Special Report──RIETI政策シンポジウム「知的資産経営の強化による企業価値創造」関連記事

知識経済における知的資本

Ahmed BOUNFOUR
パリ第11大学教授/マルネ・ラ・ヴァレ大学教授

企業の価値創造において重要な役割を担う知的資産を測定し、経営資産として活用することへの関心が国内外で高まり、これに関する研究、政策論議、企業の取り組みが世界各地で行われています。しかし、今のところ、知的資産経営に関する共通した考え方やアプローチは国内的にも国際的にも確立されていません。こうした背景のもと、2005年11月30日に開催されたRIETI政策シンポジウム「知的資産経営の強化による企業価値創造」では、我が国の企業が企業価値を高めるためには、知的財産経営におけるさまざまなアプローチをどのように取捨選択し、組み合わせていくべきかについて議論が行われました。また、こうしたアプローチを国内で広く普及させ、ひいてはこれをベストプラクティスとして世界に発信していくために必要な政策対応についても議論されました。RIETI編集部では、本シンポジウムで基調講演を行ったマルネ・ラ・ヴァレ大学のAhmed Bounfour教授にインタビューし、知的資本がより重視されるようになった背景、知的資本経営におけるヨーロッパのベストプレーヤーの特徴、無形資産経営に関する文化的視点について伺いました(このインタビューは2005年11月22日に行われました)。

RIETI編集部:
知識経済において知的資本の重要性がますます高まっていますが、その背景にはどのような要因があるのでしょうか。

BOUNFOUR:
グローバルな視点に立って「認知資本主義(cognitive capitalism)」ともいうべき大きな流れを観察すると、いくつかの要因が浮かび上がってきます。

・サービス部門の活動が急速に増大し、価値創造のあり方に大きな影響を与えています。この点について、私は主に組織的側面、たとえば、バリューチェーンに替わるものとして「配列(constellation)」や「組み合せ(combination)」の重要性に関心を持っています。

・製造業そのものの脱物質化(dematerialization)という動きがあります。私は、1984年に提出した博士論文で世界の自動車産業の戦略をテーマに取り上げましたが、1980年代半ばの産業経済においては、規模の経済や生産機能が戦略的思考の重要な焦点となっていました。その典型例は「リーン生産(無駄のない生産)」と呼ばれる日本の生産方式ですが、自動車産業の将来に関するマサチューセッツ工科大学の研究プログラムにより構築された生産方式であり、米国から持ち込まれ、その後、世界的に広がりました。今日、産業界の関心は価値体系に沿ったマーケティング戦略、ブランド戦略、および組織的プロセスに向かっています。いずれも物的資本(生産機能そのもの等)よりも知的資本に関連するものです。

・資本投入量(支出)において、GDP単位あたりの知的資本関連投資が大きく増加しており、研究開発(R&D)のみならず、教育訓練、広告、知的所有権関連の支出についてもそうなっています。少なくともOECD諸国において、こうした傾向が観察できます。

・「創出価値(value created)」の変動が激しくなり、その結果、無形資産への投資にリスクが生じています。たとえば、R&Dにすべての資産を投資しても、これによって特許というかたちで価値が創出され、レント(独占または寡占による超過利潤)が生み出される保証はどこにもありません。つまり、資本投入(投資)と産出(パフォーマンス)との間にもはや密接な(そして明確な)関係は成り立たなくなっているのです。変動性と「ステルス性(furtivite:探知されにくさ)」という要因がより支配的なものになりつつあります。

・レントの創出は大きな課題です。そして知識社会における知的所有権の役割は、たとえば旧来の知識対「最新の」(ときとして再利用される)知識、バイオテクノロジーの知識、ビジネス手法の知識等、この分野において今後、各国間で繰り広げられるさまざまな知識競争を考えると、きわめて重要です。多くの企業が「自己完結的な(autonomous)」無形資産をはじめとする構造資本の強化に乗り出していますが、このことは、知的所有権やレントの創出と密接な関わりがあります。また、知的所有権は、従来の組織形態(会社、部、課といった階層的組織形態)に替わるものとして、もしくは、少なくともこれを補完するものとして、「コミュニティ」やネットワークの出現が予測されることにより、その重要性が高まっています。このコミュニティという考え方は知的所有権の枠を超えるもので、既存の無形資産だけでなく、たとえば私が命名した「認識資源・資産(recognition resources/assets)」のような新たな形態の無形資産も含む概念です。

