Special Report

ロバート・フェルドマン氏に聞く~小泉政権の総括と経済政策の今後

9月に行われる総裁選をにらみ、国内では改革派と抵抗勢力の対立という図式が日に日に顕在化している。RIETI編集部では、りそなの実質国有化や産業再生機構の設立を含む過去2年間の小泉政権の評価や今後の政策転換の可能性、また、最近の急激な株高・長期金利上昇の背景とその経済の先行きへの影響、マクロ経済政策のあり方などについて、モルガン・スタンレー証券会社チーフ・エコノミスト兼マネージング・ディレクターのロバート・アラン・フェルドマン氏にお話を伺った。(聞き手:鶴 光太郎(上席研究員)

鶴:
今日はマクロの話、金融の話、政策的な話の中から関心事項を選んでいろいろとお話をお伺いすると共に、現在の日本の経済状況やそのあり方について、ご示唆をいただければと思います。まず、最近の経済状況を見ますと、一番大きな変化として、4月は株が史上最低というところまで落ちて7000円台でした。これが最近、円高という状況もありますが、非常に急ピッチで上昇し、もう1万円に迫るというところまで急激に回復をしています(このインタビューが行われたのは2003年7月10日)。

一方、長期金利のほうも、最近また非常に急ピッチな上昇が見られて、いわゆる景気回復期待というものが、マーケットに出てきているということなんですが、まずはその背景と要因をどうお考えになっていますか?

また、株高の影響と金利上昇の影響、株高についてはもちろんプラスということなんでしょうけれども、金利上昇の話は、国際問題やキャピタルロス、設備投資、さまざまな影響が懸念される部分もあるわけですが、そういったことを含めまして、今後の経済の先行きへの影響をにらみながらの話を含めてお聞かせ下さい。

テクニカルな背景とファンダメンタルズな背景を分けて考える必要がある株価の上昇

フェルドマン:
ロバート・フェルフドマン(モルガン・スタンレー証券会社) 弊社(モルガン・スタンレー証券会社)の見方としては、イラク戦争の日本経済に対する影響というものは、ほかの国に比べてそれほど大きなものではないと思っています。まず、この戦争の見通しですが、一番可能性が高いのは、多少は長引くだろうという見方です。戦争の後の平和維持活動や国家再構築活動といった大変コストがかかることも含めて、数カ月単位かかるだろうという見方ですね。次に考えられる可能性として、数週間の短期戦で終わるというもの。今の段階では、まだどっちなのかということを判断するには時期尚早だと思います(編集部注:インタビューが行われたのは2003年3月27日)。

戦争が短期に終わってしまえば、地政学的なリスクが非常に低下してくる。それはアメリカ経済、世界経済、ひいては日本経済にとっても良いことです。一方、1割ぐらいの確率として、ベトナム戦争時のように戦争が非常にこじれる場合があります。その時は、我々としても全面的な予測の書き直しにつながってくるだろうと思います。今回の戦争が日本経済に与える影響の経路としては、そうした世界経済の成長が与えるものが1つ、そしてもう1つは当然ながら原油価格を通じた経路です。原油価格は、地政学的な問題がなければ、かなり低下するだろうと考えています。極端な場合は15ドルぐらいから18ドルぐらいまで低下するということです。地政学的な不安定材料全部がなくならないとしても、20ドルぐらいまでは下がるだろうという見通しが出されています。これは日本経済にとってプラスになるでしょう。仮にそうではなく、30ドルとか40ドルぐらいに高止まりすると、当然ながら、日本経済にとってマイナスです。ただ、日本を除くアジアに比べて打撃の度合い、マイナスの度合いはグッと小さいわけです。韓国やタイとかに比べるとあまり問題はないと思います。

株価の上昇、長期金利の上昇ですけれども、テクニカルな背景と、ファンダメンタルズの背景を分けて考えたほうがいいと思います。テクニカル的なところですと、特に株価の場合は、代行返上の心配や世界情勢の悪化、たとえばイラク戦争等による心理的なマイナスがなくなって、普通に戻ったというところもあると思います。

債券市場も同じだと思います。ですから、7000円からはね返ったというよりも、正常に戻ったという部分もあるでしょう。ファンダメンタルズの部分ではいくつか新しいところがあります。1つは、景気指標でいうと、特に鋼工業生産、機械受注が予想よりいい。賃金の統計はちょっと不安定なところもありますが、下がり方が一時期に比べて若干緩くなっています。そういう意味で、指標は若干ポジティブサプライズです。

