RIETI海外レポートシリーズ ハーバードAMPの現場から

第五回「再び、日本の経営者養成を考える」

細川 昌彦
上席研究員

第一回コラムの後、各方面より多数のコメントを頂き、反響の大きさに驚かされた。右肩上がりの経済成長期には全体のパイが拡大する中で、経営戦略・経営効率の優劣が表面化しにくい面もあった。これに対し、今は厳しい経営環境のうえに、否応なくグローバル化の進展に巻き込まれ、企業変革の決断と迅速な実行がかつてないほど求められている。そしてそれに対応するためにはプロフェッショナルの経営者が必要であるとの問題意識が高まっている。このような問題意識から、経営者養成への新たな取り組み、試みが現在さまざまな企業において見られる。しかしながらその実態、内容をみると折角の問題意識が必ずしも十分活かしきれていないケースも多い。そこで今回は具体的に何が問題かをもう一歩踏み込んでみることとしたい。

米国の幹部養成プログラム

まず、米国の幹部養成プログラムの全体像を鳥瞰したい。幹部養成プログラムは大別して自社内専用の養成プログラムと外部機関による複数企業参加型の養成プログラムに分かれる。米国では自らの専用施設や専属の事務局・スタッフを持った企業大学が2000以上ある。そのような中で特に有名なのがGE、IBMである。いずれも何10年の歴史があるが、GEの場合、ジャック・ウェルチ前会長がCEOになってから、80年代半ばに彼自身のイニシアティブによって全面的に刷新したという。これらは社内の専用プログラムで自社のビジネスに沿った効率的なプログラムを実施しようとの判断によるものである。

このような社内の養成プログラムの他に、企業の幹部養成のニーズをターゲットにして、米国ビジネススクールの多くは積極的に独自のプログラムを提供している。また、お互いに顧客獲得をめぐって激しく競争している。これらは
1) 経営分野での著名教授へのアクセス
2) 他のグローバル企業のエグゼクティブとのネットワークを作る機会の提供
をセールスポイントとしている。その中で、最も実績を誇り、その名が世界的に有名であるのがハーバードAMPである。特に世界各国からの参加者による「多様性」がグローバル企業の経営課題にも合致し、アピールしている点でもある。

米国企業の中には社内プログラムと外部プログラムのそれぞれの長所を活かすべく、これらを組み合わせて併用しているケースも多い。GE、IBMのような巨大なグローバル企業の場合、自社内だけで充分にグローバルな多様性を確保できるため、社内プログラムが中心であるが、それでも可能なところはアウトソーシングしている。

欧米人は何でもランキングをつけるのが大好きであり、このような企業幹部養成プログラムにもランキングがつけられている。AMPはそのトップランキングであるが、その際の各種評価項目の中で特に重要なのが次の3点である。

1) コース・デザインと教材
2) 講師陣
3) 参加者の質
これらが三位一体となって効果的な幹部養成システムを成り立たせている。以下ではそれぞれについて米国と比較しながら日本の問題をみてみたい。

コース・デザインと教材

米国では経営者養成プログラムの歴史も長く、能力開発の各種手法が開発・確立されている。その中で代表的な手法としては、伝統的な教室での講義、セミナーに加え、
1) さまざまな他社のケースを経営者の立場に立って疑似体験する(ケースメソッド)
2) 自社の実際上の経営課題についてグループで解決策を考え、経営会議に提言する(アクションラーニング)
3) 幹部個人の自己変革を目的とする360度フィードバックやコーチングの実施などがある。
これらはいずれも単に知識を詰め込む場ではなく、参加者自ら考え、気づきを促すことを目的とするものである。日本企業の多くは、同じようなコンサルタント会社や経営学者とともにコース・デザインを行う結果、結局各社とも概して大差のない内容となってしまっているのが実情である。さらに、問題なのはその「質」である。

