RIETI海外レポートシリーズ ハーバードAMPの現場から

第二回「ケース・メソッドの中の日本企業」

細川 昌彦
上席研究員

前回紹介したように、ハーバードAMP(Advanced Management Program)では9週間の間に150にも及ぶさまざまなケースを使って白熱した議論が行われる。

この全体を眺めたとき私は1つのことが気にかかった。それは日本企業を扱ったケース・スタディーの数が余りに少ないことである。具体的には、
1) ファイアストーンのリコール問題でのブリジストンの対応
2) 日産自動車におけるゴーン改革
3) 日本の金融システム
の3ケースである。

3ケースを巡る論議

1) は授業では企業倫理の欠如のケースとして議論された。私自身は企業倫理の問題というよりもむしろ危機管理の対応の問題として扱うべきではないかと思う。いずれにしても、当時の現地社長が米国議会の公聴会でしどろもどろの対応を行う様子がビデオでまざまざと写し出され、教室全員の失笑の的となった。日本人参加者にとって何とも居心地の悪いひとときであった。

2) は外国人経営者でなければ改革の進まない日本企業の典型例として扱われた。確かにそういう面は否定できず、前回述べたように、しがらみを断ち切って組織の変革を行うだけの能力のある日本人経営者の層が薄いのが残念ながら現実である。ただ、コスト・カットによる短期的な収益回復にのみ目がいきがちなマスコミの風潮とは一線を画するべきであろう。中長期的な視点で組織の変革がどう進行し、サプライヤー、従業員などの関係者のモティベーションがどう変化しているか、またそれらが自動車産業にとって重要な新車開発にどう影響しているかなどを冷静に見定めた上で、腰の据わった評価を行うことが必要であろう。

一方、欧米の参加者の関心は、「日産自動車のケースは日本企業の経営者のあり方としては決して例外的ではないのではないか」という点にあった。

授業後コーヒーを飲みながら欧米の参加者に取り囲まれて質問攻めにあった。
「なぜ日産はこうなるまで組織の変革を成し得る経営者が現れなかったのか」
「その失敗の教訓を他の日本企業はどう学んでいるのか」
「それは企業だけの問題か。日本の政治システムも同じ問題を抱えているのではないか」
こういう問題提起については日本人自身、常日頃から考えておくべき点であろう。

3) は戦後の経済発展を支えてきた日本の金融システムが時代の変化に対応できず、崩壊の危機にさらされているとのテーマである。金融行政の責任もさることながら、時代環境の変化に対応して新しいビジネス・モデルを確立できずにいる金融業界の経営者の経営能力が批判の的となった。これも全く同感で、みずほ銀行による大規模なシステム障害という経営者としての大失態の直後だけに、反論の余地がなかった。「日本の銀行も先の日産自動車のケースと同様に、外国人経営者によってドラスティックに組織変革をせざるを得ないのではないか」との指摘には思わず頷いてしまった。

日本的経営への関心の今昔

10年前には好調な日本経済を背景に、日本的経営が注目されていた。そしてここAMPでもアサヒビールのスーパードライのケースをはじめ、多くの日本企業の成功例を扱ったケースが議論されたと聞く。現在は日本企業に関するケースの数が少ないだけでなく、日本企業の問題点を扱ったネガティブなイメージを与えるものばかりである。この10年間での極端な変化には仕方がない面もなくはないが、参加者が世界のエグゼクティブだけに、与える影響も無視できない。

ある日、企業戦略論の大家で、このAMPの主任教授であるデビッド・ヨフィー教授と少人数で昼食を共にする機会があった。私は「日本企業の中にも成功例が多数あるのに、なぜ問題のある事例しか扱わないのでしょうか。バランスが欠けているのではないでしょうか」と問うてみた。

すると教授はその理由として次の3点をあげた。
第一は、参加者が関心を持たないこと。
第二は、自らの戦略を明確な言葉で説明できる日本企業が極めて少ないこと。
第三は、ケースの取材に際して日本企業は自分の会社がケースで扱われることに非協力的であること。
その上で、教授は続けていった。「マサ、でもこれからの授業で、任天堂のゲームソフト戦略をケースに取り上げることにしたよ」

日本企業の問題点

教授が指摘した第一点目については、学問の府がマスコミと同じレベルで、時流だけに左右されてよいのかとの思いもあるが、ビジネススクールも所詮客商売であるので、やむを得ない面もあるのだろう。

二点目、三点目は日本企業の重要な問題点を指摘されていると思う。欧米企業と比較して日本企業は、自社の閉ざされた組織の中で濃密なコミュニケーションを行うことによって「暗黙知」を共有する文化だといわれている。企業がグローバル化していく中で、かつての日本企業の強みであったこの「暗黙知」による情報共有も「形式知」にしていく努力が必要になってきている。ケース・メソッドの対象とするためにはまさにこの「暗黙知」を「形式知」に書き表さなければならない。言い換えれば日本企業が直面している課題に対処する良いきっかけにもなるのである。

さらに、自社の経営戦略を対外的に自信を持ってPRしていくことも必要であろう。ビジネススクールのケース・スタディーに取り上げられるのをその格好の機会と捉えて、自ら売り込むぐらいの姿勢があってもよいのではないだろうか。

このAMPの期間中、ケースに取り上げられた欧米企業の多くのCEOは、自分の企業について議論される授業に特別参加する。その授業の終わりに参加者に対して自らの言葉で説明し、質疑を受けて帰るのである。参加者の質が高いだけに質問もなかなか手厳しいものがある。しかしながら、参加者がグローバル企業の将来のCEO候補であるビジネス・エリートであることを考えれば、これほど効果的なPRの場はない。また、転職率40%という数字もリクルートの機会にし得る。また、無料で自社に対するレベルの高い意見を聞くこともできる。

10年前にはアサヒビールの樋口社長(当時)もゲストスピーカーとして出席されたと聞く。現在の日本企業の経営者にも積極的にAMPのケース・メソッドを活用して存在感を示してもらいたいものである。

2002年7月12日

2002年7月12日掲載

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