海外情勢も、イラク問題がうまくいっているかどうかはわかりませんが、一応落ちついているということもありますし、アメリカ、ヨーロッパは仲よくやりましょうという動きも出てきています。さらにパレスチナ・イスラエル問題が、どうもいい方向で動いているのではないかということですので、この心理的影響は過小評価してはいけないと思います。

もっとも日本に近い北朝鮮問題は解決していませんが、中国、アメリカが、同じ方向で動きましょうという方向性も鮮明になっていますので、いい方向で動いているなと思います。

このように、国際情勢のファンダメンタルズ、国内経済のファンダメンタルズの両方とも予想よりいいということで、株価と長期金利に影響を与えていると思います。

もう1つ、国内政治の動きですが、たとえば3カ月前は、9月の自民党総裁選は、小泉さんは危ないのではということ、あるいは方向転換が必要でしょうとか、そういう話が結構ありました。しかし今はそれは消えてしまっています。むしろ、反対候補者は誰もいない、出たとしても全く信頼性がない。抵抗勢力は今、防衛スタンスになっています。その意味で、小泉改革をもっと早く進める確率が若干上がったということはいえるでしょう。

また、まだ第1号は出ていませんが、産業再生機構が最近できました。人事を見てみますと、非常にしっかりした人材が揃っていて印象が良い。銀行の方は派遣の形では受け入れないということは大胆ですが、非常に意味が大きいと思います。利益相反は認めませんということは、非常にすっきりしたと思います。そういう意味で、ファンダメンタルズの部分もあります。

ただし、ちょっとどうかなと思うところも幾つかあります。株価の上がっている株を見てみると、なぜこれだけ上がるのかと疑問に思うものもあります。たとえばインターネット関連のものがぐんぐん上がっていますが、そこまで良くなっているのか、と。

もう1つは、銀行株です。りそなの公的資金導入の意味は、銀行を全部救いますということでも何でもないのに、全ての銀行の株が上がっています。何か錯覚している。まあ、短期的に倒産する確率が減ったということは事実ですから、ちょっと安心感が出ているかもしれませんけれども、むしろ秋にかけて政府がまた動くんじゃないかということは十分想像されますので、なぜ銀行株がこういう動きをしているのか、ちょっとわからない。

鶴:
株の動きも、下がるときと上がるとき、一斉に動く部分があるのかもしれません。そのあたりを考慮すると、少し懸念される部分があるというわけですね。状況としては、株価がさらにどんどん上がっていくといことは非常に難しいと思うのですが、短期的に見れば、マクロ経済にはプラスになっていると考えてよいですか?

フェルドマン:
いいと思います。株価と景気の絡み合いはいろいろありますが、この場合は、基本的に景気が予想より良かったから株が上がっているという因果関係です。

鶴:
長期金利のほうですが、この動きというのも、政府、また日銀などもかなり警戒しているんだと思うのですが、この辺りは今後の動向も含めて、どのように見ていらっしゃいますか?

フェルドマン:
長期金利は、これから上昇する方向だと思います。ただし、どういうスピードで上がるのかが、むしろ問題でしょう。デフレがまだ終わっていないから、急に2%、3%まで上がっていくということは考えにくい。

もう1つは、債券関係者は、ほかにお金を使うところがありませんから、債券を買うしかないという心理がまだ全然変わりません。ですから、潜在的に買いたい気持ちがまだあります。つまり、トレンドは上昇かもしれませんが、上昇トレンドの周りに、上がったり下がったりするということかなと思います。

ただし、本当に小泉改革が進むという方向で動いているなら、日本経済は正常化してきます。そうしますと、債券市場も正常化するので、方向としては上昇でしょう。

そこで忘れてはいけないのは、いわゆるロールダウン効果です。今日の10年債は、1年たったら9年債になりますよね。金利が低くなりますので、その分キャピタルゲインが発生します。そのキャピタルゲインと、待っただけのキャピタルゲインと、市場の動きのためのキャピタルロスを比較すると、そんなに悪くないんです。だから、思うほど心配ではない。ただし、パニックになったら、それは心配ですね。

鶴:
次に、ちょっと視点を変えて、金融の話や企業の再生の話を伺いたいのですが、先ほどもお話が出ましたりそなの話で、今回のりそなの実質国有化を総合的にどう評価するかということと、現時点での金融システムの評価というのはどのようにお考えになっているのでしょうか。

