Special Report

東アジア経済統合への「最初の歩み」

福山 光博 コンサルティングフェロー

「経済の季節」を迎えるアジア

スカルノ・インドネシア大統領主催のもと、1955年4月、インドのネルー首相、中国の周恩来首相らの独立の指導者たちがバンドンに集まり、第1回アジア・アフリカ会議を開催したとき、アジアは「政治の季節」としての熱気につつまれていた。それから凡そ半世紀を経た現在、アジアは、熱い「経済の季節」を迎えている。

2008年9月の米大手投資銀行の破綻に端を発する世界的な金融危機は、世界経済の構造を大きく変えた。金融危機の第1のインプリケーションは、東アジアが、少なくとも当面のところ、世界経済を牽引する成長センターとなることが明らかとなったことであろう。IMFでは、1980年に約2兆の規模だったアジア経済は、2009年には約15兆ドルに達し、2015年にはNAFTA、EUを超える規模にまで成長すると見込まれている(図1)。欧米経済がいまだ本格的な回復にはいたっていない中、アジア経済の成長ポテンシャルに世界中の視線が集まっている。

金融危機のいま1つのインプリケーションは、世界経済の不均衡是正という課題である。東アジア経済は、これまで主にアメリカを中心とした域外市場への輸出によって成長してきた。しかしながら、今後は域内需要の拡大による持続的な成長を模索する必要がある。

こうした世界経済の構造変動を前にして、我が国経済が活力を取り戻すためには、アジアの一員として、地域経済の成長の制約要因を取り除くことに貢献するとともに、切れ目ないアジア市場を創出していくことにより、ともに成長していく道を進んでいくべきであろう。そのような基本姿勢は、本年6月に閣議決定された「新成長戦略」でも謳われている通りである。

ASEAN経済大臣会合と日本提案「イニシャル・ステップス」

さて、このような問題意識の上に立ち、東アジア経済統合をどのように進めていくべきか。経済相互依存を深める中で成長してきたこの地域では、日中韓FTAのほか、ASEAN+3のEAFTA(East Asia Free Trade Area)、ASEAN+6のCEPEA(Comprehensive Economic Partnership in East Asia)、FTAAP(Free Trade Area of the Asia-Pacific)、TPP(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership)といったさまざまな経済連携の構想の検討が進んでいる。また、これらに加えて「東アジア共同体」の構想があり、10月1日に行われた菅直人総理の所信表明演説においては、EPA・FTAの重要性について触れた上で、「東アジア共同体構想の実現を見据え、国を開き、具体的な交渉を一歩でも進めたいと思います」とされている。これらの様々な構想を踏まえて、我が国政府では、本年秋までに「包括的経済連携に関する基本方針」が策定される予定である。

本稿においては、これらの構想のうち、筆者も出席した、2010年8月のASEAN経済大臣会合(AEM)における東アジア経済統合の議論と、日本提案「イニシャル・ステップス」について紹介したい。

ASEANと対話国を交えた東アジア域内での経済統合については、民間での研究段階を終え、政府間での検討プロセスに入っている。昨年10月にタイのホアヒンにおいて開催された東アジア首脳会合において、ASEAN+3と+6の両者について、並行して政府間での議論を進めていくことに合意がなされたのである。既に2005年の4月に民間研究が開始されていたEAFTAに加え、二階経済産業大臣(当時)がASEANに6カ国(日中韓印豪NZ)を加えたCEPEAの民間研究と東アジア版OECDを目指す東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA,Economic Research Institute for ASEAN and East Asia)を提案したのが2006年8月のことであり、それから4年を経て、EAFTAとCEPEAはともに民間研究から政府間での検討に入った。具体的には、(1)原産地規則(Rules of Origin)、(2)関税品目表(Tariff Nomenclature)、(3)税関手続(Customs Procedures)、(4)経済協力(Economic Cooperation)の4分野について、ワーキング・グループが設けられ、ASEAN内で検討が進められるとともに、先月9月には、6つの対話国を交えた議論がスタートしたところである。

