Special Report

金融システム再建のために、今日本がすべきこと

2003年度の3月期末の日経平均は1982年以来の低水準となり、昨年度(1万1024円94銭)よりも3割近く下落している。国内ではこうした状況への対策についての議論が行われているが、なぜこうした議論が繰り返されるのか、日本経済のどこに問題があるのか。また、イラク戦争が及ぼす日本経済への影響の程度について、リーマン・ブラザーズ証券会社チーフエコノミストであり、独立行政法人評価委員会経済産業研究所分科会委員のポール・シェアード氏にお話を伺った。(聞き手:植杉 威一郎(研究員)

植杉:
今日は日本経済に関する短期と長期2つの話を伺いたいと思います。まず短期の話では、まさに今起こっているイラク問題をどういうふうにごらんになっているのか、構造問題との関係を含めてお話を伺えればと思います。2つ目は構造問題なんですが、今回は特に金融的な側面にしぼってお伺いできればと思っています。

日本経済が受けるイラク戦争の影響は他のアジア諸国と比べると小さい

シェアード:
ポール・シェアード(リーマン・ブラザーズ証券会社) 弊社(リーマン・ブラザーズ証券会社)の見方としては、イラク戦争の日本経済に対する影響というものは、ほかの国に比べてそれほど大きなものではないと思っています。まず、この戦争の見通しですが、一番可能性が高いのは、多少は長引くだろうという見方です。戦争の後の平和維持活動や国家再構築活動といった大変コストがかかることも含めて、数カ月単位かかるだろうという見方ですね。次に考えられる可能性として、数週間の短期戦で終わるというもの。今の段階では、まだどっちなのかということを判断するには時期尚早だと思います(編集部注:インタビューが行われたのは2003年3月27日)。
戦争が短期に終わってしまえば、地政学的なリスクが非常に低下してくる。それはアメリカ経済、世界経済、ひいては日本経済にとっても良いことです。一方、1割ぐらいの確率として、ベトナム戦争時のように戦争が非常にこじれる場合があります。その時は、我々としても全面的な予測の書き直しにつながってくるだろうと思います。今回の戦争が日本経済に与える影響の経路としては、そうした世界経済の成長が与えるものが1つ、そしてもう1つは当然ながら原油価格を通じた経路です。原油価格は、地政学的な問題がなければ、かなり低下するだろうと考えています。極端な場合は15ドルぐらいから18ドルぐらいまで低下するということです。地政学的な不安定材料全部がなくならないとしても、20ドルぐらいまでは下がるだろうという見通しが出されています。これは日本経済にとってプラスになるでしょう。仮にそうではなく、30ドルとか40ドルぐらいに高止まりすると、当然ながら、日本経済にとってマイナスです。ただ、日本を除くアジアに比べて打撃の度合い、マイナスの度合いはグッと小さいわけです。韓国やタイとかに比べるとあまり問題はないと思います。

ただし、イラク問題が解決の方向に向かったとしても、日本には第三の問題があります。これはちょっと憶測的なことにもなるんですが、イラク問題を考える上で、日本とほかの国と違うのは、イラク問題が終わったらどういうふうになるのか、よくなるのか、悪くなるのかということです。他の国、ヨーロッパとか南米とか、南半球とか、あるいは多少はアメリカでも、イラク問題がうまくいけば、かなり地政学的なリスクが低くなるわけです。ただ、日本にとっての固有の問題は、朝鮮半島の問題です。イラク問題がうまくいけばいくほど、朝鮮半島がどうなるのかとなるわけで、日本の一番近くにある地政学的なリスクがクローズアップされる。日本経済あるいは株式市場などにとっては、むしろその問題の方が大きくなるということで、日本が置かれている立場は非常に独自なものになるというのが1つのポイントです。

反戦デモはなぜ欧州で大きくなったのか

植杉:
イラク戦争が始まる前から、日本の中では株安になっているという状況を踏まえて、緊急に株安対応策をとらないといけないという声が出ました。固定資産に対する減損会計適用の2年間先延ばし、日銀に対する更なる緩和要請などの動きは構造的な問題を解決するという観点からはどうなのでしょうか?