評価に値するりそなの実質国有化

フェルドマン:
りそなの件に関しては、投資家の間では説が2つあって、1つは「事故」だったと。もう一つは、「腹話術」だったと(笑)。

「事故」とは、たまたま会計事務所の人の自殺等があって、そうなってしまったと。私はそうは思っていません。なぜかといいますと、10月の竹中プランを読みますと、りそなで起きたこと通りに書かれているんです。特に、監査法人に対して力をかけて、もっと正しいことを言ってもらおうと非常にはっきり竹中プランの中に書かれていますよね。そのとおりになったわけだから、これは「腹話術」だと私自身は思っています。

今後成功するかどうかということですが、問題点が幾つかあります。1つは、今の危機管理システムの中で、首相が関与しない限りは動けないということは法律上の欠陥だと思います。なぜ政治問題にさせないといけないのかと。首相も関与するものとは別の、中間のものが必要だなという感じがします。

竹中さんももちろんそれに関することを今考えているし、国会の方も考えている。だから、このりそな問題によって、今の制度があまりにも天国か地獄か極端であるということがはっきりしたのは進歩だと思っています。

しかし、もっと大きい問題として、今度りそながグッドバンク、バッドバンクの形になります。何がグッドバンクに入り、何がバッドバンクに入るか、まだちょっとわからないんです。金融庁のほうは検査をやったばっかりだから、もう1回やるなんて意味がないという見方らしいんですね。だけど、新しい経営者は、それじゃ足りないよということも当然わかっているから、新しい会計事務所を使ってもう1回、自己査定をやりますと、これは大きな進歩だと思います。

鶴:
はい、そうですね。

フェルドマン:
その結果を見て、グッドバンク、バッドバンクに分けますと。だから、この点に関しては、まあ、いいんじゃないかと思います。

もうひと1つは、経営が大きく変わりました。りそなというのは、そもそもなかったものですので、あさひか大和かということで見る限りは、割としっかりした人が昇格したという読みもできます。100人ぐらいがいなくなっているわけだから、相当厳しくやったという評価もできると思いますので、人事が変わっているということです。

残る問題としては、金融庁が果たして管理する能力があるか、気があるのかという点です。金融庁の中でも、守旧派と改革派がいるんですよね。今後、どういうふうにその2つのグループが展開していくかが問題です。

今までのやり方に問題があったんじゃないかということも国会で問われているわけだから、守旧派は、どちらかといえば防衛姿勢になっていると思います。そういう意味で、竹中大臣に対する面従腹背問題が、少し和らぐのではないかという感じがします。いくら金融庁の中の調査をやった結果、何も悪いことはなかったといっても、だれも信じないんですよ。金融庁が悪いとは言いませんが、客観性のある人がやらないといけないという大原則があります。そういう意味では、日本の民主主義がちゃんと動いているということだと思うので、非常に大きな進歩だと思います。

鶴:
確かに、りそなは委員会型の開示形態とアメリカ型のガバナンス形態ということで、社外取締役、それから会長をJRで国鉄改革をやられた方をもってこられた点は非常に期待できると思います。今、金融庁の中で、改革派と守旧派ということをおっしゃいましたけど、やはり社外取締役の中でも、改革派の方と、それから地元の経済を代表されている方と、若干温度差が違うと思うんですけど、その辺はどのような形でごらんになっていますか?

フェルドマン:
道路民営化委員会も改革派と守旧派が両方いましたよね。道路の場合は比率からいうと、改革派が多かったですね。りそなの取締役会を見てみますと、同じ感じがします。改革派が多いけれども、守旧派もいる。これ、非常にバランスがとれていると思います。守旧派を全然入れないということであれば、逆に動かないと思います。ですから、それもある意味で、小泉さんの知恵が入っているなと思いますね。方向ははっきりしているけれども、一応みんなの意見を聞かないと進まないという、非常にいい知恵だなと思いますね。

鶴:
次に、もう1つの問題として、やっぱり、企業の再生をどのようにしていくのかという、金融絡みの話があると思います。そこで一番大きな問題としては、今度新たにできた産業再生機構、これがどれぐらいうまく働いていくのかということを、今の時点に立ちまして、期待できることやメリットと逆に懸念する部分と両面のお話をお伺いできればと思うのですが。

産業再生機構第1号は成功ケースにしなければならない

フェルドマン:
まず、再生機構が発表された昨年10月あたりは、ほとんどの人が懐疑的だったんですね。その意見はまだ残っているけれども、全体として、非常に評価されています。なぜかといいますと、インセンティブの構造が非常にいいですし、人事が抜群だという見方です。ただし、第1案件がまだ出ていない。なぜかというと、どうも銀行が協力したくないという意見があるというのです。それは本当かどうかわかりませんけれども、可能性はあると思います。