コンセプト・ペーパー「イニシャル・ステップス」(Initial Steps towards Regional Economic Integration in East Asia: A Gradual Approach)の提案は、このような進展を踏まえてなされたものである。同提案は、東アジアにおける制度的な統合を進める背景として、ASEANを軸とした5つのFTAが対話国との間で完成し、その下で生産ネットワークの拡大・再編が進んでいることに注目しつつ、統合に関する議論はASEAN+6を基礎とすべきとの認識に立ち、ERIAの協力も得ながら、FTAの比較研究等を行うことにより、4つのワーキング・グループの議論を加速させることを意図したものである。

提案のポイントは3つある。第1に、前述した4分野について、ワーキング・グループで議論を進めることを、提案の軸としていることである。また、提案は、検討を進めるに当たっては、産業界からのインプットにも配慮するよう、特に指摘している。本年に入り、16カ国からの参加を得て、原産地規則についての官民ワークショップが2回開催されたが、企業からは、協定間の制度の差異や手続きの複雑の改善さなどについての指摘があった。政府間の議論では、こうした場で発せられる声に耳を傾けつつ、利用者にとって使いやすい制度となるよう、議論を進めるべきであろう。

第2に、提案は、自由化と開発が統合プロセスの車の両輪という基本的認識の上に立っている点である。東アジア地域は、経済発展のレベルの大きな格差によっても特徴づけられ、CEPEAの民間研究報告書は、CEPEAの目標の1つを「16カ国の間の経済格差を縮小すること」としている。インフラが不十分な地域を中心とした開発は、こうした格差の解消に貢献するとともに、ヒト・モノ・カネの移動を円滑にすることによって、自由化によってもたらされる恩恵を拡大する。8月の経済大臣会合では、開発のあり方についても議論となり、ERIAから報告された「アジア総合開発計画」が関係閣僚から歓迎されたが、これは地域の関係国が開発を進めていくに当たっての青写真となるだろう。

最後に、提案は、4分野を中心としながらも、(1)物品貿易(原産地規則・関税分類を含む)、(2)税関手続き、貿易円滑化、(3)経済協力のほか、(4)産業政策、(5)ハードインフラとコネクティビティの強化、(6)投資・サービス貿易、(7)熟練労働者の移動という7つを柱立てとし、幅広い分野での統合に向けて議論を促進する必要性を指摘している点である。地内の経済的相互依存が深まり、バイのFTAの積み重ねが進んでいく中、具体的な制度のあり方も、より包括的で質の高いものを目指すべきであろう。

自由化と開発という車の両輪をともに前に進め、より深い統合への道を進むことにより、東アジアの長期的かつ持続的な成長は可能となる。また、その中で、日本は、アジアとともに成長を遂げていくことができると考えられる。AEMにおける提案は、このような展望に立ちながら、まずは政府間で出来ることから始めるべく最初の歩みを踏みだそうという趣旨から、「イニシャル・ステップス(最初の歩み)」と題している。

次のステップへ

2010年9月には、日印EPA交渉が大筋合意に達した。日印間でEPAが発効すれば、我が国にとって12例目、2009年10月に発効した日越EPA以来の久々のEPAとなる。印・ASEAN間でも既にFTAは発効しており、インドという人口10億を越える巨大市場を巻き込みながら、日系企業を含め、東アジアにおける生産ネットワークの拡大・再編が進んでいこう。こうした中、インドを視野に入れながらあるべき制度の検討を進めていくことが必要となろう。

10月末には、5回目となる東アジア首脳会合がハノイにおいて開催される予定である。ここでは、8月の経済大臣会合において、ワーキング・グループでの政府レベルの検討状況について首脳への報告が行われることとなっている。首脳への報告を受け、その後、4つのワーキング・グループでさらに議論が進められることとなろう。来年の東アジア首脳会合は、バンドン会議の主催国でもあったインドネシアで開催される予定である。国内においても、東アジアとの統合のあり方についての議論が深まっていくことが期待される。

*2010年8月のASEAN経済大臣会合(AEM)の結果概要および日本提案「イニシャル・ステップス」については、経済産業省の以下のサイトを参照されたい。
http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/asean/html/asean1008.html

図1 世界の名目GDPに占める各国・地域の割合の推移
図1 世界の名目GDPに占める各国・地域の割合の推移
2010年10月19日

2010年10月19日掲載

この著者の記事