中国経済新論:中国の経済改革

私有化で経済構造の転換を促進せよ

陳志武
イエール大学教授

湖南省生まれ。1983年中南工業大学理工学部卒業後、1986年国防科学技術大学で修士取得。1986年アメリカに留学後、7年間勉強してきたコン ピューターを捨て、経済に転向。1990年にイエール大学の金融博士号を取得。現在はアメリカイエール大学管理学院金融学の終身教授を務めている。北京大 学光華管理学院の客員教授でもある。2000年世界各国の経済学者にも認められている世界エコノミストランキングが発表された。トップ1000名のうち、 19人が中国人である。陳志武教授は202位にランクイン。専門は金融論およびマクロ経済。

所有権制度改革を一層推進することこそ、資産の蓄積を通じて民間の消費需要を拡大させ、経済成長方式の転換と経済の安定を実現するための最良の方法である。

一、はじめに

中国経済が直面する挑戦が難しいほど、産業構造と成長モデルの転換の緊急性は高くなる。これまでの大きな経済変動は、すべてひとつの基本的な問題と関係している。現在の「最も困難な一年」にあっては、各種の調整・コントロール策を採ると同時に抜本的な対策を講じなければならない。もし、引き続き資産の国有、土地の国有を主体とし、個人消費ではなく投資が経済を牽引し続けるのであれば、構造転換を実現することは難しい。

政府機能の転換、新聞・マスコミへの規制の緩和、法治の強化などは、中国産業構造の「軽量化」の必要条件である。これら基礎的な制度改革が前進しなければ、サービス業の発展も難しい。また、国有資産と土地の所有権の私有化も重要である。さもなければ、消費は増えにくくなり、投資と輸出が引き続き経済成長の主な原動力になる。現在の制度の下では、経済成長率がどれほど高くても、人々は労働所得という単一の手段でしかメリットを分かち合うことができず、資産の値上がりによる資産効果を享受することができないため、多くの消費需要を生み出すことができない。つまり、資産の国有は、根本から民間消費の伸びを抑制してしまうのである。消費需要がなければ、第三次産業の発展は難しい。

二、重工業投資を重視し、サービス業を軽視する国有経済

国有経済がサービス業を抑制し、産業構造がエネルギー消費型で環境汚染度が高い重工業に偏っていることは、中国だけに見られる現象ではない。最も早く国有制の計画経済を実施した旧ソ連の経済構造も同じである。旧ソ連の急速な発展は、建設投資に依存していた。完全な国有制の下で、旧ソ連政府は、工業を発展させるために全社会の資源を集中的に投入したため、消費財の生産はおろそかになった。また、工業の中でも、旧ソ連は軽工業ではなく、重工業を発展させた。このため、1950~60年代以降、旧ソ連では、科学技術が進歩し、軍用と生産財の供給は十分であったのに対し、消費財は常に不足な状況にあり、サービス業に至っては置き去りの状態であった。

なぜ国有計画経済は重工業を好み、サービス業を軽視するのだろうか。これについては、二つの側面から説明できる。

まず、従来の考え方の影響である。旧ソ連にしても旧東欧諸国あるいは中国にしても、国有計画経済を追い求めた当初は農業社会であったため、西側の工業国家に追い付きたいという願望が強かった。農業社会から抜け出したい人々にとって、経済発展の最優先目標はむろん衣食住など生存していく上での必需品であり、経済活動を図る基準も自ずと物質をどのくらい生産できるかということになる。生産能力の向上は、衣食の不足を解消するための具体的な方法だからである。これに対し、サービス業自身は必ずしも直接「もの」を生産しない。

しかし、工業技術が成熟して、少ない投資で大量に生産できる段階に達したとき、人類の基本的な需要は満たされやすくなり、経済発展の範囲は、金融、保険、老後の生活、医療、教育、文化など、非物質的なサービスに対する需要や、より高い次元の人生経験にまで広がり、さらに現在と将来の様々な面での物質的生活と精神的生活の安全に対する備えが含まれるようになる。衣食がぎりぎりで足りるという段階にとどまる伝統的社会では、こうしたサービスを受けるだけのゆとりはないのである。

すでに工業化が進んでいる今日の中国では、従来の考え方を変えなければならない。消費も投資の一種である。経済において最も貴重な生産要素は人的資本であり、消費は人的資本に対する投資なのである。このため、人の生活と仕事のために発展するサービス業は、人的資本への投資の具体的な形態である。

国有経済の産業構造を決定する第二の要因は、トップダウン方式の経済政策決定メカニズムである。国有制の下では、投資と消費に関する政策の決定はすべて政府官僚が掌握し、国の政治と経済目標は経済政策決定の主な要素となり、市場の需給に基づき生産と投資を決定するのではなくなる。官僚化した政策決定は、政治的な業績を優先させるだけでなく、先天的に市場における需給の変化に対し敏感でないため、現実を無視して勝手な判断で事を運ぶ状況になる。その結果、軍需プロジェクトや、業績作りのため、また政府のイメージを高めるためのプロジェクトなどが、行政の政策決定者にとって最優先のものになる。

三、構造転換の障害である国有制

計画経済期に比べると、今日の中国経済は行政計画によって完全に支配される状況ではなくなった。民営経済の割合が高まったことに加え、改革開放によってもたらされた市場競争の圧力により、国有企業といえとも完全に行政部門の支配下に置かれているのではなく、市場の需要の変化に対してある程度反応するようになった。特に国内外の株式市場に上場したことをきっかけに、国有企業の経営管理効率、市場需要への対応能力が向上した。

