Special Report──RIETI政策シンポジウム「難航するWTO新ラウンドの打開に向けて-多角的通商体制の基本課題と我が国の進路-」直前企画

米国の通商政治の変化

I.M.デスラー
メリーランド公共政策大学院教授

RIETI政策シンポジウム「難航するWTO新ラウンドの打開に向けて-多角的通商体制の基本課題と我が国の進路-」では、地域主義との関係、WTO機構の強化、通商政策決定の国内プロセス、グローバルガバナンスのそれぞれの観点から、WTOが抱える基本的課題を検討しました。本コーナーにおいてシンポジウムの論点や見どころ等について紹介してきましたが、シリーズの最後となる第5回目では、メリーランド公共政策大学院教授のI.M.デスラー氏に、米国の通商政治の変化、ドーハラウンドの締結に向けての施策等について伺いました。(このインタビューは7月8日に行われたものです。)

RIETI編集部:
最近American Trade Politics(第2版の邦訳は『貿易摩擦とアメリカ議会』日本経済新聞社 1987)第4版が出版されました。この新版を執筆なさるきっかけとなったのは、米国の貿易政策や国際貿易の環境に関するどのような問題でしょうか。

デスラー:
まず1つの理由は、第3版以降の10年間に非常に多くのことが起こったからです。国際的な面では、WTOが大きな影響力をもつ機関となり、長年に渡るグローバルな繊維製品の割当規制が廃止され、新たな多角的貿易交渉であるドーハ・ラウンドが立ち上げられました。一方、米国の政策では、FTAの優先順位がより高くなり、それは東アジアでも同様のようです。

しかしながら、私が主要な焦点を当てているのは、この本のタイトルにあるように米国の「通商政治過程」です。改訂にあたり、特に3つの大きな変化に軸を置きましたが、この3点により、通商政治過程は1980年代半ばに初版を著した時点と大変異なるものになっていると思います。

第一に、第9章で述べているように、伝統的なビジネスに基づいた米国の貿易保護主義は、アメリカの建国以来弱まっています。第二に、社会的な問題が貿易に関連する政治課題として顕著になってきました。具体的には、貿易と労働および環境基準の関係、グローバリゼーションが引き起こす富の分配の問題です。第三に、二大政党間の対立が著しくなり、極度に強い党派心が米国の政治、特に議会、中でも下院を支配するようになっています。

American Trade Politicsの第1版から第3版を通して核となっている議論は、問題の根本が、保護を求める側の集約された利権と、貿易の拡大から利する側の攪拌された利権との間の政治的不均衡にあることです。この不均衡の中心には、輸入品と競合するものを生産する国内生産者の存在がありました。しかし、この数十年間、米国の貿易赤字は記録的に増大していますが、保護を求める産業は少なくなりました。その理由は、ほとんどの米国企業がグローバルに活動するようになったからだといえます。生産者は材料や部品を海外からの輸入に依存しており、彼らの通商政治戦略では、国際商取引が拡大し続けることを前提としています。長い間米国において主たる保護主義勢力となっていた繊維産業でさえ、以前は輸入品の制限に重きを置いていましたが、現在では輸入衣料製品に使用される米国製の繊維や生地の比率を最大限にすることに重点を移してきました。

何十年もの間、自由貿易を唱道する人たちは「スムート・ホーリー法」レベルの関税や過度の保護主義に回帰することへの不安を惹起しました。現在では、このような傾向を本気で心配する必要はありませんが、更なる貿易自由化に対する深刻な政治的障壁が依然として残っているのです。

これらの政治的な課題の中で顕著なのは、社会的な問題への関心の高まりです。1990年代初期のNAFTAの交渉以来、米国の通商政治過程は、主に貿易と他の重要な政策課題との関係が中心となっていました。製造業者の保護主義色を薄めてきたグローバリゼーションは他方で、「貿易と...の」問題(貿易と労働基準、貿易と環境など)に見られるように、さまざまな経済的利害または経済的目標の間で成立させるべき均衡ではなく、むしろ経済的な関心と社会的な価値との間の均衡を伴うようになりました。米国の通商政策当局はこの課題に対処するために、あるいは理解することにおいてさえ、十分な準備ができていないのです。そしてこれら社会的な問題は、これまで貿易自由化に関する法令成立の基盤となってきた超党派のコンセンサスを揺るがしています。これらの社会的な問題が通商交渉に与えてきた影響は、クリントン大統領が議会から貿易協定包括交渉権限を勝ち取れなかったこと、また、1999年のWTOシアトル閣僚会議をデモが失敗に導いたことにより浮き彫りになりました。