まだ銀行側が、アメとムチをわかっていないんじゃないかという感じがします。

アメのところは非常に良いと思っていますね。特に銀行にとっての税制の分と企業にとっての税制です。たとえば、今まで企業が債務放棄を受けた時に、それが所得だと見て、税金を払えということでしたが、これはとんでもないんじゃないかと。それがなくなっているわけですから、非常にいいところはあると思います。

そこで何が足りないかというと、再生機構と金融庁の協力が果たしてあるのかというところが問題だと思うんです。協力する場合は、いいことがあります。協力しない場合は、何も悪いことはないということは、銀行が何もしなくても問題ないと思ってしまっているのかもしれません。だけど、私はそうじゃないと思うんですね。

たとえば再生機構が「この企業をやりたい」ということになって、銀行が断った場合は、金融庁が次の検査のときに、その企業貸出の債権の評価を下げないといけないんですね。

鶴:
厳しくするということですね

フェルドマン:
そういうことしかないんですね。ただ、銀行に対して金融庁がまだはっきりしていないと思います。だから、銀行がだらだらしている部分もあるかと思います。もう1つは、銀行の考え方と再生機構の考え方は、かなり違う。再生機構の考え方は、あくまでもビジネスマンの立場からです。銀行は、「どうやって返済できるか」という立場から見ている。したがって違う世界の人たちが交渉しているから、進まないという状況もあると思います。だから、信頼関係を築き上げるために、少し時間がかかるでしょう。残念ですが、あんまりよくないものを早く出すより、いいものを遅く出す方が良いので仕方ないですね。

鶴:
第1号を成功ケースにしなければいけないということですね。

フェルドマン:
そういうことです。

鶴:
鶴光太郎(上席研究員) 金融面でのお話は非常によくわかりました。それ以外に構造政策のあり方として、今のデフレ状況に対応するために、マクロ政策ではもうかなり限界に近づいてきているという認識は広がっている。ただ、「構造政策」という言葉を使っても、「構造」という言葉が非常にひとり歩きをして、なかなか明確なものが出てこないということで、特にフェルドマンさんは労働市場に着目されて、構造政策のあり方を論じられていますが、その辺の考え方の整理と、それから、具体的に労働市場に着目した場合に、どのようなアイデアをお持ちなのかお聞きしたいのですが。

フェルドマン:
構造という言葉が「あいまい」というご意見はまったくそのとおりだと思いますが、労働市場は実は2つあって、社内の労働市場と社外の労働市場、それを分けていかなきゃいけないと思うんですね。

社外の労働市場ですと、たとえば政府がとっている政策が幾つかあると思います。派遣社員の条件を緩めるとか、あるいは首を切る場合の条件と労働者の権利をはっきりする等、そういうことは、かなり進歩があったと思います。この前の法律は、首を切る権利があるような法律の書き方はやめましょうということになったんですが、これはちょっとよくないなと思います。法律を読むと、そういう権利がないという読み方はできないのです。もうちょっと政治家が責任を持って、ほんとのことを言えばいいじゃないかという感じがしたんですが、一応それは進歩していると思います。

社内の労働市場ですけれども、これは基本的に、労働者の使い方がいいか悪いかということだと思います。そういう意味で、この前、再生機構COOの富山和彦さんのスピーチの中身を聞きましたけれども、非常にいいご指摘があったと思います。今の労働の問題は、労働の質とか労働の配分というよりも、使い方が悪いということをおっしゃっているんですね。もちろん、レベルアップしないといけない、スキルを高めないといけないというところもあるんですけれども、富山さんのポイントは非常に簡単で、ある労働者は、たとえば可能な生産性は100とした場合、今は、給料は70で、生産性が50。なぜこうなっているかというと、経営が悪いということです。経営者を変えて、労働者をちゃんと使うようなインセンティブを与えれば、簡単に労働者のやる気も出ますし、70を超えた生産性になってきます。だから、そういうことをやれば、わりと簡単に労働問題は解決されるんじゃないか、首を切らなくて済む人たちもたくさんいるんじゃないかということをおっしゃったので、まあ、そのとおりであろうと思います。

鶴:
フェルドマンさんは、いわゆる失業保険みたいなものも、失業者がどんどん増えていけばかなり枯渇していくので、日銀からそういった資金を借りるというような政策を提案されていますが、いわゆるセーフティネットをどう考えてらっしゃいますか?