・自然発生的に形成されたコミュニティ(国、地方、市)が知的資本経営のための新たな政策を積極的に模索しています。

・新たな情報通信技術の出現や透明性への要請の高まりによる影響があり、とりわけ上場企業に大きな制約を与えています。市場において、中でも金融市場においては特に、知識の流動性や「価格設定(valorization)」が求められています。

・時間との関係(ビジネスにおける時間と社会における時間)という要因があります。学者やアナリストには軽視されがちですが、これは重要な問題です。まず、ご存知のように、知的財産力を構築するにはそれなりの時間が必要と思われるのに対し、金融市場では、短期間で成果をあげるための近視眼的な行動に重きが置かれています。もちろん、これは明らかな問題で、すでに大いに強調されていることです。しかし、もっと深く掘り下げてみると、私たちの時間に関する考え方そのものが問題になっているのです。たとえば、我々が学生や企業幹部に事業計画の立て方を教えるとき、どんなふうに教えているでしょうか。直線的思考が今なお支配的ですが、これは数字や確実性に対する明らかに大きな信頼がその特徴となっています。一方、現実の世界では、ビジネスの目に見えない部分が増大し、より不確実で変動しやすい状況になっています。組織的な暗黙の秩序における危機がこの目に見えない部分を増大化させているのです。

・実際、私が「組織的な暗黙の秩序」と呼ぶものの危機は、価値創造の不確実性を増大させています。アウトソーシングやネットワーキングのような経営手法の一般化は、個人と組織の社会的つながりを弱めており、知識(知的資本)資産の創造と価格設定を行ううえで大きな問題となっています。したがって、少なくとも西欧的な文脈においては、個人的視点が企業的(集合的)視点との対比において支配的になっています。そこで、政策的な視点として、知的資本の利用と流動性を高めるために個々の知的資本を構築することが重要になってくるのです。とはいえ、政府や労働組合が、特に失業率を低下させるために、これを実行する覚悟があるかどうか、そもそもこの考え方に必要性を見出すかどうか、定かではありません。

・人口動態(高齢化)はイノベーションに影響を及ぼします。これは、知的資本に関する研究や行為において実に重要な課題となっています。我々が直面する高齢化社会についてきわめて重要な問題の1つは、高齢化が進む中でいかにしてイノベーションのレベルを維持(強化)し、社会リスクの水準を維持していくかということです。これは日本を含むほとんどのOECD諸国に共通する課題です。

・最後に、各国国内および各国間における知識格差が世界的に大きな問題になっています。知的資本は、政府、コミュニティ、地方自治体が新たな政策ツールを決定し、その原型を考案するうえで役立ちます。Leif Edvinsson氏、Gunter Koch氏、そして日本を含む世界各国の代表者40人(日本からは経済産業省の住田孝之氏)とともに私が立ち上げたニュー・クラブ・オブ・パリスに課された使命の1つです

RIETI編集部:
Bounfour教授の著書『Intellectual Capital for Communities(コミュニティの知的資本)』(2005)によると、フィンランド、スウェーデン、デンマーク、オランダ等の北欧諸国が国別知的資本パフォーマンスインデックス(National IC Performance Index)で高い評価を得ています。これらの国々から他の国々が学べる教訓は何でしょうか。