たとえば、ケースメソッド。ハーバード・ビジネススクールが他のビジネススクールに比べて圧倒的な競争力を有している分野である。スタンフォードを始め他の米国ビジネススクールでもハーバードのケースが多く使用されている。各々のケースの中には多くの事実・データが盛り込まれ、そこから各人が本質を抽出する訓練がなされる。1つのケースを作成するのに何カ月も、場合によっては半年もかけることがあり、作成した後も不断の見直しが行われる。次の見直しの際に役立てるために、我々の授業でもそのケースの作成者がディスカッションを傍聴していた。また、これまで長い歴史の中で作成された星の数ほどあるケースの中で、今日生き延びて使用されているケースはさすがに素晴らしく充実したケースである。そういう目で日本でのケースを見ると、事実・データの厚みをはじめとして、ケースの作り方に歴史の違いを感じさせられる。もちろんそれらがすべてではなく、中には素晴らしいケース、授業もあるであろうが、ケースメソッドにおいてそのケースの内容を吟味する目が必要であろう。

なお、一部日本企業においては、自社内のプログラムに使用する目的で、カスタマイズされた自社のケースを米国のビジネススクールと共同で作成しようとする試みも始められている。しばらくはこのような試行錯誤に時間を要するであろうが、中長期的には重要な動きである。質の高いケースが作成されることを期待したい。

更に、コース・デザインにおいて重要なのは、さまざまなプログラムの単なる「寄せ集め」にならないようにすることである。AMPにおいては、スポーツ用品で有名なナイキだけを対象に4日間集中的に議論をする。ファイナンス、マーケティング、戦略論、マネジメントなどさまざまな切り口で、それぞれの分野の教授が交代で担当する。まさに経営幹部として1つのイシューを多面的にアプローチするのだ。教授間の授業内容の連携プレーも見事なものである。プログラム全体についてもトータルデザインの軸を意識し、各教授がこれを共有したうえで分担設計していることが随所に感じられる。

講師陣

AMPの場合、ハーバード・ビジネススクールが誇るフラッグシップ・プログラムだけに教授陣はオールスターの豪華キャストである。また、各教授は5、6社の社外取締役にもなっており、個別企業のコンサルティングも行っている。つまり、単なる理論に留まらず、現実のビジネスとのインタラクションがあるといえる。

授業のフィードバック・システムも目を見張るものがある。参加者による事後評価は教授ごと、授業ごとに詳細に調査を行う。AMPの場合、各参加者は最終日にこの調査だけに2時間以上かかりっきりであり、通り一遍のアンケート調査とは訳が違う。日本企業が数少ない日本の一流経営学者に講師を依頼した場合、このような緊張感、厳しさを期待できるだろうか。

また、日本企業のプログラムの中には、プログラムの目玉として米国の有名教授を2、3日招聘して、その授業を組み込んでいるものもある。これはプロ野球春季キャンプで大リーグから臨時コーチを高額で雇っている場面を想起させる。AMPの経験でいうと、各教授はゴールに向かって9週間のシナリオがあり、それに従って自らのフィロソフィーを展開していく。勿論2、3日でも全然効果がないわけではないが、その限界を認識して、費用対効果を考えるべきだろう。

GE、IBMにおける社内研修の場合は、ハーバードなどの外部講師とロールモデルになる社内の幹部による内部講師を内容によって使い分けている。内部講師には、CEO以下各グローバルビジネスのトップリーダーがなっている。ある日本企業の幹部によると、日本企業の場合、自分自身がそのような教育を受けていない幹部には、内部講師としてどう対応してよいか戸惑うようである。

特にケースメソッドやアクションラーニングにおいて講師はファシリテーター(議論の促進役)の役割を担う。決して一方的に教えるのではなく、参加者に質問を投げかけ、発言を引き出し、ポジティブに聞く。そこにはジャズの即興演奏のようなインタラクションとダイナミックな思考プロセスの展開がある。ファシリテーターとしてはそれだけの高度な力量が必要である。日本でケーススタディの授業を受けた経験者の話によると、中にはケースを使ったレクチャーに過ぎず、およそケースメソッドの本質からかけ離れた類もあるようである。従って単にケースメソッドを実施しているということだけで満足せず、そのやり方も厳しくチェックする必要がある。なお、CEO自身が3、4日参加者と共に過ごし、ディスカッションを行うことが組み込まれているケースも多く見られる。このようにCEO自身がプログラムの内容に深く関与していることも重要である。

