RIETI海外レポートシリーズ ハーバードAMPの現場から

第三回「幹部から自己分析・自己変革を」

細川 昌彦
上席研究員

AMPは単に経営者になるための知識・スキルを学ぶための場ではない。これまでの自分自身を振り返り、そして自らに対して真剣に問いかけることが求められる。自分のリーダーシップのスタイルとマネジメント能力はどうであったか。幹部リーダーとして自分の強みと弱みは何か。これから組織の中でさらに上に上がっていくのに、このままで果たしてよいのか。今後自分をどう変革させていくべきか...。こういう問いに真剣に向き合い、グループの仲間たちと話し合うのである。

自分自身をどうマネージしていくか。

これがマネジメント、リーダーシップの上で重要な要素と位置づけられている。

そのための道具として2つの分析手法が用いられる。1つは360度評価のフィードバックであり、2つ目はマイヤーズ・ブリッグス分析である

1.360度評価のフィードバック

予めハーバードから参加者全員に分厚い質問表が12部送られてくる。これを自分の他、会社の上司、同僚、部下それぞれ3、4人ずつに配って記入してもらい、回答結果を直接ハーバードに送付してもらうのである。質問はマネジメント、リーダーシップ能力に関する200以上の多岐にわたる質問項目から成り立っている。質問の仕方もさまざまな切り口でアプローチし、工夫されたものとなっている。プログラムの後半に入った頃、ハーバードより個々人に対して項目ごとの集計結果が配られる。自己評価との違い、上司、部下、同僚それぞれの間の評価の違いなどが一目瞭然となるように工夫された点数表となって突きつけられるのである。予想以上に厳しい評価結果にショックを受ける者もいる。私自身も社会人になって25年間、これほどはっきりと周囲の人々の評価を目の当たりにしたのは初めてである。これはかなりインパクトがあり、組織の中でのコミュニケーションのあり方、部下へのモティベーションの与え方など項目ごとになぜこういう結果になったのかを真剣に考えさせられる。

さらにAMPでは8人ずつのグループに分かれて9週間寝食を共にしているが、このグループにおいて各人自分の評価結果について話し合う。そこでは結果の分析だけでなく、今後どう自分を変えていくべきと考えているかを説明する。それに対しグループのメンバーが一緒に暮らした中での印象も踏まえコメントする。さらに各人専門の心理コンサルタントと一対一で一時間じっくり話し合い、「コーチング」を受ける。

これらは結果的に非常に有意義なディスカッションであった。グループのメンバーは、1)お互い利害関係もなく、上下関係もないこと、2)仕事の内容は異なっても組織の中では類似の悩みに直面していること、から質の高い深みのあるディスカッションとなった。

また、コンサルタントによるコーチングは「ビジネス・コーチングとはどうあるべきか」を教えられる内容であった。決して指導・助言するのではなく、現在の自分の持っている強み・弱みは何か、今後自分自身をどうしたいかについて問いを投げかけながらじっくり相手の話を聞く。相手に自分で考えさせ、自然に気づかせるのが狙いである。まさにプロフェッショナルの高度なテクニックである。

「あなたはこれまで何をするか(what)に関心がいきすぎていませんでしたか。これからはどうやって(how)仕事を進めるかにもう少し関心を向けるとどうでしょうか」

「あなたはこれから自分を変えようとすると無理が出てきます。周りの人が自分をサポートするように変えてやろうと思ってみてはどうでしょうか」

たまに発する言葉には味わいのある響きがあった。

またこれらの機会を通して自分で語ることによって、自分が今後どうしたいかについての考えが次第に明確になっていくプロセスが実感できる。

従来、欧米企業に比べて日本企業の人事評価システムの遅れが指摘されてきたが、最近ようやく日本企業でもこの360度評価を採用する企業が出てきた。現在役所でも360評価を導入しようとしている。しかし、幹部からは「部下からの評価を気にして、右顧左眄するようになる」との強い懸念が常に指摘されて、なかなか速やかに導入できないようである。私は、むしろこのようなことで右顧左眄するような人は幹部になる資格はないと考えるべきと思う。私自身、AMPで初めて貴重な体験をし、このシステムは下からではなく幹部から導入すべきだと痛感している。