フェルドマン:
私が承知している限りでは、失業保険をもらうときに、最初の給料をもとにしてもらいますよね。もらい過ぎであるという場合もあり得るんです。あくまでも保険ということですので、払っているお金ともらえるお金のバランスがとれているかという問題もありますし、これは社会が義務的に払いなさいということですので、果たして、払っている人たちともらっている人たちはフェアにやっているのかというと、そうじゃないこともある。これは直すべきです。そういうバランスのとれた制度のやり直しを行う必要があることがまず1点。

もう1点は、失業保険基金は、そろそろお金がなくなっちゃうんですよね。その時に、負担を増やすのか、借り入れ機能をつけるのかのどっちかですが、今は増税は論外ということですので、やっぱり、借り入れする機能をつけないといけない。じゃあ、普通の日本国債を出せばいいというアイデアもあると思いますけれども、私はむしろ、失業保険債という特別債券を出してもいいと思います。橋をつくるための国債じゃなくて、あくまでも失業保険のためのお金ということで、日銀がそれを買えば、構造改革につながるマネーサプライの増加ということになります。

鶴:
そうですね、エリアははっきりしますね。

フェルドマン:
はい。構造改革と金融政策を一緒にしないといけないという意味で、こういう特別国債をつくって、あるいは種類をつくって、日銀がそれを買えばいいと思います。ただし、橋をつくったり、道路をつくったりするような普通の国債は、日銀は買わないというようにする。

鶴:
非常によくわかりました。今、ちょうど財政の話が出たんですけれども、マクロ政策で景気回復のためにということより、今は財政の問題、税制の問題、これだけ赤字や債務が増えてきて、そのシステムの問題として、今後そういう問題をどう考えるべきかと。特に、政治経済的な部分が強く出るところでもあると思います。最近では経済諮問会議などいろんなところがいろんな議論をしているわけですけれども、そういった制度的な問題も含めまして、これからのあり方についてお考えがありましたら、教えていただきたいと思います。

財政諮問会議の中に「税制を考える機能」を付けるべきである

フェルドマン:
今は、税制を財政から離れて議論することがよくあるんですよ。特に最近、消費税を上げるか上げないかに関する議論は、もう全く支出を考えずに行われているんです。こんなおかしいことはないと思います(笑)。

どうやって税制の議論と財政の議論をくっつけるかが問題なんです。そもそも、諮問会議はそのためにできているんですよね。ただし、現時点では、諮問会議が偉いのか、政府税調が偉いのか、党税調が偉いのかという争いが大きい。もちろん、国会が税制を決めるということでいいと思いますが、党税調ということは、ちょっとおかしいなという感じがします。むしろ、国会の税制委員会を中心にして、国会の役割を果たしていただきたいなと思います。政府側ですが、私は、政府税調は廃止すべきだと思っています。なぜかといいますと、税しか考えないんですね。支出と歳出を一緒に考えないといけないわけですから、そういう税制を考えようという機能を諮問会議につけるべきなんです。

なにかと権力争いになっちゃうと思いますが、誰が偉いかという問題じゃないんですよ。どうやって日本をよくするかが大切だから、やっぱり諮問会議の中に入れるべきだと思います。そうすれば組織の問題が解決されると思います。

では、中身の問題はどうかということですが、効率化を考えて税制を改革しないといけないと思います。そうしますと、働く人たちの数が減ってしまいますので、できる限り、働くインセンティブを与えないといけない。これはどういうことかというと、消費税を上げて、所得税を下げるということだと思います。できる限り所得税を下げて、廃止してもいいと思うんですけれども、下げて一律にすべきだと思います。控除は非常に少なくすることも必要だと思います。

もうひとつ、金利所得に対する課税ですけれども、これも、どういう金融商品からもらったかということを、あんまり考えなくていいように修正しないといけない。これは財務省が既にやろうとしているところだから、まあ、進歩しているかなと思いますが、いろんな商品の中立性が必要ですね。あとは、これからの高齢化社会を考えますと、できる限り行政コストを下げないといけないと思います。今、多分5万8000人ぐらい国税庁の方がいると思います。2割5分ぐらい、国の役人を減らそうという中で、これも減らさないといけないんです。だけど、今でも人口何人当たり、国税庁の人がいるかということですと、アメリカに比べて日本のほうが多いんです。だから、負担が大きいんです。やはり電子税制が必要ですね。できる限りコンピュータでも申告できるような税制、すなわち、簡素税制にしないと、そのうち間に合わなくなると思います。テクノロジーを駆使して税制をつくり直すことと、働くインセンティブを与えるための税制にしないといけないと思います。