シェアード:
2つ目の日本経済の構造的問題の話になりますが、前置きとして言いたいのは、日本は先送り的政策をずっととってきているということです。そういう経済失策の積み重ねが今日まで続いているわけですが、先延ばしを続けていると必ずいつか外的ショックが襲ってくる。この頃の政策論争を聞いていると、イラク問題に責任転嫁している感があります。危機だから、危機になるかもしれないから、こうしないといけないという理屈です。危機寸前の状況になっている原因は、イラク問題ではなくて、金融システム、ひいては日本経済が非常に弱体化しているからなんだと認識し、そういう反省に立って対策を立てなくてはならない。
短期と長期それぞれの対策があるのですが、こうした認識の上に立っていないと、意図的ではなくとも、危機回避を言い訳に、構造改革に合った政策を覆す政策を行うことになってしまう。一番いけないパターンです。本当の危機になれば、何でもありという政策にならざるをえないですが、何でそこまで至ってしまったのか、何のためにそういう危機対応型の政策をとるのかという認識がないと、大変なことになります。

日本経済の一番の元凶は銀行預金の保護政策

シェアード:
ポール・シェアード(リーマン・ブラザーズ証券会社) 先送りの一番の典型は銀行の保護政策であり、私はこれが日本経済低迷の最大の元凶だと思っています。バブル崩壊の過程で日本の金融機関のバランスシート上の資産がものすごく圧縮されましたが、金融危機を起こさせないために、政府が銀行預金を保護する政策を95年に打ち出しました。その時にいつかはペイオフをやるという話にはなっていました。まずは5年後。でも、それができないから2年間の延期を決定し、今度は更なる二年間の延期を決定しました。ペイオフ凍結から9年というふうになるが、実は完全なペイオフを永遠にやらないということがすでに法律になっています。つまり、ゼロ金利の預金のペイオフは永遠に放棄したのです。こうした預金保護を行なうのは短期的な危機を防ぐことができるからです。言ってみれば銀行預金のリスクの国有化です。なぜやるかというと、金融危機を回避するためです。しかし短期的な安定は得られても、潜在的な問題がなくなったわけではない。
銀行や各金融機関が自分の資本で自分の負債を保護するという状況であれば、金融システムは健全ですよ。そこには市場原理が働く土台ができているわけです。一方、今のように政府が預金保護を代わりにやっていると金融システムが弱体化したままになるし、市場原理が動いてない。つまり、経済システムの大きな歪みになるわけです。ですから、不良債権問題をいつまでも議論しているのではなく、政府が異常な保護策から手を引くには何をすべきなのかということを議論して、早く問題解決方針を出すべきです。

その解決には2つの方法があると思います。1つはミクロ的な手法で、もう1つはマクロ的な手法です。ミクロ的には、バランスシートを強化して、政府が保護しなくてもいいような環境をつくること。そのためには、政府による大規模な資本投入が行なわれること、そして銀行に徹底的な市場原理を導入することが必要です。政府が銀行に資金を入れることによってバランスシートを強化しつつペイオフを実施する、ただし、実施はしても金融危機は起こさせないようにすることです。その際には預金保険機構を使うべきです。預金保険機構には70兆円の資金枠があり、その中で21兆円が使用済みです。大まかにいうと50兆円、GDP比率でいうと10%、まだ使い残されています。ですからこれをペイオフが実施できるように積極的に資金投入に使うべきです。これがミクロ的な処方箋です。
マクロ的には日銀の取り組みです。大局的に見れば、私は日銀は資産デフレに断固として歯止めをかけるべきだと思いますね。
日銀は、今週の火曜日(2003年3月25日)、銀行から買い取る株式の枠を1兆円増やしたわけです。ただ、これは特別に日銀が政府の認可を受けて行なう非常に異常なことで、言ってみれば禁じ手です。銀行の株式保有は、金融システムを不安定化させて、金融緩和の効果を減殺するというのがロジックですが、その始まりは株価の下落です。日銀法43条を発動して3兆円を銀行から買い取り、2017年まで持つかもしれないということをする前に、資産デフレを断固として阻止する政策に転じるべきだと思います。そんなことをしたらPKOだ、市場原理を歪めるという批判については、私もエコノミストですから重々承知です。しかし、今は異常事態だからこそやるべきです。ただ、福井総裁が誕生しても、日銀はまだまだ株を買い取るけれども資産価格をつり上げる気が毛頭ない。これは正論ではありますが、異常事態の中のあるべき論理ではないと思います。

経済学的に言いますと、日本はデフレ均衡的な状況にあると思います。問題は、これをどう断ち切るのかです。異常なほど株価をつり上げろといっているのではなく、このデフレ的な状況に歯どめをかけるべきだと言いたいのです。日本の家計部門は資産の56%を現金・預金で持ってます。株式は8%ぐらいです。金融ビッグバンが出てきてから全然増えていないのですが、これは合理的な行動です。
1つの理由としては、資産デフレと一般物価デフレが続いている限り、今、預金を銀行から回収して株や土地を買うよりも、少し待ったほうが値段が下がるかもしれないと考えているわけです。
今、大手金融機関のいくつかは増資をするのに非常に苦労しています。資産デフレが続いている限りは、なかなか資本調達することが難しいんです。経済主体は新しい資本を供給して、そこでリターンを得ようと思っています。でも、97年以降の北海道拓殖銀行、長銀、日債銀のように、資産デフレの状況下で増資をしても価値がなくなることが分かっている環境の中では、当然民間からの調達は不可能です。ある程度政府の保証があればできるかもしれませんが、それは市場原理に基づいていません。