BOUNFOUR:
これは、ヨーロッパ諸国の知的資本格付けを行って得られた結論の1つです。これらの国々は確かにヨーロッパにおけるベストプレーヤーであり、学ぶべき標準といえます。そのパフォーマンスには二重に折り重なる興味深い特徴があります。まず、1つ目の特徴として、従来の測定基準(R&D、特許、雇用等)に照らして優れたパフォーマンスを示しています。しかし、2つ目の特徴として、強い社会的連帯(「リスボン戦略(Lisbon Agenda)」の指標の1つ)を維持しながら結果を出しているということがあります。Hofstede博士の言葉を借りるなら、これらの国々はより集団主義的で女性らしく(女性に対して男性と均等な機会が与えられており)、階層格差に否定的でリスクに対してオープンです。教訓は何かというと、こうした国々のパフォーマンスは、社会的連帯とパフォーマンスの間に絶対的な矛盾が存在しないことを示していると申し上げておきたいと思います。私の理解する限り、これは今日、日本の関心事の1つになっており、知的資本という視点を取り入れることによって、日本はヨーロッパの標準から学ぶための対話を始めるだろうと思います。しかし、今一度ここで念を押しておきたいのは、こうしたパフォーマンスは必ずしも長期にわたって保証されるものではない(いかなる格付けも逃れられない限界)ということです。どれだけ長続きするかは、各国が今後どういう道をたどるかにかかっています。そして、その道は、必然的に各国特有(特異)なものになります。

RIETI編集部:
無形資産の測定・開示において文化的特異性はどのように処理されるのでしょうか。

BOUNFOUR:
私は、著書『The Management of Intangibles(無形資産の経営管理)』の中で、無形資産の情報開示のあり方について、水平的側面(Horizontal dimension: 標準化されたもの)と垂直的側面(Vertical dimension: 特異なもの)という2つの側面を考慮することを提案しました。情報の信頼性を確保するためには、水平的側面の開示は、きわめて単純でごまかしにくく監査が可能な項目に絞り込むべきです。たとえば、R&D、ソフトウェア、組織的プロセス、ブランド、特許等への投資(支出)といった項目です。垂直的側面(特異性)については、ある程度の標準化はできるとしても、各企業・組織の表現の仕方に関わってくるため、その取り扱いはきわめて困難です。

無形資産の文化的特異性(国レベルか個別企業レベルかに関わらず)に関する情報開示は、水平的レベルで評価することも垂直的レベルで評価することも可能ですが、後者がより重要であると申し上げておきたいと思います。いずれにしても、それぞれの側面について、知的資本のパフォーマンスを理解するための基本原理が必要です。

RIETI編集部:
何らかの特定された無形資産に基づく行動様式を確立することがプラスに働く(従業員訓練によってモラルと生産性を高める等)ように思われますが、逆に企業の行動がマイナスに働くのはどういう場合でしょうか。また、どうすればそれを避けることができるのでしょうか。

BOUNFOUR:
難しい質問です。一部の学者やアナリストは、知的資本について単純かつ重複した見解を示しています。無形資産に投資すればするほど、大きな成果が得られるというものです。しかし、この方程式は、投資が正しく管理されればという条件つきで成立し得るものです。しかも、仮にその条件が満たされたとしても、得られる成果については定かではありません。先ほど申し上げたように、ある無形資産への投資と当該無形資産によって生み出される価値の間に明確で機械的な関係は存在しません。とはいえ、何らかの成果(産出)を期待するためには、こうした投資が必要であることは明らかです。つまり、無形資産に関する受容力が弱い場合、あるいは、イノベーションのために必要な補完的資産を(法的にもしくは市場力を含むその他の手段で)抑制しているような状況においては、企業行動がマイナスに働く場合があるかも知れません。経営的観点に立って考えた場合、特にイノベーションが生み出す利益の占有可能性(appropriability)が低いとき(サービス経済においてはこれが一般的)においては、経営陣は、無形資産に関する組織的受容力(受容力そのものが極めて重要な知的資産)や重要な補完的資産(たとえば、ある特定のイノベーションの流通経路)の管理に注意を払うべきです。

原文を読む

取材・文/RIETIウェブ編集部 木村貴子 2005年11月22日
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RIETI政策シンポジウム「知的資産経営の強化による企業価値創造」

2005年11月22日掲載

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