鶴:
今のお話に私も非常に共感いたしておりますけれども、結局、そういう電子税制にするためには、納税者番号というものがまず前提となりますよね。

フェルドマン:
絶対必要ですね。

鶴:
そういう意味では、透明性というものを財政・行政中でも、かなり高めていかなくてはいけないというのは非常に大きな前提になると思います。もう1つは、やはり成功したときにリターンの大きい社会であることが必要だと思います。先ほどおっしゃったように、最高所得税の税率を下げるということは重要なのではないかと考えております。

福井新総裁になられてからの最近の状況を見ますと、日銀の資産構成を変えて、これまで持たなかったようなリスキーな金融資産を購入し、日銀のバランスシートにちょっと悪影響を与えています。これまで日銀はそういうものに対して非常に抵抗があったと思うのですが、そうした最近の日銀の金融政策の評価と、今の根本的なデフレの状況、今はもうマクロ経済学の常識が通用しなくなっていると思うのですが、このような状況で次の一手にどういうものがあり得るのかといったところをお聞かせ下さい。

ゲーム理論から見た日銀の政策は改善方向にある

フェルドマン:
今のデフレ議論は非常に面白いところがあると思うんです。その観点から見た日銀の政策は1つですが、もう1つはゲーム理論、すなわち政策をつくる時のゲームから日銀を見ないといけないところもあると思います。まずはゲーム理論のところですけれども、速水・柳澤時代は日銀と金融庁は一応冷戦関係になっていたと思うんですね。両方が何をやるべきかということはわかっていたんですけれども、考え方が違うから、「先、おまえ動け」「いや、おまえが先だ」ということを言い合ってばかりで、悪い均衡になってしまっていた。竹中さんになってから、ようやく金融庁が日銀の考え方をもう少し取り入れて、例えば、ディスカウントキャッシュフローを使って不良債権を見ようといった、協力関係が生まれてきています。そういう意味では、「囚人のジレンマゲーム」が、いわゆる「掃除当番ゲーム」になってきたと思うんですね。昨年9月に内閣改造した時に、小泉首相が日銀と政府が一体となるということを5回も言った影響が効いていると思います。

鶴:
一生懸命協力してやるというインセンティブが出てきたということですね。

フェルドマン:
そういうことです。これは非常にいいことだと思います。ですから、ゲーム理論から見た日銀の政策はよくなったかなと思います。

では、マクロ経済から見ればどうかということですけれども、デフレをどういうふうに見るかという点では、経済学の中でかなり議論があると思うんです。今、構造改革派と、金融政策派が収斂しているところがあると思います。財政出動派はちょっと別ですけれども、金融政策派とかマネタリストたちは、日銀がお金を刷れば解決されますよとずーっと言ってきましたけれども、図を見てみるとどうも違うということがわかると思います(図参照)。普通はマネーサプライが増えれば物価水準は上がると思われていますけれども、日銀のバランスシートやベースマネーを見てみると、どうもそうじゃないんです。むしろ、このPYが、名目GDPですけれども、これが下がっているんですよね。だから、円が増えればPも増えるよということは、最近の日本の場合は違うということです。むしろ、Mが増えれば流通速度が下がるだけだということが一目瞭然ということです。マネタリストたちがこういう図を見て、ああ、流通速度を安定させないといけないということが、すぐわかるんですよね。では、どうやって流通速度を安定させるかというと、金融制度を直さないといけない。金融制度を直すっていうことは、産業改革も必要だということですから、結局、構造改革が金融政策の前提条件です。

鶴:
それは、非常にわかりやすいですね。

フェルドマン:
我々がね、我々というと構造改革派ですけれども、我々も収斂してます。どういうことかといいますと、よく総需要曲線、総供給曲線を書きますよね。

構造改革派は今の問題は過剰供給というわけだから、供給を減らせばいいということを言うんです。それはそれでいいんですが、そうしますとものすごい不況になります。では、供給曲線を動かすだけで済むかというとそうではなく、需要曲線も動かさないといけない。では、同時にマネーサプライと構造改革をやっていけば、うまくいくでしょうと。だから、構造改革が成功する前提条件は金融政策だということを、ようやく我々側が認めたわけです。今はこの2つが収斂したと私は思っています。福井総裁は構造改革派、岩田副総裁はマネタリスト派、もちろん両方とも非常にしっかりしたマクロエコノミストで、相手の意見はよくわかる。だけど、その2人が今、日銀にいるということが、この理論闘争が終わったということを意味すると思います。いわゆる営業レベルで、日銀が産業再生機構の貸し出し、あるいは借り入れを、全部ディスカウントしますということを言った途端に、では、この収斂を目に見えた形で実行しますということになったと思います。