最後に、大事なことですが、ここ数年で、過去数十年にわたって拡大してきた、米国の政治エリートの、特に米国議会における二極化が頂点に達しました。これは通商政策の舞台の外のより大きな力学によってもたらされましたが、この二極化は、貿易自由化を支持するゆるぎない源の1つ、つまり米国議会の委員会や両院の院内総務間にあった超党派の協力体制を弱めてしまったのです。

クリントン政権の間に、貿易に関する党派支持者の論争は増えましたが、2000年以降は70年来見ることのなかったレベルにまで達しました。2001年には、下院歳入委員会の共和党議員と民主党議員は個別に貿易促進権限法案を策定し、この2つの法案の本質的な相違はさほどなかったにもかかわらず、両党の院内総務はその相違を調停するため真剣に話し合おうとはしなかったのです。結果として、ジョージ・W・ブッシュ大統領は、1票の勝利差を何とか作り出すため共和党員からの前例のないほどの支持に頼らざるを得ませんでした。これにより、ブッシュ政権は、非常に限られた政治的な裁量の余地で交渉することを強いられ、特定利害関係者に打ち勝つ力を弱めてしまったのです。このことは、中央アメリカ-ドミニカ共和国自由貿易協定(CAFTA-DR)がこれらの国々の製糖業に対し、米国市場へのアクセスを新規にはごくわずかしか認めていないにもかかわらず、米国の製糖業者がこのFTAを頓挫させるため本気でキャンペーンに着手したときに明白となりました。

このように、保護主義の衰退が意味するものはグローバリゼーションが定着しつつあるということだとしても、現在、米国にとって新しい貿易自由化を推進することは非常に難しいのです。これはドーハ・ラウンドの成功を脅かすものであり、それというのも、今般の交渉が価値ある成果をもたらすためには、米国が、製糖業を含めた残存する保護産業において譲歩することが必要となってくるからです。

このことから、米国は何をなすべきかという疑問が生じます。American Trade Politicsの新版は、自由貿易から得られる膨大な国の利益(年間1兆ドルの付加的国民所得)に関する新しい分析を引き合いに出して締めくくっています。同じ分析は、残存する貿易障壁の撤廃により米国の国民所得は毎年5000億ドル増えると導き出しています。しかし、これらの利得は均等に分配されず、マイノリティ(少数派)は貿易自由化による競争激化のため雇用・所得の損失を被ります。これは新しい貿易交渉への政治的なサポートを弱めることになり、前述した社会的な問題や党派の二極化とともに、貿易からの潜在的な利得の実現を政治的に難しくしています。

これらの実質的かつ政治的な問題に取り組む最善の方法は、貿易自由化を今まで以上にふんだんで効果的な国内政策に結びつけ、経済的変化により被害を蒙った国民に補償を行い、彼らのグローバル経済への効果的な参加を可能にすることです。そのためには、再訓練、給付金、賃金保険およびその他の施策を組み合わせて、年間200億ドル台の費用が必要です。現在の政治的な環境はそのような施策を実行するのに好ましいものではありませんが、貿易からの利得を確保することに関心を抱く米国のリーダーは、まもなくこの論理に異論を唱えられなくなるでしょう。

RIETI編集部:
1980年代および90年代初期、日本との貿易赤字は米国の政策立案者にとって主要な問題と考えられていましたが、今では中国がはるかに大きく立ちはだかっています。この2つの関係はどのように異なるのでしょうか。

デスラー:
米国の中国との貿易関係は、米国の最も重要で最も論争を呼ぶ関係としての米日関係に取って代わりました。そして米国の中国に対する貿易赤字は、絶対的にも、相対的にも、日本との赤字がかつてそうであったよりもさらに増大しました。2つの赤字は、グローバルな貿易不均衡を反映している点において相似しています。つまり、米国にとっては巨額の経常収支赤字、米国の貿易相手国にとっては大きな黒字という不均衡です。そして両者とも、相互依存特有の形を反映しています。すなわち、米国は、自国の赤字への資金を供給するため中国に(そして依然として日本にも大いに)依存しており、中国は(また依然として日本も大いに)、自国の製品に対する需要、そしてその労働者に雇用を提供するため米国を必要としているのです。

