Special Report

復興へ市場機能の発揮を

若杉 隆平
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

日本創生への長期戦

東日本を襲った大地震と津波から2カ月を経過したが被災された方々の生活基盤の復興への道程はいまだ遠い。被災された人たちの苦難は余りにも厳しい。また、依然として福島原発の原子炉を制御する見通しが立たず、放射性物質による汚染が収束しない中で、安らかに過ごしてきた生活基盤を奪われ、地域ぐるみの避難を求められる住民はさらなる苦難を被っている。こうした被災者の苦痛を思うとあらゆる資源と智恵を総動員して、一刻も早く原子炉の制御と放射性物質による汚染の流出を食い止め、被災者の生活基盤や産業基盤の復興を急がなければならない。直面する課題はいずれをとっても深刻である。そして、その取り組みには膨大な資源を必要とし、長期戦を覚悟しなければならない。

これまでは緊急事態への対応の時期であり、人命確保が最優先であった。震災発生時には全体を見通して最適な資源の配分をするだけの情報と時間的余裕がなく、直接的な指示命令によるしかない。震災直後の計画停電はその典型であった。電力供給能力が一気に低下した中で、不測の大規模停電を避けるには、電力の割り当てしか当座の手立てが見つからなかったことは理解できる。しかし、大震災後2カ月を経た今日、相当の情報が行き渡りつつある。また、復興に向けての取り組みが本格化しようとしている。この先は緊急時の対応から長期戦への対応にギアを切り替えることが必要である。

復興計画の議論が本格化し始めた。国、地方自治体は目標と内容を明確にし、復興への確固とした枠組みを示さなければならない。ただし、担い手は民間部門であり国民一人ひとりである。復興の過程は、企業や国民1人ひとりがその枠組みに共感し、主体的に参画するものでなければならない。言い換えれば、計画の実行過程では公的部門が企業や国民の行動を1つ1つ指示するのでなく、復興計画に沿って各主体が行動するようインセンティブを与えるものであるべきだろう。市場が持つ配分機能はそうしたことを実現する有力な手段となり得る。

市場機能が需給調整を後押し

福島原発の大事故は東京電力の供給能力の十数%を減少させることになったと言われている。電力業は典型的な装置産業であり、供給能力は発電所の固定的な供給設備の能力によって制約される。現に発電所の増設には多くの時間と資源を必要としてきた。また、電力業は独占産業であり、電力供給への新規参入が制限されていることも供給能力を固定する要因になっている。加えて、今回の原発事故は他の原子力発電所の稼働に大きなブレーキとなることは間違いないし、温室効果ガスの排出抑制が求められているため化石燃料による火力発電への代替も容易でない。東西の電力融通などによって震災時の供給能力のショートを幾分は回復しつつあるとは言え、今後長期にわたっては、電力供給能力に上限があることを前提として、我々の生活や産業の活動がどうあるべきかを考えざるを得ない状況にある。

東京電力管内における今年の夏の消費電力のピークを6000万kwhと予想すると約1割の供給能力がショートする可能性があると言われている。所与の供給能力のもとでいかにして需給調整を行うかが復興における大きな課題である。とりわけ、電力供給の問題はピーク時における供給ショートの問題として顕在化することが危惧されており、一連の節電対策を確かなものにする手段を用意しておく必要がある。どのような手段で需給を調整するかは復興に取り組む国民や企業の行動を左右する。

図:価格機能による電力の需給調整
図:価格機能による電力の需給調整

図は、震災時の計画停電時と夏期の需要ピーク時の電力需給を描いたものである。電力の供給能力は、固定設備増の困難さ(物理的条件)と独占による新規供給者の参入の難しさ(制度的条件)から硬直的であるので、供給曲線は一定限度を超えると垂直となる。供給能力は震災前(図のA)から震災後(図のB)に低下した。

供給能力の範囲内に需要を抑制する方策の1つは電力の数量割当である。電力の需要量(図のc-e)を下回る供給量(図のd-e)を需要者に裁量的に割り当てる方法である。これは計画停電で採られた方法である。しかし、前回の計画停電においては、どうして23区(一部を除く)以外の住民だけが不便を強いられるのかという不公平感や不規則なローテーション停電の結果、生産ラインの操業の中断を余儀なくされ、生産に深刻な影響を受けた企業からの不満が強かった。通常の財のように仮に一旦割り当てられたものであっても市場で取引することが可能であれば、割当による弊害はある程度緩和する。しかし、電力には市場性が乏しいため、数量割当は著しく硬直的なものにならざるを得ない。計画停電が緊急避難的措置であるとして受け入れられたとしても、今後の復興過程において電力の数量割当によって継続する供給能力不足を乗り切ることには問題が多いことはすでに指摘されている。需給の均衡のために他の手段を検討すべきである。