もう1つの理由は、政府がやるやると言いつつペイオフを実施せずに金融資産を保護していたために、家計部門がリスクを取らなくてもいい環境を、政府自身が自らの手でつくってしまったということです。
ですから私は、政府がペイオフを実施すべきだと思います。それを実施する為に、資本注入を通じた金融システムの強化、金融資産・デフレ対策としての金融政策、それからペイオフ実施、この3つを1つの総合的なパッケージとしてやるべきだと思います。

懸念される、政策当局に対するマーケットの不信

ポール・シェアード(リーマン・ブラザーズ証券会社) 日本の場合、大きな問題として、政策当局に対するマーケットの信用が非常に低下していることが挙げられます。この10年間、やるやると言いながら実はやっていないと。だから、金融政策にしても金融システム政策にしても、あるいは構造改革にしても、信認が非常に低下している。政策当局に対する信認が低下してくると、政策の効果が非常に低下する。公表される政策に対する「政策不能の罠」に陥るという危険性です。私が肌で感じていることは、マーケットの割引メカニズムが破綻しているということです。2005年度までのデフレ脱却など、政策当局が何かを約束する時に株価などはほとんど反応しません。金融に関しても同様にマーケットの信用は低下しています。失った信認を戻すには、まず1つには金融システム建て直しのため、大がかりな財政資金投入をすること。そしてもう1つは金融機関自身が、徹底的に自分で資本増強するなり不良債権を減らすなりして、市場原理を導入することが必要です。
今、竹中プランのもとでは、2004年度までに不良債権を半減すると言っていますが、実はその目標は柳沢シナリオから全然進展していません。その点から変えないと信任は戻らないだろうと思います。

植杉:
政策当局に対する不信を払拭するべく、政府が具体的に何をやったらいいのか、日銀が具体的に何をやったらいいのかという話になると思います。不良債権処理に伴う銀行システムへの財政資金投入はあり得ますが、その一方で、それをファイナンスするための国債発行について、日銀と政府の間のコーディネーションができる余地があると私は思っています。すなわち、国債の買い切りを増やしてそれに対応する処置は、総合的な信認を回復させるための1つの手段になるんじゃないかと思うのですが、いかがでしょうか。

新しい日銀総裁が誕生した今が最大のチャンス

シェアード:
おっしゃるとおりです。新しい日銀首脳部の体制でかなり土台ができつつあると思います。武藤さん(武藤前財務次官)と岩田さん(岩田内閣府政策統括官)が入って、まさに日銀、内閣府、財務省が一体となってやれると思います。
どうも日本の場合は、議論がすぐ技術的な、憲法がどうのとか法律がどうのという話になるのですが、もうちょっと大局的なところから考えますと、半分機能不全の金融システムを放置したまま、最早デフレは止まらないだろうと私自身は見ています。大がかりな財政資金の投入が必要になってくる時に、今はデフレが続いているから、中央銀行がかなりの部分ファイナンスできると思います。今までは、なかなか財政当局が出し渋っていた。それはなぜかというと、もう財政が悪化しているから余地がないと言うわけです。日銀は、多少は側面支援するが、根本的に金融システムの不良債権問題は我々の知った問題ではないと考えている。そうするとどちらも動かない。財政当局は、当然ながら、国の債務がどんどん上がっていくのが心配ですから、デフレがあるうちに、日銀がいわゆる不良債権問題を解決するための財政コストを量的緩和の拡大の一環としてファイナンスすれば、かなり物事が進むと思いますね。日銀が、金融システムを立て直すための財政資金をファイナンスする用意がありますよというふうに積極的に出れば、金融庁とか財務省、あるいは政治家が非常にやりやすくなるんですよね。ですから、日銀と政府両方が同時に積極的な態度に出るべきだと思います。新しい日銀総裁、副総裁が誕生した今が最大のチャンスです。

植杉:
私自身は、これまで日銀と政府は全く違う2つの主体であり、両者間では協調の失敗が起こっていたと思います。それを解決するために、1つのやり方として政府が日銀に乗り込んでいって、コミュニケーションをちゃんと取れるようにしようとしていますが、本当に政府・日銀共に積極的に行動するかはまだ見なければいけないと思います。
日銀は元来、金融引き締めを行いたい傾向があるし、財務省は現状では財政の面からデフレにするインセンティブを持つので、2つの主体が一緒になったからといって、デフレを止めるための対策がすぐ出るとは思えないという論者もいます。ただ、少なくとも両者は突っ込んだ議論をすると思います。