参加者の質

AMPの参加者の質については、第一回コラムで述べた通りである。GE、IBMなどにおいては、将来経営幹部になる可能性の高い者を「ハイポテンシャル」として全体の5%程度選抜する。この中には20歳代後半から30歳代前半のいわゆる"若手"が相当数選ばれる。このリストは毎年見直され、入れ替えが行われる。そしてリストアップされた各人について数年、場合によっては5年に亘るキャリア計画が策定される。このような将来の経営幹部の計画的開発の一環として、研修も組み込まれている。特に将来性があると思われる人を30代から40代において選抜し、企業のトップになるために必要な教育、経験を計画的に与えて意識的に育成していく。このプロセスは人事部門だけの問題に留まらず、経営トップ自身も参画する全社的な委員会において運営されているのが特色である。

日本企業はこれまで本人の資質に関係なくさまざまな業務を経験させるローテーション制の人事慣行によって多数のゼネラリストを時間をかけて作ってきた。しかしながらプロフェッショナルの経営者を育成するためには早期選抜制に向けて人事システムの抜本的変革が必要となっている。日本における経営者養成プログラムは果たしてこのような変革を伴って行われているであろうか。人事部門の説明がどうであれ、参加者自身の意識は伝統的な研修制度の単なる延長線にとどまっていないだろうか。仮に人事部門が「選抜」といっても、建前に終わって、実態は各部門から「順送り」あるいは「仕事上都合がつく者」ということになる恐れはないだろうか。当初は高い志でスタートしても、根本的な人事システムに変化がなければ、時を経るにつれ、制度設計者の意図に反して劣化していくものである。

更に、グローバル企業の経営者養成においては、参加者の「多様性」も重要な課題である。日本企業の大半はこれまで同質社会を前提に経営を行うことができた。今やグローバルな事業展開や企業文化の異なる企業同士の合併、アライアンスなどによってこの前提が大きく崩れつつある。まさに「多様性」の中でどうマネジメントをするかが問われている。社内の日本人だけが参加するプログラムも自社の企業文化、企業戦略を考える上で、それなりに意味はあろう。しかしながら、それだけではこれからのグローバル企業の経営者としては物足りないのではないだろうか。一部企業では全て英語で研修を実施するところもある。しかし同質の日本人参加者だけでの英語のディスカッションは大学でのESSのようなもので、議論の中身も退屈なものになりかねない。幹部養成のための企業大学を設立した日本企業においても、それだけで満足するのではなく、参加者の「多様性」を確保した外部機関の活用も併せて考えてみる価値があるのではないだろうか。

日本企業の横並び対応の懸念

日本企業は今、オペレーションの効率を高めることにより国際競争力を追求するといった過去の成功体験からの脱却を迫られている。そしてこのような経営環境の変化に従来のシステムでは対応できないとの切迫した問題意識から経営改革を進めている。その経営改革のテーマも組織変革というハードの改革から、「人材」の問題に着目してソフトの改革へと進んできている。日本企業はこれまで年功序列の思想を背景に、入社年次や肩書きに基づく階層別研修がほとんどであった。今、まさに選抜制の教育・研修制度を導入して、次代の経営者を意識して育成しようとする企業が増えてきている。このようなこれまでにない新たな方向に踏み出そうと模索する一部企業の最近の動きは評価すべきことであろう。

ただ、同時にその中に若干の危うさをも感じる。即ち、日本企業の問題点としてしばしば指摘されることであるが、他社が行っている流行の手法を横並びで導入する傾向である。人事部長、社長など各レベルでの情報交換の場、あるいはマスコミからの情報を通じて最近のトレンドを仕入れ、乗り遅れまいとする対応を繰り返していないか。執行役員制、社外取締役、成果主義、コンピテンシーのコンセプトなどの導入が流行になっている動きの中にもそのような危うさを感じるのは私だけであろうか。経営者養成システムも「選抜」・「リーダーの育成」など共通のキーワードのもとに、各社同じような制度がこの1、2年に導入されているようである。