しかし、この2つの関係は類似点よりも相違点のほうが大きいのです。当面の経済的観点からは、過去数年間の中国の貿易における成功は、1980年代から1990年代初期にかけて日本の成功が米国の生産者を脅かしたほど直接的な脅威となっておりません。それは、中国の経済が日本ほど発展しておらず、太平洋を渡って送り出される製品は、米国の重要な産業にとって脅威となる可能性が低いからです。米国市場で増大する中国のシェアは、相当の程度まで中国と競合する他の国々からの輸出の犠牲によるものです。したがって米国の産業界の中国に対する反応は、熾烈さのずっと少ないものでした。少なくともこれまではそうです。米国は、中国との間で、米日の半導体摩擦や自動車摩擦と同等のものは経験してきませんでした。

しかし他の観点では、米中間の貿易摩擦はさらに脅威的です。日本は、安全保障上の同盟国であり、軍事に関しては米国のリーダーシップに対して追従してきました。ところが、中国は違います。また、ソビエト連邦の崩壊に伴い、米国と中国が対抗すべき共通の超大国はもはやなくなりました。日本は民主主義国家であり、その広い意味での政治過程は、アメリカ人が必ずしも理解しなくとも是認することが可能です。中国は現在のところ独裁主義体制であり、その将来の政治体制は憶測の域を出ません。これに関連して、日本は効果的な経済成長政策と、政治的に過熱した通商問題については米国に譲歩する姿勢を組み合わせてきました。日本政府は、しばしば米国の政治的圧力に順応してきましたが、中国はその歴史を異なった目で見ており、圧力に対しては概して態度を硬化させます。これは、人民元の過小評価や多国間繊維協定失効後に中国繊維製品の輸出が急増したように、緊張の深刻な原因を軽減することを難しくしています。

最後に、中国は人口の増加、経済の成長、潜在的能力をバックに、将来のある時点で、グローバルな優位性確保へ向けて米国に対抗してくるでしょう。それは最悪の事態の防衛策および経済シナリオに当然ながら焦点を当てることとなり、何とかしてプラスサム関係を維持しようとする努力を複雑にしているのです。

RIETI編集部:
多くのご著書の中で、デスラー教授は米国の通商政策において増大する党派心(二大政党間の深まる対立)の重要性について述べておられます。なぜそのようなことが起こっているのでしょうか。米国は自由貿易促進に向けて幅広いコンセンサスを復活させるために何ができるでしょうか。

デスラー:
党派心は米国人の間で全体的にはごく控えめにしか強まっていませんが、両政党の活動家の間ではより顕著になっています。この党派心の増大には多くの原因がありますが、その中で最も有害なのは、最高裁判決により10年毎に選挙区割の見直しが要請されるようになったということです。選挙区の再編の機会を利用して「安定的な共和党の選挙区」あるいは「安定的な民主党の選挙区」の形成が画策され、選挙戦の焦点が党派間の争いから党内部つまり予備選挙へと推移してきた。予備選挙に投票する人は最も保守的あるいは最もリベラルな人たちであるから、かかる状況において対応すべき中位投票者は保守的な共和党員かリベラルな民主党員になってしまうのです。

これは深く根差している問題です。超党派コンセンサスをわずかでも回復することは容易ではないでしょう。アイオワ州が行っているように、すべての州が独立した非党派の団体を通して下院選挙区を区割りすれば、超党派コンセンサス回復に役立つでしょう。それは、政治的に中道に近いところにいる議員を生み出す傾向があります。アーノルド・シュワルツネッガー知事はカリフォルニア州のためにそのような過程を提案しました。しかし、通商政策の領域内でコンセンサスを回復させようとする最善の方法は、貿易の拡大と、私が先に申し上げた一種の救済プログラムを組み合わせることであり、その詳細についてはAmerican Trade Politicsで説明しています。

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取材・文/RIETIウェブ編集部 Robert Robison 2005年9月27日

2005年9月27日掲載

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