需要者は多様でありさまざまな価値観を有している集合体である。ライフライン、医療、教育、産業のいずれをとっても電力需要に優先順位をつけることは難しい。電力をいつ、どの程度需要するかを判断する需要者に選択の自由度が与えられなければ、持続的に取りうる制度とならない。しかも需要総量を供給能力の範囲内に収めなければならない。総量の抑制と個の選択の自由の両方を満たすには、供給側が一方的に数量割当を決めるのでなく、価格機能を活用することが望ましい。需要者側の自主的選択の意思を反映するからである。

個々の需要者は料金に見合う便益を得られるかどうかで電力の使用を判断する。現時点での電力供給量(図のC)は以前よりも幾分かは増加しているものの、依然としてピーク期の予想需要(図のa-e)をまかなう水準に達していないと見られる。ピーク時に電力料金を通常料金(Pa)からPbに引き上げれば、電力使用を節減し、使用時間を分散し、さらには省電力の代替財にシフトする。その結果、需要総量を供給能力の範囲内に抑制でき(図のa→b)、節電対策を確かなものにする。

永年、電力価格は原価に適正利潤を加える方法によって決定されてきたが、これでは需給均衡の機能を果たすことは出来ない。これを機にこうした考え方を改め、震災後の長期的電力供給力不足に対応するために、価格の需給調整機能を活用すべきである。この考え方は既に夜間の電力料金で一部具体化しているが、長期的な供給能力不足に対応できるように新たな電力料金体系を本格的に導入すべきである。その際に、家庭、事業所における最小限の電力需要に応えることが必要であり、そうした料金体系を設計することは可能である。料金体系を所与として各主体が最適と考える電力の使用を選択する自由が与えられれば、需要者の取り組みに創意工夫が生まれる。価格機能の活用は電力の数量割り当てよりも効率的であり民主的である。

ピーク時の価格差は国民に還元

電力価格の上昇は需要者に新たな負担をもたらす。節電努力に加えてこの時期における電力料金の負担増に対して、抵抗感は決して少なくない。しかし、ピーク時における電力料金の引き上げが需要抑制を目的とするものである以上、需要者の負担増が電力会社の収入増を図るものではなく、節電へのインセンティブを与えるものであることが広く理解されなければならない。そのために、料金引き上げによる収入増分(図のbgef分)は電力会社の「棚ぼたの収入増」となってはならず、国民に還元されるべきである。そのためにはピーク時課税の形で国や自治体が税金として徴収することが適切である。

ピーク時の増加料金による税収分が復興資金の一部に充てられれば、料金引き上げの負担増は実質的に国民に還元されたことになる。こうした負担の問題は所得分配の問題であり、震災復興に要する資金の負担のあり方全体の中で決めるべき問題である。

品質情報の共有

市場における供給者と需要者の間の情報の共有は、混乱なく復興を進める上で重視しなければならない点である。放射性物質による汚染は日本の農水産物、さらには工業品の安全性に重大な問題を引き起こしている。出荷制限、摂取制限の対象ではないが汚染が全くなかったわけではない財に、需要者がどのような購買態度を取るかは生産者にとって最も懸念されることだ。放射能の人体に与える影響は、有か無かの非連続で判定されるわけでなく、被曝量に応じて連続的に高まるため、「安全である」と言い切ることは容易ではないからである。

日本の農産物、水産物の生産者にとっては、高い品質と安全性が国際競争力の源泉であっただけに、今回の汚染によって日本の農産品、水産物に対する評判が損なわれたことは非常に痛い。一度失った評判の回復は、目に見えない放射能が相手であるが故に必ずしも容易なものではないかもしれない。一定の時間をどうしても必要とする。しかし、この期間は最低限にとどめることが重要である。風評は消費者の自己防衛の表れであり、「風評」の一語で片付けても問題は解決しない。安全を識別し財を購買するのは需要者であり、需要者の疑念を織り込んで対応することが必要である。そのためには市場に対して徹底的に情報を開示すべきである。

原子力事故に関する情報の開示で、日本の対応が十分でないと国際社会が感じてきたことに留意すべきである。日本の農水産物、あるいは工業品について需要者側に十分な情報が提供されないために間違った選択がなされることを避けねばならない。汚染からの安全性を明示することは、日本産品にとって最重要の品質表示事項である。