それでは、国有企業はもはや改革しなくてもいいのか。私有化はもはや重要でなくなったのだろうか。かつて、国有企業の私有化に関する議論は、国有企業と民営企業ではどちらの資産収益率が高く、どちらが効率的なのか、といった点に集中し、まるで国有企業の効率が民間企業の効率と同じように高ければいいという感じであった。だが、生産財と土地が国有であるか私有であるかは、企業の経営努力によって生み出される差異より遙かに大きな差をもたらすのである。

今日の中国における資産の所有権構造は、依然として重工業と輸出主導型成長モデルにとって有利であり、サービス業と内需の拡大にとって不利である。2006年の国有土地の価値の総額は約50兆元である。また、国務院国有資産監督管理委員会の李栄融主任によると、2006年末現在、国有企業は11.9万社で、1社当たり資産額が2.4億元、国有企業の資産総額が29兆元である。すなわち、2006年末現在、国有土地と国有企業の総額は合計79兆元にのぼる。2007年の中国のGDP成長率は11.4%で、土地と国有資産がGDPと同等の伸び率で増加するとすれば(一般的に資産価値の増加速度はGDP成長率より高い)、2007年の国有資産は2006年より9兆元増える計算になり、2007年末の国有の資産は88兆元に達するということになる。

民間家計の資産は、不動産、株式、金融証券、銀行預金などが含まれるが、主に都市住民が保有しており、農民は土地もなく預金も多くないため、資産が少ない。国家発展改革委員会の推計によると、2005年末の都市部住民の資産総額は20.6兆元である。過去2年間の伸び率が2005年の伸び率をやや上回る年間15%と仮定すると、2007年末の全国民の資産総額は27.6兆元となり、88兆元の国有資産と土地の三分の一にも及ばない。

このように、中国の資産は合計約115.6兆元で、そのうち、国家所有が76%に達し、民間所有分は僅か24%である。経済成長によってもたらされる資産の増分のうち、政府の割合は民間の3倍になる。このような資産構造の下では、資産の増加による個人消費の増加への影響が限られている。

実際、国の「可処分所得」はこれだけではない。ほかに税収がある。2007年の予算内の税収は5.1兆元であったが、今年も30%で増加するとすれば、6.5兆元に達することになる。さらに、国の資産の増分に税収を加えれば、15.3兆元になる。これほど多くの収入と資産が政府に握られ、政府が支配する結果、無駄な投資は今後も続けられてしまうだろう。このような投資は、これまでと同じように短期的な経済成長をもたらすことはできるが、効果面でみると、中国の重工業の生産能力を引き続き増大させ、輸出への依存度を高めることになる。

これに対し、もしこれら国有資産と土地が私有であれば、内需と第三次産業の成長を推進する力が強くなる。もし88兆元の資産が全部私有であれば、今年の資産の増分が13億人に分配され、国民の一人当たり所得は6769元増え、一家三人の場合、20,307元増えることになる。このような資産の運用から得られる収入が民間家計に入れば、消費財やサービスに対する需要に転化される。これによって、中国経済の輸出依存度が低下するだけでなく、サービス業に対する大きな需要が生み出される。

このため、私有制の下では、経済成長は国民に労働所得の増加だけでなく、資産の増加をもたらし、二者合わせると、消費需要に対する強い原動力になる。誰が資産と資源を掌握するかによって、産業構造と内需は大きく変わるのである。

四、中国の所有構造と経済成長方式を改善する私有化

中国経済は今日まで発展を続け、すでに膨大な生産能力を有するようになり、産業投資の必要性が相対的に低下している。そもそも、そうした投資は環境破壊と資源の大量消費に拍車をかけている。今後中国は、産業構造を「ハード」から「ソフト」に、「重」から「軽」に、「輸出」から「内需」に転換しなければならない。この転換点において、資産と土地の国有による弊害は利点より大きい。中国では、国が掌握する所得と資産が多すぎ、個人が保有し、個人が消費か投資かを決定する所得と資産が少ないため、民生のためのサービス業の発展が抑制され、個人消費の増加が妨げられている。

かつて、多くの専門家が、中国はほかの国と違い、長年の高度経済成長にもかかわらずそれに見合うだけの資産効果が伴っていないと言った。だが、中国の資産効果が不十分であることは決して不思議ではない。なぜなら、中国の76%の資産を国がコントロールしているからである。国民が実質的な資産をほとんど持っていない場合、どれほど経済成長率が高く、資産が増えたとしても、国民が使える所得への影響はなく、一般消費者レベルの資産効果も現われてこない。

中国共産党第17回全国代表大会において国民の資産の運用から得られる収入の増加が強調された。これは良い政策方針である。一般家計が個人資産を有することは調和のとれた社会(「和詣社会」)の基礎中の基礎である。しかし、国が76%の資産を持ち続け、国有資産と土地が個々の国民に私有化されなければ、個人消費の増加が難しいだけでなく、中国経済モデルの転換も難しくなる。さらに、国民が経済成長の恩恵を享受できなければ、個人の財産の運用から得られる収入の増加という目標も単なる願望でしかなくなる。国だけが資産の増加を享受する時代を終わらせるべきで、私有化こそ資産の増加を国民の消費需要に転換させる最良の方法である。

2008年10月8日掲載

出所

『財経』(2008年第14期)、2008年7月7日
※和訳の掲載にあたり著者の許可を頂いている。

2008年10月8日掲載

この著者の記事