あとは中国の問題があるんです。では、中国はどれだけデフレの原因になっているのかということですけれども、計算は別として、私は問題は中国よりも資源の再配分が遅い先進国にあると思うんですね。いろんな理由があるんですけれども、よくヘクシャー・オリーンの考え方を貿易理論で使いますよね。10年前は交易条件が合って日本が生産フロンティアで生産して、日本財を輸出して、中国財を輸入していたと。大体、均衡になっていたんです。ここ10年間、何が起きたかというと、交易条件が日本にとって有利な方向で動いたわけです。すなわち、日本財を少ししか輸出しなくても、ものすごい中国財が入ってきます。傘とかね。これはいいことですが、日本国内で傘をつくっていた人たちは失業します。だから、生産点が生産フロンティアから中に入ってしまったと。ただし、交易条件はよくなっているから、消費から見れば、中国財も日本財も両方とももっと消費しているわけです。つまり、工業がよくなっているけれども失業もあるということです。

では、どうやってこの問題を直すかというと、基本的に2つのことしかないんです。1つは交易条件をまた悪くして、元に戻る。これは円安政策です。もうひとつは国内の資源を再配分して、新しい交易条件で日本がもっと日本財に特化する。もちろん、後者のほうがいいです。では、傘を作っていた人たちにどうやってドコモで働いてもらったり、auで働いてもらったりするかというと、再教育が必要ですね。それしかないと思います。簡単じゃないけれども、中国と為替で競争するよりは、多分ましでしょう。

鶴:
90年代の日本経済を見たときに、やはり資源の再配分というのが非常に遅れているという印象を私自身も非常に強く持っていて、追い貸しなどから始まって、失業の問題も企業の中で抱え込むといった、再配分を抑制するようないろんな動きがついてしまっている。やはりそれをどんどん活性化させないと、次のステージにいけないなあという印象を持っています。

最後の質問ということで、先ほど申し上げましたように、小泉政権の評価と、9月の総裁選があって今後どうなるか。これは一番最初の株価のところのお話で、お考えの一端を教えていただいたと思うんですけれども、過去2年間、改革を掲げてやってきた小泉さんの政権、竹中さんの評価ということもあるのかもしれませんけれども、その2年間をまず総括していただいて、今後9月以降の状況、最近、かなり小泉さんに有利になるような動きが出てきていると思うんですけれども、今後、彼がまた自民党の中でどういうような位置づけになるのか。また、改革をやっていく上で、これまでの2年間よりももっとやりやすい状況ができるのか、できないのかといった点につきましてお伺いしたいと思います。

小泉続投ならば、政策転換はない

フェルドマン:
まず評価ですけれども、私は非常に評価しています。特に、この難しい政治状況の中で、細かいことかもしれませんけれども、いくつかのところで進歩していると思います。

金融問題では竹中プランも出ているし、りそなもありますし、ちょっと前ですが特別検査もやったわけだから、だんだん厳しくなってきています。銀行がそれに反応して、かなり増強したので、それは非常に評価できると思います。

財政再建のところでは、補正予算も加えた時もあり、30兆円の公債発行限度を破ってしまいましたが、支出、歳出を抑える道具として、割と成功したと思います。

財政構造ですけれども、支出の中身もかなり変わっていますし、だんだんと公共事業を減らしているわけですから、これは進歩だと思います。

それに加えて、地方財政はもちろんまだ厳しいのですけれども、非常に難しい地方分権は一応進み始めていると思います。十分ではないのですが、これは今までなかったことだから評価すべきだと思います。

その他、労働政策とか、特区が不十分ながら進んではいます。今度また内閣を変えるときに、もっということを聞く大臣を入れて特区を広げることに多分なると思うので、スタイルとしては、いくつかの議題になっている分野で少しずつ成功して、次へ行く。それを2回、3回と行っているので、かなり今の政治状況に合った戦略でよかったと思います。よくプレスや投資家が何か祭り的に大きなケンカを見てみたいという考え方をするけれども、民主主義国家はそういうもんじゃないということですし、サッチャーさんみたいに、大きな多数派が国会の中にあるわけではないので無理です。だから、その点で非常に評価してます。