生産者が放射性物質による汚染を検査する機関を探さねばならないような事態は適切でない。公的検査機関は市場に出荷される財の汚染に関して正確な検査と品質保証をし、国の内外を問わず率先して情報を流すべきである。大口のプロの需要者は、正確な情報を共有すれば市場で合理的な購買行動を取るであろう。公的部門にはそうした行動を後押しする義務がある。

サプライチェーン情報の共有

大震災によって被災した東日本には、金属・化学等の素材産業、自動車部品、エレクトロニクス部品を生産する企業が数多く存在する。今回の地震と津波は、工場・事業場の建屋、機械設備、電気設備を破損し、生産をストップさせることになった。この地域で生産される予定の素材・部品・完成品の供給がストップしたことは、この地域で生産される財をインプットとする他の地域の生産、あるいはこの地域で生産される財へのインプットとなる部品の他の地域での生産をストップさせる結果にもなった。この影響は国内にとどまらず、世界の生産に大きな影響を与えている。震災に遭った東北・北関東地域で完成品・部品・素材を生産し、国際取引を行う企業は、海外企業にとってのアウトソーシング先である。今回の震災は、世界の生産が関東・東北の企業にいかに多くをアウトソースしているかを明らにする結果となった。

藤田昌久氏(3月30日「経済教室」)が指摘するように、被災によって財の供給が長期間途絶えるのではないかという予測が働くと、世界の企業は東北・関東内陸地域の企業から、韓国、台湾、中国企業にソース先をスイッチする可能性が高まる。しかも一旦調達先をスイッチしてしまうとその後に資本設備が復旧し労働力が戻ってきたとしても、取引は復活せず、企業は市場から退出を迫られてしまう可能性がある。阪神淡路大震災後の神戸港でそうしたことが見られた。素材・部品のベンダーと需要者との間での情報が非対称であることが非効率な調達先のスィッチングを生むとすれば、被災企業にとってはもちろんのこと、調達側の企業にとっても利益とならない。こうしたことを避けるためには、資本設備の復旧と労働力の確保を急ぐべきであることは言うまでもない。

リーマンショックから2年余りを経て日本の製造業はようやく立ち直り、2010年下半期には企業業績が好転し、各企業が下期の好決算の発表を予定していた時期であり、多くの企業が増配に転ずる時期であった。企業の経常利益が好転し、資金的余裕が生まれた時期に被災したことは、毀損した資本設備の復旧に企業が取り組みやすい環境にあったという点ではせめてもの幸いである。しかし、世界には大災害の悲惨さと原発事故の処理の困難さが余りに大きく報じられ、日本企業がサプライチェーンの復旧に十分な力を有しており、また、復旧が進んでいることが余り知られていない。こうしたことから生ずる問題を回避するために、当事者はもちろんであるが、政府・公的機関は、東日本の製造業が着実に回復の過程をたどっている状況を世界に積極的に周知し、復旧の工程を明らかにすることが必要である。このことは世界の企業が短期的利益を求める余りに長期的利益を失うことを防ぐ点で重要である。

市場機能の発揮と復興

大震災からの復興は、旧なるものへ復することを越え、新しい日本社会を創生するものであってほしい。しかし挑戦しなければならない壮大な復興計画の実行には、政府だけで挑んで実現できるものではない。また政府が裁量的に指示することによっても計画がスムーズに実行されるわけではない。住民、企業、地方自治体、生産者、消費者のそれぞれがそれぞれの立場において創意工夫を発揮し、一体となって取り組まなければ実現しない。

そのためには各経済主体に課される条件が明らかにされ、それぞれが最適な行動を取る選択の自由が保証され、また、そうすることへのインセンティブが与えられなければならない。

とりわけ、今回の大災害がいみじくも明らかにしたように、日本経済は世界経済に深く組み込まれている。日本の復興は世界との連携を抜きにしては実現し得ない。電力の需給均衡、生産物の風評からの保護、サプライチェーンの回復を例に、価格情報、品質情報、取引可能性に関する情報を重視した取り組みの重要性を指摘したが、グローバルな市場の中にある日本社会が創生を遂げるには、国内外を問わず生産者と需要者の間の情報の共有が不可欠である。多様な主体による自由闊達な参加と行動があって初めて復興計画が実現することを忘れずに、市場機能を重視した復興への取り組みが行われることを切に期待したい。

2011年5月16日

2011年5月16日掲載

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