中国経済新論:中国の産業と企業

調整局面に入った住宅市場
― マクロ経済への影響は限定的 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国では、リーマン・ショック以降の金融緩和を受けて、不動産市場は、主要都市の住宅販売価格が急騰するなど、バブルの様相を呈している。その結果、マイホーム実現の夢がますます遠のいてしまう庶民の間で不満が高まっているだけでなく、住宅バブルがいっそう膨張すれば、それが崩壊するときの銀行部門やマクロ経済が受ける打撃もますます大きくなる。このような事態を避けるべく、2010年以来、中国政府は、一連の対策を発表・実施し、これを受けて、住宅市場は調整局面に入りつつある。

全面的に実施された住宅価格抑制策

今回の住宅価格抑制策は、2010年1月に国務院が発表した11項目からなる「不動産市場の安定的かつ健全な発展を促進することに関する通知」(国十一条)から始まり、4月の10項目対策(「一部の都市における不動産価格の急騰を断固として抑えることに関する通知」、国十条)、9月の5項目対策(新国五条)、そして、2011年1月の8項目対策(「不動産市場のコントロール強化への取り組みに関する通知」(新国八条)によって、段階的に強化されてきた(表1)。

表1 2010年以来の住宅価格抑制策を盛り込んだ四つの国務院通知
表1 2010年以来の住宅価格抑制策を盛り込んだ四つの国務院通知
(注)網掛け部分は融資規制と購入制限に関する政策。
(出所)中国政府の公式発表より作成

需要抑制策としては融資規制、購入制限、不動産関連税制の強化、供給拡大策としては保障性住宅の建設の加速がその主な内容となっている。実需と投資(または投機)を区別するために、需要抑制策を実施するに当たり、購入者にとって、何軒目の購入になるかによって、規定が異なる。

まず、融資規制について、住宅ローンの融資条件は、頭金の最低比率と適用される金利の水準が段階的に引き上げられてきた。具体的に、2011年12月現在、一軒目の住宅を購入する時の頭金は30%以上と定められている。二軒目の住宅になると、頭金が60%以上、適用される金利が基準の1.1倍以上となり、三軒目の住宅購入の場合、融資が全面禁止となっている。

また、住宅価格が高騰している地域では、購入制限が設けられている。具体的に、現地戸籍家庭は2軒目までの購入が認められるが、3軒目の購入が禁止されている。一方、非現地戸籍家庭の場合、一定期間以上の現地での納税証明または社会保険料支払い証明の提出のできる家庭に限って、1軒目までの購入が認められる。

さらに、税制面では、まず一種の取引税である営業税について、個人が(140平米以下などの条件を満たしている)普通住宅を購入してから5年以内に転売する場合、それまで売却収入から購入費用を引いたキャピタルゲインの部分のみが課税対象だったが、2011年1月28日以降、投機的短期売買を抑えるために、売却収入全額が課税対象となり、事実上、大幅増税となった。また、同じ時期に、上海と重慶で不動産税が実験的に導入された。これは一種の保有税に当たり、不動産を保有している間、払い続けなければならない。不動産税の具体的な規定は、上海と重慶で異なるが、課税対象となるのは、投資目的で購入した高級住宅に限定されているという点において共通している。

一方、供給拡大策としては、低所得者に賃貸もしくは販売する「保障性住宅」の建設が重点となる。「国十条」には、2010年に300万戸の保障性住宅の建設、280万戸の改築を完成し、また、「新国八条」には2011年に保障性住宅と古い住宅区の改築住宅を合わせて1000万戸を提供するという目標が打ち出されている。

ソフトランディングに向けて

これらの政策が功を奏し、これまで上昇し続けてきた住宅価格は、転機を迎えている。中国国家統計局がまとめた「70大中都市住宅販売価格」によると、前月比で見て、70大中都市の平均新築商品住宅販売価格は、2011年10月には-0.1%、11月には-0.2%と、2ヵ月連続して低下している(図1)。中でも、上海と北京の場合、11月にはいずれも-0.4%と、落ち込み幅が目立っている。

図1 新築商品住宅販売価格の推移
図1 新築商品住宅販売価格の推移
(出所)中国国家統計局より作成

また、2011年1月には、調査の対象となる70都市のうち、新築商品住宅販売価格が上昇した都市の数は60に上り、下落した都市の数は3にとどまったが、その後、住宅価格が上昇した都市の数は減る一方で、下落した都市の数が増えており、10月についに両者は逆転した(図2)。11月に価格が下落した都市の数は49に達し、上昇した都市の数は5に急減した。

図2 住宅価格の前月比変動方向別都市の数の推移
図2 住宅価格の前月比変動方向別都市の数の推移
(注)住宅価格は新築商品住宅販売価格。
(出所)中国国家統計局より作成

住宅市場が調整局面に入りつつあることを背景に、デベロッパーを中心に、住宅価格抑制策の緩和を求める声が上がっている。しかし、現段階では、住宅価格の下落幅がまだ小さく、割高感の解消には至っていないことから、政府がそれに応じる可能性は極めて低い。実際、2011年12月中旬に開催され、向こう一年間の経済政策の方針を決める中央経済工作会議では、「保障性住宅への投資・融資、建設、運営、管理業務を確実に遂行させ、都市部低所得層、新社会人、農民工らの住宅難問題を徐々に解決していく。揺るぎなく不動産価格抑制策を堅持し、住宅価格の合理的な水準への回帰を促す。一般商品住宅の建設を加速させ、有効供給も拡大させ、不動産市場の健全な発展を促進する。」というこれまでの方針が確認されている。このように、住宅価格抑制策は今後も継続されると予想され、住宅市場の調整局面は当面続くだろう。

住宅価格が急落することになれば、銀行やデベロッパー、家計などがバランスシート調整を余儀なくされ、その結果、消費と投資、ひいては景気が長期低迷に陥ることが懸念されるが、次の理由から、その可能性は小さいと見られる。まず、政府は必要に応じて住宅価格抑制策を調整することで、行き過ぎた住宅価格の下落とそれに伴う悪影響を回避することができる。また、中国では持ち家比率が依然として低く、これまでの住宅価格の高騰が消費を圧迫していたことを考えれば、住宅価格の合理的な水準への回帰は、むしろ消費の拡大につながるだろう。さらに、保障性住宅の建設の拡大も、住宅投資全体の下支えになるだろう。このように、中国の住宅市場はソフトランディングに向かっており、住宅価格の低下によるマクロ経済への影響は限定的であると見られる。

2011年12月27日掲載

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