また、360度評価の目的については、「人事当局による人事評価」という目的と「フィードバックによる本人の自己変革」という目的を明確に分けて考えるべきであろう。AMPでの実施には人事当局は関与していないため、純粋に後者の目的であった。これはリーダーシップ、マネジメントに携わる者にとって、上になればなるほど極めて重要になる。概して自分はどういうリーダーシップのスタイルで、他人からはどう映っているか、漠然と理解している人は多い。また、年とともに性格による傾向は次第に強まり、心理的にもある種「開き直り」に似た心境になりがちである。

そういう中で評価結果をつきつけられると、否が応でも「このままでいいのか」と自問自答させられ、自己変革への1つの契機となる。その際、単に評価結果を受け取るだけでなく、プロのビジネス・コーチングを行うことによって、自分で語ることによって気づき、考えを明確化していくプロセスを併せて導入すべきである。

幹部から導入することによって、その幹部にとっても部下に対して今後効果的なビジネス・コーチングをする上で貴重な経験となる。

「フィードバック」と「コーチング」。
自己変革におけるこの2つのキーワードが自分の組織でどうなっているか振り返ってみてはどうだろうか。

2.マイヤーズ・ブリッグス分析(Myers-Briggs Type Indicator)(MBTIと呼ばれている)

これは日本ではなじみの薄い分析手法であるが、欧米では頻繁に使われているようである(米国では年間300万人が分析に利用している)。さまざまな質問に対する回答から個人の行動パターン、思考パターンを心理学的に16のパターンに類型化して分析する。ユング心理学をベースに50年かけて開発されたものという。具体的には
1) 外向的(Extravasion, E)か、内向的(Introversion,I)か
2) 知覚的Sensing, S)か、直感的(iNtuition, N)か
3) 論理分析的(Thinking, T)か価値観重視派Feeling, F)か
4) 計画的 (Judging, J)か、自然体派(Perceiving, P)か
に分類され、それぞれの頭文字の組み合わせで表される。たとえば私の傾向はENTJという組み合わせのタイプに分類される。そしてそれぞれの項目毎に強弱の程度が数値化されている。それぞれのタイプは良し悪しではなく、自らの問題解決のスタイル、コミュニケーションのスタイル、職場での影響の与え方の傾向と特徴を表すと理解されている。それを自分ではっきりと自覚する。また他人を理解する上での参考にもする。そして異なるタイプが存在する組織において、コミュニケーションやチームワークを改善するにはどうすべきか、無用の摩擦、衝突を避けるには何に気をつけるべきか、どう効果的にマネジメントするべきか、などを考える手段として使うなど、広汎に用いられている。

(余談ではあるが、これを夫婦間で適用して、日頃の行き違いをどう考えたらよいかはなかなか示唆に富んだ実例であった)

分析好きな欧米人らしいアプローチである。私は当初、どうせ日本人が好んでする血液型によるタイプ分けに毛が生えたようなものだろうぐらいの認識であった。ところが、実際やってみると相当詳細な分析であり、各分類毎のスコアの大小でその傾向の強弱もかなり性格に反映しているのには驚かされた。さらに、同じタイプの者だけでグループを組み、「理想とする組織のあり方」をテーマに討論させられた。驚くことに、非常に心地よく意見が一致し、コンセンサスを容易に作れるではないか。同時に異なるグループ間ではそれぞれ他のグループの結論には違和感を感じるのである。このような体験を通して、この類型分析の手法の有効性を感じ取っていく。但し、ステレオタイプ化する、レッテルを貼るといったことには警告することも忘れていなかった。

百聞は一見にしかずである。ぜひ組織の幹部の方には体験していただきたい。自分を理解し、そして他人を理解する。そこからマネジメントにおける有効な手段としてさまざまな活用が考えられていくだろう。

組織の変革は幹部の自己変革から。360度フィードバックやマイヤーズ・ブリッグス分析もそのための有効なツールとして考えたい。

2002年7月24日

2002年7月24日掲載

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