全員が同意できる解決策はない。とにかく「実行」してみることが鍵

シェアード:
日本にとって今の状況から抜け出すのに簡単な方法はないと思います。つまり、全員が同意できる解決策というものは存在しないはずです。もしそういうものが存在するならば、もうとっくの昔に実施されているはずです。たとえば植杉さんがパッケージをつくって提案するとしますと、おそらく反対する人もいっぱいいる。私が私なりのパッケージを出しても反論は幾らでもあると思います。だからといって手をこまねいていては、問題解決にはならない。とにかく何か1つを選んで、それをもう徹底的にやる。例えば財政改革をやるなら、徹底的に市場原理を導入して、それからセーフティネットを同時に強化する。そうすることによって雇用保険のために10兆円を出して、そして、もしかすると日銀がそれを部分的にファイナンスするかもしれない。来年度の預金保険機構の予算は70兆円あります。例えばその内訳の産業再生機構10兆円、金融危機対応15兆円、RCCの買い取り15兆円、これだけあわせても35兆円がすぐさま不良債権の最終処理に向けて使えるわけです。私に言わせると、1つの突破口としてこれを積極的に使うべきです。ただ、それに反論する人が出てくるわけです。いや、日銀がそういうファイナンスをすべきではないと。じゃ、いいですよ別の方法でもと。つまり、政府が国債を発行して、その調達したお金を預金保険機構に渡してやればいいわけで、量的緩和の一貫として日銀がその国が出した債券を買い取ればいい。それは実は結果はほぼ同じです。やり方は幾つかありますが、とにかく「やること」が大事です。やることによって前進する。うまくいかなければそこでまた考える。それはもう政策当局の仕事です。

植杉:
植杉威一郎(研究員) 私自身は、これまで日銀と政府は全く違う2つの主体であり、両者間では協調の失敗が起こっていたと思います。それを解決するために、1つのやり方として政府が日銀に乗り込んでいって、コミュニケーションをちゃんと取れるようにしようとしていますが、本当に政府・日銀共に積極的に行動するかはまだ見なければいけないと思います。
日銀は元来、金融引き締めを行いたい傾向があるし、財務省は現状では財政の面からデフレにするインセンティブを持つので、2つの主体が一緒になったからといって、デフレを止めるための対策がすぐ出るとは思えないという論者もいます。ただ、少なくとも両者は突っ込んだ議論をすると思います。

シェアード:
先ほどの話にも出ましたが、預金保険機構の投資です。それにはいくつか理由があるのですが、まず仕組みがすでにできていることと、予算がついていることです。机上の議論じゃなくて実際ある仕組みがそこにあるのだから使おうと。それから、政府保証がついていますから、国債の典型です。日銀がこれをファイナンスすれば、実は国債を買うのとほぼ同じことですが、財務省にとってはやりやすい。また、日銀にとってもある程度やりやすいと思う。金融システムを早く立て直すことは、経済再生に十分条件ではないけれども、少なくとも必要条件です。日銀法を見ても、日銀の目的は2つあります。1つは物価安定を通じて健全な国民経済の発展に寄与すること。もう1つは金融システムの安定です。ペイオフを永遠に実施しないことが一つの金融安定化政策であり、日銀がこれを支援することによって日銀法を守るという解釈もあるでしょうが、私はそうは見ません。金融システムの安定化というのは、金融システムが強化されることです。当然ながら不良債権問題を解決するべきだと思いますし、日銀法の精神に照らして日銀が加わるべきだと思います。

文/RIETIウェブ編集部 谷本桐子 2003年3月27日

ポール・シェアード

リーマン・ブラザーズ証券会社のマネージングディレクター兼チーフエコノミストアジアとして同社のアジア地域の拠点である東京支店を中心に活躍中。オーストラリア国立大学にて経済学修士、日本経済の博士号を取得。在日年数は合計14年間におよぶ。約8年前に金融業界へ転じる以前から日本経済に関する研究者としてその存在は注目されていた。オーストラリア国立大学と大阪大学で教鞭をとり、また日本銀行金融研究所、スタンフォード大学で客員研究員を務める。国内外の政策担当者から意見を求められることも多く、その見解はメディアでも度々紹介される。政府経済審議会の委員を2回務めている。独立行政法人評価委員会経済産業研究所分科会委員。内閣府「経済動向分析・検討チーム」のメンバー。1997年に出版した著書『メインバンク資本主義の危機』はサントリー学芸賞を受賞。日本の金融及び企業改革に関して著した第2作目『企業メガ再編』が2000年12月に出版になった。

2003年3月27日掲載