経営者自らの課題

これまで日本企業は選ばれない者のモラルの低下を警戒して、若手の早期選抜に躊躇してきた。そのような日本企業にとって、今日の経営環境下において「エリートの育成」という日本的風土に最も相容れない課題、ある意味ではタブー視されてきたことへのチャレンジに直面しているといえる。近時の経営者養成システムの導入の本質的意味合いはまさにこの点に求められる。これは意識の変革でもあり、それだけに経営者自らが求める経営者像をこれまでになく明確にすることが不可欠になってくる。それは経営者自身の目指すリーダーシップのスタイルでもある。決して「人事部門の問題で、取締役会でそれを承認すればよい」というものではない。 右肩上がりの時代に多く見られた「管理型」の経営ではなく、「変革型」を目指すと多くの経営者はいう。それが、本物であるならば、変革型のリーダーをどう発掘し、どう育てればよいかを経営者自らが考え抜くことが必要であろう。多くの企業は経営者養成プログラムについて、選抜制を採用し、人事制度と連動させるという。その際、選抜するときの「優秀な」人材の判断基準とは何か。従来のいわゆる「仕事ができる人」に今後の組織の変革を期待できるのか。プログラムの内容もそのような思想、哲学に合致したものか。まさに、経営者自らが思い描くリーダーシップ像を体現する制度設計でなければ、参加者に経営者の「思い」を伝えることができないであろう。そのためには、制度設計のプロセスおよび実際の制度運用そのものに経営者自身が直接深く関与して、形だけでなく本気であることを示すことが極めて重要になる。

GEのジャック・ウェルチ前会長は、経営者養成プログラムを自らの直轄事業として深くコミットし、過密スケジュールの中にも年間20回前後経営幹部に対して直接講義を行ってきたという。その中で参加者には、「もしもあなたが明日からGEのCEOなったとすると、最初の30日であなたは何をするか」などの課題を与えて、一緒に討議をする。大いに参考にしたいものである。

トータルの経営者養成システムとして

また、経営者の育成は単に研修、教育という座学だけでできるわけでないのはいうまでもない。抜擢した若手に経営の経験を子会社などで積ませるなどの人事システムと相まって、はじめて効果を期待できる。

1980年代前半、瀕死のスカンジナビア航空(SAS)を見事に再建し、世界のベスト航空会社のひとつにまで変身させたジャン・カールゾンの経営手腕は今日まで企業変革のモデルとされている。彼は38歳でSASのCOOになるまでに、32歳でSASの旅行子会社の社長として、そして36歳でSASの系列国内線航空会社の社長として経営に携わるというチャレンジングな機会を与えられた。彼自身、これがその後SASで経営改革を行ううえで貴重な経験となったという。日産自動車のカルロス・ゴーン社長も31歳でブラジル・ミシュラン社長、35歳で北米ミシュランの社長に抜擢されて、業績回復に苦労したという。

今後日本企業においてもこれまでの子会社人事の位置付けを抜本的に見直す必要に迫られている。若手で抜擢された経営幹部候補生に経営の修羅場を経験させるために、子会社での経営経験をキャリアプランの中に組み込んでみてはどうだろうか。そもそも「親会社」「子会社」という呼び方自体旧態依然たる発想といえる。近時のカンパニー制、分社化の動きは幹部候補生に経営経験の機会を与える環境を提供する。経営者養成プログラムもこのような抜本的な人事システムの改革と連動させて運用し、トータルの経営者養成システムの一環として位置付けてこそ意味あるものとなる。

おわりに

米国企業の不正会計問題が続々と表面化し、米国型の経営への信頼が大きく揺らいでいる。一線を越えた経営者は厳しい批判にさらされている。自己規律という経営者の原点を忘れて、スキルに走ることへの戒めでもある。ハーバードのAMPでも「リーダーシップ論」の授業において、松下幸之助を理想の経営者像として取り上げ、欧米企業の参加者に深い感銘を与えていた。それはある種のバランス感覚でもある。日本企業の経営者の多くはそのスキルさえも訓練されていない、いわば周回遅れにあるのかもしれない。これからの日本企業が厳しい経営環境の下で勝ち残っていくためには、経営スキルを身につけた経営者による経営が必要条件となる。最近の日本企業、とりわけ製造業の新たな動きはこのような危機感の表れと理解できる。

未だ典型的な年功序列制の銀行業や役所の人事システム、人材育成システムが最も時代環境への対応が遅れている。これに対して、これらの動きは数歩先を行くものであり、積極的に評価したい。問題は形だけでなく、仏に魂を入れることである。折角の動きを一部コンサルタント会社と経営学者が忙しくなる、単なる「流行」に終わらせないようにしたいものである。

2002年8月21日

2002年8月21日掲載

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