなければならない。中国では、アジア通貨危機以降、四大銀行の不良債権の処理と株式上場や、非流通株改革を経て、金融システム全般の健全性が大幅に改善した。

また、金融政策の有効性を高めるために、為替レートの変動相場制への移行と金利の自由化が欠かせない。

金融政策の有効性は、資本取引の自由度と為替制度によって大きく異なる。「国際金融のトリレンマ説」が主張しているように、どの国においても、「自由な資本移動」、「独立した金融政策」、「固定為替レート」という三つの目標を同時に達成することはできない。中国は、長い間、実質上のドルペッグである固定相場制を維持しながら、資本移動を制限する(「自由な資本移動」を放棄する)ことを通じて、独立した金融政策を維持しようとしてきた。しかし、世界貿易機関(WTO)加盟などを経て資本移動が活発化するにつれて、金融政策の独立性、ひいては有効性も低下している。こうした中で、マクロ経済の安定のためには、変動相場制への移行という選択肢しか残っていない。2005年7月に中国は「人民元改革」と称して、「管理変動相場制」に移ったことは、それに向けた大きな第一歩としてとらえることができる。現在、中国では、資本移動が完全ではないがある程度自由になっており、為替レートも完全ではないがある程度の変動が認められているという「中間的制度」の下で、完全ではないが金融政策のある程度の独立性と有効性が保たれている(図)。

図 国際金融のトリレンマ説
図 国際金融のトリレンマ説
(出所)筆者作成

金融政策の有効性を高めるために、管理変動相場制への移行に加え、金利の自由化も必要である。これまでのように金利が低水準に規制されている場合、資金に対する需要が供給を上回り、銀行は市場原理に拠らない方法で資金を割り当てなければならない。その結果、資金配分の効率が損なわれるだけでなく、投資の金利に対する敏感度も低くなっている。金利の自由化により、金利が資金を誘導する機能が強化され、投資がより敏感に金利の変動に反応するようになることで、金融政策の有効性も高まるだろう。中国における金利の自由化は、2012年の6月と7月に銀行を中心とする金融機関の貸出金利と預金金利の変動幅が拡大されたことで、大きく前進している。

資本取引の自由化に向けたロードマップを提示した人民銀行の報告書

資本取引の自由化を巡る従来の慎重論に対して、2012年2月に人民銀行調査統計局の研究チームが「我が国の資本取引の自由化を加速する条件はほぼ整った」と題する報告書(以下「報告書」)を発表し、次の内外環境の変化を根拠に、資本取引の自由化を加速すべきだと訴えている。

まず、世界的金融危機が国内企業の海外進出に絶好の機会を与えており、それを支援するためにも、資本取引の自由化は必要である。

また、資本取引の自由化は、クロスボーダー貿易取引における人民元建て決済の拡大や香港の人民元オフショア市場の育成などに資し、人民元の国際化に有利である。

さらに、資本取引の自由化は、労働集約型産業の海外への移転や、投資収益の増大による消費の拡大などを通じて、中国経済の構造調整に寄与する。

最後に、資本取引を経常取引に装うなどの不法な方法で資本規制を回避する動きが広く見られ、資本取引規制の有効性が低下している。

「報告書」は、①銀行部門のバランスシートが健全であり、②外貨準備が高水準に達しており、③対外債務、中でも短期債務の水準が低く、④不動産市場と資本市場のリスクは基本的に制御可能であるという現状認識を示している。その上で、自由化の順序として、「①資本流入が先・資本流出が後、②長期取引が先・短期取引が後、③直接投資が先・間接投資が後、④機関投資家が先・個人が後」という従来の考え方を踏襲し、資本取引の自由化に向けて、今後10年を対象に、次の3段階からなるロードマップを提示している。

(1)短期目標(1-3年):実需原則の下で直接投資に対する規制を緩和し、企業の対外投資(中国語では「走出去」)を奨励する。

(2)中期目標(3-5年):実需原則の下で貿易関連の商業融資に対する規制緩和を促し、人民元の国際化を推進する。

(3)長期目標(5-10年):金融市場の構築を強化するとともに、市場開放のステップについて、資本流入を自由化してから資本流出を自由化し、海外資本に対して不動産、株式、債券取引への投資を漸進的かつ慎重に開放する。そして、金融市場の管理方法は徐々に量的規制から価格型管理へと移行する。

長期目標が達成される段階で、投機性の強い一部の取引を対象とする規制が残されるが、これらが国家間の合理的な資本取引の障害にならないという観点から評価すると、基本的に資本取引の自由化が実現されることになるという。

「報告書」は、資本取引の自由化の前提条件とされる金融システムの健全化や、変動相場制、金利自由化などの実現を消極的に待つのではなく、相互促進の形でそれらを同時に推進すべきだと主張しており、改革の適切なシークエンシングにもちゃんと目を配っている。それゆえに、ロードマップが実施される場合、マクロ経済の安定が保たれながら、計画が実現できる可能性は高い。

資本取引の自由化とともに加速する金融の改革開放

中央銀行にとどまらず、中国共産党の指導部も資本取引の自由化を加速させる必要性を認識している。実際、11月に開催された中国共産党第18回全国代表大会の「活動報告」において、「金融体制改革を深化させ、金利と為替レート市場化改革を着実に推進し、人民元の資本項目の兌換を段階的に実現する」という方針が明記されている。

中国は、2001年のWTO加盟をテコに実体面の改革開放を進め、大きい成果を挙げた。これから資本取引の自由化をテコに金融面の改革開放を深めていけば、経済発展の新たな活力が生まれてこよう。

2012年12月4日掲載

2012年12月4日掲載