では、秋にかけてどうなるかということですけれども、私は政策転換よりもむしろ政策の原点に戻ることになるかと思います。なぜかと言うと、まず国民が、おおよそ、あるいは全体として、小泉さんの言っていることには賛成だということは非常にはっきりしています。抵抗勢力でさえ、それを認めざるを得ないし、自分の議席を失いたくないから頭を下げます。で、面従腹背もあるでしょうけれども、方向としては、むしろ小泉さんの言うとおり動くしかないと思います。その中でどういうことが起きるかというと、もうちょっと首相の哲学、すなわち民間にできることを民間に任せる、努力が報われる社会、そういう方向でいろんな法律を再開、改善していくんじゃないかと思います。

金融に関しては、たとえばりそなをテストケースにして、次に問題が出たときにそれをもとにしてまた動くということは、十分あり得ると思います。それは11月になるのか、来年の5月なのかはわかりませんけれども、多分あるだろうと思います。

財政に関しては、もっと地方分権をやる。特に教育問題はほとんどの個々で達成していませんので、例えば文部省の廃止とか、これは地方分権にとって非常にいいことだと思います。各都道府県の間の競争が激しくなって、教育がよくなるはずだと思うので、非常にいいことができると思います。

ほかは、特区をもっと進めるだろうと思います。産業再生機構にちゃんと協力しなさいというメッセージが多分銀行に対して出てくるので、それはうまくいくだろうと思います。地方の金融機関をどうするかという問題もあるでしょうけれども、基本的に過剰供給ですから、間引きしなきゃいけないでしょう。転換よりは今まで通りの政策の加速じゃないかと思います。

鶴:
教育の問題というのは非常に重要なご指摘だと思います。先ほど企業の中での労働者の生産性を上げるということにおいて、やはり教育は質の部分が大事というか、日本全体が不安感に陥っているところで1回、教育を立て直さないと、日本全体の生産性向上になかなか行かないのではないかと思います。

小泉さんの政策としてやはり中途半端だったんじゃないのかなと言われるもので、道路公団の問題、それから公社化して大きな進歩をしている郵政改革について何かコメントがあれば。

フェルドマン:
基本的な問題は、やはり政府系金融機関だと思うんです。今までの2年間では、政府系金融機関に関する進歩があまりないと思います。今度、金融庁が政府系金融機関の検査機能を担ったので、少し検査を受けて動かなければいけないという認識が高まると思います。これは基本的に政治問題ですので、今度の選挙後に大きな課題になるかと思います。

鶴:
大変たくさんのトピックについて、いろいろな貴重なご意見聞かせていただきまして、非常に参考になりました。本当にどうもありがとうございました。

文/RIETIウェブ編集部 谷本桐子 2003年7月10日

ロバート・アラン・フェルドマン (Robert Alan Feldman)

モルガン・スタンレー証券会社 チーフ・エコノミスト兼マネージング・ディレクター。
米国テネシー州オークリッジ生まれ。マサチューセッツ工科大学で国際金融・開発を中心分野として、経済学博士号を取得。イエール大学で経済学/日本研究の学士号を取得、最優秀の成績で卒業。ファイ・ベータ・カッパ会員。大学卒業後、ニューヨーク連邦準備銀行およびチェース・マンハッタン銀行で勤務経験を積む。1970年、AFS交換留学生として初来日、名古屋で1年間過ごした。その後数年間、野村総合研究所(1973~74年)および日本銀行(1981~82年)で研究に従事。1983年から1989年の間は、国際通貨基金(IMF)のアジア、欧州、リサーチ部門で主に研究活動に従事した。1990年から97年までは、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券にチーフ・エコノミストとして在籍。
1998年にモルガン・スタンレーに入社。モルガン・スタンレー証券会社(東京支店)グローバル・エコノミクス・チームの一員として、日本経済や金利の動向を予測するとともに、外国為替や株式の投資戦略の策定に従事。テレビ番組出演や論文出稿、講演などを通じて分析結果報告や経済解説を行うかたわら、『日本の金融市場:財政赤字、ジレンマ、および規制緩和』(MITプレス、1986年)、『日本の衰弱』(東洋経済新報社、1996年)、『日本の再起』(東洋経済新報社、2001年)を執筆。また、『戦前の日本の経済成長』(中村隆英、イエール大学出版)など4冊の訳著(日英)も手掛ける。日経金融新聞、インスティテューショナル・インベスター、アジア・マネー等が毎年実施するアナリストランキングでは、日本のトップエコノミストの一員として常に上位に名を連ねている。

2003年7月10日掲載